中間試験、文化祭が終わり、11月半ばに突入した。だが、イベントはまだまだ終わらない。今回のイベントが学校イベント最後のものになる。あ、いや期末試験もあるが。
そう、修学旅行だ。場所は京都。集合場所は東京駅だ。なので、いつもより早く家を出なければならない。
スーツケースと鞄を持って家を出ると、ちょうど隣から奏が出てきた。
「おはよう」
「おお」
もういつもの事なので特に反応することもなく軽く挨拶を交わし、合流すると奏に手を差し伸べた。その意図を察したのか、俺に手持ち鞄を渡してきて、それを担いで駅に向かった。
「修学旅行だな」
「そうね。京都だっけ?」
「ああ。……はぁ、憂鬱だ」
「何よ、嫌なの?」
「団体行動がどうしてもな……」
まぁ、基本は四日間とも自由行動なわけだが。1日目と最終日がクラス行動なだけだ。
「何よ、そんなこと言って体育祭では大活躍だったじゃない」
「ほとんど個人プレイだったけどな」
綱引きも一人だったし棒倒しもほとんど一人で守ってたし。
「あら、私との二人三脚は?」
「あー……いや、二人って団体競技か?」
「他の人と合わせて行動したのは一緒じゃない」
……まぁ良いか。別にこんなとこで意地張る程アホじゃない。ここはこっちが折れてやろう。
「……じゃあ訂正する。お前以外の奴と行動を合わせるのは苦手だ」
「っ、そ、そんな言葉で誤魔化されないわよ……!」
「誤魔化してねーよ」
「優衣」
「あ? ……んっ」
突然、口にキスをされた。軽く唇が触れると、奏はウィンクをしながら言った。
「……これからしばらくこういうこと出来ないんだろうし、ね?」
「……あそう」
「もっかいする?」
「いいよ別に。というか、他の人に見られるから……んっ」
「んーっ……」
「っ、はぁっ……! なんだよ、いいっつったろ!」
「良いんでしょ?」
……そういう意味じゃねーんだけど。つーかこいつさ……。
「……お前がしたかっただけだろ」
「ええ、元々キス好きなのよ、私」
「したことなかったくせに」
「っ、う、うるさいわよ! 顔真っ赤にしてるくせに!」
「お前こそ真っ赤だぞ」
「っ、あ、あなたの唇の温度がちょうど良いのが悪いのよ! だからキス好きって言っただけで……!」
「元々って言ってたじゃん」
「っ、じ、じゃあ何⁉︎ あんたは私とのキス嫌なわけ⁉︎」
「や、そんなこと言ってねぇよ!」
「じゃあどうなのよ!」
「っ、い、嫌なわけねえだろ……!」
「なら文句言わないでくれる⁉︎」
「文句なんて言ってねえだろ!」
徐々にヒートアップし、やがて睨み合いが始まる。が、気がつけば通行人が集まってきていた。
それに気付き、俺も奏も頬を赤らめて黙って駅に歩き始めた。
……もしかして、俺と奏って周りから見たらバカップルに見えてる……?
×××
東京駅に到着し、出発式を終えて新幹線に乗り込んだ。当然というかなんというか、俺と奏は隣の席。窓際を勧めたのだが、向こうも勧めてきて意地の張り合いになってじゃんけん98回戦目で俺が負けて窓際になった。
出発し、新幹線が動き出す中、奏が小さくため息をついた。
「はぁ……修学旅行はまだ始まったばかりなのに朝から疲れたわ。誰かさんの所為でね」
「人の所為にすんなよ……」
「誰もあなたの所為だなんて言ってないわ」
「テメェがうちのクラスで関わってる奴なんて俺以外に誰がいるんだよバカ」
「……あんたよりは他の人と話すわよ」
「俺も最近は女子に人気なんだけどな?」
「……へー、そう。良かったわね、人気出て」
「……」
「……」
こういう時、自分の素直じゃない性格が憎い。つい、憎まれ口で他の女の話をしてしまう。
その事が情けなくて、つい額に手をついてため息をついた。
「……ばか」
「悪かったよ……」
愚痴るようにバカと言われ、さりげなく謝ると、奏は俺の方に身を寄せて肩に頭を置いてきた。
「……罰として、このままなんだから」
「こっち側の席、窓から富士山見えるらしいけどな」
「嘘っ⁉︎」
速攻で姿勢を正した。どうやら、俺の肩<富士山らしい。まぁ、別に気にしちゃいないが。
「向こう行ったらまず清水寺だったか?」
「そうよ。写真撮影した後はバス乗り場まで自由行動」
「ふーん……」
「ね、二人で胎内めぐりしない?」
胎内めぐり……あー、アレか。真っ暗な街の中を進む奴ね。
「良いけど、お前大丈夫か? 暗くて怖くてちびるんじゃねぇの?」
「っ、そ、そんな子供みたいな真似しないわよ! あんたこそ大丈夫なの?」
「ナメんな。俺が怖がるのは小梅ちゃんが近くにいるときだ……」
そこで、俺と奏は顔を青ざめた。もし、万が一にも仕事関係で小梅ちゃんが清水寺に来ていたとしたら……。
清水寺は一説……というかもはや都市伝説だが、自殺の名所だったらしい。従って、霊的な何かも複数いてもおかしくない。
「……へ、平気よね? 何もいないわよね?」
「い、いるわけないだろ。いてたまるかってんだ。でも一応連絡取るから」
「待ちなさい、もし仮にいるとしたら小梅の事よ。私達と合流したがるかも」
「……確かに、それこそ一巻の終わりでは……」
「……」
「……」
うん、連絡を取るのはやめよう。万が一、万が一があるし。
しかし、それだけで不安は拭えない。何とか顔が赤くなってるのを誤魔化すために、奏に声を掛けた。
「奏、しりとりやろう」
「……へっ?」
「ほら、別に全然ビビってないけど、雰囲気を和らげるためだから。な?」
「そ、そうね。全然怖くないけどしりとりしましょうか」
「よし、行くぞ。りんご」
「ゴリラ」
「ランタノイド」
「毒テングダケ」
と、しりとりが始まった。
お互いに途中から熱中して勝ちに行くようになり、俺は「ど」ハメ、奏は「あ」ハメを始めた頃だった。
「アブドゥライ・フッド」
「っ、ど……ど……だ、だめね。ドラゴンガンダム」
「あっ、富士山」
クラスメートの呟きが聞こえ、俺と奏はピクッと反応した。で、とりあえず窓の外を覗くと、本当に富士山が見えた。
「おお、ほんとだ。奏、マジ見えるぞ」
「ほんとっ?」
言いながら体を仰け反らせて奏を手招きしてやると、奏は上半身をぐいっと寄せて窓の外を覗き込んだ。
「わっ……ほんとだ……! 綺麗ね……!」
うおっ……お、俺の目の前にも富士山が……! しかも二個、プルプルと震えてやがる……!
