新年。つまり年が明けた。
年明け中はずっと口喧嘩していた私とユイだったから、新年の挨拶は逃してしまったが。ホント、あの子とは気が合わない。
そんな話はともかく、一日はスキー場にいたため、私達の初詣は今日である三日になった。二日は優衣の家が里帰りだったらしい。
私が仕事関係で少し遅れてしまったため、初詣は午後から。色々と準備もあるため、駅前で集合になった。
で、現在、私はその集合場所に振袖を着て待機している。せっかく、彼氏と初詣なんだもの、こういうの着て行きたいじゃない?
しかし、初詣のシーズンとはいえ、こういう服を着てると目立つ。自分で言うのは嫌だけど、アイドルにスカウトされるくらい容姿が良い私なら尚更だ。
つまり……。
「あれ、お姉ちゃん一人?」
「どうよ、俺達と初詣行かん?」
……こういう輩に絡まれるわけだ。アイドルだって気付かれないように、仕事の時とは違うメイクしたつもりだけど、やはり男を惹きつけてしまうようだ。
でも、その……何? この人達のためにも離れた方が良いと思うの。
「……あなた達、私に構うのはやめなさい」
「はぁ?」
「一人で振袖着て何言ってんだ?」
「や、本当に。悪いことは言わないから。新年から痛い思いしたく無いでしょ?」
「なんだお前、俺らと喧嘩でもするつもりか?」
「やめとけって。こう見えて、こいつ空手の有段者だし」
有段者……ね。じゃあ、聞いておこうかしら。
「じゃあ、あそこの街灯、パンチで折れる?」
「……いきなり何言ってんの? 無理に決まってんじゃん」
「え、姉ちゃん出来んの?」
「ならやめときなさい。というか、そろそろ来ちゃうからほんとに……」
そんな時だ。二人の男の間を通って、見覚えしかない男が私に挨拶した。
「カナ、お待たせ」
「遅いわよ」
「悪かったよ。スマホの調子が悪くてアラーム鳴らなかったんだよ」
「……あなた、こんな時間まで寝てたの?」
「昨日の夜中にテメェが俺の部屋に忍び込んできたからだろうが」
「あんただって、一日会えなかっただけでずっと私から離れなかったでしょ?」
「俺の膝の上から離れずにコントローラ握ってたのは誰だよ」
「あんたこそ抱きついて匂い嗅いだまま離れなかったじゃない!」
「匂い嗅がれて嬉しそうにしてた奴のセリフか!」
と、ナンパ男二人をそっちのけで口喧嘩を勃発させた時だ。男の空手の方がユイの肩に手を置いた。
「おい、俺達のこと無視しねーでもらえるか?」
「せっかくもらったお年玉、巻き上げられたくないだろ?」
すると、ユイは心底面倒臭そうにため息をついた。で、私に許可を求めるようにチラッと視線を移した。
「……怪我させない、周りの人に気付かれない、問題にならない、これを守れるなら良いわよ」
「中々、難しい注文だな……」
「テメェ、だから無視してんじゃ……!」
ユイの顔面に向かう拳。見事に頬にクリーンヒットした。しかし、ユイは動かない。
むしろ、私に目を向けた。何が言いたいのか理解した私は、その絵をスマホに収めた。
「テメッ、何撮ってんだコラァ!」
「証拠、これで正当防衛ね」
「おい、この女の携帯取り上げろ」
「あいよ」
空手の方がそう指示を出すと、私の方に手を伸ばして来る男。私は逃げも隠れもしなかった。私に手を出せば、この中で最も強い男が黙っていないから。
案の定、私に手を伸ばそうとした男の手を掴み、ギロリと睨みつける。
「なっ……なんだテメッ……!」
「こっちのセリフ。この手は何」
「ああ⁉︎ おい、シュウジ! こいつを……あれ? シュウジ?」
知らない間に、シュウジとやらは大の字で倒れて目を回していた。
