他のヒロイン達もこれくらいガンガン行けば良いのに。
学校が始まった。俺も奏も分かりきった事だが、同じ時間に目を覚まし、同じ時間に家を出た。
だからだろう、約束もしてないのに玄関先で出会した。うっす、おはよう、と短く挨拶して、二人で並んで歩き始めた。
「久しぶりね、学生服着るの」
「それな。お前の場合コスプレみたいだけどな」
「はいはい……。それはもう分かったわよ」
……なんだ? 反応して来ない。いや反応はしてるけどさらっと流された。
「ね、優衣」
「っ、な、何?」
……なんか、こいつに下の名前で呼ばれると背中がむず痒いな。や、まぁ呼べっつったのは俺だが。
「今日の放課後暇?」
「え? あー暇だけど」
「ならさ、何処か寄って帰らない?」
「いいけど、お前仕事はないの?」
「平気だから誘ってるんでしょ?」
ま、そりゃそうか。しかし、わざわざ遊びに誘って来るなんてなぁ。最近、奏の俺に対する態度はかなり柔らかくなった気がする。多分、嫌われてはなくなったって事なんだろうけど……。
でも、なんだろう。そういう態度を取られると、俺も嫌いとは言えないどころか「こいつ本当は可愛いんじゃね?」と思うようになってしまう。
しかし、俺も以前まではこいつに好かれたいと思った事はなかったし、従ってこいつに好かれるようなことをした事はないのだが……。
……あ、もしかしてこいつ……。
「なぁ、奏」
「? 何?」
「もしかしてお前、好きな男いるの?」
「っ」
ピクッと速水が反応した。その場で足を止めて、怪訝な顔を俺に向けて来た。
「……どうして?」
「や、最近俺にやけに親切になったなって思って。少し可愛くなったとも思ったし」
「か、かわっ……!」
「もしかして、好きな男でもできたんじゃねーのかなって」
すると、しばらく奏は黙り込んだ後、悪戯っぽく微笑んで俺を見た。
「一応聞くけど、誰だと思う?」
「は?」
「あなたの知ってる人よ?」
て事は本当にいるのか。誰だ? 俺と奏の共通の知り合い、か……。いや、名前だけ知ってる可能性もある。
……あれ? そうなると、一人しかいないんじゃ……。
「あの鷹宮とか言う奴か?」
直後、奏はイラっとしたのか、眉間にしわを寄せた。
「違う」
「え、じゃあ誰だよ」
「教えてあげない」
「なんで⁉︎」
「ほら、それより早く行きましょう」
言われて、奏は俺の先をサクサクと歩き始めた。
……そっか、奏は好きな人いるのか。なんだか複雑な気分だ。なんでだろ、別に奏がどこの誰の事が好きだろうと俺の知る所じゃないはずなのに。異様にモヤモヤするのはなんでだろうな……。
俺の前を歩く奏の背中を、俺はなぜかイライラしながら眺めた。
×××
学校が終わり、俺と奏は帰宅し始めた。未だに奏の好きな人に関して頭から離れない。なんでだっつんだよ、本当に。忘れろっつっても忘れらんねーんだよ。なんでだよほんとに。
だークソ、モヤモヤするしイライラする。今、ヤンキーに絡まれたら確実に殺しちゃう。
「ね、優衣っ。どこに行きましょうか?」
「あ? あ、あー……」
「……どうしたの?」
「や、何でもない。奏の好きなとこで良いよ。……つーか、好きな男いるなら俺と一緒にいて意味あんの?」
「良いのよ、別に。それよりどこ行く?」
……女の中で男と出掛けるのってあんま躊躇いないものなのか? 俺なら好きな女が男と出掛けてるの見るの嫌なんだが。
まぁ、とりあえずどこ行くかだけ答えねーと。
「飯食いたい」
「あら、いきなり食事?」
「腹減った。奢るから飯にしよう」
「本当に? じゃあ回らないお寿司が食べたいわ」
