速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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年末(2)

 雪上で女性は3割り増しくらいで綺麗に見えるらしい。明確な理由は分かっていないが、とにかくそういうものだ。

 俺が思うに、それは太陽光を真っ白な雪原が反射し、女性の肌を輝かせているからだと思う。

 しかも、雪上は寒いため、女性の肌は顔だけに制限される。それがまた美人さを増す秘訣になっているに違いない、と俺は睨んでいる。まぁ別に研究したわけじゃないんだが。

 とにかく、そんなわけでカナとゲレンデに来た。着替えを手早く済ませた俺は、スキー板を嵌めて建物付近で待機している。

 しかし、まさか本当に二人きりで一泊二日のスキー旅行しに来るとは……しかも、年末にだ。仕事がある日でも必ずあいつ俺の部屋に毎朝会いに来てキスを強請って来ていたが、今年最後のキスでは何をされるか分からない。一つ屋根の下なら尚更だ。

 あー! いかんいかんいかん! 変な事考えるな俺! 今は年末年始を一緒に過ごそうという企画だ、変な事は考えるなっつーの。

 煩悩を消すために、スキー場を眺めることにした。色んな人の滑ってる様子を見て勉強しよう。

 例えば、あそこの金髪の女性。スキー板を揃えて綺麗にターンをしている。……なんつーか、ターンした時の腰の振りがエロいな……。

 

「……何を見てるのかしら?」

「っ⁉︎」

 

 後ろからカナの声が聞こえ、俺は体勢を崩した。雪というのは割と重たく頑固なものだ。スキー板が横向きに雪の中に減り込めば、当然躓いたように転んでしまう。

 

「うおっ……マジかよ……!」

「ちょっと何してるのよ……」

「悪い、手ぇ貸して」

「嫌、浮気者に貸してあげる手なんてないわよ」

「……は?」

 

 浮気者って何? と思ってる俺は分かっていなかった。スキー板というものは、少しでも傾いてる状況で並行にすると、そのままズルズルと滑っていってしまうということを。

 そのまま俺はスキー板に足を持っていかれ、坂道を滑っていってしまう。

 

「ちょっ……ちょーっ!」

 

 っ、やっ、やべっ……! ていうか、雪の上ヤバいな! 全然上手く身動き取れないんだけど……!

 が、このまま流されるわけにもいかないので、両手に持ってるストックを短く持ち、地面に思いっきり突き刺した。

 

「よい、しょっと……!」

 

 腕力だけで何とかカナの元に舞い戻った。

 

「戻ってこれたのね。……ちっ」

「おい、なんで舌打ちしたテメェ……」

「ていうか何? あんた、スキーした事ないの?」

「……悪いかよ」

「別に? じゃ、行きましょうか」

「えっ、待って。俺今滑れないって言わなかった?」

「知らないわよ」

「何怒ってんだよ、カナ」

「……」

 

 問い詰めると、拗ねた表情のカナは俺を真っ直ぐ見据えて不機嫌そうに言った。

 

「……さっき、女の人のこと目で追ってたでしょう?」

「っ、お、追ってねえから!」

「嘘。そういう嘘、私に通用すると思わないで」

「っ……」

 

 や、まぁ確かに追ってたには追ってたんだけどよ……。

 

「や、そういうんじゃなくてな……あれはスキーやった事なかったから動きを観察してただけでな……」

「それなら男の人でも良いじゃない」

「たまたま目に入ったのが女の人だったんだよ」

「つまり、常日頃から無意識に女の人を追いかけてるって事ね。やらしさを通り越して執念すら感じるわ。気持ち悪い」

 

 ……め、面倒臭ぇ……。なんだこの女……。まぁ確かに腰回りがエロいとか考えたけどよ……。

 や、そう考えた時点で俺が悪いのか。カナは完全に拗ねてるし、俺が謝るべきだろう。

 

「……悪かったよ。謝るからむくれるな、カナ」

「別にむくれてないし」

「大丈夫だっつーの、俺はどんなに綺麗な金髪でも黒髪のが好きだから。『あ、あの子綺麗だな』って思ってもそれは『カナを除いた女の子の中では』って意味だから」

「ふんっ、口では何とでも言えるもの」

 

