速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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年末(4)

 年末の夜、それはいつもの夜より長く感じるものだ。それはまぁ、人によっては起きてるから長く感じるだけなんだろうけど、俺は割と夜更かしするタイプだし、それでも長く感じていた。

 理由は色々あるが、早い話が一年の総集編だからだろう。特に、今年は色々あったから、それら全てが終わって新たな一年という時を過ごす気分になる。

 そんな気分にさせられてるのは、おそらく俺の隣で不機嫌そうにお茶を啜っている女の所為だろう。俺が隣に引っ越して来たお陰で、間違いなくこいつも色々と人生設計とか崩れたはずだ。まず間違っても、高二で彼氏を作ろうなんて思ってなかったはずだ。

 俺だって同じだ。とりあえずこれからは勉強し、ヤンキーを卒業してまともな人間になろうと思ってた時にこれだ。……いや、アイドルに惚れられてる時点で、少しはまともになって来てるんだろうけど。

 だからこそ、今はこいつと仲直りしたい。勝手に風呂に俺しかいないと勘違いして叫んで来たこいつが悪いとはいえ、俺も人前で大声で叫んで言いすぎた。

 

「カナ」

「何? 平気で油断してアイドルのくせにはしたなく裸で叫んで周りの客の視線も気にせずにあなたの性癖晒したタコのおっぱいお化けのOLJKに何か御用?」

 

 ……超拗ねてる。こいつ、自分が悪い比率が高い時に限って特に言葉数が多くなるからな……。まぁ、それは俺も一緒だ。

 とりあえず、頭の冷える所に行きたい。そのためには景色が重要だ。

 

「今年最後に表出ないか?」

「……はぁ?」

「5分だけ」

「……良いけど」

「寒いから、コート着て行けよ」

「……ええ」

 

 二人でコートを着て部屋を出た。

 出たのはスキー場。ナイトスキーをしてる人もチラホラ見えるが、ほとんどの人は恐らく部屋でまったりしてる頃だろう。

 しかし、外に来て正解だった。雪と雪山と星空がうまくマッチしていて、とても幻想的な景色が目の前に広がっていた。風情とかにクソの興味もない俺でも少しホッと感動するくらいだ。

 隣のカナを見ると、俺と同じく感動してるのか、綺麗な景色に目を見開いて若干、頬を赤らめていた。

 しかし、コートを着てるとはいえ、里は真冬のスキー場だ。真冬でも川の中で喧嘩したこともある俺はともかく、カナは感動しながらも少し寒そうにしている。そのカナに、ホッカイロを手渡した。

 

「ほれ」

 

 差し出すと、感動してた表情が一気に怪訝なものとなり、俺の事を軽く睨んだ。

 

「……いらないわよ」

「俺に気を使う必要ないから。身体が強いのは知ってんだろ」

「……ありがと」

 

 素直に受け取り、ホッカイロを自分の浴衣の中に入れた。あの、素肌にホッカイロは火傷とかしませんか? まぁ、平気そうにしてるなら大丈夫だろうけど。

 

「で、何の用? まさか、こんな寒い日に雪合戦でもやるの?」

「なわけねーだろ……。悪かったなって言いたいだけだよ」

「……へっ?」

「今年最後まで喧嘩してる必要ねーだろ。外なら頭も冷えるし、景色も観れるから仲直りにはもってこいだと思ったんだよ」

「……」

 

 言うと、少しカナは黙り込んで空を見上げた。何処か遠い目をしながら、白い息を吐き出して若干、低い声で続いた。

 

「……別に、あなただけが悪いわけじゃないわ。私だって、迂闊だったもの」

「いいから謝罪は受け取っとけよ。こういう喧嘩はどんな場合でも男が悪いって相場が決まってんだ」

「あら、じゃ今、私があなたに雪玉を投げてもあなたが悪いの?」

「……それやったら喜んでやり返してやるから安心しろ」

「ほらね? 喧嘩であなただけが悪いってことはないのよ」

「……」

 

 まぁ、その通りだな。てか、それが分かってんならそっちからも謝ってくれませんかね……。

 別に謝罪の言葉が欲しいわけではないが、仲直りに「ごめんなさい」は当然の儀式だし、お互いに引け目を感じ、すぐにでも仲直りしたいと思ってるならその一言は早い方が良い。

