事務所。そこで奏はボンヤリしていた。昨日は流石にガッツリし過ぎた……と、少し後悔しているまである。なんだか恥ずかしくなって、昨日の夜なんて布団の中で顔を真っ赤にして震えていたくらいだ。
まぁ、その事は忘れないと仕事に集中出来ないので、そろそろ無心になろう……と、したところで厄介なのが二人揃ってきた。
「おーい、奏ちゃん」
「どう? 最近は、えーっと……河村くん、だっけ? と、どんな感じ?」
周子と美嘉の台詞に、奏はふと顔を上げた。で、二人の顔を見るなりため息をついてその場で伏せた。
「え、何その態度……」
「何かあったの?」
「……別に。ただ、他人にとっては楽しくても当人にとっては深刻な問題なのよ……」
そのセリフに顔を見合わせる二人。しかし、それでも奏は顔を上げなかった。
正直、二人ともすごい気になった。なので、とりあえず真面目になることにした。
「まぁまぁ、そう言うなら愚痴くらい聞くよ?」
「そうだよ。あたし達だって別にからかうだけじゃないんだしさ」
「……あんたら……というか周子の言うことを信用しろっての?」
「酷いなー、奏ちゃん」
そうは言うものの、怒った表情は見せない周子だった。ちなみに、美嘉も「その件に関しては同意」と思ったのは言うまでもない。
二人の態度を見比べてから、小さくため息をついた奏は「もうなんでもいいや」と思ったのか話し始めた。
「……まぁ、いいわ。早い話が、もう面倒臭いから優衣のことを好きだって認めることにしたの」
「「名前で呼んでる!」」
「……」
そこをツッコまれるかー、と思ったが、もう面倒なのでスルーした。
「……それで、まぁ早い話が私なりに攻めてみてるのよ。前みたいに喧嘩腰じゃなくてね、少しからかってみたり、手作り料理出してあげたり、遠回しに服選んであげたり」
「ほうほう?」
「それで?」
「でもあいつ、鈍過ぎて全然気付いてくれないのよ。なんとか強引に名前で呼ばせたりしたんだけど、それでも本当に全然」
「ふーん……」
「まぁ、そりゃそうだよね?」
「えっ、な、なんで?」
意外とドライな反応に奏は思わず怯んだが、二人は平気な顔で理由を説明した。
「それはだってほら、今まで散々喧嘩してきた……所謂、犬猿の仲って奴でしょ?」
「そんな相手が急に優しくして来たら誰だって困惑するし、なんなら警戒するよ」
「っ、そ、そうだったの……? いや、確かにそうかも……」
顎に手を当てて納得する奏。逆にどうしたら良いのかわからなくなってきた。
「じ、じゃあ……正攻法じゃダメってことよね……」
「奏ちゃんのが正攻法なのかわからないけどねー」
「間怠っこしいもんね。もっとガツガツいけば良いものを」
言いたい放題言われ、さらに黙り込む奏。
「でもま、確かに正攻法じゃダメだよね。それはもうガンガン行くレベルじゃないと」
「ガンガン……」
「あ、殴れってことじゃないよ?」
「そ、そのくらいわかるから!」
しかし、今までのやり方では難しいのか、と奏は顎に手を当てた。そもそも、向こうは自分のことをどう思ってるのかが分からない。自分の事が好きなのかとかではなく、そもそも嫌われているのかとか、根本的部分だ。
もし、嫌われているのなら、正直付き合えるとは思えない。しかし、それでも、なんかもう大好き、みたいになってしまっている。
「……どうしたら良いかしら」
「奏ちゃんも恋とかした事なさそうだもんね〜」
「仕方ないじゃない。こんなに一緒にいて楽しいと思った人、優衣が初めてなんだもの」
ほとんど照れた様子も見せずにそう言い切る奏を見て、二人揃って「おお……」と感心したように言葉を漏らした。
「あれだけ喧嘩してた癖に……」
「奏から出たとは思えないほど暴言の雨嵐だったのに……」
「うるさいわよ」
序盤の喧嘩のやり取りを思い出して、奏は少し恥ずかしくなった。同族嫌悪、だったのだろうか。
なんにしても、今にして思えばレベルの低い喧嘩をしていたと自分でも少し反省してしまうほどだ。
「……あ、奏。それなら良い方法があるよ」
美嘉がポンと小さく手を叩いた。
「処女ビッチの意見なんか参考にならないわよ」
「恋愛もまともにしたことない癖に経験あるフリしてる子が何言うてんの?」
「二人とも酷くない⁉︎」
思わず泣きそうになる美嘉だったが、奏と周子は「だって、ねぇ?」みたいな視線のやり取りで顔を見合わせる。
それにイラっとした美嘉は奏を指差して反撃した。
「ていうか、奏に言われたくないから!」
「はぁ? それどういう意味?」
「あー、奏ちゃんはたしかに同じかもしれんなぁ」
「周子まで何よ」
冷静を装ってるものの、予想外に自分に矢が飛んできて内心焦る奏。そんなのを看破したかの如く周子は平気な顔で言った。
「だって、文香ちゃんに先越されてるやん」
グサッ、と。グサッと刺し穿つ死棘の槍の如く心臓を取られた。
