夜。どっかのバ彼女の所為で相変わらず友達のいない俺は、部屋でのんびりする事はなく、一人で宿のロビーのソファーでのんびりと腰を下ろした。
今日も奏と喧嘩しちまったな……。や、喧嘩というよりも一方的に怒られたってだけだが。
しかし、俺もエロ映画のチケットに揺さぶられるとは……まだまだ青いな。もう少し煩悩に強くならねーと……と、思いつつも、やはりおっぱいは大好きだ。大きければ大きいほど。
大体、ああいうエロ映画の女主人公って巨乳だろ? それも、おそらく奏以上の。そんなの、男なら見たくもなるだろ。まぁ、見るかどうかは別として。
しかし、もう惑わされない。今の俺は危機を経て欲望にはちょっとは強くなったはずだ。絶対にもう惑わされない。
そんなことを考えてると、後頭部をむにゅっという柔らかい何かに挟まれる感触が覆った。
「だーれだ?」
「おっぱい」
「……人のことを下品に呼ぶのは誰かしら?」
「あががががっ! 絞まってる、首絞まってる!」
こ、この女いきなり何しやがる……!
「まったく、あんたは……! というか、こんな所で何してるのよ」
手を離しながら聞かれ、絞められた喉を撫でながら答えた。
「あ? お前と一緒だよ。部屋の居場所なくてここで就寝時間まで時間潰してんの」
「はぁ? あんたと一緒にしないでくれる?」
「……え、違うのお前? てか友達いたっけ?」
「私は部屋にいるとあなたとの話をしつこく問い詰められて鬱陶しいからこっちに来たのよ」
……ちょっと友達っぽいやりとり、だと……? クッ、まさかこいつより俺の方が劣っているとは……!
「ま、経緯はどうあれ同じ立場みたいだし、一緒にいましょう」
そう言った割にドヤ顔で言った奏は、俺の隣に座った。そこでようやく気付いたが、こいつ部屋の浴衣姿だ。……相変わらずおっぱいでけーな。
「奏って部屋着とか着るんだな」
「どういう意味?」
「いや、そのまんまの意味。パジャマとか持って来てるもんだと思ってた」
「持って来てたわよ。ただ、せっかくあるものは使わないと。あんたは着ないの?」
「俺はいい。浴衣じゃ眠れねーんだよ」
「あら、そうなの?」
「だってそれ、究極的に言うとスカートだろ? ヒラヒラスースーホワホワして気になるんだよ」
「ふーん……でも、私としては見てみたかったんだけどね。あなたの浴衣」
「……はぁ?」
「だって、どっかの若頭みたいになりそうなんだもの」
そう言いながら、余裕そうな笑みを浮かべて俺からふいって目をそらす奏。
こいつ、馬鹿だろ。俺に対して今更そんな照れ隠しが通用すると思ってんのか?
