速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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修学旅行(4)

 翌日、伏見稲荷に来た私とユイは、無限に続くかのように見える鳥居をくぐりながら頂きを目指していた。

 しかし、こんなものをよく西暦七百年に作ったわね。絶対ユイなら途中で飽きて、鳥居で東京タワー作りそうなものよ。西暦七百年に東京タワーないけど。

 そんなことを考えてると、隣を歩いてる優衣が言った。

 

「えーっと……あれじゃねーの? 真田幸村」

「ちっ、正解」

「なんで舌打ちなんだよ。おら、次は俺な。逃げの小五郎って誰?」

「あんた飽きて来てるじゃない! 何よそのやっつけ丸出しの問題!」

 

 二人で日本史クイズしながら歩いていた。人を誘っておいて勝手に飽きるのは失礼だと思うの。

 

「だってもう疲れたよ問題考えるの」

「あなたがやろうって言ったんでしょう⁉︎」

「悪かったよ。悪かったからしりとりに切り替えようぜ」

「あんたそれも途中で飽きてわざと負けたら許さないわよ」

「……黙って歩くか」

 

 ……まったく。割と思い付きで行動するのよね、この人。

 そんな事を考えてると、鳥居の群れを抜けて休憩所が見えた。焼き団子の香りが鼻腔を刺激し、思わずお腹が空いてきてしまう。

 

「カナ、休んでいくか?」

「そうね……。流石に疲れたし」

「俺は全然疲れてないけど」

「……煽られたってあんたに体力勝負挑むほど、私はバカじゃないわよ」

 

 そもそも、どんな人体構造したらこんな化け物生まれるのよ。この前、エアガンで遊んでた子供のBB弾キャッチしてて軽く怖かったわ。

 

「なんか食う?」

「お団子食べたい」

「了解」

「あと午後ティー」

「ミルク?」

「無糖」

「あんのかな……。なかったら?」

「レモンティー」

「了解」

 

 言いながら、ユイは買い出しに行ってくれた。その間、私は一人でベンチで待機。

 京都の空を見上げながら、京都の空とはまったく関係ないことを思った。

 私とユイの関係が、まさかこんな事になるなんて……と。だってそうじゃない。あの時は本気でお互いに嫌悪感しかなかった。

 なのに、今じゃ恋人同士なんて……。いや、今でも喧嘩はするけど、それでも前みたいに本気で死ねとか思わない。むしろ、死なれたら後を追うかもしれない。

 

「……はぁ」

 

 彼氏がいる文香に散々「愛が重い」とか思ってたけど、私も相当みたいね……。

 まぁ、やっぱり流石に後は追わないと思うけどね。ほら、私が死んだって彼に何かできるわけでもないじゃない? 死ぬにしてもせめて、お葬式の後かな。

 って、こんなこと考えてる時点で重いわよ。それよりも、今は修学旅行を楽しみましょう。

 そんな事を考えてると、ユイがお団子と無糖の午後ティーと何かの箱を買って戻って来た。

 

「お待たせ」

「ありがと。それは?」

「ん、八ツ橋」

「あら、いいわね。伏見稲荷で八ツ橋なんて」

 

 たまには素直に褒めてあげると、とても見事なドヤ顔を浮かべるユイ。こういう所は可愛いのね。またユイの良い所を見つけてしまったわ。

 八ツ橋の袋を開けてユイの膝の上において、二人で摘んだ。私はお団子を食べながらだけど。

 

「んー……なんか、良いわね」

「? 何が?」

「なんか、いかにも京都って感じが」

「あー……ちょっと分かるわ」

 

 伏見稲荷でお団子と八ツ橋食べてる現状が、なんだかとっても京都を満喫してる気がした。

 

「これで伏見稲荷が頂上ならな……」

「頂上はこういう休憩施設とかないんじゃないかしら」

「あ、そうなの?」

「確か、鳥居と境内があるだけだと思うけど」

「マジかー」

 

 私も来たことないから多分だけどね。

 お団子を食べ終えて、串をベンチの横に置いてあるゴミ箱に入れた。続いて八ツ橋を摘もうとすると、ユイの膝の上に手を伸ばすと、五個あったはずの八ツ橋が一個しかなかった。

 

「……ユイ?」

「ふぁひ?」

 

 咀嚼してるユイをジト目で睨んだ。

 

「私に買って来てくれたんじゃないの? 八ツ橋、もう一個しかないんだけど」

「あむっ、んっ……ごくっ、ふう。そうだよ」

「……そうだよじゃないでしょ。普通、2個と3個でわけない?」

「そんなに八ツ橋食いたかったのか?」

「違くて。普通、彼女に譲るでしょ」

「団子食べてたから良いかなって。あんま食べると太るぞ」

 

 ……あいかわらずのデリカシーの無さは、私の中の怒りのポテンシャルを上手い具合に引き出してくれるわね。

 