 ……ま、理屈で分かってても感情がどうにもそうならないのは俺もよくわかるんだけどな。

 

「……だから、先に謝ってんだろ。お互いに仲直りしないのに、恥ずかしいとか引け目感じてるとか、そんなんで謝らなかったら、いつまで経っても先に進めない」

「……そうね。あなた、最近はいつもその役目よね」

「? え、そ、そう?」

「そうよ。だから、今謝ったのは無しだから」

「は?」

「私から謝るわ」

「え、なんで」

「いいから」

 

 ……こいつ、ここまで子供っぽかったか? 別に先に謝れば偉いとかなくね? まぁ、でも俺もそんな事で意地張っても仕方ないし、別に良いけどさ。

 

「分かったよ」

「……ごめんなさい、もう少し周りを見る目を育てるわ」

「ん、おお」

 

 これはー……俺も謝った方が良いのかな。でもさっき謝ったのになんとなく馬鹿馬鹿しい気もするんだよな……。

 どうしたものか悩んでると、カナが勝ち誇った笑みで俺の顔を覗き込んで来た。

 

「ふふ、これで今年最後の喧嘩は私から謝ったんだからね」

「あっ、テメェそれは卑怯だろ!」

「知らないわよ、承諾したのはあなたでしょう?」

「じゃあ今のも無しな!」

「ダメよ。私は承諾しないもの」

「それはつまり俺に借りを作ったってことだぞ?」

「そんな挑発には乗らないわよバカ」

「てかテメェ本当は謝る気なんかなかっただろ!」

「あったわよ! それはないでしょう⁉︎ ないわけがないでしょう⁉︎」

「だったら譲れや!」

「それとこれとは話が別よ!」

 

 こ、この女……! まさかそんな価値を見出してくるとは……。

 

「いいじゃない、こういうときくらいは彼女に譲りなさいよ」

「はぁ? 大体お前……!」

「いいから。本当に、悪いと思ってるのよ? わざわざ、こんな外にまで連れ出してもらって」

「だったらな……!」

 

 何か文句を言おうと思った俺の口がカナのキスで塞がれた。ググっと押し付けられ、舌が口の中に入ってくる。

 それによって俺の身体は一気に熱くなり、雪の中、外にいるという自覚が無くなるほどだった。

 つぅっ……とよだれが2人の口を繋ぐ。カナの顔は真っ赤になっていた。自分からキスして来たくせに。

 

「っ……お、おまっ……なんで、今キスなんだよ……!」

「……ふふ、体も冷えて来たし、部屋に戻りましょうか」

「な、なんっ……わ、分かったよ……」

 

 ダメだ……やっぱこいつには勝てん……。キスするだけで俺を黙らせるとか、ホントどうなってんの?

 二人で腕を組んで、自室に戻った。

 

 ×××

 

 部屋に戻った頃には、俺もカナも身体がかなり冷えてしまっていた。ほんの五分程度とはいえ、真冬に浴衣で外に出たらそりゃ身体も冷える。まぁ、部屋の暖房ガンガンつけてるし大丈夫だとは思うが。

 で、とりあえず一秒でも早く温まりたいカナはテレビを見ながら俺の膝の上に座って来ていた。

 

「ふふ、暖かいわ。少し硬いけど」

「そいつは悪かったな……」

「別に悪くないわよ。逞しいのは良いことよ?」

「……正直、その膝に尾てい骨折られた奴とか血を吐かされた奴とかいるから、座らせるのは気がひけるんだけど……」

「過去の話でしょう? それを言ったら、私の口もあなたの口も自分の母親の乳首を吸ってた口よ?」

 

 それとこれとは話が違う気がするが……まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいし気が楽になる。

 ……そういえば、こいつは俺のこと恐れたことはないんだよな。むしろ俺に歯向かって来てた。俺の喧嘩シーンを見ておきながらだ。

 いくら彼女でも、全身凶器とも言える俺の身体を椅子にしようと思うなんて……なんつーか、肝が座ってるよな。

 

「……カナさぁ」

「? 何?」

「怖くないの? 俺」

「……? どうして?」

「や、怖くないなら良いよ」

「待ちなさい、今、あなたの弱みを握れる気がする」

 