「そんな文香ちゃんに恋愛もしてない癖にぐだぐだとアドバイスしてたやん? どの口がアドバイスしてたん?」
違った、貫き穿つ死翔の槍だった。二撃目がこれまた見事に貫通し、恥ずかしくなった奏はその場で伏せるしかなかった。
そんな奏を捨て置いて、美嘉は周子に聞いた。
「何? 何の話?」
「ああ、文香ちゃんも今、ほとんど彼氏の子がいるんよ」
「マジ⁉︎ あの文香ちゃんにも⁉︎」
「そ」
「最近、レッスン終わった後に鏡の前で『スターバーストストリーム!』とか言いながらタオル振り回してる文香ちゃんに⁉︎」
「そ」
別の意味でショックを受ける美嘉だった。二人して沈んでる様子を見ながら、周子は奏に言った。
「ま、同類だから言えることもあるかもしれんし、一応美嘉ちゃんの意見も聞いてみたら?」
「……」
最初は気が進まなかったが、優衣を落とすにはこの際、誰の意見でも参考にするべきかもしれない、と理解した奏は一応聞いてみることにした。
「……美嘉、一応聞かせてくれる? あなたの作戦」
「……あーうん。了解」
立ち直ると、美嘉は一応説明してみた。
「まぁ……まずは好きって好意を伝えるより、嫌ってないっていうことを伝えた方が良いかなって思ったの。だから、落としに行くよりも親切に接したらどうかなって」
「……」
「……」
思いの外、まともな意見に奏も周子も意外そうな顔をしてポカーンとした表情になった。
「……な、なるほど?」
「美嘉ちゃんのことだから、おっぱい使って何かしろみたいな感じかと……」
「あたしをなんだと思ってるわけ⁉︎」
ツッコミを浴びながらも、奏は顎に手を当てて少し考える姿勢をとった。親切に接する、というのが例えばどんなことか想像してみた。
と言っても、あの物理的にも精神的にも頑丈な男が簡単に傷つくとは思えない。つまり、風邪を引いたケースとかそういうのを想像するのは無駄だ。
他の場合……勉強? いや、頭が良いから無駄。荷物持ち? それはなんか違う。親切というより付き人。お昼の用意? それも親切ではなくアプローチ。
「……ねえ、美嘉。親切って何なのかしら?」
「えっ?」
「ザッと頭の中で色々考えてみたんだけど……よくよく考えたらあの子、完璧超人過ぎて何も思い浮かばないのよ」
「完璧って……?」
「成績優秀で肉体的にも風邪も怪我もない上に人類最強レベルの喧嘩の強さ……何を親切にすれば良いの?」
「……」
言われて黙り込む美嘉。今まで愚痴が多かったから気付かなかったが、相手は最強の高校生だった。
すると、そこに周子が口を挟んだ。
「まぁ、親切にするのは何も行動だけじゃないから。態度だけでも変えてあげたら?」
「……態度……」
そう呟きながら、奏は再び顎に手を当てて考え事をする。
そんな奏に「ちなみに」と美嘉が続けて質問した。
「その子は奏にどんな感じなの?」
「どうもこうも、前と変わらないわ。からかうと静かに怒るし、小さいことに食いかかってくるし、そのくせ、向こうからもからかってくるし。相変わらずムカつくことも多いから」
「ふーん……変わった事とかないの?」
言われて再び考え始めた。で、何か思い出したように言った。
「変わった、と言えば……ああ、アレね。呼び方が変わった」
「? 呼び方?」
「ええ。さっきも2人に言ってたけど、お互いに下の名前で呼ぶようになった、とか?」
「おお、良いじゃん。ずいぶんな進歩なのでは?」
「あと……同じピアスつけてたり。左右逆で」
「え、今耳についてるのって……」
「そう。同じ奴反対側につけてるの」
「え? それ……」
「後はー……ぬいぐるみが増えてたりとか、後ろからなんかくすぐって来たりとか……ああ、あとアレ、Angel Beats!ごっこ付き合ってくれたりとか」
「……」
「……」
いつのまにか美嘉も周子も黙り込んでいた。それに気付き、怪訝な顔で奏は聞いた。
「何?」
「や、さっきの作戦意味あるのかなって」
「それ。もう早くコクって付き合えば良いのに」
「急に雑に⁉︎」
そんな話をしてると、プロデューサーから声が掛かった。
「三人とも、仕事行くぞ」
それによって、一度解散になった。
×××
帰り道。奏は自宅の最寄駅に到着し、改札を出るとバイトから上がった優衣が顔を出した。
「あ、優衣」
「お、奏」
「……」
「……」
顔を見合わせるなり、しばらく黙り込んだあと、奏は手を差し出した。
「帰りましょう?」
「や、この手は何?」
「決まってるでしょ? 手を繋ぐのよ」
「……恋人?」
「に見られるかもね」
「えっ」
「冗談よ。ただ、今日はちょっとお仕事ハードだったから、腕を貸して欲しいの」
分かるんだか分からないんだかって感じの理屈だったが、優衣は仕方なく従った。
腕と体の間に隙間を作ると、奏はその腕に自分の右腕を絡めた。
「かえりましょう」
「……んっ」