「勘弁してくれや。んな高いもん奢れるかよ」
「冗談よ。マックで良いわ」
そう言って、二人でマックに向かった。お前マックと回らない寿司屋って180°真逆なんだが……まぁ良いか。
駅前のマックに到着し、クーポンを使って二人分購入した。最近のマックはハンバーガーの数が増えた。グランナントカだのテリヤキナントカだのと色々種類はあるが……まぁ、俺はよく分からないので、普通のハンバーガーにポテトを頼んだ。
一方、速水はその辺の話題には敏感なようで、グランクラブハウスとかいうハンバーガーを頼んでいた。
「んー、美味しい。人のお金で食べてるからかしら、尚更」
「お前よく奢ってもらった人の目の前で……」
「というか、あなたは普通のハンバーガーなのね?」
「最近のはよくわからんからな」
別に「昔は良かった」なんてアンチくさいことを言うつもりもないが。食べたこともないからなんとも言えねーしな。
「じ、じゃあ、一口食べてみる?」
言いながら、奏は自分の食べかけのハンバーガーを差し出してきた。
「え、お、おまっ……」
「何? いらないの?」
「っ……」
え、これ食べちゃって良い、のか……? や、でも……え? これ、食べちゃったら間接……。
や、バカ。考えるな。もみあげで隠れて耳が見えないから何とも言えないが、おそらく奏は余裕まんまだ。俺が狼狽えてどうする。
「……あむっ」
「ーっ」
一口もらった。奏から息を吸い込む音が聞こえた気がしたが、気にする余裕なんてなかった。
「ど、どう? 美味しいでしょ?」
「あ、ああ……」
味なんて分かんねーよバーカ……。
だが、奏の猛攻は終わらなかった。俺の手に持ってるハンバーガーに口を近づけた。
「あなたのもくれる?」
「えっ」
「あむっ」
一口食べて、ムシャムシャと咀嚼する。こ、こいつ……どうしたよ本当に! たこ焼きの間接キスの時は顔真っ赤にしてた癖に!
「ん、美味し」
微笑む奏。飲み込むと、奏は手に持ってるハンバーガーを机に置いた。
「ごめんなさい。ちょっと、お化粧直して来るわ」
「化粧してねーだろ。今日学校だし」
「……察しなさいよ」
「は? ……あー、何。うんこ?」
チョキで殴られ、目を抑えてる間に奏はトイレに向かった。あいつやって良いことと悪いことの区別も付かないのかよ……。
まぁ、そんな話はともかくとしても、とりあえず少し助かった。心を落ち着かせる時間が欲しかったんだ。しかし、なんだよあいつ、心臓を的確に攻めて来やがって……。
とりあえず、落ち着こう。何にしても、これ以上あいつのペースに乗せられてたまるか。精神統一しろ、俺。
「……よし、落ち着いた」
「何が?」
「っ」
後ろから声をかけられた。奏が戻って来たようだ。
「……後ろから急に声かけて来るなよ……」
「さ、続き食べましょう」
そう言って、奏は自分のハンバーガーをパクパクと口の中に納めていく。
それをなるべく見ないようにしながら、俺もハンバーガーとかポテトを食べた。先に食べ終えて、飲み物を飲んで一息つく。
奏も奏でのんびりポテトを食べていた。すると、ポテトの箱から一本、ポテトを出して俺に見せてきた。
「見て、長くない?」
「ん、そうだな」
確かに長ぇな。人差し指2本分くらい。そういうのって特に何があるわけでもないのになんか嬉しくなるよな。
「ね、優衣」
「何?」
飲み物を飲みながら答えた。今度は何をするつもりだ?
「……ポッキーゲームって知ってる?」
「知ってるけど」
「……せっかく長いの見つけたんだし、ポテトでやらない?」
「ブッフォグ⁉︎」
飲み物を盛大に吹き出した。この女は本当に何を言いだすんだ? バカなのか?
