速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

35 / 65
良い人は損する。

 手錠をしたまま、家を出て2人で公園に走った。まぁ、もう無いと思うけどな……。子供は平気でゴミ箱も自販機の下も漁るからなぁ……。

 

「ちょっと! もっと早く走りなさいよ!」

「え、お、おう」

 

 言われて、とりあえず奏に追い付いた。くっ、すれ違う人の目線が痛い……! 周りから見れば完全にいい歳してお巡りさんごっこしてる痛々しい学生服着た男女だからな。

 

「なぁ、奏。俺が手錠壊せば良くない?」

「嫌よ! これ2980円もしたのよ⁉︎」

「無駄に高ぇもん買ってんじゃねーよ!」

 

 何考えてんだよこいつ⁉︎ こいつと関わってから初めてそう思ったわ!

 そんなことを考えながら走ってると、長い階段に差し掛かった。

 

「早く行こう!」

「っ、ま、待った!」

 

 奏が走り出したが、俺はそれを止めた。階段の脇に大荷物を抱えたお婆さんがいたからだ。

 それを察してから、奏も頷いて婆さんに声を掛けた。

 

「あの、良かったら上まで荷物を持ちますよ」

「あら、ありがとうね」

 

 俺が左手に荷物を持ち、奏が婆さんの手を支えてゆっくりと階段を上がった。

 

「若いのに偉いねぇ」

「いやいや、困ってる人を助けるのは当然ですよ。なぁ?」

「ええ、そうです」

「あら? あなた、テレビに出てる子じゃないかい?」

「ふふ、内緒ですよ? 私の事は」

「実際に見るとやっぱり可愛いねぇ」

「ありがとうございます」

 

 そんな呑気な話をしながらも、奏の頬には汗が浮かんでいた。うん、まぁ焦るよな。

 階段をようやく上がり切り、婆さんと別れて再び走り始めた。

 

「まったく、人の良さも大概にしなさいよね!」

「お前だって賛成してただろうが!」

 

 そんな話をしてると信号が点滅し始めたので慌てて走って突っ切ろうとすると、横から「Excuse me」と声を掛けられた。

 外国人が俺と奏に声を掛けてきていた。

 

「How are you going to the station?」

 

 くっ、こんな時に……! すると、奏の方から信号を指差して言った。

 

「Go straight.Turn right」

「Thanks you」

 

 それだけ言って追い払った頃には、信号は変わってしまっていた。

 

「……何、律儀に答えてんだよ」

「あんたが人のこと言えた口?」

 

 それより、早く急がないと。信号がまた変わり、俺と奏は再び走り始めた。

 信号を渡り切って走ってると、公園の柵の外から、小さい女の子が木を見上げながら「やべぇ〜……」と呟いてるのが見えた。

 ……何かあったんだろうな。声かけてやった方が良いのか?

 

「どうかしたか?」

「あら? 晴?」

「あ、奏。……って、手鎖?」

「お願い、触れないで」

 

 なんだ? 知り合い? アイドル?

 

「知り合いか?」

「ええ。アイドルの子なんだけど……どうしたの?」

「や、サッカーボールが引っかかっちまってよ……」

 

 晴とやらの視線の先には木に引っかかったサッカーボールがあった。

 俺と奏は顔を見合わせた後、小さくため息をついて頷き合った。

 

「……少し待ってなさい。優衣」

「了解」

 

 木の根元まで移動し、俺は木に右手を当てた。

 

「何するんだよ? ていうか、奏の彼氏かあれ?」

「いいから黙って見てなさい」

 

 直後、右足を引いて半身になった後、腰からフル回転させて木を6〜7分程度の力で蹴った。

 ザワザワと木は揺れ、それは枝先一本一本にまで振動し、ボールが落下してきた。

 ポーンと間抜けな音とともに落下して晴の足元まで転がってきた。

 

「おら、これで良いか?」

「ほら、晴。お礼は?」

「っ、ゆ、友紀! 友紀ー!」

 

 ボールを持って、おそらく誰かの名前を連呼しながら慌てて逃げ出した。

 

「……怖がらせちまったかな」

「まったく、あの子は……。って、そんな場合じゃないわ。急ぎましょう!」

「え? この公園じゃないの?」

「ここじゃないわよ、ドンキの近くの公園!」

「ドンキまで行ったのかよ⁉︎」

 

 割りかし遠いだろそこ⁉︎ この女ホントに何考えてんだよ……!

