冬、それは何もかもを凍てつかせる季節。気温は地域によっては氷点下まで下がり、水溜りや水滴を凍らせ、氷柱などが作られる季節だ。
地面には霜柱が立ち、歩くだけでザクザクと踏み心地の良い音が鳴り響く。
天気によっては雪が降り積もる事もあり、誰も足跡をつけていない白銀の世界は光を反射し、幻想的とも取れる景色と成りかわる。
……なんて表現すれば良い感じに聞こえるかもしれないが、早い話がゲロクソ寒い季節ってことだ。雪とかマジふざけんなって感じ。
霜柱だって、踏んで喜べるのはいいとこ中学まで、氷柱だって自然の凶器だし、凍った水溜りだって俺くらい強けりゃ平気だが、普通の人にとってはスッテンコロリン尻餅尾骶骨粉砕トラップにしかならない。
そんなこれでもかというほどゲリラ戦を詰め込んだ季節だが、その寒さに対抗するため、人類は様々なものを生み出した。
室内を温めるには暖房や暖炉、電気ストーブ、外に出歩くには貼ったり貼らなかったりするカイロ、睡眠時の足元に湯たんぽ……などなどと挙げればキリがない。
そんな中、間違いなく失敗作だと断言できる暖房器具を、俺は知っている。
「はい、みかんむけたわよー」
「サンキュー」
ーーーそう。こたつである。
俺とカナは、二人でコタツムリ化していた。ダメだろ、人類。こんなもん作っちゃ。人をダメにする機械筆頭だ。
冷静沈着頭脳明晰スポーツはそれなりに万能、17歳とは思えないほど大人びた綺麗な顔とおっぱいをしてる速水奏もこのザマだ。
個別になったみかんを二人で摘みながら、ダラけるとかマジ冬の醍醐味。
「たまにはこんな風にダラけるのも良いわねぇ」
「それなー。俺もうここに住むわー」
「ここは私の家よ? 何、同棲したいって言ってるのー?」
「そうは言ってねーよー。したいけどー」
「ふ、ふぅん? そうやってエッチなことするつもりなのねー?」
「や、でも今もう家隣でほとんど同棲みたいなもんだし別に……てか、え? お前、そういう発想になるってことはー?」
「うるさいわよ。何、誘導尋問のつもりなわけ? あなたの思考をトレースして言ってるのよー」
「ストーカーみたいな心理やめてくんないー?」
いつもの口喧嘩でもなんか語尾が緩かった。
「あ、そういえばカナー」
「何ー?」
「来週、化学小テストらしいけど大丈夫かー?」
「あら、そうなのー?」
「そうー。イオン式の所ー」
「それなら平気よー。なんとかするからー」
「ノートまとめといた奴見るかー?」
「後でねー」
正方形のコタツなのに、二人で一辺しか使わずに肩まで浸かっている。
最近、ようやくこの距離に慣れてきた所だ。肩と肩、場合によってはカナの主張が富士山の胸が腕に当たることもあるが、なんとか耐えられるようになった。
「たまに思うんだけどさー」
「何ー?」
「なんか、俺とカナがこうしてるのってー。よくよく考えたら奇跡だよなー」
「……あー、そうねー……。前まではお互いに嫌悪感しかなかったものねー」
「付き合うとかそれ以前に、仲良くなれるとすら思ってなかったもんなー」
「こんな風に距離を近くして、くっ付いていられるなんて思ってもみなかったものねー」
でも、と言葉を切って、俺の方に体重を預けてきた。
「やっぱり、私は幸せよ。あなたと一緒になれて」
「……バーカ、そりゃ俺もだっつの」
こたつに浸かりながら、体重を預けてくるカナの肩を抱き寄せた。
本当に、幸せだよ。同族嫌悪も乗り切れば相性抜群のお似合いのカップルだ。
案の定、付き合ってからは楽しいし幸福感が満たされていく。最近はキスもするようになった。
当時は恥ずかしくても、妥協して素直になって本当に良かった、と心の底から思える。
そんな風に思いながら、目の前のみかんに手を伸ばした時だ。カナの手と被った。ミカンはラス1だ。
「「あっ」」
……お互いにジロリと睨み合った。これは、最後のみかんを欲するための戦いではない。次のみかんを取りに行くための戦いだ。
「……いいよ、やるよそれ」
「いえ、あなたに譲るわ。他にもみかんはたくさんあるし」
「いやいや、最後の一個は特別だろ。いいから受け取れって」
「最後じゃないわよ。他にもたくさんあるんだから」
「このみかんにとっては最後だろ」
……こりゃ、恩を買う作戦はダメそうだな。こいつも同じこと考えてるし。
なら、別の作戦だ。
「実はさ、俺今、足怪我してんだよね。だから立ち上がるのも辛くて……」
「あんたがどうやったら怪我するのよ。鈍器でも効かないくせに」
「……」
その通りだったわ。
「私は実は具合悪いのよ。今朝から頭がフラフラしちゃって……」
