速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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雪の日。

 三学期。それは2ヶ月ちょいで終わる季節。しかも、試験範囲はこれでもかというほど薄っぺらい。何せ、2ヶ月ちょいだし、次は三年生なので、一学期に持ち越しとか絶対に出来ない。

 そんな季節の初日。関東では雪が降っているからか、朝はやけに肌寒い。俺は朝強いから問題ないけどね。だってほら、朝弱いと登校中にヤンキーに襲われたらピンチじゃん?

 だから正確には、朝に強くなったわけだ。人間は本当に進化する生き物である。

 そんな事を考えながら朝食を終えて家を出ると、カナと出会した。相変わらずの息ぴったりである。シンクロでもやったら合体しちゃうんじゃないだろうか。

 

「よう」

「相変わらず冴えない顔ね」

「相変わらず学生じゃないツラだな」

 

 いつもの挨拶を終えながら合流し、並んで歩き始めた。久々に見たカナの学生服姿だ。それに追加し、コート、マフラー、手袋などを身につけてる。

 

「……それだけ装備してんのに、ミニスカートの所為で寒そうに見えるんだよな」

「実際、寒いしね」

「ジャージとか履かんの?」

「校則違反じゃない。……それに、貴方の前でそんな格好、したくないし」

 

 ……畜生、可愛い。でも、それを言えば調子に乗るから黙ってよう。

 特に手を繋ぐことはなく、並んだまま歩き始めた。

 

「……確かに、ジャージをスカートの下に履いたカナは似合わないだろうな」

「でしょ? ……というか、あなたこそ寒くないの?」

 

 俺の格好は手袋もマフラーも何もない。普通の学生服だ。

 

「まぁ、このくらいなら寒くないからな」

「今日、午後から雪降るらしいけどね」

「……へっ?」

 

 ま、まじ……?

 

「……あなた、ニュースくらい見なさいよ」

「天気予報やってるとき、トイレにいたんだよね。まぁ、見なくても死にはしないかなって」

「あそう……」

「傘持ってきた?」

「何よ、入る気なの? 折り畳みだから小さいわよ」

「嫌なの?」

「……嫌じゃ、無いけど……」

「なら良いだろ」

「……そうね。嫌じゃなきゃ何しても良いなら、今からキスしても良いわね?」

「……傘無いんで入れて欲しいです……」

「私相手に優勢に立とうなんて100年早いのよ」

 

 ノリノリで俺の腕にしがみついてきた。相変わらず腹立つ女だ。

 

「……でも、雪か……」

「何、また喧嘩の思い出?」

「いや、そういえば雪の日に一回だけ女の子と一緒に出掛けたことがあったなって」

「……は?」

 

 一気に声が冷たくなったので、慌てて弁解した。

 

「いや、中学の時だよ。名前は知らないんだけど……こう、髪が白い小学校低学年くらいの女の子が迷子みたいで歩いててさ。なんでか知らんけど、その子の親とか家を探してやることになったんだよ」

「ロリコン」

「いや過去に出会った女の子に嫉妬すんなよ……」

 

 別に彼女だったわけじゃないし、そもそも年の差があり過ぎだし。

 

「……何より、その子が唯一、俺を怖がらなかった女の子だったんだからよ……」

「……ごめん」

 

 昔はクラスでライオンでも飼ってるのかって扱いだったからなぁ……。

 遠い目をしながらも、とりあえず続きを話した。

 

「でまぁ、その子といると楽しかったんだよ。一緒にカマクラ作ったり雪だるま作ったり……今はお前がいるからいいけど、昔は本当に一人だったからな」

「……そう。で、親御さんは見つかったの?」

「いや、全然。引っ越してくる前の場所はそれなりに田舎だったし、俺も携帯持ってなかったから電話しようがなくて。苗字も聞き覚えなかったから、住宅街の表札を一軒ずつ回るはめになったのに全然見当たらないの」

「え、どうなったのよそれ」

「同じ苗字の家は見つけたよ。少し名残惜しかったけど、インターホンも押そうとした。だけど、その頃には女の子の姿が消えててさ」

「え?」

「何処に行ったのかと思って辺りを見回したら、驚いたよ。だって、その日は雪が積もってたのに、一人分の足跡しか無かったんだから……」

「……ヱ?」

 