「余計なお世話よ! あなただって八ツ橋を4個も食べたら太るんじゃないの?」

「俺、太らない体質だから」

「そうやって油断してる人に限って、20超えたらブクブク太っていくのよ! 溜まった中性脂肪がお腹に雪だるまを作っちゃうのよね!」

「や、そんなことないから! 俺はまだまだ筋肉質だし!」

「どうかしらね? あなただってもう喧嘩とかしないんでしょう? その筋肉が役立つ事なんてもうないじゃない、あとはその上に脂肪が上書きされていくのよ」

「やめろ! 親父の悪口はやめろ! 言うなら直接言え!」

「あ、あなたのお父さんそうなの……。一応言うけど、私は自分の体型管理も出来ない人と結婚するつもりなんかないわよ」

「……」

 

 言い切ると、口を開いたまま何も言葉が出てこない間抜け面のユイだった。ふふん、私の体型を逆手に取ってあなたの体型を攻めてやったわ。

 何も言葉が出てこないみたいだし、私の勝ちね。なんて少しほくそ笑んでると、ユイは何故か頬を赤らめた。顔を真っ赤にするほど悔しいのね?

 

「どうしたの? 何か言ったら?」

「え? あ、あー……」

「それとも何も言えないのかしら? 珍しく歯切れが悪いなんてらしくないわね」

「や、まぁ……逆にそっちは歯切れ抜群だな」

「あら、あなたが私を褒めるなんて、今日は全面的に私の勝ちって所かしら?」

 

 ヤバい、少し嬉しいし楽しい。ライバルに勝つってこんな気分なのかしら。これは今回の期末試験も本気で勉強しようかしら、なんて考えてると、ユイが頬をぽりぽりと掻きながら言った。

 

「……や、その……まさか俺と結婚しようとまで考えてたなんて……流石に驚いたっつーか……」

「……はっ?」

「……その、さすがに照れるっつーか……」

 

 言われて、私の言ったセリフを思い返した。

 

『一応言うけど、私は自分の体型管理も出来ない人と結婚するつもりなんかないわよ』

 

 ……あっ、なんかもう結婚するのが当たり前みたく言ってた……。や、ヤバい……今更になってなんだか恥ずかしく……。

 だ、ダメよ! ここで頬を赤らめたら反撃されるわ! むしろ逆転される。何とか弁解しないと。

 

「あ、あら、別にそういうつもりじゃなかったんだけど? 言葉の綾よ。一々、人の言ったことに揚げ足取らないでくれる?」

「っ、だ、だよな。結婚なんてまだ先の話だよなっ」

「そ、そうよ! 結婚なんてしたらお金もかかるから! ……い、いや、私一応アイドルだし貯金はある……。で、でもっ、アイドルだから結婚は出来ない……や、どちらにせよ今すぐには出来ないわよね……ユイ、17だし……。そ、それにお互いの両親にもちゃんと話さないと……! いや、話したら話したであっさり許可してくれそう……」

「……」

 

 じ、条件が次々にクリアされていく……。わ、私達って、ユイが18歳になり次第、いつでも結婚できちゃうんじゃ……。

 

「ま、まぁ、でもほら。俺はせめて自分が就職するまで誰かと結婚はしないから。若気の至りで結婚しても後が大変なだけじゃん?」

「そっ、そうよねっ。せめて……25歳くらいになるまで待ちましょうかっ」

「あ、ああ、そうだな。はははっ……あれ? それ、結婚する事は確定ってことか?」

「はっ? ……あっ」

 

 今度は抑えられなかった。私もユイも顔を真っ赤にして俯いた。……どうしましょう、この空気。

 私やユイに似合わず、なんだかお互いに照れてしまって青春っぽい空気になって来てしまった。

 うー……どうしよう、恥ずかしいし気まずいわね……。でも、私から作った空気だし、私が何とかしないと……。

 

「……まぁ、俺は……結婚しても、良いけど……」

「っ!」

 

 唐突に隣のユイからそんな声が聞こえた。この男は平気でそういうことを……!

 

「っ、も、もう! バカなこと言わないで! 早く行くわよ!」

「え? お、おう……」

「……から」

「は? 今なんて?」

「何でもないわよ! 早く頂上を目指すのよ!」

 

 そう言って、私はユイの手を引いて八ツ橋を一つ口に入れて歩き始めた。

 ……言えるわけがない。私もそのつもりだから、なんて。私はまだ、ユイほど素直になれていない。

 

 ×××

 

 伏見稲荷のあとも鹿苑寺や慈照寺などを巡り、京都を満喫した。あの後、照れに照れた私達は普段の倍の口喧嘩をしてしまった。

 で、夜。昨日の待ち合わせ場所に私は訪れていた。ユイとの約束で、今日は浴衣を着て来てくれるはずだ。

 その事に若干、ワクワクしてると後ろから声がかかった。

 

「カナ」

「ゆ、ユイ!」

 

 振り返ると、着物を着たユイが立っていた。私は無言でスマホを取り出し、一枚撮った。

 