「あら、早いわね。音も聞こえなかったけど……もしかして腕上げた?」
「分かる?」
「……てことは、喧嘩でもしたの? 私に黙って」
「……いや、違うんだよ。実家に戻ったら、その地方で有名な族に中学生くらいの女の子が二人ほど絡まれてて……」
「……」
よく見たら、ユイの頬に切り傷が薄っすらと入っている。
もう、お人好しもほんと、いい加減にして欲しいわね。自分が怪我をしてまで人を助けなくても、警察を呼ぶなりすれば良いのに。
……まぁ、この人のそういうところも好きになった一部なんだけどね。
「……詳しい話は後で聞くわ。とりあえず、その人なんとかしなさいよ」
「ん、ああ、忘れてたわ」
気が付けば、男は涙目になっていた。
「で、どうする? まだやる?」
「いえ、すみませんでした」
「ん。こっちの倒れてるの、連れて行けよ。こんなとこに置いてったら風邪引くぞ」
「お気遣いありがとうございます。では、失礼します」
180度真逆な態度に変わり、倒れてる男の子をおぶって立ち去っていった。
ふーっ、と首を回すと、ユイは私の頭を撫でてきた。
「大丈夫か? 怖かったか?」
「全然よ。あなたが来てくれるって分かってたもの」
「なら良かった。じゃ、さっさと行」
「待ちなさい」
ピタリと黙らせると、明らかに有耶無耶にしようとしていたユイの肩が震え上がった。
ふん、全くバカね。そんなんで誤魔化せると思ったのかしら?
こっちに顔を向けるユイの顔に手を伸ばし、両手で頬に触れて顔を近づけた。
で、頬についてる傷を、手で触れた後に舐めるようにキスをした。
「……あなた、いい加減に自分が傷つかない喧嘩の収め方を学びなさい」
「そう言われてもな……。ノーダメでいけると思ったんだけど、やっぱ女の子二人を守りながらは」
「そういう問題じゃ無いの。警察を呼ぶなり、戦わないで逃げるなり、いくらでも手段はあるでしょう?」
それなのに、わざわざ拳を振るうんだから、ほんとバカよね。
「でも、こんなの大したことないから」
「バカ。どんなに小さい傷でも、私はあなたが傷ついてるのは嫌なの」
「……」
言うと、ユイはようやく少し反省したようにその場で俯いた。まぁ、女の子を助けようとしていたのは流石なんだけどね。
「……とはいえ、あなたのそういう所を否定してるわけじゃ無いからね?」
「……奏」
「ふふ、お説教は終わりよ。行きましょう」
ユイの腕に私の腕を絡めて、二人で駅に向かった。
「……あ、言い忘れたけどさ」
「何?」
「振袖、似合ってる」
「〜〜〜っ! い、いいから早く行くわよ!」
×××
神社に到着し、二人で鳥居をくぐった。
神社、だからと言って特に神秘的な何かは感じない。あまり神霊の類は信じていないので、どちらかというおユイと二人で出掛ける口実に初詣に来ただけだ。別に口実なんかなくても出掛けられるのに。
こういうところは、やはり照れなのだろう。私もユイも付き合いたてに比べてかなり素直になったのに、少しは照れも残ってるのはやはり厄介だ。
……まぁ、それによる胸の痛みは決して嫌いじゃ無いけれど。
「カナ、どうする? まずはお参りか?」
「……そうね」
そんなわけで、まずはお賽銭をしに行った。
三日とはいえ、まだ三が日だ、初詣の人は多いし、したがって並んでる人はかなり多い。
私もユイもその列に並び、のんびりと自分達の番を待つことにした。
……にしても、振袖って寒いわね……。隙間から風が入ってきて、素肌を刺激して来るというか……。
「……っくしゅん!」
「……寒いのか?」