「明日、着てやるから今日は我慢しろ」
「……ふん、バカ」
バカはお前だっつーの。考えが看破されて恥ずかしかったようで、俺の手を握って手の甲の皮を抓って来たが、俺にはそんな物理攻撃は効かない。
その手の上に手を被せて手を繋ぎ、そのまま立ち上がって奏の手を引いた。
「庭行かない?」
「……へっ?」
「池とかあるらしいよ。月が反射して良い感じだって聞いた」
「……そ、そう。じゃあ、行きましょうか」
なんか聞いた話だと女子はそういうの好きらしいからな。
庭に行くには玄関からではなく、専用の出口の方が近いらしい。それのルートを案内してくれる天井から下がってる順路を辿って歩いた。
「そういえば、今更だけどなんで周子達と一緒にいたの?」
「あん?」
ああ、そういやその辺の事情説明してなかったっけか。
「たまたま出会しただけだよ。あいつ、小早川さんと仕事だったらしくて」
「ふーん……。本当に?」
「ねーよ。声かけてきたのだって向こうからだ。つーか、あいつら奏にも声かけてたらしいぜ。機嫌悪くて気が付かれなかったとか言ってたが」
「あら……それは悪いことしたわね……」
そう言いつつも、奏の語尾は少し荒いし、俺を見る目は若干鋭い。
「何が言いたいの?」
「別に?」
「ちゃんと言え。言っとくけど、あの人と浮気とかそんなん無いからな」
「分かってるわよ。……ただ、その……随分と仲良く見えただけ」
「はぁ?」
仲良く、と言われてもな……。や、まぁ確かに割と一緒にいることも多いし、相談に乗ってもらったりしたし……あと向こうはアダ名で呼んで来たりしたから仲良く見えるのも……あ、つまりそういうことか。
「あだ名で呼びたいのか?」
「……うるさいわよ」
「返事になってねーよ」
ほんと面倒くせー彼女だな。
しかし、奏から「ゆーくん」か……。
『ゆーくん、次の数学の小テスト、負けたら1日私の奴隷ね?』
あ、ダメだ。ギャップ萌えも感じない。
「好きなあだ名考えて良いから『ゆーくん』はやめろ」
「なんで? 周子専用だから?」
「逆にそれで俺のこと呼べる?」
「……無理」
はい、終わり。
「でも、アダ名って言われても……」
「あ、やっぱりアダ名で呼ぶ事は確定なんだ」
「っ、ち、違っ……! あ、あんたが呼んで欲しそうにしてるから仕方なく乗ってあげたんでしょ⁉︎」
「俺は別にどっちでも良いもーん」
「その『もーん』が腹立たしいのよ!」
あー、からかうの楽しい……。というか、お前わかりやす過ぎるんだよ……。
「……別にいいわよ。嫉妬なんてしてないし……」
「あそう……」
そんな話をしてるうちに、庭に到着した。二人分のベンチが置いてあり、その前の池は学校によって照らされ、まさに京都の宿、といった雰囲気を醸し出していた。
俺も奏も、二人でベンチに座り、ホッと一息ついた。
「……あら、綺麗ね……」
そう言う着物姿の奏は月光に照らされ、普段の奏とは違ってとてもお淑やかにかつ、綺麗で幻想的とも言えた。
「奏、写真撮らせて」
「……は?」
「動くな」
「っ。……って、な、何よっ」
「今、ライティングが完璧だから」
そう言ってスマホを構えた。俺の真剣さが伝わったからか、少し照れてるのか、若干頬を赤らめながらも奏は動かなかった。
カシャっとシャッター音が鳴り、とても絵になる一枚が撮れた。
「よっしゃ、待ち受けにしよう」
「ちょっ、それは恥ずかしいからやめなさい!」
「別に恥ずかしがる事ないだろ。普段、写真一枚どころか集めて本にしたもの売ってんだから」
「あのね、あなたが撮った一枚とその辺の本屋に売れるような写真集を一緒にしないでくれる⁉︎」
「え、俺の写真ってそんなに変?」
プロに勝てると思っちゃいないが、そこまで言われるとは……。
ちょっとショック受けてると、奏は相変わらず怒った顔のまま続けた。
「ち、違うわよ! だ、だから……その……あ、あなたにだけ見られる写真の方が緊張するって言ってるの!」
「えっ……お、おう……」
……そこまで言われると流石に照れるんだが……。
お互いに顔を赤らめて目を逸らす。すると、頬を赤らめたまま奏が俺の方に体をくっつけ、指を腕に絡ませて来た。
「あなたの写真も撮らせなさいよ」
「え、なんでそれでくっ付いてくるの?」
「ツーショットだからよ! あなたの単独の写真は明日撮るんだから」
その心はすぐにわかった。浴衣姿を撮りたいってことだろう。
「……やっぱ浴衣やめよう」
「なっ……ず、ずるいわよあんた!」
怒って俺の頬に手を伸ばして抓る奏。
「ちょっ、暴れるなって……!」
「浴衣着るって言うまで離さないから!」
「そうじゃなくて、浴衣で暴れたらはだけるだろうが!」
「っ、お、覚えとくからね明日……!」
「分かったから……」
ったく、なんでこんなガキなんだよこいつ……。塩見さんからは事務所じゃ年に似合わずお姉さんっぽいって聞いたが、とても信じられない。
「いいから大人しくしてなさいよ。写真撮れないでしょ?」
「暴れたのはてめーだろうが……」
再び、腕に指を絡ませて俺に身体をくっ付ける奏。
肘に胸が当たり、ちょっと心臓に悪いが何とか平常心を保った。
……あれ? なんか、肘に当たってる感触がおかしいな……。硬さが足りないというか……柔らかすぎるというか……。
……あっ、もしかして……。
「あの、奏」
「何よ。てかもう少し寄ってくれる? 入らないから……」
「お前、ノーブラだろ」
ピシッ、と固まる奏。この反応、ビンゴか!
