速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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年末(1)

 修学旅行が終わり、うちの学校は続いて期末試験へ。相変わらず猛勉強して全く同じ点数を取った俺達はそのまま冬休みへ。

 今日はその冬休みの初日、カナの部屋で冬休みの予定を決める事になった。

 そんなわけで、朝早くから隣の速水家のインターホンを押した。インターホンから返事は無く、三十秒後くらいに鍵の開く音がした。

 

「上がって」

「ん、おお」

 

 家に上がり、靴を脱いでカナの部屋へ向かう。途中、リビングから別の声が聞こえて来た。

 

「あら、優衣くん。いらっしゃい」

「あ、どうも」

「ふふ、いつも奏がお世話になってます」

「お母さんやめて。お世話してるの私の方だから。今学期の試験、対決って言ったのに化学教えてあげたじゃない」

「その分、物理教えてやったけどな」

「答え合わせ後に日本史教えてあげたでしょ⁉︎」

「俺は世界史教えてやったけどな」

「はいはい、イチャイチャするのはそこまでにしなさい」

 

 カナのお母さんはそう言って俺達を黙らせると、立ち上がってこっちに歩いて来た。

 

「奏、お母さん少し出掛けてくるから」

「そう」

「お父さんと明日まで帰ってこないから。避妊はしっかりね?」

「っ、ばっ、バカ!」

 

 や、本当にバカ。なんでそういうこと言うのかな。うちにも親今日いないのに。ま、それは言わなきゃバレないことだ。

 奏の母親が家を出たのを確認すると、奏は「やっと行った……」と呟いてから俺を部屋に案内した。

 部屋に入るなり鍵を閉めたカナに、今日も仕事らしいので手早く用事を終わらせようと声を掛けた。

 

「で、冬休みだっけ?」

「……その前に、いつもの」

「あん? ……ああ」

 

 照れながらそう言うと、背伸びして唇を尖らせ、目を閉じるカナ。それに応え、俺もそこに自分の唇を重ね、舌を入れた。

 修学旅行以来、一日一回のキスを義務付けられている。まぁ、俺としても別に良いんだけど、なんかこう……健全じゃない気がしてな……。まぁ、カナもそれは察してるのか「私って本当にキス魔だったのね……」となんか嬉々としてた。

 キスを終えて離れたカナに、俺は遠慮気味に声をかけた。

 

「……なぁ、やっぱ一日一回キスって良いのかよ」

「良いのよ。バイトしかしてないあなたには分からないでしょうけど、私には仕事前のエネルギーになるんだから」

「……あっそ」

 

 無料でエネルギー補充出来るなんて便利だなぁ。でも俺のエネルギーは吸われるんで、マジで補充したエネルギー大事にして下さいね。

 過去に割とエロ本とかAVとか見たことあって、エロいもん見てる俺はなんか大人だ、みたいに思ってた時期もあったが、蓋を開ければこのキスだけで照れるウブだった。

 

「で、冬休みなんだけど……」

 

 奏が座りながら本題に入ったので、俺もお向かいに座った。

 

「どうする? クリスマスとか空いてんの?」

「いえ、イベントとかあるし、その……あまり」

「だよね、知ってた」

 

 むしろ空いてたらそれはそれで奇跡だわ。まぁ、クリスマスは諦めよう。

 

「年末は?」

 

 次に会いたい日を聞くと、ピクッと奏が肩を震わせた。何、もしかして年末も何かあるのか?

 

「ダメなん?」

「い、いえ……その、今日はその年末に予定を入れるつもりだったのよ」

「え、そうなの?」

 

 実は、と言ってポケットからチケットみたいなのを取り出す奏。そこには「一泊二日スキー場予約」と書かれていた。

 

「……一泊二日?」

「ええ。行かない?」

「……え、泊まり?」

「そう」

「二人きりで?」

「そう」

 

 ……こいつ今何抜かした?