「ならこたつで寝てないでさっさとベッドの中で暖を取れ」
「……」
そこはきっちり抑えておく。だって絶対に嘘だもの。
「……ね、ユイ。トイレとか行きたくないわけ?」
「全然。お前はおばさんに買い物とか頼まれてないの?」
「全然」
外に出る用事も無し……。
すると、隣からカナがグイグイと俺の頬を押してきた。
「もういいじゃない、あんた行きなさいよ」
「なんでだよ。俺は無理」
「あんた男なら自分でみかんくらい取りに行きなさいよ」
「性別関係なくね」
「男ならそれくらいの器量を持てって言ってるの。そんな事もわからない? それでも、5ヶ月間、女の子と付き合ってる彼氏?」
「男と5ヶ月付き合ってる彼女なら、少しくらい優しくしてくれても良いんじゃないですかね?」
「……」
「……」
同じコタツに入ってて、至近距離でのにらみ合い。前までなら照れて会話もままならなかったが、今はそんなこと気にしてる場合ではない。
「じゃんけんで決めよう」
「言ったわね? 負けてもだだこねるんじゃないわよ?」
「こっちのセリフだボケ」
「何回勝負?」
「1」
「いや、1回は遺恨を残す。2回にしよう」
「バカね、2回じゃ偶数になるでしょ? 3回よ」
「じゃあ何回じゃんけんで決めるかじゃんけんで決めよーぜ」
「待ちなさい。終わらないわよ、これ」
まぁ、そうなるな。俺達のここぞという時の息の合わなささは異常だし。
すると、カナが俺の脇腹を突き始めた。くすぐったくて、思わず脇腹を横にスライドし、腰をコタツの足に強打する。
「てっ、てめっ……!」
「ふふ、ほら早く行くと言いなさい? じゃないと、もっと激しくスるわよ?」
「やらしい言い方すんな!」
こ、この女……! あったま来た。
「テメェ……俺が女に手を出さないと思ったら大間違いだぞコラ……!」
「っ、な、何よ……! 殴る気?」
少し怒気を孕んだ声を出すだけで、怯えたように肩を震わせた。ここから先は俺の時間だ。
「……そんなナンセンスなことするかよ。ただ、ちょっと痛い目にあってもらうだけだ」
「っ……!」
ガッとカナの肩を掴む。ビクッと、さらに全身を震わせるカナ。そんなカナの顎を摘み、クイッと持ち上げた。
「お前から手を出したんだからな」
「あ、あうう……」
相変わらず、受けに回ると途端に弱くなる奴だ。
……さて、どうしようか。本当に殴るわけないし、キスもしたら逆襲されそうで怖い。
なら、同じ事をやり返すか。少し、脚色を加えて。
「動くな」
「っ、は、はい……」
意味深にそう告げると、目を閉じるカナ。そのカナに顔を近づけ、自分の吐息が顔に掛かるんじゃないか、そんなレベルの距離になった時だ。
ーーーコタツの中で、カナの両脇に指を差し込んだ。
「きゃうっ⁉︎ ぷははははは! ちょっ、ゆ、ユイ! 優衣、やめなさっ……はははは!」
「もっかい言うけど、お前から手を出したんだからな?」
「わ、分かった! 分かったからやめっ……はははは!」
「や、少しイラついたからこのまま20分耐久」
「あんた殺すわよ⁉︎」
「はい、10分追加〜」
「鬼!」
鬼で結構、実はそれ通り名だったりする、なんて考えながら脇の下をくすぐってる時だ。
それを回避しようとしたカナが脇を締めた。そうなれば、俺の手は必然的に胸に当たるどころか、手のひらで揉む形になる。
「なっ……ちょっ、カナたんま!」
「無理よ! このまま折ってやるんだから!」
「それは万力でも無理だから! てか待て待て、マジ落ち着……!」
「なら指を抜きなさい!」
そんな風にバカやってたからだろうか。カナが身体を悶えさせ、前方に押し付けて来て、胸が俺の手のひらにガッツリ押し込まれ、食感に弾力が伝わってきた。
そうなれば、流石にカナも自覚せざるを得ない。動きはピタッと止められ、真っ赤な顔で俺を睨め付ける。
「……」
「……」
……あ、ヤバい。怒ってる。頬を赤らめて、潤んだ瞳で俺を睨んでいる。
さて、この後はどうしてくるのか。いつもみたいに態度でキレるのか、罵詈雑言の雨嵐か、珍しく暴力か。正直、どれでもどんと来いです。
そんな風に思ってると、カナは潤んだ瞳を俺からそらしつつ、いつもと違って呟くような口調で言った。
「……ヘンタイ」
「えっ?」
「……あんた、本当に救いようもない変態ね」
「や、それはお前が……」
「そ、そんな変態さんにはもう呆れたわ。……好きにすれば良いじゃない」
「は?」
「だ、だから……その……さ、触りたければ……触れば?」
……それはー、つまり……揉んでしまっても良いと? こいつ、正気か?