 そう言いながらも耳は真っ赤になってる。本当にこういう反応を見れば可愛い女だよな、こいつ。

 

「じゃあ行動で示せば良いのか?」

「っ、こ、こんな公衆の面前で何する気よ……!」

「お前が信じてくれないならそうする他ないだろ?」

 

 言いながら、カナの揉み上げを掻き上げて、真っ赤になった耳を晒してやりながら、顔に手を当てた。

 

「っ、わ、分かった! 分かったからもう行くわよバカ!」

「なんだよ、良いのか?」

「時と場合を考えなさいよ!」

 

 ふぅ、良かった。俺もこんなとこでキスする勇気ないし。というか、俺の方からキスするのは未だに深呼吸が必要だし。

 ……しかし、まぁこんな慌ててるカナの姿を見てからかいたくなる俺も中々意地が悪いんだよなぁ。

 

「待てよ、カナ」

「な、何よ!」

「俺、滑り方わかんないから教えてくれない?」

「見てたなら滑れるでしょ⁉︎」

「いやいや、カナに教えて欲しいんだよ」

「っ、あ、あんた……!」

 

 悔しそうな表情を浮かべて俺を睨むカナだが、まぁ教えないと俺とスキーは楽しめない。

 

「……そういうのは来る前に言いなさいよ……」

「ほら、早く教えろよ」

「教わる態度!」

 

 そう言いながらも、俺の真横に寄り添って親切に教えてくれるカナは本当に良い子だと思う。

 

「……良い? まずはボーゲンから。スキーの板をハの字にするの。これならあまり速度は出ないから初心者でも滑れるわ」

「スキー板を、鼻血……?」

「ハの字!」

「……ああ、内股って事ね」

「で、あまりストックはアテにしない、方向転換の時と最初降りる時に少し使うくらいにしておきなさい。それと、見てたなら分かると思うけど、あそこの斜面を互い違いに降りて来なさい」

「了解です」

「じゃ、行くわよ」

 

 との事で、リフトに向かった。リフトまで、早速カナに言われた通り滑ってみた。

 まぁ、大きな斜面じゃないからストックを使うしかないわけだが。それに追加して、前を進むカナが歩くようにして若干片足ずつ浮かせて移動してるのを真似してみた。

 

「なるほど……こうして平地では移動するのか」

「見様見真似で出来るなら最初からそうしなさいよ!」

「てへへ」

「褒めてないわよ! てか褒めた要素無かったでしょ⁉︎」

 

 もうっ、と腹を立てたカナは前を向いてしまう。ふぅ、そろそろやめておくか。からかい過ぎて嫌われたら元も子もない。

 二人でリフトに乗り、ガタンゴトンと雪山を上がっていく。

 

「スキーかー。カナってスキーどんくらいやってたん?」

「私は割とお母さん達によく連れてってもらってたから。中学の時はスキー林間っていうのもあったし」

「ふーん……いいなぁ、スキー林間とかあったんか」

「ええ。あの時は友達いたのに……高校行ってから何かしたかしら……」

「お、おう……」

 

 ……空気が重い。というか、友達いないの割と気にしてんのかよお前……。

 

「ま、まぁでもほら、俺は中学の時から友達いなかったから! 敵は多かったけど!」

「別に凹んでないわよ。今はあなたがいればそれで良いもの」

「ーっ……お、おう……」

「あら、照れたの? ふふ、かわいい」

「ーっ!」

 

 唐突に横から頬に冷たい唇が当てられた。冷たいのにやけに暖かくて、突然だったので反射的に仰け反って頬に手を当てた。

 

「っ、い、いきなり何を……!」

「さっきのお返しよ」

「……あそう」

 

 ……くっ、この女にはやはり勝てんわ。キスするだけで仕返しされるんだから。

 勝ち誇った笑みを浮かべてるカナの顔をマジマジと眺めた。……んだよ、いつもと変わらねえじゃねぇか。いつもと同じムカつく笑みを浮かべている。雪原だからムカつく顔でも3割り増しで美人になると思ったが、そんなことはなかった。やはり噂は噂か。心理テストと同じで眉唾物だったようだ。