 弱味握ってどうすんだよ……。ホント、良い性格してんなこの女。

 

「何? 何なの?」

「……なんでもねーよ」

「それはダメよ。彼女に相談できないことなの?」

 

 ……それは卑怯だろ。そんな風に言われたら相談する他ない。まぁ、本当に大したことじゃないよ、多分、俺の思い過ごしだし。

 

「……たまに、不安になるだけだよ。カナを怖がらせてないか、とか。俺、本当にそれくらい喧嘩強いから」

 

 やろうと思えば、木を廻し蹴りでへし折れる。カナの前じゃ公園のベンチを握力で握り潰したし。そんな奴、普通なら少しはビビるでしょ。ましてや椅子にするなんて以ての外だ。

 しかし、カナは少し微笑むと、俺の胸板に頬と片手をくっ付けて体重を預けて来た。

 

「大丈夫よ、あなたの矛先が私に向くことは絶対にない、そう確信してるもの」

「……いや、でも結構喧嘩してるし……」

「もう何度喧嘩してると思ってるの? それでも、あなたは私に一度も手を上げようともしなかったじゃない」

「まぁ、それは……」

 

 彼女であることを抜きにしても、女に手を挙げる男はゴミカスだろ。

 

「あなたがその拳を振るう時は、私を守る時だけでしょう? そう信じてるもの。もし、私があなたを恐れるとしたら……あ、寝相悪くて裏拳が飛んで来た時とか、かしら?」

 

 ……それは言わなくても良いんじゃないですかね。良かったよ、俺の寝相は悪くなくて。俺の寝相が悪かったら俺の部屋の壁はあなだらけだから。

 

「とにかく、そんなこと気にしないで良いわ。私があなたを怖がることなんかないから。だから、たまに甘えられたからってウジウジ悩まないで、鬱陶しいわ」

「鬱陶しいってお前……あれ? 待って」

「何よ」

「え、これお前甘えてたの?」

 

 素朴な疑問を口にすると、カナは「何言ってんのこいつ?」みたいな顔になった。あからさまに不機嫌で、ジロリと俺を睨んで来るが、その頬はほんのりと赤い。

 

「……何言ってるの?」

「いや、てっきり人を椅子にしたがる意地悪王女的なアレかと思ってて……違うの?」

「違うわよ。今日くらい、こう……あ、甘えても良いかな、と思って……ていうかあんた私のことなんだと思ってるわけ⁉︎」

「俺以外の男と付き合うのは絶対無理そうな短気」

「あなたねぇ……‼︎」

「……でも、俺と付き合える肝の据わった女」

「っ、そ、それは……!」

 

 喧嘩が勃発しそうだったので、上手くフォローした。いや、言う予定だったので結果的にフォローになったってだけだが。

 現在、テレビでは紅白歌○戦が繰り広げられている。結局、そのままカナは俺の膝の上で俺を椅子にすることを続行した。しかし、さっきまでと違い、チョコンと体育座りしていた。

 ……なんとなく、なんとなくだが、後ろからキュッとそのカナを抱き締めた。

 

「っ⁉︎ な、何よいきなり⁉︎」

「……や、なんか可愛かったから」

「も、もうっ……! 馬鹿なんだから……」

 

 顔を赤くしつつも、抱き締めてる俺の腕に軽く手を添えるカナ。二人でのんびり紅白を眺めた。

 ……俺の鼻の前に、カナの頭があるんだけど……なんか良い匂いするなこいつ……。

 

「……カナさぁ」

「何?」

「良い匂いする」

「はっ?」

「なんつーか……なんだろ、可愛い」

「な、何言ってるのよあんた⁉︎」

 

 普段なら絶対言わないことも言える。なんというか……カナに慰められたからかな、それとも雰囲気に酔う、というものか? あるんだな、本当にそんな事。

 

「カナって柔らかいな」

「だ、だから急に何言ってるのよ!」

「いや、胸じゃなくて、こう……全体的に。肩とか腕とか肘とか」

「なんて全部腕関係なのよ! ……え、もしかしてお肉ついてる?」

「そうじゃねーよ。ちょっとさ、しばらく抱かせて」

「なっ、なななっ、何言ってんのよ本当に‼︎」

 

