速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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奏さんの本気(2)

「〜♪」

 

 鼻歌を歌いながら、私は事務所に来た。最近、学校が楽しい。

 と、いうのも、今の体育祭の練習が楽し過ぎるからだ。優衣と身体を密着させ、心臓の鼓動を抑えて走るのが苦しくもあり心地良くもある。

 何より、この前、優衣の方から誘ってくれた体育祭後のデートがとても楽しみだ。

 あの鈍感バカの事だからどうせ私の気持ちには気づいてないんだろうけど、デートと言ってまで私を遊びに誘ってくれた、ということは私に好意を持ってると思っても良いのよね?

 ……あ、ダメだ。考えただけでもニヤけちゃう。

 

「……ふふっ♪」

 

 思わず笑い零しながらロビーのソファーに座ってると、周子と美嘉が後ろを素通りしてるのを感じた。

 いつもは絡んで来るのに……。さては私の幸せオーラを察して惚気られないように逃げてるわね?

 聞いて欲しかったので後ろから忍び寄って二人の肩に手を置いた。

 

「待って? 二人とも」

 

 二人して肩をビクッと震わせる周子と美嘉。

 

「今日はお話聞いてくれないの?」

「……あー、い、いやー……すでに幸せそうだったから、あたし達が声かけるまでもないかなーって……」

「……ね、ねー。あたし達が引き受けてるのは相談と愚痴だったから……」

「惚気も聞いてくれても良いんじゃないの? それとも、自分達がからかえそうな話しか聞いてくれないの?」

 

 そう言うと、二人は仕方なさそうに私に連行されて、さっきまで私が座っていたロビーの一席に座った。

 

「で? 何を聞いて欲しいの?」

「実はね。……ふふっ、どうしようかしら。やっぱりこの幸せをあなた達にお裾分けするのは勿体無い気が……」

「行こう、美嘉ちゃん」

「うん」

「冗談だから待って。言う、ちゃんと言うから」

 

 流石に調子に乗りすぎたわね……。

 仕切りなおすつもりで小さく咳払いをしてから話し始めた。

 

「えっとね……私、優衣に常識の範囲内で好意を寄せ続けてたのは、知ってる……わよ、ね?」

「うん」

「で?」

「それでしばらく同じ部屋で寝たり、抱き枕になってもらったり、手鎖で繋がったままおんぶしてもらったり、明日の体育祭で二人三脚することになったりしてたんだけど……」

「待って。何その濃そうなエピソード詰め合わせセット」

「どの辺が常識の範囲内?」

「ん、聞きたい?」

「「結構」」

 

 ……声を揃えてお断りしなくても良いわよね。まぁ、私も割と勇気出してたから、常識の範囲内かと言われたら割と怪しいのかもしれないけど……。

 

「それでね、そしたら色々あって私と優衣が体育倉庫に閉じ込められちゃって」

「あら、それは大変」

「その時に、優衣が『体育祭終わったらデートしよう』って言ってくれたのよ。これはもうほぼほぼ間違いなくアレよね! 優衣は私のこと好きって事よね?」

「おお〜! 良かったじゃん、奏!」

「ふふ、やっぱり努力は実を結ぶものよね」

「じゃあ、はいこれ。お祝い」

 

 美嘉は言いながら鞄から缶のコーラを手渡してくれた。

 

「あら、ありがとう。でも良いの?」

「あとで飲もうと思って学校で買ったんだけど、結局飲む機会なかったんだよねー」

 

 そんな話をしながら、ありがたくコーラを開けて飲むと、隣で周子が難しい顔してるのが見えた。

 

「どうしたの? 周子。羨ましいの?」

「や、そういうんじゃなくて。多分それ、別に奏ちゃんの事が好きとかじゃないよ」

 

 私はピシィッと石になった。

 

「……え、ど、どういうこと……?」

「ん〜……あたしもたまにゆーくんと連絡取るから何となく分かるんだけど……」

「待ちなさい。あなた、いつのまに優衣の事『ゆーくん』って呼ぶようになったの?」

「え? あー……」

「それから連絡って? 内容は? 詳しくお願い。場合によっては……」

「え、よ、よっては?」

「詳しくお願い」

「よっては何⁉︎ 奏ちゃん怖いよ⁉︎」

 

 当たり前じゃない。自分の好きな人が他の女の子とも連絡とってたなんて気になるに決まってるわ。

 

「……まぁ、たいした話はしてないよ。奏ちゃんの話とか、京都の美味しい食べ物とか、アイドルのこととか」

「ふーん……何? 今度、一緒に京都でも行くの?」

「いや行かないよ別に。そういう約束はしてない」

「まぁ、いいけど……で?」

「ああ、好きとかじゃないって話……」

「ゆーくんはなんで?」

「……面倒臭いなぁ」

 

 小声で何か毒を吐いた周子は、さっきよりも深いため息をついてから答えた。

 

「……ていうか、奏ちゃんも逆の立場を想像すれば分かると思うけど」

「どういうこと?」

「男版奏ちゃんでしょ? 早い話が。なら、奏ちゃんがゆーくんに急にデレてグイグイ来られたらどうなる?」

 

 言われて、私は顎に手を当てて想像してみた。えっと、ツンツンしてた頃の私に優衣がグイグイ来たら、よね……?

 

『奏』

『何よ、気安く話しかけないでくれる?』

『もうそういうのいいから……それより、ちょっと買い物付き合ってくんね?』

『はぁ? 何急に?』

『ちょっと、奏がいないと買えないものでさ……。それに、付き合ってくれたらご褒美にキス、してあげるから……』

『ゆ、ゆーくん……(きゅんっ)』

 

 直後、私は喀血したように後ろにひっくり返った。

 

「奏ーーー!」

「な、何やってんの奏ちゃん……?」

「無理よ……今の私は優衣に何をされてもキュン死しちゃう……」

 

 くっ、付き合う前の私を今の私が見たら殺しちゃうかもしれない……!

