速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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修学旅行(2)

 修学旅行も2日目。俺と奏は早速二人で京都デートを満喫し始めた。

 二人で京都の街を歩き、辺りを見回す。京都に来た、というだけで東京とは随分と違う風景に見える。まぁ、実際違うんだが、まさかこういう住宅街も変わってるとはな。

 まぁ、いつもと違う場所に来れば当然テンションも変わるわけで。それは俺だけでなく奏もそうだ。

 

「ね、優衣! あそこの八つ橋のお店行かない?」

「はいはい……」

 

 楽しそうに奏は八つ橋の店を指差した。その後に続いて歩く俺。京都ではなく奈良は一度来たことがあるが、あの時はヤンキーに絡まれては喧嘩してた。

 ま、今はそんなことはないと思うけどな。なるべく喧嘩は避けたいし。

 そんな事を考えながら歩いてると、カサッと紙のようなものを踏んだ。何かと思ったら、エロ映画のチケットだった。

 

「……」

 

 女教師モノのエロ映画。正直、超観たい。しかし、これは拾い物だし、今は奏と二人でいる。見に行くわけにもいかない。

 しかし、今この機会を逃したらもう一生見に行けないのも事実だ。今の俺は私服だし、エロ映画のチケットなんて未成年が買えるわけがない。

 

「……」

 

 バカ、俺はバカか! 彼女と京都デートなんてそれこそ滅多にないことだろ! そうだ、エロ映画なんかに夢中にされてる場合じゃない。

 とりあえず、これはポケットにしまっておこう。結論を出すのはまだ早い。まぁ、見ないにしても持っておけば金券屋に売れるかもしれないしな。

 そんな事を考えながら八つ橋の店に入ろうとした時、目の前にいつの間にか奏が戻って来ていた。

 

「っ、な、奏?」

 

 にっこり微笑んでる奏は無言で俺に手を差し出してきた。今、拾ったもんを出せ、的な。

 無言で提出するしかなかった。チケットの中身を見るなり、奏はそのチケットを引き裂いた。

 

「……」

「……拾い物なんです。あとで交番に届けるか金券屋で金に変えようと……」

「死ね」

「……」

 

 間髪入れずに死の宣告をされてしまい、俺は黙るしかなかった。

 

 ×××

 

「奏、謝るから……」

「ついてこないで」

「や、本当にでも見るつもりはなかったんだって……」

「ついてこないで」

「チケットをポケットにしまったのは本当に売るつもりで……」

「ついてこないで」

 

 ……畜生、まさかのタイミングだったんだよなぁ……。はぁ、奏はしばらく怒ってるだろうし、どうにも許してもらえそうにないよなぁ……。

 どうしたものか悩みながら歩いてると、いつのまにか奏か目の前からいなくなっていた。

 

「……はぁ」

 

 どうやら、逸れてしまったようだ。考え事なんてしながら歩くもんじゃねぇな……。

 まぁ、あいつもあいつてそれなりにショックだったんだろうし、一人になりたいと思ったのかもしれない。

 今日の夕方の18時までに宿に戻れば問題ないし、しばらくは別行動でも良いかもしれない。

 そう思ったものの、俺は俺で京都を満喫する気にもなれない。とりあえずボンヤリ歩く事にしてぶらぶらしてると、後ろから肩を突かれた。

 喧嘩かと思って振り返ると、塩見さんが立っていた。

 

「あ、塩見さん」

「どうもー」

「なんでここに?」

「仕事だよ」

 

 あ、そういやアイドルだったなこの人も。後ろには塩見さんより小柄で着物を着た女の子が立っていた。

 

「周子はん、その人は?」

「あー、奏ちゃんの彼氏の河村優衣くん」

「彼氏って言っちゃったよ……」

「で、こっちがあたしと今回ユニット組む事になった小早川紗枝はん」

「よろしうお願いしま……って、か、彼氏⁉︎」

 

 小早川さんの方が驚いたように俺を見上げた。まぁ驚くよな。塩見さんとユニットとか言ってる時点でこの子もアイドルだろうし、奏と少し話したことくらいあるだろう。

 