 

「え、泊まり?」

「日帰りでスキーなんて行っても少ししか楽しめないでしょ?」

「や、まぁそうかもしれないけど……」

 

 ……ふむ、こいつ自身にそういうつもりはないみたいだが……。正直、向こうでもキスするんだろうし……二人きりの密室なんかになったら我慢出来る気がしないんだが……。

 そんな事を考えてるときだ。カナが俺の考えを見透かしたようにニヤリと微笑んだ。

 あ、この顔はまずい。簡単に言えば、俺の弱点を突け入る時の顔だ。何を言われるか、あるいは何をされるか分かったものではない。

 

「何よ、ようするに嫌なわけ?」

「や、嫌じゃないけど……その、まだ、そういうのは……早いんじゃ……」

「そういうのってどういうの?」

 

 っ、こ、この女ァ……! 分かってる癖に……! 男女で泊まりなんて一つしかねぇだろ。

 何か言い訳を考えてると、カナは意外にも俺をからかうのを切り上げた。

 

「ま、私もそういうつもりで誘ってるわけじゃないから安心しなさい」

「へっ? お、おお……や、そう言うってなんの話ししてるのか全然」

「いいから。そういうのいいから。だから、スキー行かない?」

「や、でもなぁ……」

 

 その場の空気ってもんもあるし……。お互いの家ではしょっちゅう泊まったり、泊まりに行ったりしてるが、お互いに両親いるからそれが抑止力になってるとこもある。

 だが、外だと完全に抑止力もへったくれもない。雪は女性を三倍美しくするとかも聞いたことあるし、ぶっちゃけ外見だけはどストライクのカナを前にして我慢出来るか……。

 うだうだ悩みながらふとカナを見ると、カナの表情がさっきと変わらずに俺の弱点を突く時の顔をしてるのが見えた。

 

「……なんだよ」

 

 聞き返すと、ニヤニヤしてるカナは好戦的に言った。

 

「じゃあこうしましょう? 今から私があなたに行くと言わせるから、それで言ったら行くの」

「はぁ?」

 

 なんだ? どういうことだ?

 

「拷問って事?」

「そうね、ルール的にはそういうことになるわね」

「良いけど……俺そう言うの効かないぞ。木刀より俺の頭突きの方が強くてへし折ったこともあるし。もちろん、こっちのオデコからも血は出たけど」

「あなた本当に人間……? というか、そう言う危ない真似、もうしないでね?」

 

 しねーよ。お前と付き合ってて喧嘩騒ぎなんか起こせるかっつーの。

 しかし、拷問って言ったら痛みだろ。あとは……あ、こいつの考えが読めたわ。

 

「おい、ディープキスはダメだぞ」

「チッ」

「やっぱそのつもりかよ!」

 

 本当にキス魔なんだなこいつ! どうしようもねぇや!

 

「お前の考えはよくわかったわ! キス出来りゃなんでも良いんだな!」

「そ、その言い方はないでしょう! 相手はあなたじゃなきゃ嫌だし、ちゃんとディープキスじゃなきゃ嫌よ!」

「後者はなおさら悪いわ!」

「前者は?」

「っ、そ、それは……それは良いんだよ! てか他の男にドラマの撮影以外でキスしたら俺が日本を滅ぼすからな!」

「八つ当たりの規模! ……というか、ドラマの撮影なら良いの?」

「そ、そりゃまぁ……カナには仕事とかあるし……俺が足引っ張るのはゴメンだし……。や、もちろん妬かないわけじゃないんだけどな」

「っ、そ、そう……」

 

 ただ、ドラマの撮影とかで「彼氏いるんで無理です」とは言えないだろう。それでカナの仕事が減ったりしたら最悪だし。

 少し照れたカナは若干頬を赤らめたが、すぐにさっきまでの挑発するような笑みに変えた。

 

