速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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奏さんの本気(1)

 や、やってしまったぁ〜! と、私は全力で優衣の肩に頭を置いて嘘の寝息を立てていた。

 そう、ゲームを夜中までやるなんて口実。本当は途中で寝る予定だったんだけど……もう全然眠れない。むしろ緊張で目が冴えていく。お陰でゲームもサクサク進む。このままじゃほんとにクリアしてしまう。

 なので、もう寝たふりをして無理矢理一緒に寝ることにした。これなら私は鍵を家に置いてきたから送り届けられることもないし、両親は深夜なのでもう寝てる。泊まるってママに言っておいたから心配もない。

 

「おい、奏?」

「……すぴー」

「すぴー、じゃなくて」

 

 ……わざとらしかったかな。いや、でもこの際わざとらしくても構わない。とりあえず寝ないといけない。

 

「……仕方ねぇな……」

 

 そう言うと、優衣は肩の上から私を退かすと、お姫様抱っこしてくれた。43キロある私の身体を軽々と持つあたり、男らしいなぁと思う。

 ……うー、優衣の生の匂いがすごい……。って、ダメダメ。顔に出しちゃダメ。抑えなきゃ、抑えなきゃ……。

 と、思ったらベッドの上にドサッと置かれた。もう少し優しく置けないのあんた……。

 その後、優衣はプレ4の電源を切り、部屋のクローゼットを開けると中から敷布団を出した。

 敷くと、シーツをその上に被せて薄い毛布を二枚出し、一枚を布団の上、もう一枚を私の上に被せた。

 

「おやすみ」

 

 それだけ私に声をかけると、布団の上に寝……転がると思ったら、座って私の方を見つめて止まった。

 ……え、何? まさか、お、襲う気? ま、まさかね? 一応、襲われても良いようにブラはしてないけど、まさか本当に襲われるなんて思ってないし、私初めてだからそういうのはちゃんと付き合ってからにしたいと言うかお願いやっぱ無理いざその展開になると私も覚悟が必要なわけでちょっお願い誰かやめて止めてやめて止めてやめ……!

 

「こいつ、ホントおっぱいデケーなー」

「……」

 

 ……この男、どこ見てるのよ。本当に男の子ってばいくつになっても……。

 

「スゲェ……胸の谷間って本当に出来るんだな……」

 

 そ、そりゃそれなりに大きくなれば胸は二つあるんだし出来るわよ……。

 

「あそこの間に指とか入れたらどうなるんだろうな。吸い込まれて抜けなくなったりすんのかな」

 

 な、何を言ってんのよあんたは! ていうか、いつまで胸見てるわけ⁉︎ ある意味襲われるより恥ずかし……や、ある種興奮はするけど……!

 

「……なんか入れてみよ」

 

 この男本気⁉︎ ちょっ、それセクハラよね⁉︎ 眠ってる女の子の胸を触るのはダメでしょ⁉︎ こんな事ならパジャマのボタンちゃんと上まで止めておけば良かっ……!

 

「あった。小4の時に初めて完成させたガンプラのビームサーベル」

 

 何かって指じゃないの⁉︎ なんか複雑! いや、指で触られたいわけじゃないけど!

 と、とにかく何とかしてやめさせなきゃ……あっ、ね、寝返り! そうよ、寝返りを打てば……!

 

「やっぱやめた。深夜テンションでちょっとおかしくなってたわ」

 

 こ、この男〜! 今すぐ引っ叩きたい……!

 

「……バカなことしてないで寝るか……」

 

 そう言って、布団の上で寝転がる優衣。

 ……そう言えば、私抱き枕がないと寝相が悪くなるのよね。たまに。

 

「……」

 

 一度、深呼吸しましょう。これをやれば襲われてもおかしくないんだから、冷静に覚悟を決めましょう。

 ……すぅ、はぁ……。よし、覚悟決まった。私は優衣の抱き枕になる……!