 カナを無視して、ぎゅーっと力を入れた。もちろん、痛がらないように加減して。

 もう、紅白なんか見ていない。そもそも演歌ばっかでつまんねぇんだよ。まぁ、カナが見たがってたから見てるけどさ。

 

「も、もう! 紅白見るわよ!」

「見てれば良いじゃん。俺はカナを愛でてるから」

「愛でっ……⁉︎ こ、こんなんじゃ集中出来ないわよ!」

「……頑張れカナー、気を強く持てカナー」

 

 完全に他人事でそんな事を言いながら、カナを抱きしめ続けた。しばらくぎゅーっと力を入れて、後頭部の髪に顔を突っ込んでると、徐々に両腕の体温が上がって行くのを感じた。

 いや、正確に言えば両腕が当たってるカナの体の体温か? てか、腕だけじゃなくて顔も熱くなってきた。

 ……え、ちょっ、カナ……? なんか暖炉を抱き締めてる気分になって来たんだけど……。

 冷や汗と熱さによる汗が同時に流れた時、徐々に、徐々にカナの身体を抱いてる俺の両腕が離れていった。カナが引き剥がしている。少ししか力を入れていないとはいえ、俺の両腕を、だ。

 で、真っ赤になった顔で俺を睨むと、俺の両腕を払った。

 

「あ、ん、た、ねぇ……! いい加減にしなさい‼︎」

「はぐっ⁉︎」

 

 見事なビンタを喰らい、俺は後ろにひっくり返った。

 

 ×××

 

「ったく、調子に乗り過ぎよあんた!」

 

 俺の顔に大きな紅葉を作ったカナは、プリプリと怒りながら俺を足置きにしていた。背もたれ付きの座布団に座り、両足をうつ伏せで寝てる俺の上に置いている。

 

「……あの、カナ……」

「やめないわよ。紅白終わるまでこのままだから」

「パンツ見えてるよ、黒いの」

「……」

「はぐぁっ⁉︎」

 

 背中に踵落としが炸裂し、今度は俺の背中を椅子にした。これならカナのパンツは見えない。ただし、お尻の感触がダイレクトに来るんだが……まぁ、うん。我慢しろ、俺。

 

「まったく……バカのくせにすけべなんてどうしようもないわね」

「前にも言ったと思うけど、本当のすけべなら黙ってずっと見続けてるって」

「椅子が口答えしないでくれる? 激しく揺れるわよ」

「絶対にやめてください……」

 

 いや、そんなことされたらお尻が俺の背中を擦り付けるってことでしょ? 理性が死ぬわ。

 紅白を眺めながら、カナはおやつの都こんぶを齧る。こんな時間に食べては太ると思うが……それを言ったらお尻こすりつけられるしやめておこう。

 現在、紅白は白組がやや優勢、しかし俺はもちろん、カナもどちらを応援してるわけでもないのでボンヤリ眺めてる。

 

「……やっぱり、こう言うのに出てる人たちは歌が上手ね……」

 

 あ、歌の練習のつもりで見てたんだ。カナも出たいんだろうけど、未成年は22時以降は働けない、紅白であっても例外ではないのだ。

 え、でもそれ演歌とかも参考になんのかな。ドレミは一緒だけど、それでも歌い方とか全然違うし……。

 と、思ってると、頭をペチッと叩かれた。

 

「聞いてるの?」

「あ、俺に話しかけてんの?」

「……独り言なわけないでしょう?」

「あー……上手いんじゃねーの」

「今度、カラオケでも行く?」

「遠慮しとく。俺、カラオケ行ったことないし」

「下手なの?」

「……」

「え、下手なの?」

「下手じゃない、得意ではないだけだ」

「下手なんだ」

 

 勝手に結論づけてケタケタと微笑むカナ。この野郎、人の弱みをみつけて笑うなんてなんつー野郎だ。

 

「あんた、意外と弱点多いわよね。泳げないし歌も下手だし」

「うるせーよ」

「そういうとこ、可愛いけどね」

「……ホントうるせーから」

 

 チッ、ホントに口が減らねー女だ。

 

