速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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バレンタイン(1)

 バレンタインデー。それは全国の男子達がソワソワするイベント。

 女の子からチョコをもらえる、それは単にあの子が俺のこと好きとか、そんな単純な話ではないらしい。

 女の子から友チョコでも貰えれば「あ、俺この子と仲良かったんだな」と安心出来るわけだ。まぁ、私もその気持ちはわからないでもない。普段から仲良く話してる女の子から友チョコももらえなかったら「あれ? 普段俺と話してくれてるのって嫌々だったのかな」って勘繰っちゃうのね。男の子って面倒臭い。

 ……と、ユイから聞いたけど、あの子友達いたことない癖になんでそんなこと言えるのかしら。絶対、テキトーなこと言ってた。

 それに、バレンタインデーで一番ソワソワするのは本当なら女子だ。だって、男はもらうのを待ってるだけだけど、女はこちらから行動しなきゃいけないわけだからね? しかも、手作りチョコなんていう精神崩壊起こすレベルで恥ずかしいものを持って。

 

「……どうしましょう。うーん……これは……や、でもあいつ苦いチョコのが好きって言ってたし……」

 

 私はウンウンと唸りながらお菓子のレシピ本を眺めていた。ユイにあげるチョコが中々決まらない。

 聞いた話だと苦い方が好きみたいだけど、それにしても種類がある。

 私が机に向かって一生懸命考えてる最中、後ろで人のベッドに寝転がって漫画を読んでるバカは、呑気な声を漏らした。

 

「カナ、俺部屋に戻ってても良いか?」

「あんたブッ飛ばすわよ。誰に作るチョコで悩んでると思ってんの?」

「あ、それ本人に言っちゃうんだ……」

「別に隠すことでもないでしょう? あなただってわかってるんじゃない。なんなら、リクエスト受け付けるわよ」

「お、マジ?」

 

 そう言って何か考え始めるユイ。嬉しそうにされると私も嬉しくなっちゃうから勘弁して欲しい。

 すると、考えてるうちに何か思い付いたのか「そういえば」と聞いてきた。

 

「プロデューサーさんとかには作らんの?」

「……あ、忘れてたわ」

 

 てかなんで今それを思い出したの。

 まぁ、実際、プロデューサーにもお世話になってるし……てか、考えたら結構、チョコの数必要なのよね。女の子にも渡すし、あと文香の彼氏にも渡さなきゃ。

 ……やばいわね、ユイのに悩んでる場合じゃない。

 

「ねぇ、先にプロデューサーとかのから作っても良いかしら?」

「なんで」

「早く終わりそうだから。他にも文香とかありすとかに作らなきゃだし……あ、あとあなたと同じ男子高校生に渡したいんだけど、良いかしら?」

「いつから二股してたの? そいつ粉々にしても良いの?」

「違うわよ。その子はその子で彼女いるから。ただ、それなりに話してた事もあるから友チョコ渡したいだけ」

「あ、そう。まぁ、好きにしたら良いけど」

「ありがと」

 

 ていうか、粉々って……あんたが言うと冗談に聞こえないからやめて欲しい。

 まぁ、それならとりあえず友チョコから終わらせようと思い、チョコ別のレシピを探してると、後ろのバカから、さらに呑気な声が聞こえてきた。

 

「てか、女子ってそういうみんなに配るチョコはまとめて同じもん作るんじゃねーの? なんで俺のだけ時間かかるわけ?」

 

 ……ああ、それでさっきリクエストの時に他の人のチョコのことについて思い至ったのね。

 何はともあれ、少しイラっとしたわ。

 

「……言わなきゃわかんないわけ?」

「え、俺の所為?」

 

 ある意味ではそうね。だから、そのキョトンとした顔やめなさい。ホント殴りたくなるから。

 しかし、この彼女の気持ちにも物理攻撃にも鈍い男には言わなきゃダメだ。

 口を開いた直後、頬が紅潮し、顔全体に熱が帯びているのが分かったため、ベッドに背中を向けて呟くように言ってやった。

 

「……あんたのを友チョコと同じものにするわけないでしょ」

「……」

 

 ああもう……普通、これくらい言わなくても分かるでしょ。なんで分からないのよこのバカは。

 恥ずかしくなってると、後ろから感慨深いような声が聞こえた。

 

「……カナ」

「何よ」

「……耳、赤くなってるぞ」

「〜〜〜っ!」

 

 殺す!