「バカ、お前なんつー格好で表歩いてんだ⁉︎」
「し、仕方ないでしょ⁉︎ 部屋から出る予定なかったんだから!」
ま、まぁそうだがよ……。
「……明日はちゃんと付けてこいよ」
「……わ、分かってるわよ……」
「あと、風邪引くから写真撮ったらさっさと戻るぞ」
「分かってるってば」
ったく、たまたま出会したのが俺で良かった。他の男子に見られてたら目の前の池に死体が浮かぶ事になってた。
スマホの自撮り画面に俺と奏の顔が近づく。画面狭いから近付けないと入らないんだよね。
「……じゃ、撮るわよ」
「ん、おう」
「あ、その前に優衣」
「? 何?」
反射的に奏の方に振り向いた時、唇に唇を押し付けられた。
「ーっ⁉︎」
キスをされた、と思った時には遅かった。カシャッとシャッター音が鳴り響いた。
満足したようで、奏はキス写真を撮り終えると、ベンチから立って伸びをした。
「おっ、おまっ……何を、急に……⁉︎」
「ふふ、さ、早く部屋に戻りましょう」
俺の不意を突けたのが嬉しかったのか、とても嬉しそうな顔でそう言って、奏は俺に手を差し出した。その手を受け取り、二人で宿の中に入る。
ったく、今更になって分かった。この女と付き合うというのはお互いにいかに不意打ちをして相手を照れさせるか、ということのようだ。
なんだそのカップルは。全然落ち着けねぇよ。しかし、そんな関係を何処か心地よいと思ってる俺がいるのも確かだ。
結局、やっぱり俺と合うのはこいつしかいないんだろうな……。そんな事を思いながら、嬉しそうに歩いてる奏に声を掛けた。
「……カナ」
「……はっ?」
「俺、お前のこと『カナ』って呼ぶよ、これから」
「……え、何急に……変なものでも、食べたの……?」
目をパチパチと瞬きしながら頬を徐々に赤くしていく奏。正直、俺としても照れ臭かったが、構わずに続けた。
「俺がアダ名で呼ぶのはお前だけだ。それで十分だろ?」
「……」
すると、赤くなった顔を、今度は隠すことも俺の方をまっすぐ見据えて、微笑みながら言った。
「じゃあ、あなたのことはユイって呼ばせてもらうわね」
「それはやめろ! つーか今の雰囲気でよく言えたなそれ⁉︎」
「ふふ、さっきまでのお返しよ」
そう言うと、奏は微笑みながら俺と繋いでる手を恋人つなぎに握り直した。
「……じゃ、明日は何処に行く? ユウ」
「……あの、それも女っぽいから嫌なんだけど」
直後、微笑みから一気にジト目になった奏は文句を言うように言った。
「……文句の多い人ね。さっき雰囲気がどうの言ってたのは誰よ」
「やっぱ俺は普通に下の名前で良いよ」
「だめ、意地でもユウって呼ぶから」
「テメェ、ブッ殺すぞ」
「ユウちゃーん、可愛いでちゅね〜」
「やっぱお前のアダ名変えるわ。ババァな」
「……は?」
「もしくはOL」
「……殺すわよ?」
「やってみろや」
2秒後、当然のように大声で口喧嘩が勃発、やってきた教師に怒られた。