「まぁ、喧嘩中だけどな」

「あーやっぱりまたやったん?」

「やっぱりってなんだよ」

「や、さっき不機嫌な奏ちゃんとすれ違ったから。あたし達が声掛けても気付かなかったし、アレは相当来てたんやない?」

 

 マジか、あいつそんなキレてんのか……。や、まぁキレるわな。どーしよ、なんて謝ろうか……。なんか尚更わからなくなってきたな……。

 

「……もしかして、ゆーくんがやらかしたの?」

 

 肩を落としてる俺を見て察したのか、塩見さんが恐る恐るみたいな感じで聞いてきた。

 

「あー……まぁな」

「何したんどすか?」

 

 小早川さんが「聞いてあげるから言ってごらん?」みたいな感じで声を掛けてきた。

 初対面の人に聞いてもらうのは申し訳ないが、俺一人じゃ答えも出そうになかったし助かる。

 

「あー……エロ映画のチケット拾ったから後で金券屋で売ろうと思ってポケットにしまったらキレられた」

「うん、それはキレるよ」

「ですよねー……」

「謝ったん?」

「一応……でも聞いてもらえなかった」

 

 ま、そりゃそうだわな……。俺だって奏が拾ったホモ小説をポケットにしまって「古本屋に売ろうとしたのよ!」なんて言われればムカつくだろうし。

 

「……はぁ」

「で、奏ちゃんがサクサク歩いてる間に逸れたと?」

「そうだよ……。ったく、自分が情けなくて参るわ」

 

 実際、一瞬だけつられたしな。目の前にあんな良いおっぱいを持つ女がいるってのに……。

 

「はぁ……」

「ま、とりあえずそういう事ならシューコちゃんに任せて」

 

 そう言うと、塩見さんは楽しそうにスマホをいじり始めた。何をするかと思ったら、とんでもないことをし始めた。

 

「もしもし、奏ちゃん? 今、ゆーくん捕まえたよ」

「っ⁉︎ お、おまっ……何を……!」

 

 慌てて手を伸ばそうとしたが、後ろから小早川さんが俺の身体を押さえつけた。力づくで抜け出すのは簡単だが、仕事できてるアイドルに修学旅行で来てる俺が怪我をさせるわけにもいかない。抵抗は無駄だった。

 その間に塩見さんは電話を続ける。

 

「今から会いに来ない?」

『嫌! そんなのもういらないわよ!』

「はぁ?」

『私別にもう優衣のことなんか何とも思ってないんだから! ……ぐすっ』

「……あそう」

 

 なんの話をしてるのか聞こえないが、塩見さんは呆れ顔になった。で、俺の方をチラッと見ると、呑気な口調で言った。

 

「じゃ、紗枝はんが今、優衣に抱きついてるけどあのままで良いよね?」

「おまっ……何を……⁉︎」

『なっ……! ど、どこにいるのよあんたら⁉︎ てかなんで一緒にいるの⁉︎』

「カンケーないんでしょ?」

『あ、あるに決まってるじゃない! どこよ⁉︎』

「じゃあ、とりあえず……と言っても分からないよね。そっちがどこにいるか教えてくれない?」

『え? えーっと……あ、変なライオンの遊具がある公園にいるわ』

「あー……紗枝はん、変なライオンの遊具の公園わかる?」

「ああ、あそこな。ここから歩いて10分くらいどす」

「じゃ、今から行くね」

『待ってる。あと途中で木刀買ってきてくれる?』

「……殺人事件さえ起こさなければね」

 

 それだけ言って通話を切った。何の話をしてたのか知らないが、今殺人がどうとか言ってなかった?

