学校が始まり、早一週間が経過した。いや、もうほんとこの歳になると時が過ぎ去るのって早いよね。一週間なんて矢の如しだよね。
しかし、そんな異常に時が過ぎ去るのが早いのに、嫌な時間や気まずい時間は長く感じる。……そう、今の俺のように。
「ねえ、優衣。2人で屋上でお弁当食べるのも良いわね」
「あ、うん。ソウダネ」
……すごく鬱陶しい。なんで俺、奏と一緒に2人きりで屋上で飯食ったんだ……?
「……何? 私とお弁当食べるのが嫌なの?」
「そういうわけではないですが」
「ならその棒読みはなんなのよ」
「いえ、なんでもないです」
……なんか怖いんだよ。なんでそんな、こう……恋してる乙女みたいな感じでグイグイ来るの?
「……ごめんなさい、迷惑だったかしら?」
そのくせ、すぐにショボンとするのやめろ。なんか罪悪感すごいだろ。
「……や、迷惑じゃないから。ただ、その……何? どうした? って感じなだけで」
「別にどうもしてないわよ」
「だって最近……」
「最近、何?」
「……や、なんでもない」
……だめだ、言えない。なんなんだよこいつ、なんでこんなグイグイ来るようになったの? 何があったの?
「……なぁ、奏」
「何?」
「や、何でもない……」
「何よ、気になるじゃない」
「大した事じゃねーよ。なんか悪いものでも食ったのかなって思っただけ」
「ふふ、何それ。別にそんなんじゃないもの。ただ、素直になろうかなって思っただけよ」
「は?」
うーん……これ、やっぱこいつ……。
や、でもそれを聞けば恥ずかしい思いするの俺だしなぁ……。それに、証拠があるわけでもないし、やっぱ黙ってた方が良いだろう。
「ね、優衣。今日これから暇?」
「は? 何急に」
「実はね、面白いゲーム買ったのよ。だから、一緒にやりたいなって思って」
ふーん、ゲームねぇ。
「なんていう?」
「ドラクエ」
「ああ、ドラクエね」
懐かしいな。8までやってた。
「え、それうちでやんの?」
「ダメ? 今日、金曜日だし、二人で夜中にゲームをプレイするのって憧れだったのよ」
や、それは良いが……。え? 夜中にって事は泊まる気?
「まぁ、流石に泊まりは厳しいから、夜遅くまでって事になりそうだけど」
あ、そういうことか……。まぁそれなら良いか? 最近、俺もモニター買ったし、ちょうど良いかもしれない。
夜遅くでも帰れるのがご近所の強みだよな。
「良いよ」
「じゃあ、帰ったらそのままあなたの部屋ね」
「了解」
ふむ、ドラクエか。実は少しやりたかったんだよな。少し楽しみかもしれない。
そんな事を考えてると、俺の顔の前に奏の顔があった。それなりに至近距離。え、何? いきなり。ちょっ、近い近い近い、近いってば。
動揺してると、奏の手が俺の頬に伸びて、何かを摘んだ。人差し指と親指の間にあるのは米粒だった。
「おべんとう付いてる」
「っ……」
そう言いながらニコッと憎たらしい程に可愛い笑みを浮かべると、自分の口の中に米粒を入れた。
……こいつ、本当に何があったんだよマジで……。
「……なんで米粒っておべんとうって言うんだろうな……」
「知らないわよ、そんなの」
照れ隠しで出た呟きにも反応された。や、もう何回目か分からんけど、こいつほんとに何があったんだよ……。
×××
時早くして放課後。どうやら、最初からうちでゲームをやるつもりだったらしい奏は、鞄の中にドラクエを入れていた。
二人で部屋に入り、モニターと俺のプレ4の電源を入れた。
「……つーか、今更だけど俺のプレ4でやって良かったのか?」
「良いのよ。明日までにクリアするんだから」
「明日までには無理だろ……。もしかして、ドラクエやった事ない?」
「初めてよ?」
「あのな、割とやり込み要素あるからな? それなりにクリアに時間掛かると思えよ。8の話だけど、最初のボスですらそれなりにレベル上げないと勝てないから」