 料理のレシピ本を置いてある机を持ち上げ、後ろで漫画読んでるバカに投げつけた。

 肩がガキって言った。

 

「うおっ!」

 

 肩を犠牲にした反撃も、左手でキャッチするだけで何食わぬ顔であるユイの態度がまた私の怒りのポテンシャルを引き上げた。

 

「何すんだよ。お前それ事務所でもやってんの? 友達無くすよ?」

「あんたにしかやらないわよ! どうせ当たっても効かないんでしょうが!」

「何怒ってんの?」

「怒るに決まってるでしょ! バカバカバーカ、大胸筋!」

「うるせーよ、巨乳」

 

 っ、ほ、ホントにムカつく……! 普通、赤くなってても言わないでしょ。や、言うわね。ユイが耳だけ赤くして表情隠してたら言うわ。

 でもムカつく! 文句言ってやろうと振り返ると、ズキッと肩が痛んだ。

 

「っ……!」

「バカだな、ずっと座ってたのに机なんて重いもん投げるからだろ」

「う、うるさいわね……!」

「こっち来いよ」

「へ? きゃっ……!」

 

 痛い方とは逆の腕を掴んで引き上げられ、ベッドの上にうつ伏せになって寝かせられた。

 

「っ、ち、ちょっと……何を……⁉︎」

「ん、マッサージ」

「あんたの痛そうだから嫌なんだけど……!」

 

 と、抵抗はしてみるものの、右肩は痛いし、そもそもユイに対抗したところで意味ないしで、されるがまま肩に手を当てられた。

 内心のどこかで、ユイに乱暴されるならそれはそれで……とか思ってると、思いの外、ふわっとしたソフトタッチが肩に当てられた。

 そのまま弱すぎず、かといって強過ぎないエンジェルタッチが私の肩を刺激し続けた。

 

「はうぅ……」

「なんて声出してんだオメーは」

 

 だって気持ち良いんだもん……。

 

「なんであんたマッサージ上手いのよ……」

「昔、10対1の喧嘩でまだ怪我してた時はお袋がしてくれてたから。見様見真似」

 

 なるほど……なんか、良い話ねそれ。喧嘩は良く無いけど、その後でお母さんにお説教されながらも大事にされてるみたいな……。

 

「次は20対1でも勝ちなさいって言われながら」

 

 ……人の感動を返しなさいよ。

 にしても気持ち良いわね、見よう見まねとは思えないわ……。

 

「まだ痛い?」

「……もう少し」

 

 ……ま、まぁ、正直痛いし……。痛みが引いてきたとはいえ、今後に支障がないとは限らないし……。

 

「にしても、カナの肩って柔らかいな……」

「え? ふ、太った……?」

「や、そういうんじゃなくて。親父やお袋の肩揉みしてた時は割と硬かったから」

「まぁ……体型の維持には気を使ってるからね。筋肉をつけすぎるわけにもいかないし」

「ふーん……なんか、良い匂いするし」

「……あのね、恥ずかしくなるようなこと言わないでくれる? セクハラよそれ」

「でも……なんか、嗅いでたくなるから……」

「ちょっ……あ、あんた……いつのまに人の上で寝転がって……!」

 

 気がついた時には、私の顔の横にユイの顔があった。首筋に鼻を埋めるように後ろから抱きついてきている。

 

「……ちょっ、も、もう肩治ったから! だから……!」

「カナの匂い……中毒性が……」

「無いわよ! ホント、やめなさ……!」

 

 少し嬉しいけど、今はそれどころじゃ……ていうかこいつ、なんでそんな人の匂いが好きなのよ! こ、この変態……!

 

「さては最初からこのつもりだったわね⁉︎」

「や、違うって。やらしい気持ちはなくマッサージしてあげようと思ったんだけど、肩を揉んでる間に匂いが香ってきて……我慢が……」

「変な言い方しないでくれる⁉︎」

「カナだって一日一回ディープキスしてくるんだし、別に良いじゃん」

「あ、アレは……! ……な、何よ! キスされるの嫌なわけあんた⁉︎」

「嫌じゃないけど、同じくらい恥ずかしいし……カナは俺に匂い嗅がれるの嫌?」

「……嫌じゃ、無いけど……」

「なら良いじゃん」

「っ、あ、あんた……!」

 

 正直、嫌ではない。なんか甘えられてるみたいで可愛いし。そして、嫌ではない以上はディープキスをしてる私に反論することは出来なかった。キスの時、ユイは未だに恥ずかしそうに強く目を瞑るんだもの。こう……嗜虐心が、ね?

 しかし、お互い様だから納得、とはいかないのが人の感情であり羞恥心だ。

 恥ずかしさでオーバーヒートした私は、両足を開いた。ユイは私をまたがるようにしているので、両足を打ち払えば姿勢は崩れる。

 だが、私の両足には何も当たらなかった。むしろ片脚はベッドの横の壁に強打し、なんかボギッていった気がした。

 

「痛っ⁉︎」

 

 悲鳴を上げた直後、私の脚の間にユイの両足が静かに着地した。

 

「甘いぞ、カナ。俺に奇襲は効かない」

「〜〜〜ッ!」

 

 む、ムカつく! ムカつくムカつくムカつく! これだから強い奴は本当にもう!