 そんな話をしながらゴール付近に到着した。カナが隣でスキー板を上げたのが見えたので、俺もそれに習った。

 

「……これ降りれんの? 俺、ガンダムじゃないんだけど」

「怖いなら手を握っててあげましょうか?」

「……怖くないけど頼んで良いですか」

「ふふ、素直な子は好きよ?」

 

 微笑みながらストックの紐を手首に掛けて、俺の手を握ってくれた。いや、降りれないなんて思っちゃいないけど、もし失敗して転んでリフトを止める騒ぎになったら他の人に迷惑がかかる。最初は誰かに助けてもらうのがベストだと判断しただけだ。

 手を繋いでリフトから降りて、さぁーっと降りる斜面の上に移動した。

 

「ふぅ、よし」

「じゃ、滑るわよ」

「先行ってて良いよ」

「私が後から行かないとあなたが転んだ時助けられないでしょ」

「え、下から上がってこれないの?」

「無理に決まってるでしょ」

 

 ……そうか、それなら確かに俺が先に行った方が良いか……。

 

「……でも、下で受け止めてほしいんだけど」

「受け止められるわけないでしょ。勢いにもよるけど、下まで持っていかれるだけよ」

「なるほど……」

 

 ここは度胸を見せるしかないわけか。まぁ、今更怪我なんてしないだろうし、気楽に行くか。

 そう決めて、ストックで雪原を蹴って発進した。言われた通り、クネクネとスキー板をハの字にして左右に動きながら降りていった。

 なるほど、確かにこうして降りれば安全にスキーはできている、いかにも初心者向けと言った感じだ。感じだが……。

 ……面白くねぇな。速度が欲しい。速さを出すにはどうしたら良いんだ?

 おそらくだが、ハの字にすると斜めにすると雪を迎える面が広いから速度が落ちるのだろう。なら、真っ直ぐ平行にしながら降りれば速さも出るんだろう。

 そんなわけで足を並行してみた。直後、横に進む速さが急激に変わった。

 

「うおっ!」

 

 良いな! これこそスキーでしょ! 見たことしかないから分からないけど! でもこれターンする時は……まぁ強引に行こう!

 

「オラッ……!」

 

 よし、おk。やべっ、スキー楽しい! 速さが楽しい! 語彙力なくてごめんなさい! でも何も出ないんです楽し過ぎて!

 高速でくねくね動き回り、一気にリフト乗り場まで降りた。スキー板を真横にすれば勢いも止まるだろう。

 

「よっ、と」

 

 ほら止まった。なんだよ、スキー簡単だなこれ。とりあえず邪魔にならない所に移動して後ろを見た。

 ちょうど良い具合にサングラスをかけたカナが降りてきた。俺の前にズザザッと雪を弾いて止まった。こいつ上手いな……。スキーの装備をしてると、男の俺から見てもイケメンだわ。

 

「あなた、本当に初めて?」

「なんで?」

「いや、見様見真似にしてもおかしいでしょう?」

「頭が良くて運動神経良ければこんなもんじゃねぇの、ターンの時だって力技だったし」

「ああそう……でも、なんだか教えて損した気分だわ」

 

 言いながら、カナは一度サングラスを取って額に掛けた。

 その顔を見て、思わずドキッとしてしまった。さっきまでは色々とトラブルがあって気が付かなかったが、確かに雪上の女性は綺麗に見えた。

 いつもの不機嫌そうな顔なのがまた美人さに拍車をかけていた。

 

「何?」

 

 怪訝そうな顔で問われて正気に戻った。そうだ、見惚れてたなんて言ったらからかわれ……いや、どうせバレてるだろうし、むしろ開き直った方が良いかもしれない。

 

「別に。雪上の女は綺麗だってのはホントだったと思っただけだ」

「……照れながら言ってちゃ意味ないわよ」

「……」

 

 ……仰る通りで。まぁ、今ので顔赤くしてるあなたに言われたくないんですけどね。

 なんだか二人揃って顔を赤らめたまま再びリフトに乗った。

 

 


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