「ま、それでも良いわ。キスと暴力は無しであなたに『行く』と言わせれば良いのね?」

「え、やるの?」

「もちろんよ」

「別に暴力は振るっても良いぞ。刃物以外なら」

「しないわよ」

「言っとくけど、誘導とか効かないからな? 俺、お前と同じくらい勉強出来るんだからな?」

「そうね。じゃあ良いわよね?」

 

 ……なんだ? ヤケにプッシュして来るな……。俺と語彙力で張り合い、勝ち抜く自信があるってことか……? いや、それにしてはハッキリ言ってこない……。

 何を考えてる? ……いや、びびってても仕方ない。こいつがどんな罠を張ってこようが看破してやる。虎穴に入らずんばなんとやらだ! なんでもかかって来やがれ!

 

「上等だよ、やってみやがれ。制限時間は10分以内な」

「ふふ、良いわよ。その代わり、あなたも逃げたりしちゃダメだからね? 自分の家に逃げ込まれちゃ困るから、この部屋から出るのは禁止」

「良いよ別に」

「じゃあよーいスタート♪」

 

 弾んだ声でそう言った直後、カナは何を思ったのか顔を近づけてきた。キスされる、と本能的に思った俺は思わず上半身を仰け反った。

 

「っ、お、おいっ! キスはダメだって……!」

「キスじゃないけど?」

 

 が、カナは俺がキスされると思って後ろに仰け反る事を読んでたように、近づけて来た上半身を支えるために両手を、俺の下半身を挟むようにして床につけ、這い這いで上半身を近づけてきた。

 

「ちょっ、かな……!」

「何?」

「き、キスはダメだって……!」

「あなたが避けるから、キスじゃないことを証明出来ないんじゃない」

「っ……」

 

 クッ、この女、中々やる……!

 しかし、かといってこの姿勢からじゃ顎に膝蹴り決めて昏倒させるしかないし……そんなこと、彼女に対して出来るわけがない。

 つまり、身動きが取れない。後ろに後ずさってると、壁まで追い込まれてしまった。

 

「っ」

「ふふ、逃さないわよ」

 

 楽しそう、と言うより色っぽい顔で俺を追い込むと、壁に手をついた。所謂、壁ドンという奴だ。

 

「っ、か、カナっ、カナ……!」

「ふふ、セミかしら?」

 

 季節外れのことを言いながら、反対側の手で壁ドンをするカナ。何つーか、これは流行語大賞になるのもわかる。男の俺がやられてもドキドキしてまう。

 顔が近いし、逃げられないし、照れ隠しも出来ない。心臓に悪いなんてもんじゃないぞ、世の中の人間はなんつーものを開発しやがったんだ。

 

「ね、ユイ?」

「っ、な、何だよ……!」

「知ってる? キスっていうのはね、普通のキスとディープキス以外にも色々と種類があるのよ?」

 

 な、なんの話だいきたり……? と、思ってる間に、カナの胸は俺の胸に押し当てられていた。むにっと柔らかさが伝わるほどに押し当てられ、心臓の鼓動が絶対と言えるほどカナに伝わっている。

 カナ自身、照れているようで耳は赤い。それに俺が気付いたのに気付くと、壁ドンしていた両手を俺の後頭部と頬に当てた。どうやら、照れを押し殺してでも俺を誘惑することに集中するつもりのようだ。

 

「ね、ユイ。知りたくない? そんなキス……」

「お、おまっ……! キスは、ダメって……!」

「そうね。でもあなたとそんな情熱的なキスが出来るのなら、負けるのもありかもね……♪」

 

 そんなことを言いながら、顔を近づけてくるカナ。

 だ、大丈夫だ落ち着け俺……! 奴はブラフを張ってるだけだ。その証拠に心臓は俺だけじゃなくカナもバクバクだし、耳も真っ赤だ。だからこのまま10分間我慢すれば諦めるはず……!