 

「んっ……」

 

 目を閉じて、息を漏らしながらベッドの上で寝返りを打って隣の布団に転がり落ちた。

 

「っ⁉︎ ッ、ゴフッ‼︎ ゲフッ⁉︎」

「っ⁉︎」

 

 ゆ、優衣の上に落ちちゃった⁉︎

 そう思った頃には遅かった。私もびっくりしちゃって身体を起こし、私の肘が鳩尾に入った優衣は布団の上でピクピクと痙攣している。

 

「っ⁉︎ ちょっ、優衣⁉︎ 大丈夫⁉︎」

「っ、し、死ぬ……!」

 

 鳩尾は効くんだ……。って、感心してる場合じゃない!

 とりあえず、背中をさするなりして落ち着けた。

 

 ×××

 

「……で? つまり? 抱き枕がないと寝相が悪くなると?」

 

 優衣の前で私は正座して座っていた。流石に寝たふりしてたとは言えなかった。

 というか、それなりに高さのある場所から43キロの肘が溝に当たって3分くらいで回復する優衣って人間なのかしら……。

 

「ふーん……まぁ、何でも良いけどよ……。それなら上下変わるか?俺ベッドでお前布団で」

「うっ……」

 

 そ、それだと優衣に抱きつけないじゃない……。いや、懲りろと思うかもしれないけど。

 

「嫌なのか?」

「わ、私はベッドじゃないと眠れないのよ!」

「いやそんな事で怒られてもな……。ていうか、お前俺の肩の上で寝てただろうが」

「そ、それは眠かったから……!」

「じゃあ、ゲーム再開するか?」

「そ、それはもう夜遅いし……」

「つい15分くらい前までゲームしてたんだけどな……」

 

 ……どうしよう、抱き枕になってもらうのは諦めた方が……。

 でも、せっかくお泊まりなんだし……少しは、こう……少しでも優衣との距離を縮めたい。物理的にでも構わないから。

 この時、私の脳裏に浮かんだのは「ストレートにお願いする」ということだった。これなら、何だかんだ押しに弱い優衣なら許可してくれると思うし、深夜テンションという事で誤魔化せる。

 しかし、しかしだ。これをやれば襲われるどころか私の気持ちに気付かれる可能性がかなり高まるのは考えるまでもない事だ。

 

「奏?」

「っ、な、何?」

「大丈夫か? なんか顔色変だけど」

「平気よ」

 

 ……言って、言っちゃうか。でも、そんな事をしたら……いや、落ち着きなさい、私。今こそが勇気を振り絞るべきところのはずよ。

 文香にアレだけ偉そうにアドバイスして、チキンだ早く付き合えだ言って、私がひよるなんてそんな情けない話がありますか。

 

「優衣っ」

「お、おう? なんだ?」

「……あの、良かったら……」

「あん?」

「……っ、だっ……」

「だ?」

 

 ……逃げない、私! 今、一瞬でもダークネスフィンガーが頭に浮かんだ!

 勇気を、振り絞れ!

 

「……抱き枕に、なってくれない……かしら?」

「……は?」

「だ、抱き枕がないと眠れないのよ! いいでしょ⁉︎ 何、嫌なの⁉︎ 嫌ならはっきり……!」

「え、いや……待って。抱き枕? 俺が? お前の?」

「そ、そうよ!」

 

 ……ダメ、かしら……。そ、そうよね……。やっぱり、抱き枕なんて簡単には……。

 

「……もしかして、体調悪いのか?」

「……はっ?」

「顔色変だし……もし寒いなら抱き枕になっても良いが……」

「……」

 

 ……な、なんか変な風に理解された気がするけど……。でも、この際良いかな。

 

「……お、お願いします……」

「了解。けど、ちょっと待ってな」

 

 そう言って、優衣は一度部屋から出て行った。と思ったらすぐに戻ってきた。頬に大きな痣を作って。

 

「優衣⁉︎ 顔どうしたの⁉︎」

「煩悩を打ち消してきた」

「も、もう! あんた本当にバカなんだから……! 湿布は?」

「必要ない。この程度なら明日には……」

「いいから!」

「そこの引き出しの中です」

 

 優衣の指差す引き出しの中を漁ると、本当に湿布が入っていた。湿布どころか消毒やら絆創膏やらテーピングやらと一通りの応急処置の出来るものは全部だ。

 