 そんなわけで、引き続き走り始めた。……ていうか、ドンキまでまだまだあるのにまだここまでしか進んでないのか……。

 

「……おかしい、走ってるはずなのに……」

「あんたが一々、困ってる人に手を差し伸べるからでしょ⁉︎」

「お前に言われたくねーんだよ!」

「とにかく、次困ってる人見かけても無視だからね⁉︎ 絶対だからね⁉︎」

「わーってるよ!」

 

 そんな話をしながら走ってると、目の前をJKがキョロキョロしながら歩いてるのが見えた。

 JKなら俺達の力なんて必要ねぇだろ。最近の学生は自分で何かをすることを知らないからな。

 

「あら、凛?」

「あ、奏さん」

 

 また知り合いかよ……。まぁ、急いでるからって知り合いと会ったらスルーは出来んよな……。

 

「どうかしたの?」

「実は、うちの犬が見当たらなくて……」

「あら、それは心配ね……」

「懐いてないんじゃねーの?」

「は? あんた誰? てかなんで手鎖?」

「触れないで。ごめんなさい、凛。このバカ男は私が後で言い聞かせておくから……」

「あの、暇だったらで良いから手伝ってくれると嬉しいんだけど……」

「ごめんなさい、私達は……」

「早く見つけないと、私の好きな人がハナコに食べられちゃう……」

 

 え、ど、どういうこと……? 食べられる……?

 

「ごめんなさい、どういうことそれ?」

「うん。ナルっていう私の好きな人がいるんだけど、その人犬に嫌われやすい体質でね」

「体質……?」

「そう。その人を見かける度に噛み付くから、今頃多分、最悪死……」

 

 生死がかかってんのになんで冷静になってんだこいつ……と思ったが、良く見たら手が震えてる。この子、奏と同じであまり表に出さないタイプか。

 奏もそれに気付き、顔を見合わせてため息をついた。

 

「手伝うよ」

「見つけたら連絡するわ」

「ありがと」

 

 ……さて、少し遠回りしないとな……。

 

 ×××

 

 犬が見つかり、流石に手を繋いだまま走り回って疲れた俺と奏はコンビニのイートインに座って飲み物と揚鶏を購入してのんびりし始めた。

 

「はぁ……疲れた」

「結局、凛が一人で見つけちゃったしね……」

 

 なんでこんな疲れてんだ俺……。しかし、コンビニのチキンってなんで異様に美味いんだろうな。コンビニによって味が違うのも素晴らしいと思う。

 

「はぁ、なんだか今日はボランティアしてばかりな気がするわね……」

「なんでこんな困ってる人を立て続けに助けてるんだろうな……」

「まぁ良いじゃない。別に人に親切にするのが嫌なわけじゃないでしょ?」

「そりゃそうだがな」

 

 奏も気持ち良さそうな顔をしている。やはり根は面倒見の良い奴なんだろうな。

 

「……さ、そろそろ帰りましょうか」

「だな」

 

 そう言ってゴミをくしゃくしゃにまとめてコンビニのゴミ箱に捨てた。明日も学校だし、遅くまでは遊んでいられない。

 飲み物だけ手に持ってコンビニの自動ドアを出ようとした時、俺と奏がガラスに反射して映った。俺の右手と奏の左手を手錠で繋いでる俺達の姿だった。

 

「……」

「……」

 

 二人して今更ハッとして顔を合わせた。

 

「そうよ! 手鎖、鍵!」

「なんでのんびりコンビニで飯食ってんだ俺達⁉︎」

「急ぎましょう!」

 

 忘れてた! 急げ!

 慌ててコンビニを飛び出し、奏のいうドンキ近くの公園に走った。しかし、こう言う時に限って……。

 

「きゃっ」

 

 慌てると転ぶんだよなぁ。まぁ、そこは俺の反応速度が早かった。転び掛けた奏の手を引いて、胸で抱きかかえた。

 

「大丈夫か?」

「ーっ!」

「慌てても仕方ねえんだから、ゆっくり行くぞ」

「……ご、ごめんなさい……」

 

 ったく、慌てるとポンコツになるんだからよこいつ……。

 奏の脇に左手を通して背中を抱えながら立たせてやると「痛ッ……!」と奏が声を漏らした。

 