「少し……。なんで日本人は真冬にこんなの着るのかしら」
「さぁな……。まぁ、寒いならこれ羽織っとけよ」
わざわざ自分のコートを脱いで、私の肩に被せてくれた。
「……良いの?」
「悪いのに貸すかよ」
「でも……あなたは」
「俺は平気だから」
……相変わらずおかしい体してるわね。なんで強いと寒さも防げるのかしら。
でも、それならありがたく借りましょう。かなり役得だし。ユイの香りのするコートで全身を包めるなんて、なんだかとても……。
「へっくしゅん!」
「……」
「……違うからね?」
「……無理しなくて良いから……」
「良いから羽織っとけよ。俺は今、血液の循環を操作して身体を温め」
「さすがにそこまで騙されないわよ、私は」
しかし、さすがにコートを二人で羽織るのは無理だ。どうしたものか、と考えた挙句、もはやこうするしか無いのはすぐに理解した。
さっきから腕を組んでいたのを解除し、全身で腕を包むように身体をくっつけた。
「……どう? 人間カイロ」
「……お前やってて恥ずかしくねーの?」
「……それを抑えてあなたを温めてあげてるんでしょ」
「……すまん」
……なんか、一気に熱くなった気がする。コートを脱ぎたくなってきたけど……でも絶対に脱がない。だって、こいつのコートだもん。絶対に手放さない。
「……カナさぁ、流石に本人を目の前にしてコートの匂い嗅ぐのはどうなの?」
「……ごめんなさい」
……忘れてたわけじゃ無いのに匂いを嗅いでしまってた。私、変態なのかな……。
「……俺もカナの匂い嗅いで良い?」
「ダメに決まってるでしょ⁉︎ 自分で注意しておいて何言ってるのあなた⁉︎」
「えー、でも先に匂い嗅いだのカナの方だし……」
「ちょっ……冗談でしょ? なんで顔近付けて来るの……?」
「……それに、俺だけ嗅げないのは不公平だし……」
「え、や、やだ……! こんな所で……人も、見てるのに……!」
こ、こいつほんと何考えて……⁉︎
頭の中が真っ白、顔は真っ赤になり、一人紅白みたいになってる間に、ユイは私の身体を無理矢理、自分の前に立たせた。
そのまま後ろからガバッとあすなろ抱きのようにガバッと両腕を回してきて、後頭部に顔を埋めてきた。
「うう〜……カナぁ〜……」
「ひゃあぁああっ⁉︎ ちょっ、あなた何やって……!」
「クンクン、クンクン」
「ひゃっ……あんっ……ちょっ、やめっ……!」
「すーはー、すーはー」
「やっ……こ、こんな……〜〜〜っ!」
うん、もう無理。限界。私の脳はオーバーヒートし、後頭部を後ろに振り抜いた。
「ふぁぐっ⁉︎」
「うぐっ…‼︎」
当然、ユイだけでなく私の後頭部にも激痛が走る。二人してその場で蹲った。
周りの視線なんか気にならない。とにかく恥ずかしくて、なんかもう頭がいっぱいだ。
私は後ろで鼻を抑えてるバカを本気で睨んだ。ギロリ、という擬音が聞こえるほどハッキリした眼差しで。
本当にこのバカは……! 時と場合を考えなさいよ。普通、人前でそういうことする? 何よりムカつくのは、私自身、少し匂いを嗅がれて心地良かったことだ。
そんなこと、口が裂けても言えないけど。
「あー……」
正気に戻ったのか、今更になって頬を赤らめると共に目を逸らした。その態度に尚更、ムカついた。
やるならせめてキスくらい強引にしなさいよ……! っ、こ、これじゃあ……ただ恥ずかしかっただけじゃない……!
ユイの胸ぐらに手を伸ばすと、自分の方に引き寄せてゼロ距離で睨んだ。
「……今日という今日は、絶対許さないんだから」
そう決心を固めると共に宣言し、とりあえずお参りだけはずっと腕を組んでた。