 

「……なんて?」

「公園だって。行くよ」

「待て待て、そうじゃなくて今殺人がどうって……」

「紗枝はん、お願い」

「分かりました」

「おーい、聞いてる? 無視って一番酷いんだよ? ねぇ?」

 

 そのまま公園まで案内してもらった。

 三人で並んで歩いた。その間、会話はない。奏と合流してからどうするのか話すのか、それとも俺が自分が悪いと自覚してる事を知った上で黙ってるのか……いずれにしてもありがたい。何か言われるよりは黙っててくれた方が楽なこともあるもんだ。

 

「あそこの公園どす」

 

 到着したのか、小早川さんが公園を指差した。真ん中のベンチで奏が座っている。

 

「……お、いるやん」

「……どうしよう、なんて声かけたら良いかな……」

「女子か。ちゃんと誠意を伝えれば許してくれるって」

 

 ……や、まぁそうかもしれないけど。

 

「大丈夫、あたし達も付いて行ってあげるから」

「がんばって」

 

 小早川さんにまで言われ、俺は小さく深呼吸した。そうだ、今ばっかりは俺が悪いんだし、意地も恥も見せてる場合では無い。

 

「……付いてきてくれるんだよね?」

「もちろん」

「……よし、行くか」

 

 もっかい深呼吸して、公園の中に入った。近付くと、奏も俺に気づいて顔を上げる。

 一瞬、ホッとしたような顔になったが、すぐに怒ったような表情に戻し、俺を睨んだ。

 

「あら、さっきまであなたが抱きつかれて鼻の下を伸ばしていた紗枝は一緒じゃないの?」

 

 先手から悪意たっぷりで声を掛けてきた。

 ……えっ? ていうか一緒にいるんじゃ……。ふと後ろを振り返ると、誰もいなかった。少し離れた場所の喫茶店でサングラスを装備してこっちを見ていた。

 

「……」

 

 あいつらァ……! や、もういいや。どうせいても役に立つか分からんし。

 さて、なんて言おうか。考えがまだまとまってない。とりあえず謝るか? それとも事情から説明するか……。

 

「何黙ってるのよ。そんなに紗枝が好きなら紗枝とくっつけば良いでしょ? あんたみたいな変態すけべ見境なし男が相手にされるかは分からないけど」

 

 うだうだ悩んでると、悪意剥き出しで声を掛けてきた。

 ダメだ、こいつ多分照れ隠しっつーか……素直じゃないのは俺と一緒だから分かる。思っても無いことを言い出す。

 だからこそダメだ。言ったら本人も後悔する。考えをまとめてる場合じゃ無い。

 

「奏」

「気安く名前呼ばな……」

「悪かった」

「は?」

「じゃないわ、ごめん。紛らわしい行動するべきじゃなかったし、そもそも一瞬でも吊られた時点でクソだった。ほんとごめん」

「……」

 

 とりあえず、浮かんだ言葉を羅列して謝ると、少し意外だったのかポカンとする奏。

 

「……だから、まぁ、その……なんだ? 許してくれると、嬉しいんだけど……」

「……」

 

 しばらく俺の事を睨んだ後、奏は小さくため息をついた。で、相変わらず不機嫌な顔のまま歩いて俺の手を取ると、無理矢理引っ張って歩き始めた。

 

「今日はずっとあんたの奢りだから」

 

 ……許してくれた、って事かな? ホッと胸を撫で下ろし、小さく「ああ」と相槌を打った。

 

「で、どこ行く?」

「そうね……あ、その前に良いかしら?」

「あ? おい、どこ行くんだよ!」

 

 奏は俺の手を引くと、塩見さんと小早川さんの目の前に俺の手を引いて歩いて行った。

 小早川さんも予想外だったのか「えっ? えっ?」みたいな感じになる中、奏は一切気にせずに目の前に移動して、顔を5センチほどの距離まで近づけた。

 

「……優衣に抱きついたの?」

「……へっ?」

「抱きついたのなら、今すぐ殺菌しないといけないんだけど」

 

 真剣なその目にビビり、震え始める小早川さん。ていうか、こいつ小早川さんと塩見さんのこと気付いてたのか。

 明らかにビビってる小早川さんは震え声で答えた。

 

「だ、抱きついてません……が……」

「なら良いわ。ありがとね、連れて来てくれて」

 

 それだけ話して、俺を引きづり回した。うん、もしかしたら俺より怒ったら怖いかもしれない。

 

 


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