 ……いや、でも待てよ? この攻めが失敗したらあいつに得はない。泊まりのスキーは無くなるわけだから。

 そしたらあいつはどうする? せめてもの仕返しのために自分の好きなキスをするだろう。それも、カナの言う情熱的な奴を。

 そしたらうちの両親もカナの両親もいない俺に我慢は出来るのか……? いや、行ったら行ったで……いや、でも、しかし……!

 

「……わ、分かったよ……。泊まりで行くよ……」

「ふふ、決まりね♪」

 

 そう楽しそうに言うと、カナは俺の頬にキスをして離れようとした。

 が、そのカナの後頭部に腕を回した俺は力を入れて逃しまいとした。

 それにビクッと肩を震わすカナ。で、恐る恐る俺を見上げて聞いてきた。

 

「……な、何? あの、そろそろ仕事に行かないと……」

「……泊まりでスキーに行くためにこの俺をからかったんだ。ただで済むなんて思ってないだろ?」

「で、でも……お仕事が……」

「……時間は取らせねぇよ」

 

 そう言うと、カナの揉み上げを掻き上げて、真っ赤になってる耳を出させた。それに、尚更カナは小さく震え上がった。カナの顎に人差し指と親指をあてた。

 

「……立て、奏」

「ーっ……」

 

 敢えてあだ名でなく名前で呼んだ。なんかその方が良い気がしたから。

 耳だけでなく顔を真っ赤にしたカナは言われるがまま立つしか無かった。で、今度は反対側の壁に追いやり、俺の方が壁ドンをしてやった。

 カナは顔を真っ赤にしたまま、しかし僅かな余裕を使って好戦的に微笑んだ。

 

「……ふふ、なぁに? いつになくグイグイ来るじゃない、そんなに私にしてやられたのが……」

 

 開きかけたカナの唇に人差し指を当てた。

 

「……すこし黙ってろ」

「っ……」

 

 その一言にビクッとしたカナは本当に黙ってしまった。しばらく俺のことを見つめた後、何か覚悟を決めたのか、軽く目を瞑って唇を尖らせた。キス待ち顔と言うものだ。

 

「……」

「……」

 

 ……ふぅ、さてどうしようか。今、キスなんてしたらさっきのインパクトがまだ消えてないから、途中で気絶しちゃうかもしれない。鼻血なんて出したら恥ずかしいしみっともないし情けないし。

 それに、カナだって照れ屋さんだし、何かして仕事に支障が出るようなら困るよな。

 うん、誤魔化そう。何も考えずに行動し過ぎた。まぁ、カナも結局は頬にキスだけだったし、お互い様だよね。

 目を閉じてるカナのおデコに軽くデコピンをして離れた。

 

「なんてな、冗談だよ」

「……はっ?」

「仕事なんだろ? 駅まで送るから早く行こうぜ」

「……」

 

 そう言って離れると、カナは最初はキョトンとしていたが、徐々に頬を膨らませ、顔を真っ赤に染め始める。

 それと共に、眉間にシワが寄せられていった。

 

「……え、ど、どうした? 写輪眼の練習?」

「〜〜〜っ! こんの……バカ男‼︎」

「ほぐっ⁉︎」

 

 突然、電光石火の如きビンタが飛んできて、ビックリした俺はずっこけた。

 

「てめっ、何すんだコラァッ‼︎」

「るっさいわよバカ! あんたホンッッットバカ! バカ過ぎてもう……ホントバカ!」

「ああ⁉︎」

「仕事行く!」

 

 そう言ってカナはその辺に置いてあった鞄を手に取って部屋の扉を開けた。

 ったく……なんだよ、お互い様だろ……。と、内心でボヤいてると、扉を閉める直前にカナが中途半端にこっちに振り向き、呟くように言った。

 

「……年末、楽しみにしてるから」

「……んっ、お、おう……?」

 

 半端な返事をすると、カナは部屋を出て行った。……あれっ、カナの家って今誰もいないんじゃ……。

 取り残された俺は、結局夜までカナを部屋で待つしかなかった。

 

 


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