「え、そ、そうなの?」
「普通にやってりゃエンドロール見れるポケモンとかとレベル違うから」
まぁ、ポケモンもやる人は努力値とか頑張るけどね。
「じゃあ私に教えてくれる? ドラクエのこと」
「おお。まぁ、アクションゲーじゃないからプレイヤースキルとかないし、気楽にやろう」
「ふふ、じゃあ優衣先生ね」
「ゲームで先生ってお前……」
大袈裟過ぎやしませんかね……。
まぁ、そんなわけで2人でドラクエを進めた。流石、俺と同レベルの成績なだけあって、覚えは早かった。
しばらくカチカチやってると、奏がボソッと呟いた。
「すごいのね……」
「何が?」
「ドラクエよ。なんか何処かで見たキャラばかりなのが」
「ああ、まぁ過去のモンスターも割と出て来てるからな」
「ドラクエやった事ない私でも知ってるモンスター達ばかりじゃない」
「スライムとかゴーレムとかな」
ああ見えてゴーレム序盤辺りとか強いし。攻撃力と防御力が理不尽だった気がする。正直あんま覚えてないけど。
「私、アレね。なんかこう……ホイミスライムが欲しいわね」
「あー分かるわ。近くに連れてるだけで便利そう」
小さいから目撃も避けられるし、何より可愛い。あの触手絶対触り心地良いから。
「キラーパンサーとか便利そうじゃない?」
「目立つからダメだろ。大学の先生方にとられて終わりだ」
「そ、そうかしら……?」
「新種の動物だからな」
だから小さくないとダメ。
「あ、でもベビーパンサーなら可愛いかもな」
「あら、そんなのいるの?」
あ、知らないんだ。まぁまだ出てないからな。
「早い話が小さいキラーパンサー」
「あ、それは可愛くて良いかも……」
「まぁ、正直可愛さならポケモンのが好きだけど」
「それはそうかもね……」
「特にサーナイトな。あいつ美人だからポケモンで出る度に100レベまで育ててるわ」
すると、速水が黙り込んだが、俺は気付かずに続けた。
「ていうか、サーナイトだけ努力値とかやったわ。あんなもはや人みたいなポケモン出しちゃダメだろ」
「……ふーん? なら、私の部屋のぬいぐるみ返そうか?」
「や、ぬいぐるみはいいです。俺、ピカチュウみたいな獣っぽいぬいぐるみは好きだけど、人型のぬいぐるみはそこまでだし」
「……へー」
……あれ? なんか怒ってる? こいつ。
「ど、どうした? 奏」
「別に怒ってなんてないわよ。私が嫉妬してるように見えた? 自惚れるのも大概にしなさいバカ」
「あ? 誰も怒ってるなんて一言も言ってねぇだろうが」
なんだよこいつ急に。
「……ふんっ」
俺と目を合わせずにそっぽを向く奏。何こいつ……もしかして、ドラクエ買ってきたのにポケモン褒めたから怒ってんのか?
「まぁ、ストーリー的にはドラクエのが好きだけどな俺」
「なんでドラクエのフォローしてるのよバカ」
違った。え、じゃあ何にキレてんのこいつ。全然分からん。
「あんたさ、バカでしょ?」
「ああ?」
「何でもないわ。言ってもわからないでしょうし。早く進めましょう」
そう言って、奏はゲームを進めた。本当になんなんだよこいつよ。くっついてきたり不機嫌になったり……。
そのまま空気は険悪になり、お互いに黙ってゲームをしてる時だ。隣からグゥッと情けない音が聞こえた。ふと横を見ると、奏は慌てて俺のいる方と反対側を向いた。
「……なに、腹減ったのか?」
「ーっ!」
「真っ赤な耳が隠れてねーぞ」
「っ、う、うるさいわよバカ!」
俺の方に真っ赤な顔で襲い掛かるが、ヒラリと避けて奏の脇腹に手を差し込んだ。
「ひゃんっ!」
前と同じミスはしない。一撃当てて引けば問題ないだろう。
可愛らしい悲鳴をあげて、奏はベッドの方に倒れ込んだ。悔しそうにベッドから俺を睨む奏の頭をポンポンと叩いてから言った。
「一旦、飯にするか」
「うー……ムカつく〜……」
ふっ、俺を倒そうなど百年早い。