「てっ、テメェ何いきなり撮ってんだ!」

「良いじゃない。ていうか、本当に若頭みたいね」

「うるせーよ」

「似合ってるわよ」

「……うるせーよ」

 

 言うと、頬を赤らめて俯くユイ。本当、そういうとこ可愛い。

 そのユイの前に移動し、腕を組んで引っ張った。

 

「ね、ユイ。昨日のお庭に行きましょう?」

「ん、お、おう……」

「ふふ、照れてるの?」

「るっせーよ、テメェも耳赤いけど」

「……うるさいわよ」

 

 そんな話をしながら庭に出た。今日は月が少し雲に隠れてしまっていたから池の水面に反射はしていなかったが、それでもベンチから座って見上げるお月様は綺麗だった。

 

「あー、眠いな」

「そう?」

「ああ、今日は疲れたからな。どっかの誰かと口喧嘩させられたからな……」

「うるさいわね……。あなたがちょっかいみたいに小言を言うからでしょ?」

「何でも人の所為にすんなよ」

「じゃあ私の所為だって言うの?」

「……」

「……」

 

 お互い顔を見合わせ、小さく溜息をついた。

 

「やめようか」

「そうね。もう今日は寝るだけなんだし」

 

 そう言いながら、私はユイの肩に頭を乗せた。

 

「……なんだよ」

「嫌?」

「……嫌じゃないけど」

「なら良いじゃない」

 

 少し、胸を押し当てるように腕にくっ付いた。それを意識してか、それともしないようにしてるのか、ユイは少し腕を離そうとしたが、私は逃さなかった。腕を握る手に力を入れ、ユイの顔を下から覗き込んだ。

 

「何? 照れてるの?」

「……照れてねーよ」

「ふふ、顔赤いけど?」

「……胸を押し当てんなよ、ビッチかお前」

「言うと思った」

 

 相変わらず失礼な奴ね。でも、照れ隠しだと思えば、むしろ失礼なら失礼なほど可愛く見える。

 

「……それにね、ビッチってわけじゃないのよ。触られたいわけじゃないし」

 

 ただ、と続けてユイを下から覗き込んだまま言った。

 

「……あなたには、多少恥ずかしい部分が当たっててもくっ付いていたいって思えるのよ」

「……あそう」

「あなたは違うの?」

「……違くない」

「なら良いじゃない」

 

 そう言いながら、ユイとくっ付いた。こうしてるだけで、心臓の高鳴りを犠牲にして心地よさと幸福感を満たせる。お金を使わずにこんな想いができるなんて、彼氏っていうのはつくづく良いものね。

 

「……ね、ユイ」

「? 何?」

「キスしても良い?」

「なんだよ、いきなり。今まで許可なんて求めなかっただろうが」

「普段のキスじゃない奴よ」

「は?」

 

 キョトンとするユイ。それに、私は少し恥ずかしながらも言った。

 

「……ディープキスよ」

「……っ、は、はぁ⁉︎ なんっ……!」

「良いじゃない。もう付き合って結構経つんだし」

「で、でも……! 誰かに見られたら……!」

「気にしなくて良くないかしら?」

 

 普段の私ならこうはならなかったはずだ。だが、なんというか……伏見稲荷の辺りから私はどうにもユイにくっ付いていたい。口喧嘩も何もかも全部したい、みたいな感じだった。

 やっぱり、結婚とかそういう話をするとテンションが上がってしまうみたいだ。今度、そろそろ二人きりの泊まり掛けの旅行とかしたいかもしれないわね。や、変な意味じゃなくて。文香が我慢してるのに、私もそういうエッチなことをするわけにはいかない。

 ……でも、だからこそディープキスくらいは許してほしいと思う。

 

「ね、ダメ?」

 

 上目遣いで聞くと、ユイも頬を赤らめて目を逸らしながら答えた。

 

「……俺、経験無いんだけど」

「安心しなさい、私もよ」

「……下手かもしれないけど」

「上手い下手なんて分からないわよ、初めてなんだもの」

「……襲うかも、しんないぞ」

「それは……せめて人のいないとこでね」

「……」

 

 だめだ、我慢しようなんて思ったけど、求められたら拒否出来る自信がない。

 すると、ユイはようやく私と目を合わせた。で、徐々に顔を近づけて来て、私も答えるように目を閉じて唇を若干尖らせた。

 

「……奏」

「……優衣」

 

 互いに名前を呼びながら、唇をくっ付け、お互いに舌を絡めた。口と口の境目で互いの尾に食らいつく竜の如く舐め回す。散々、キスキス言ってたけど、キスってこんなに気持ち良いものだったのね。

 そんな今更すぎる事を思いながらも、とりあえずこれからはキスと言うのを自重しようと思いつつ、お互いに求めあった。

 

 ×××

 

 3分後、急にお互いに恥ずかしくなり、私とユイは顔を真っ赤にして無言で部屋に戻った。

 

 


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