「どうした?」

「……ごめんなさい、足が腫れちゃったみたい……」

「……湿布な、ちょうどコンビニの前だし」

「ええ……」

 

 本当はコンビニの前で待たせたいが、手錠で別行動はできない。

 二人でコンビニに入り、湿布を買った。奏は駐車場の縁石に腰を下ろし、俺は湿布の袋を開けた。

 

「靴脱げるか?」

「ええ」

 

 奏が靴と靴下を脱ぐと、俺は左手だけで奏の足首に湿布を貼った。

 

「……あなた、右利きじゃなかったかしら?」

「喧嘩慣れすると両手使えるくらいじゃないと勝てなくなるんだよ」

「ひゃっ……」

「ヒリヒリする?」

「いえ、冷たくて……」

「我慢しろ」

「そこはもっとこう……気の利くこと言えないの?」

「悪かったな、気の利かない男で」

 

 そう言いつつ湿布を貼り終えて、何とか奏を立たせた。

 

「まだ痛いか?」

「……少し」

「体の向き的におんぶは出来ないんだ。悪いけどもう少し我慢してくれ」

「……」

 

 そう言うと、奏は少し頬を赤らめた。おそらく、言おうか言うまいか悩んでるんだろう。もうここ最近の奏はこんなんばかりだ。

 こういう時のこいつは、大抵恥ずかしいことを言う時だ。もう慣れたわ。はいはい、次はどんな歯の浮くようなセリフを言うのかな?

 

「……じ、じゃあ……抱っこ、して」

 

 まだ慣れたと思うには早過ぎたようだ。この女ほんと何言ってんだ?

 

「……本気?」

「ほ、本気……よ……」

 

 こいつ……外だぞ? マジかお前? 別に嫌ってわけじゃないけど……。

 

「……ダメなら。いいけど……」

「……」

 

 ……俺、元ヤンの割に押しに弱いのかもしれない。いや、むしろ引きに弱いのかもな……。

 

「……わーったよ……。ほら来い」

「……ありがと」

 

 頬を赤らめながらも、奏は俺に正面から抱き着き、俺は奏の太ももに手を添えて持ち上げた。

 ……し、正面からっ、奏の巨乳が……! あ、やばいこれ……。太ももの柔らかさといい、俺の体に当たってる部位全てが俺の性欲を刺激して来やがる……!

 

「かっ、奏っ……?」

「ふふっ……ゆ、優衣の心臓……すごい、バクバクしてる……♪」

 

 耳まで真っ赤にしてるテメェに言われたくねぇんだよ!

 

「ほら、優衣急いで。鍵、失くなっちゃうわよ」

「っ、お、おう……」

 

 なんだか楽しそうな声で奏は俺を抱き締めた。まぁ、その、なんだ。煩悩を打ち払おう。頭の中で過去に出会ったムカつくヤンキーをフルボッコにして。

 で、ようやくドンキ近くの公園に到着した。とりあえず、奏にゴミ箱を漁らせるわけにもいかなかったので俺が漁ったが、それらしい箱は見当たらなかった。

 

「……おい、どうするよ」

「……とりあえず帰りましょう。今日はもう疲れたわ」

「テメェは後半から俺の両手の上だっただろうが……」

「帰りもよろしくね?」

 

 ……慣れたか、こいつめ……。まぁ、別に人一人背負うくらい何ともない。

 

「……了解」

「じゃ、帰りましょうか」

 

 二人で一度、速水家に向かった。しかし、こうなると困ったな。まぁ、最悪壊せば良いわけだが、奏は壊したくないらしい。しかし、そうなるとトイレや風呂とか困る事に……。

 

「……なぁ、奏。どうするよ真面目に……」

「とりあえず、家で決めましょう。……今更になって現状が恥ずかしくなってきたから」

「お、おう……」

 

 遅ぇよ、としか思えなかった。

 しかし、これはほんとに深刻な問題だ。どうしようか二人で悩みながら速水家に帰宅すると、奏の母ちゃんが出迎えてくれた。

 

「あら、お帰りなさい。ユウくんも」

「ただいま」

「あ、どうも……」

「奏、玄関先でこれ拾ったんだけど何の鍵? 自転車?」

 

 言いながら奏の母ちゃんはちゃっちい鍵を差し出してきた。

 

「……」

「……」

 

 無事、解決した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。