「ちょっと、あなたも見なさいよ!」
「もう見てるよ。別の富士山を」
「はぁ?」
「……あっ」
口が滑った。そう思った頃には遅かった。奏は意味を理解し、自分の胸を庇うように抱いて俺をジト目で睨んだ。
「……すけべ」
「……うるせーよ……」
「そんなに富士山が好きなら間近で見せてあげるわ」
「ちょっ、んんっ⁉︎」
言いながら、奏は俺の首に腕を回して自分の胸に俺の顔面を押し付けてきた。
ちょっ……やべっ、息ができねっ……! ていうかなにしてんだよこいつ! そんなビッチ臭いことを……!
「んーっ! んーっ……!」
「ほらどう? 満足した?」
ばっ……こ、こいつ……! ていうか奏のおっぱい本当でかい柔らかい良い匂い……! 過去に川に顔面を5分間突っ込まれた時よりキツイのに何処か心地良いんですけどどういう事?
俺にもう少し異性に耐性があれば良かったんだが、どうにもウィークポイントらしい。これ以上は保たない。
気が付けば、俺の体の力は抜けていった。それと同時に徐々に顔が熱くなって行き……あっ、鼻から血が出てる。
「ほら、ご所望の富士山よ? 優……あれ、優衣?」
「……」
「ちょっ、は、鼻血出てない⁉︎ 大丈夫なの優衣⁉︎」
「……」
「や、やばっ……やり過ぎた……! すみません、先生ー!」
そこから先の記憶はない。
×××
京都駅に着く前になんとか正気に戻った俺は、全員に合わせて荷物を降ろしてバスに乗り込んだ。
相変わらず奏と隣の席に座って移動中だが、何となく居心地悪そうにしていた。
「奏、どうかしたか?」
「っ、え、ええ。何でもないわ」
「……」
それがなんでもない奴のツラかよ。まぁ、考えてることは手に取るようにわかる。要するに、俺に鼻血を出させ気絶させたことを少し気に病んでるんだろう。或いは、今更になって大胆なことをしたと後悔してるか。
まぁ、何にしてもこういう時に奏に掛ける言葉は一つだ。
「奏」
「何? 言っとくけど、あんただって悪いんだからね。私は……」
「お前のおっぱい、超柔らかかったぞ」
「っ! なっ、何をいきなり言ってんのよあんた⁉︎」
「固くもあり、尚且つ柔らかくもあったその胸は大きな柔らかいゴムボールの如き弾力とハリがあり、とても素晴らしゅうござ……」
「あんたぶっ叩くわよ⁉︎」
「ああ、とても柔らかくて役得だった。だから、気にすんな」
「っ……」
赤くなった頬をなんとか抑えようと奏は表情を引き締めつつ俯いた。そのまましばらくフリーズ。
で、平静をようやく保つことに成功したのか、余裕の笑みを作りながら顔を上げた。
「な、何言ってんのよ。別に、気にしちゃいないわよ。それより、あんた今のセクハラだからね?」
……照れ隠しが隠し切れてないぞ。隠せてない照れ隠しってただの照れだからな。
「……ほんと可愛いなお前」
「るっさいわよ! 大体、胸を顔に押し付けられただけて顔真っ赤にして鼻血まで出すあんたに可愛いとか言われたくないから!」
「っ、は、鼻血も出るだろ! 好きな女のおっぱいに顔面挟まれたんだぞ⁉︎」
「どうせやらしい事考えてたんでしょうこの変態!」
「っ……。……前言撤回だよコノヤロー。やっぱお前全然可愛くねーわ」
「逆にあんたは可愛いものね!」
「ああ⁉︎」
「おい、バカ夫婦」
マイクを通しての声が聞こえて二人して顔を上げると、担任の先生がジト目で俺と奏を睨んでいた。
「お前らうるせーよ、夫婦喧嘩でもパフパフでも他所でやれ」
「……」
「……」
二人して謝ると、ちょうど清水寺に着いた。
まぁ、その、なんだ。目立ち過ぎた。もう少し大人しくしないと。
クラスメートが俺達の座席の横を通り過ぎてバスを降りようとする度にチラチラと見られ、うざったく思ったのか奏が不機嫌そうな顔で言った。
「……あんたの所為だからね」
「うるせーバカ」