どうしよう、まぁ揉んでも良いと言うのなら揉むが……いや、でもそれは流石にマズイだろ。俺とカナは学生同士だし、それもまだ高校二年生、18歳未満だ。
……いや、でも待てよ? 確か、前に塩見さんがこんなこと言ってたな。
『もし、そういう雰囲気になって奏ちゃんが誘ってきたら、恥ずかしがらずに乗ってあげなきゃダメだよ? 女の子に恥をかかせるのだけはダメ』
……つまり、行くしかない! そうだ、そもそも両親曰く「5ヶ月も付き合っててキスしかしてないの?」とか抜かしてたし、行くしかないんだろう。
俺は唾を飲み込むと、カナの胸に触れた。
「んっ……」
相変わらず、高校生とは思えない色っぽさだ。吐息を漏らしただけで、俺もドキリと心臓をはね上がらせてしまう。
胸も、それはもう柔らかく大きくハリがある。弾力、以上の何かを手越しに味わいつつ、俺の指先も、無意識にかつ徐々に動きに変化が加わっていった。
あ、やばい。これは一線を越えるかも。クソ、それもこれも全部こたつの所為だ……!
悔しさに奥歯を噛み締めてると、俺の両手がガッと無粋に掴まれた。何かと思ってカナの顔を見ると、頬は赤らめているものの、それ以上のドヤ顔でこう宣言した。
「揉んだわね? じゃ、みかん取って来なさい」
「……へっ?」
……まさか、序盤の案を買う作戦のために、捨て身のパイ特攻に出た、だと……?
思わぬ反撃を受け、呆然としてる俺に、トドメを刺すようにカナは言った。
「私が良いって言えば揉む人だったんだ? ……このスケベ」
「……」
やべぇ、なんも言えねえ。全くもってその通りだ。許可されたからって普通揉むか?
クッ……にしても色仕掛けは卑怯だろこの女め……!
「ほら、早く取って来なさい? 私の胸、揉んだでしょ? 徐々にヤらしく」
「う、うるせーよ!」
チッ、仕方ねぇな……。
ため息をついて、みかんを取りに行った。ああ……体から暖気が逃げていく……。ほんとにかったるい。さっさとこたつに戻ろう。確か、台所にあるっつってたよな……。
言われた通り、探してるとみかんの箱があったので、それを一つ拝借してこたつに戻ると、カナの姿が無かった。
「あの野郎……結局、テメェもこたつから出てんじゃねぇか」
とりあえず、こたつに収まる。ふぅ〜……暖かみ。温い。
しばらく一人でぬくぬくしていたが、何か足りない。やはり、隣にいたカナの温みだろう。早く戻ってこねぇかなあいつ……。
10分くらいのんびりしていると、バシャアァァッとトイレを流す音が聞こえた。なんだ、トイレ行ってたのか。廊下に出てたってことは、暖房効いてたこの部屋よりはるかに寒かったろうに。
戻ってきたら隣を勧めてやろうと思ってると、ドアが開かれた。異様に頬を赤らめたカナが入って来た。
「おかえり。てか、どうせ出るならお前がとってこいよ」
「……うるさいわよ」
「……なんか顔赤くね? もしかして部屋暑い?」
「うるさいぅてば」
……なんか、機嫌悪いな。そんなに胸触ったのが悪かったのか? ……まぁ、悪かったよな。
「あー……カナ、怒ってる?」
「いえ、怒ってないわ。……怒ってるとしたら、自分にだから、あなたは一切、気にしないで」
「お、おう……」
たしかに、自分に怒気……いや、怒気ではないが、何か羞恥のようなものを浮かべている。
「ま、いいや。とりあえず入れよ」
隣を勧めるためにこたつの布団をまくるが、カナは素通りして反対側に入った。
……え、何? そんな恥ずかしかったの? どうしよう、てか避けられてる気がするんだが……。
……いや、まだ諦めるような時間じゃない。ここは、場が和むようなジョークを言わねばならない……!
反対側に座ったカナにみかんを持って手を伸ばした。
「カナ」
「何?」
顔を上げたカナの白いセーターの膨らんだ胸の部分に、みかんを置いた。
「鏡餅」
「死ね‼︎」
「ふぉぐっ⁉︎」
鋭いビンタがきた。
このあと、三日間は口を聞いてくれなかった。