「お、おまっ……! そういうのは流石に好きな男とだな……!」
「何、照れてるの? 私を相手に? こんなの度胸試しじゃない」
「ーっ……そ、そうだが……!」
クッ……癪に触る言い方して来やがって……! 上等だよ畜生が。
その安い挑発を買おうとした直後、突然ふと冷静になった。奏のもみ上げに隠れた耳の周りがやけに赤い。顔全体ではなく、その部分だけだ。
……こいつ、もしかして……。
考えが浮かんだ時には手が動いてた。奏の片方の頬に触れると、揉み上げを掻き上げた。耳どころかその周辺が真っ赤になっていた。
「ーっ!」
慌てて俺の手を払って身体を後ろに逸らす奏。真っ赤になった顔で俺をジロリと睨んだ。
「なんだお前、お前が先に照れてんじゃねぇか」
「ーっ……!」
顔を赤くしたまま俯く奏。が、やがてポテトを口の中に流し込み、ガタッと席を立っておぼんを持って片付け場の方に振り返った。
「さっさと行くわよ!」
「ああ⁉︎ なんだ急に……!」
「お腹は膨れたんだし、さっさと遊びに行くって言ってるのよ!」
「お、おい待てよ……!」
慌てて奏の手を掴んで引っ張ると、こっちに振り向いた顔は耳だけで無く完全に真っ赤になっていた。
「……っ!」
真っ赤な顔で歯を食いしばった奏は、俺の手首に思いっきり手刀を振り下ろした。
「早く来なさい! バカ!」
「っ、わ、分かったよ……!」
突然、不機嫌になった奏の後を仕方なく追った。
×××
今日の奏の目的はプリクラだったようで、俺と奏はデパートのゲーセンに入った。
二人でプリクラの筐体に(俺の奢りで)入ると、奏はすいすいとフレームを選ぶ。この前、一ノ瀬と撮った機械とは別の物のようだ。まぁ、あの悪趣味な筐体よりはこっちの普通の奴のが良いけど。
「ねぇ、優衣?」
「何?」
「キスプリって知ってる?」
「……お前本気で言ってんの?」
「や、待って。理由があるの聞いて」
少し引きそうになったが、奏がそう言うので中止した。
「周子と美嘉がね? 私のことを処女ビッチだとか抜かすのよ」
「お、おう……?」
「それで、普段キスキス言ってるくせにファーストキスもまだってバカにするのよ」
「事実だろ」
「うるさいわよ」
てか、普段キスキス言ってんのか……。同性の前だけビッチとか、ホントに可愛い奴だな。
「……だから、キスプリを撮りたくて……」
「や、でもお前……好きな人いんだろ?」
「……このクソ鈍感」
「あ? 何?」
「何でもないわ……」
なんか今、すごい辛辣な言葉が聞こえたような……。
「だからね? 口と口を限界まで近づけて、それでプリクラ撮らない? それなら口の周りを落書きで隠せばキスプリになるから」
なるほど。キスプリ(キスしてるとは言ってない)ってやつか。
「やだよ」
「うっ……いいじゃない、あなたアイドルとキスプリが撮れるのよ?」
「やだよ。アホかお前」
なんでそんなアホな事しなきゃいけねーんだよ……。大体、俺の中でお前アイドル感ゼロだからな。身近過ぎるんだよ。
すると、奏は少しショボンと肩を落とした。あれ、アホとか悪口言っておけば口喧嘩になると思ったんだが……。
「そ、そう……なら、いいわ……」
……あれ、なんか思ったより残念そう……つーか、泣きそうだな。え、なんかまるで俺とキスプリ撮りたいみたいになってんだけど……。そんなにバカにされるの嫌だったの? なんだろ、何この罪悪感?
「……」
「……」
い、いや、それでもダメだろ。奏は好きな人がいるんだ。というか、ここはちょっと言うべきだろう。
「奏」
真剣な声で名前を呼ぶと、キョトンとした顔で奏はこっちに振り向いた。
「あー……その、なんだ? 好きな奴がいるなら、例え友達を見返すためでもそういうのはやめといた方が良いと思うぞ。ほら、俺も恋愛とかよく分からんけど、キスは何度でも出来ても、最初のキスだけは一回しか出来ないんだから」
そう言うと、奏は少し顔を赤くして目を逸らした。で、俯いたまましばらく黙り込んだ後「……ほんとずるいんだから」と呟いたと思ったら、俺の顔を正面から見て、いつもの意地悪な笑み浮かべた。
「……うるさいわね、本当にキスするってわけじゃないんだから」
「や、お前的なそうでもな? そのプリクラを見た奴的には……」
「分かってるわよバーカ。もういいわ、普通に撮りましょう」
「っ、お、おう?」
なんだ、なんか急にいつもの感じに戻ったぞ。正確に言えば少し前の奏。何こいつ、二重人格なの?
奏は顔を赤くしたまま、俺の腕にしがみ付いてカメラに向かってピースした。
「ほら、あんたも何かポーズしなさいよ。元ヤンの癖にヤケに真面目な優衣くん」
「るっせーよ、喧嘩売ってんのか」
そんな話をしながらプリクラを撮った。
落書きだけ済ませ、その後もとりあえず二人でぶらぶら歩いた。