「……なんで自分の部屋に救急セットがあるのよ……」

「喧嘩が少し強いくらいの時は怪我して帰ってきてたからな」

「まったく、あんたって人は……」

 

 言いながら、湿布を剥がして優衣の腫れ上がった頬に貼った。

 

「はい」

「……どうも」

「……じ、じゃあ、寝ましょう?」

「……んっ」

 

 二人でベッドの上で寝転がる。優衣が寝てから私も隣に横になった。

 

「……ぇ、えっと……良い?」

「ああ、いつでも」

 

 煩悩を打ち払ったからか、割と優衣は普通だった。

 ……なんだか、私1人緊張してバカみたいじゃない……。

 若干、不満に思いつつも、優衣に抱きついた。

 

「……硬いわね」

「うるせーよ」

 

 ……正直、触覚的には抱き心地悪かった。

 しかし、その他はそうはいかない。特に嗅覚。ゼロ距離で優衣の香りを堪能してしまい、もはや麻薬に近い感覚が脳内を支配していく。

 

「っ……」

 

 ね、眠れない! こっちの方がよっぽど!一生かけても眠れる気がしない!

 まずい、もしかして私……とんでもないことしちゃってるんじゃないかしら? でも、こう……何かしらこの感じ。この……幸福感? 何か温かいものに包まれる感覚……。

 もしかして、これがバイオセンサーのあの光というものなんじゃ……。

 

「……おい、奏」

「っ、な、何?」

「すっごい匂い嗅いで来るけど……もしかして臭い?」

 

 しっ、しまった……! つい、嗅ぎすぎてしまった⁉︎

 

「そ、そんな事ないわよ⁉︎」

「……もし嫌なら離れて良いぞ」

「っ、ぜ、絶対に離れないんだから!」

「お、おう……」

「それより、早く寝ましょう⁉︎」

「わ、分かったよ……」

 

 力説すると何とか通じてくれたみたいで、優衣は大人しくなってくれた。

 ……そうよ、早く寝なきゃ。もう夜遅いんだし……。多分眠れないけど……。

 しばらく目を閉じて大人しくなった。まぁ、眠れるわけないので、頭の中で柵を超えるガヴリールを数える事にした。

 ガヴリールの数が600を超えた辺り、そろそろ眠くなってきたかも……と思った直後、突然、私に抱かれてるはずの優衣の体が転がり、私に覆い被さった。

 

「ーっ⁉︎ ゆ、優……!」

「んーっ……」

「っ⁉︎」

 

 抱き枕にするつもりが、私が抱き枕にされてしまった。

 目の前には優衣の顎があり、正面から完全にガッチリロックされてしまっている。

 

「ちょっ、優衣……!」

 

 ふ、ふわああああ! さ、サイコフレーム! バイオセンサーどころか緑色の暖かくも心地よく美しい光が私を包み込んで……!

 

「っ、か、かな……で……」

「っ……?」

 

 い、今……私の名前を……? もしかして、優衣も……?

 

「奏……」

 

 間違いない……。私の名前を呼んでる……。

 私の名前を呼びながら、私を抱き枕にするなんて……。もしかして、優衣も私の事……。

 あ、ダメだ。そう考えると……なんだが、今の状況はもうただのイチャイチャしたいカップルに見えて来る気が……。

 そう思った直後、優衣の体が小刻みに震えてるのが見えた。

 ……もしかして、怖い夢でも見てるのかしら? 優衣でもそう言う事あるのね……。

 

「……くすっ」

 

 なんだか、可愛く見えてきたわね。これがギャップ萌えって奴なのかしら?

 ……優衣、寝てるわよね? それだけ確認してから、私は身体を伸ばして優衣の頬に唇を当てた。

 

「……私は、ここにいるからね」

 

 それだけ言うと、私も優衣を抱き返してそのままゆっくり寝た。

 

 ×××

 

 翌朝。

 

「いやー、昨日奏のおっぱい揉んだら斧担いで追いかけてくる夢見てスッゲェ怖かったわー」

「今すぐに斧を担いで追いかけてあげましょうか?」

「なんで⁉︎」

 

 昨日の私の行為がとてつもなく恥ずかしく思えてきた。私の頬へのキス返しなさいよ……!

 

 


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