「……今年もあと少しね」

「あー……うん」

「あなたと付き合って、まだ一年にも満たないけど、ほんとに色々あったと思うわ」

「そーな」

 

 うん、本当にな……。始まりは去年の5月から、か……。あの時はマジでお互いに嫌悪感しかなかったんだけどなぁ……。

 今ではこうして椅子になってるくらいくっついて……いや、椅子になってるのはおかしいけど。

 そうこうしてるうちに、紅白が終わった。結果は赤の勝ち。どこで逆転したのか分からないが、とにかく赤の勝ちだ。

 

「ほら、退けよ」

「はいはい。もう少し座り心地良くしなさいよ」

「お前今、自分がすごいこと言ってるの気付いてる?」

「冗談よ」

 

 そんなこと言いながら紅白が終わった後のテレビを眺めた。今年も残り30分。

 カナが手に持ってる都こんぶを差し出して来た。

 

「くれるの?」

「見せびらかしてるとでも?」

 

 ありがたく食いついた。口で受け取り、もっさもっさと咀嚼する。

 すると、都こんぶの箱をくしゃっと丸めた。今のでラストだったようだ。

 

「歯磨きしましょうか」

「ん、そうだな」

 

 もうするの? てっきり今晩は深夜の2〜3時くらいまで起きてるもんだと思ってた。歯磨きは寝る前にするものだ。

 二人で歯磨きをしてから、再び部屋に戻った。のんびりと二人でくっ付いたままテレビを眺める。

 そのまま黙ったまま時が進んだ。なんでこんな静かになったんだろ……なんかやらかしたかな?

 

「……ねぇ、ユイ」

 

 突然、カナが声を出した。なんだ、静かになったと思ったら急に……。

 

「何?」

「知ってる? 年越しの直前にジャンプして『年越しの時、私達は地球にいなかった!』って奴」

「いや地球にいるだろ。せめて大気圏内は地球だろ」

「そういうのはいいの。それでさ……」

「何、それやりたいの?」

「その……それをアレンジして、さ……」

 

 頬を赤らめて俯くと、珍しく歯切れ悪くカナは俺の顔を伺うように聞いて来た。

 

「……キスして…『年越しの時、息してなかった』ってのやらない?」

 

 ……え、何その頭の悪いアレンジ。

 

「……え、どういうこと?」

「キスするだけよ、深い方の」

「さっきしたのに?」

「何回したって良いじゃない」

 

 そう言われりゃそうなんだけど……え、どうしよう。大丈夫かな、俺のメンタル……。

 

「……いや、なら、良い、けど……」

 

 ……そんな風に言われて、俺が拒否するはずないのはこいつも知ってるはずだ。演技には見えないが、演技なら大したものだ。

 小さくため息をつくと、テレビでカウントダウンが始まった。

 

「ねぇ、どうするの?」

「……わーったよ」

 

 深呼吸をして、俺と奏は顔を近づけた。お互いに目を閉じ、唇と唇を近付ける。

 こうしてキスをするのはもう何度目だろうか。それなのに、今だに心臓の高鳴りは収まらなくなる。特に深い方だと尚更だ。

 でも、どんなに緊張していても、どんなに心臓が加速しても、どんなに胸が痛い思いをしても、これを嫌だと思うことは一回もなかった。

 むしろ、唇を重ねるだけで胸がポカポカする。加速していた心臓は徐々に落ち着いて行くのだ。まぁ、キスが終わったら再び加速するんだけどな。

 ーーーだから、だから正直恥ずかしいけど、こうして新年を迎えられるのは悪くな……。

 

「……」

「……」

 

 ……俺の唇は奏の顎、奏の唇は俺の鼻の頭に当たった。それと共に、ゴォ〜ン……と鐘の音が鳴り響いた。

 そうですよね……二人揃って目を閉じたら唇がちゃんと当たるか分からないですよね……。せめてどちらか目を開けるか、両手で相手の顔を支えるとかしないと。

 すると、カナの方が俺をジト目で睨んだ。

 

「……あなた、キス低くない?」

「……お前が高いんだろ」

「私は少し高いところにあるから少し高めにしたの」

「俺は少し低いところにあるから少し低めにしたんだよ」

「……」

「……」

 

 結局、年末年始も喧嘩しかしなかった。

 

 


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