 ドキリ、とカナの胸の心音が突然、大きくなった気がした。それはそうだろう。良い思い出話かと思ったら、唐突にホラーがねじ込まれたのだから。俺でもドキっとするだろう。

 しかも、過去の話のような口調だったからなおさらだ。本当にあった話のように聞こえたことだろう。

 まぁ、最も……。

 

「勿論、嘘だけどね」

「だ、だよね⁉︎ そうよね⁉︎ ビックリした! 本当にビックリした!」

「さっきのが悔しかったから、少しホラーを入れてみました」

「みました、じゃないわよ! あんた傘に入れてあげないからね!」

「別にいいよ。帰りくらいなんともないだろうし、流石にそんなすぐ積もったりしないでしょ」

 

 そう言ったときだ。脳天に冷たい何かが降ってきた。空を見上げると、白い埃みたいなのがパラパラと降り注ぐ。まるで待っていたかのようなタイミングだ。このペースなら、下校時間には積もってることだろう。

 ……午後からじゃねぇのかよ。

 

「……奏様」

「いやよ」

 

 ダメだった。

 

 ×××

 

 案の定、外は雪が積もってた。カナは俺を傘に入れてくれるつもりはないみたいだし、どうやら本当に歩いて帰るしかないようだ。

 まぁ、別に良いさ。一日くらい。風邪も引かないだろうから。

 今日は始業式だけなので、放課後になるのは早かった。バイトも無いし、さっさと帰って家でぬくぬくしようと思い、席を立つと、カナが何故かドヤ顔でこっちを見てるのに気づいた。

 

「……なんだよ」

「どうやって帰るのかしら?」

「……歩いて」

「雪の中?」

「悪いかよ」

「お願いするなら、私の傘に入れてあげても良いわよ?」

 

 ……こ、この女……! ホント、俺をいじる時だけ爛々としてやがる。そんなに構って欲しいのか?

 まぁ、適当な階段を言ったのは俺だし、お願いするべきかもしれんが。

 

「……はぁ、わーったよ。入れてください」

「はいはい。ふふ、素直なユイも可愛いものね」

 

 本当にこの野郎は……。

 実に楽しそうに俺の手を引いて、廊下に出た。まぁ、ぶっちゃけ「ああ言ってしまった手前、相合傘をするには俺にお願いさせるしかなか、その思惑が上手くいって喜んでる速水奏(17)」だと思えば可愛いもんさ。実際、その通りだろうし。

 廊下に出たカナは、自分のロッカーを開けた。

 

「どうした? 置き勉?」

「違うわよ。傘はロッカーに入ってるの。……というか、常にロッカーに折り畳み傘くらい入れておきなさい」

「あ、だから登校中は傘出してなかったんだ。降るってわかってたなら持ってくりゃ良かったのに」

「わざわざある物を持って来るの面倒でしょ?」

 

 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 あ、ついでだし……というか、今思い出したけど、鞄の中の教科書と体操服とジャージ置いて行かないと。

 そう決めて、ロッカーと鞄を開けて、まずは教科書をしまい始めた。

 

「……あら?」

「どうした?」

「い、いえ……ちょっと……傘が……」

「はぁ?」

「……あ、そういえば……終業式の日に持って帰ったかも……」

「……」

「……」

 

 ……あら? この子、こんなにバカだったっけ?

 俺とカナの間に、冷たい沈黙が流れる。空を見ればわかるが、この勢いは夜まで降るだろう。学校で雨宿りは無理だ。

 お願いさせたのにその願いを叶えられなくなった奴と、お願いさせられた奴が相まみえる。

 特に、相合傘を没収された身としては決して良い気はしない。とりあえず、教科書と体操服をしまって鞄とロッカーを閉じた。

 ま、何にせよ俺の番だな。

 

「……カナ」

「何?」

「先帰っても良いか?」

「……一緒に帰ってください」

 

 まぁ、これくらいで勘弁してやろう。

 もう濡れる事を覚悟した身としては、わざわざ止むのを待ったりはしない。スキーの日とか、お互い雪まみれになったりしてたからな。

 二人で校舎を出て、濡れながら帰宅を始めた。

 