二人で部屋を出て一階に降りた。俺は料理出来ないので、奏がまた作ってくれるか、もしくは外に食べに行くか。
「簡単なものでも良い?」
「ああ。悪いな毎回」
「良かったら、料理教えてあげましょうか?」
「マジ?」
「良いわよ。ちゃんとやるならね」
……まじか。や、実は一人で家出ることになった時のために料理は押さえときたかったんだよね。
「頼むわ」
「じゃ、まずは手を洗って来なさい」
そんなわけで、2人で台所に立った。
「何作るの?」
「そうね……。最初だし、簡単なものが良いわよね」
「唐揚げ食べたい」
「それあんたが食べたいだけでしょ。……まぁ良いわ」
あ、良いんだ。優しいな。と、思ったら「ただし」と忠告が入った。
「やるなら下手なアレンジは加えない事。良い?」
「お、おう」
「食戟のソーマで得たにわか知識は使わないように。良いわね?」
「り、了解です……」
忠告もらうとかどんだけ信用ねぇんだ俺は……。
そんなわけで、唐揚げ。なんか鶏肉に調味料を打ち込んだものを揉みしだいたり、油で揚げたりなどと教わる事しばらく、ようやく完成した。
「いやー、割と簡単だな唐揚げ……あれ? どうした奏?」
「……大変ね、あなたに料理を教えるのって」
知らない間にすごい疲弊してた。
「なんだよ、割とすんなりいったろうが」
「あなたのすんなりって良く分からないんだけど……。包丁すら危なかったじゃない、包丁の真下に指置かないでくれる?」
「それは悪かったよ」
「あと、味を染み込ませる時に袋を揉む時もよ。加減を考えなさい、一回袋破裂させて……」
「あ、あれは脆いビニールが悪いんだよ!」
「子供じゃないんだから……」
そう呆れながらも、俺の絆創膏だらけの指を見る奏。で、ふっと微笑むと俺の頭を撫でた。
「……まぁ、良く頑張ったわね」
「切り傷くらい日常茶飯事だったからな」
「そういう生々しいの良いから……」
「ま、後半はナイフが身体に当たる前にへし折ってやったけど」
「だからいいってば。ほら、食べましょ?」
唐揚げを机に運んだ。……あ、唐揚げ以外なんの準備もしてねえや。どうしよ、流石にこれだけじゃ栄養アレだし足らないよな……。
なんて考えてると、奏が味噌汁やら白米やらを運んで来た。
「え?」
「何?」
「おまっ、いつのまに……」
「あなたが料理してる間によ」
「……」
……全然気づかなかった。こいつすげぇな。もしかして、かなり出来る女なんじゃないか?
ポカンとしてる間に、奏が席に座ったので俺も慌てて席に着いた。
いただきます、と二人して挨拶して食事を始めた。まずはやっぱ俺の作った唐揚げから。一口食べると、肉汁が口の中にあふれ出し、鶏肉の旨味が味覚を刺激する。
「う、美味い……」
「良かったわね」
言いながら奏も唐揚げを食べた。すると、ニコッと微笑んで頷いてくれた。
……なるほど、これが人に飯を美味いと言わせるということか……。
「奏」
「何?」
「また料理教えてくれる?」
「もちろん」
ちょっとしたマイブームになりそうだ。
晩飯の後は歯磨きと風呂。風呂入る、と言って別れたはずなのに、その間に奏は家からわざわざパジャマを持ってきてうちの風呂に入った。俺はともかく奏まで風呂に入るか? とも思ったが、ゲームが終わったら速攻寝たいらしいです。
「……でも、だからってパジャマに着替えるか?」
「良いでしょ、別に」
……や、まぁ構わないけど。
「もしかしてお前泊まる気?」
「泊まらないわよ。だから早く寝たいだけだってば」
そう言うなら良いけどよ……。でも、その決心してるような顔は何なの?
「それより、どこからだっけ?」
「ダーハルーネの町から」
そんなわけで、2人でドラクエを進めた。
×××
夜中の1時。案の定というかなんというか、奏は俺の肩の上で寝息を立てていた。
「……これだよ」
……どうすりゃ良いんだよこれ。