 とにかく、もう私は優衣の思考をトレースすることはできないようだ。それはそれで少し寂しい気もするけど……。

 

「はぁ……まぁ、早い話がさ、向こうからは明確な好意を向けられてたわけじゃないんでしょ?」

「んー……」

 

 言われてみればほとんど私から色々お願いしてたような気が……。

 

「それに、最近ゆーくん普通に奏ちゃんからの好意に気付いてたよ」

「……えっ?」

「この前、相談されたし」

「……う、嘘……?」

「それなのにまだ奏ちゃんに何も言わないってことは、多分まだ自分の中でどう返事するか決めてないんじゃないの?」

 

 え……そ、そう、なの……?

 

「で、でも……デートっていうのは……」

「んー、まぁあたしはゆーくんについてまだ詳しいわけでもないから何考えてるのか分からないから何とも言えないけど、まぁ普通に告白しあぐねてるか、その日までにどう奏ちゃんの好意に答えるか決めようとしてるんじゃない?」

 

 ……ってことは、私……すごい勘違い女? そして、周子の言う案の後者だとしたら、優衣へのアピール期間を今まで通り好意を伝えるだけのギリギリアピールだけで使い切っちゃった……?

 私の顔に大量の汗が浮かぶと共に、美嘉が私の前からコーラを回収した。そのコーラは祝杯とはいかないよ? ということなのだろうか……。

 

「……どうしよう」

「まぁ、あまり期待しない事だね」

 

 トドメ刺すように周子に言われ、私はそのまま頭を抱えることになった。

 

 ×××

 

 その日のレッスンはあまり身にならなかったかもしれない。それほどまでに私的には深刻な問題だった。

 まぁ、幸か不幸か優衣とのデートは明日の体育祭の翌日だ。レッスンに支障をきたすとしたら今日だけだろう。

 ……いや、それはデートの日の優衣の解答次第だ。せめて、お断りされる前に私から告白しようかな……。まだ、その方が格好がつく気がして来た。

 そんな事を考えながら着替えをしてると、後ろから「あの……」と声がかけられた。

 

「? あら、文香?」

「……奏さん。お疲れ様です」

「お疲れ様。どうしたの?」

「……あの、何かあったのですか?」

「へっ?」

「……今日のレッスン、珍しく悩んでて身が入ってないようでしたから……」

 

 ……さすが文香ね。私が文香のことをお見通しなのと同じで、文香も私のことは分かっているようだ。

 

「……まぁ、ちょっと、ね……。でも平気よ?」

「……嘘です。ここ最近、周子さんと美嘉さんによく相談されていますよね?」

「え、ええ……。知っていたの?」

「……はい。私には相談していただけないんだなってずっと思っていました」

 

 ……あれ? 少し怒ってる?

 

「……千秋くんが『どうせあいつのことだし相談された相手にするのはなんか癪』と仰っていましたが、そうなんですか?」

「あー……」

 

 ……あの野郎。

 

「ま、まぁ……」

「……奏さん、一応私、歳上なんですよ? それに、私の恋愛相談に乗っていただいたのですから、私も奏さんの力になりたいです……」

「ふ、文香……」

 

 ……そうね、文香はこういう子だったわね……。私も変なプライドは捨てて、素直になった方が良いかもしれないわね。

 

「……まぁ、どうせ明後日には解決される悩みなんだけどね……」

「……そう、なんですか?」

「ええ。明後日、告白するってだけだから」

「ええっ⁉︎ か、奏さん好きな人がいるんですか⁉︎ 千秋くんですか⁉︎」

「違うわよ。あんなアホタレに誰がコクるもんですか」

「……千秋くんはアホタレなんかじゃないです」

「う、うん……ごめんなさい」

 

 ……彼氏のことになると怒るのよね、この子……。まぁ、私だって優衣の悪口言われたらついうっかり殺しちゃうかもしれないし。

 

「……それで、告白の成功率はどれほどですか?」

「それが……かなり低い気がして……正直、自信ないのよ……」

「……なるほど。申し訳ありません。私は告白された側でしたので……偉そうなことを言いましたが、大したアドバイスは出来そうにないです……」

 

 うん、まぁそうよね。告られる側どころか結果すら見えてたものね、あなたの所は。

 

「……ですが、告白に失敗したとしても私やありすちゃんが慰めてあげることも出来ますから」

「ありがとう、文香。でも彼氏のいる子の慰めは煽りになることを知ってね?」

「……そ、そうなんですか……?」

 

 やっぱり文香ね、こういう所は。ま、文香にそういう部分は期待してないから別に良いけどね。

 

「……あの、ちなみにその男の子とはどのような感じなのですか?」

「あー……」

 

 ……冷やかし言うような子じゃないわよね。

 

「まぁ、普通よ。ただ、最近は優衣、少し親切になったわね。二人三脚……あ、体育祭で私と優衣は二人三脚するんだけど、何も言わなくてもスピードは私に合わせてくれるし、転びそうになったら支えてくれるし、あとは……あ、私に毎日お弁当作って欲しいとかも言ってたわね」

「……明後日が楽しみですね」

「楽しみじゃないわよ! 本当に緊張してるんだから!」

「……そうですか。帰りましょう」

「あ、あれ? 文香? なんか反応が冷たいような……文香? 文香ー?」

 

 突然、なんかバカバカしくなったみたいな顔をした文香にさっさと帰られてしまい、私もドギマギしたまま帰宅した。

 

 


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