「はぁ……まさか、こんな事になるなんて……」

「油断大敵、因果応報、自業自得」

「分かってるし謝るからやめてよ……」

「寒くないか? 脚とか」

「平気よ、帰り道くらい……くしゅん」

「……可愛いくしゃみだな」

「う、うるさいわよ! 謝ってるんだから、一々、意地悪を……!」

「おら」

 

 カナの顔面にジャージのズボンを投げつけた。ロッカーに置いたのは教科書と体操服だけだ。ジャージは念のため持ってきたんだよね、こんな事もあろうかと。

 

「……あなたの前で、スカートの下にジャージを履けって言うの?」

「別にパンツが見えるわけじゃないんだから良いだろ。それに、俺に見られるのを嫌がるのは分かるが、見てくれのために風邪引かれる方が困るからな」

「……変でも引かない?」

「引かない」

「……じゃあ、履く」

「はいよ。一応、後ろ向いてた方が良いのか?」

「別にいいわよ」

 

 言いながら、隣でジャージを履き始めた。スカートの下にジャージを履くカナ。

 ……あ、あれ? なんか、これはこれで似合うかも……。

 

「……あ、あまり見ないでくれる?」

 

 俺の視線に気づいてか、カナは少し恥ずかしそうに睨んできた。それを全く無視してしばらく眺めたあと、一応、聞いてみた。

 

「……なぁ、これさ……似合ってるって言ったらどうする?」

「……はぁ?」

「や、似合ってるっつーか……そんなに悪くないっつーか……」

「そ、そう……?」

「ま、まぁ、もちろん普通の制服のが似合ってるけど」

「……そ、そうなの……」

 

 ……あ、少し嬉しそう。まぁ、あくまで似合うのは普通の制服なんだけどね。悪くないって話。

 ま、カナは普段、学校では制服着崩したりしないし、こういうヤンキーみたいなカナも割と新鮮だ。や、秋とかは俺と二人の時は制服のネクタイ緩めたり、ブラウスのボタンを第2まで外したりしてるけど。

 そんな事を考えてると、ジャージを履き終えたカナが、俺の腕に腕を絡めてきた。

 

「……ありがと」

「洗って返さなくて良いからな」

「そういうのやめなさいよ、変態」

 

 ……いや、そう言うんじゃなくて、帰りに少し履いたくらいなら気にしなくて良いってことなんだけど……。ま、良いか。

 再び家に歩き始めた。……なんか、こうして雪の日に傘無しで帰るのも、悪くないかもしれないな。

 

「ね、ユイ」

「帰ったら、カマクラ作らない?」

「良いけど……は? カマクラ?」

「私達、専用の。どうせ、あなたは雪掻きさせられるんでしょ?」

「まぁね」

「手伝ってあげるから」

「わーったよ……」

 

 なんか珍しくはしゃいでんな。

 

「じゃ、お菓子と飲み物買っていかない?」

「お前その格好、他人に見られて良いの?」

「あなたに見られても問題ない格好なら、誰に見られても構わないわよ」

「学校の先生に見られたらヤバくね」

「……へ、平気よ。どうせまだしばらく残って仕事してるわよ」

「少しビビってんじゃねぇか……。お菓子ならうちにあるからそれで良いだろ」

「あら、そうなの? じゃあそれで」

 

 やけに楽しそうなカナが、俺の腕を引く。

 ……まぁ、俺にも身に覚えはあるが、要するに雪だから舞い上がってるんだろうな。高校生になった奴は大体「はぁ? 雪ぃ? マジめんどくせーよ、死ねよ」とか抜かすが、雪が降れば電車が止まって遅刻は許されるし、酷ければ学校も止まるし、少なくとも部活も止まるしメリットの方が多い。

 それなのに大人ぶってブツブツ文句を言う輩よりもよっぽど好感が持てる。元々好きだけど。

 たまにはそういうテンションのカナに付き合うのも悪くない。

 そんな事を思いながら、気が付けばうちとカナの家の近くに来ていた。とりあえず、制服を汚すわけにもいかないので、着替えなければならない。

 一旦、離れてもらおうと隣のカナに声をかけようとすると、カナの姿は無かった。

 

「えいっ」

「っ⁉︎」

 

 顔面に雪が飛んできた。

 

「……カナ?」

「ふふ、ユイ。あなた一機死んだわよ?」

「……」

 

 戦闘開始だ。

 

 


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