 このままじゃ、ただ私が恥ずかしいだけに……! そ、そんなの……そんなの……!

 なんか納得いかなかった私は、奥歯を噛み締めて最後の切り札を出した。

 

「……ユイ」

「……何?」

「匂いを嗅ぐのは一日一分にしなさい」

「え?」

「……守れないなら、バレンタイン何もあげないんだから」

「わ、分かったよ……?」

 

 やはり。この男、バレンタインでチョコもらったことない。ちゃんと切り札になった。

 ようやく離れてくれて、私は身体を起こした。……あ、でも右肩の調子治った。痛みとか全然無い。むしろスッキリした感じがある。

 

「まったく……自制くらいしなさいよあんた……」

「カナだって我慢出来ないからキスしてくるんでしょ?」

「や、それはまぁ、うん……」

 

 それを言われると困るんだけど……。腹立ってきたわね……!

 

「でも……匂いを嗅がれる方が絶対恥ずかしいわよ! 自分じゃ分からないのよ匂いなんて!」

「知らねーよ! 口の中を舐め回されるのも結構なプレイだろ!」

「みんなやってることでしょうディープキスは! 匂いはっ……!」

 

 か、嗅ぐ奴がいる……! 志希とか、文香のバ彼氏とか……!

 

「な、ならこうしましょう! ディープキス二回=匂い一分!」

「ふざけんなよ! 一回ずつがイーブンだろ!」

「彼女のワガママくらい聞きなさいよ!」

「自制できてないのやっぱテメェの方じゃねぇか!」

 

 クッ、この分からず屋……!

 

「……なさい」

「え?」

「帰りなさい! バレンタイン、覚悟してなさいよ!」

「え、リクエストは?」

「受けないわよバカ! いいから早く帰りなさい! 私、今から出掛けて来るから!」

「なんで怒ってんの?」

「怒ってない!」

 

 ユイを追い出して出掛けた。

 

 ×××

 

「そんなわけで、あの男をギャフンと言わせるバレンタインを作りたいのよ」

 

 オフの日なのに事務所に顔を出し、その場にいたメンバーを掻き集めた。

 メンバーは周子、志希、美嘉、フレデリカとLiPPSの面子。人に仕返しするのにこれ以上にないメンバーは無い。

 ……と、思ったのだが、周子と美嘉は目を腐らせて呟くように言った。

 

「……いきなり集められて惚気とかどういうつもりなん?」

「アタシも彼氏にチョコ作らないといけないんだけどー」

「そこ、うるさいわよ。あと惚気てない。あいつをギャフンと言わせたいのよ、何か案出しなさい」

「「……」」

 

 まったくスルーして言うと、二人ともなおさらため息をついた。

 一方、ノリノリ組の志希とフレデリカは元気良く手を挙げた。

 

「ニャハハ〜、楽しそう!」

「志希ちゃん印の媚薬とか混ぜちゃえばー?」

「あ、いやそういうピンクな方法は無しで」

 

 私も彼も身がもたないから。

 すると、周子達が疲れたように言った。

 

「味で見返せば良いじゃん」

「だめよ、そしたらあいつも美味しい思いしちゃうじゃない、二重の意味で」

「なら逆にメッチャ辛くしたら?」

「不味くしてどうするのよ。向こうはかなりソワソワしてるのに」

 

 美嘉の意見も一蹴するしかない。もっとこう……なんだろうな、仕返ししたいのよ、とにかく。中に石詰めるとかじゃなくて、向こうの要望に答えつつ仕返ししたい。

 

「チョコじゃなきゃダメなん?」

「いや、ケーキでもクッキーでも良いのよ。この際、手間はどんなに掛かっても良いわ。とにかく嫌がらせで美味しいもの出したいのよ」

「それ中々ハードル高いんだけど……」

「あたしは彼氏にチョコレートケーキまるまる出すよ。食べ終わってお腹いっぱいで動けなくなったら、歯磨きしてあげるんだー」

「美嘉の性癖も中々歪んでるのね……」

 

 とはいえ、そういうのも悪く無いわね。美味しいと思ってもらえる上に恥ずかしい思いさせられる……。

 ただ、彼がお腹いっぱいになる姿は考えられないわね。この前、一緒にラーメン食べに行った時、替え玉4回してたし。

 顎に手を当てて考えてると、今度はフレデリカが言った。

 

「あ、じゃあこういうのは? ケーキ丸々用意するんだけど、フォークは一つしか用意しないの」

「なるほど、あーん……ね?」

「そーそー」

「それも良いんだけど……でも、家で食べるのよね……。取ってくれば済む話になっちゃうし……」

「あー……難しいね……」

 

 顎に手を当てて唸ってると、一人ずっと黙っていた志希が目に入った。ニコニコしたまま私の方を眺めている。

 

「何よ、何か案があるの?」

「うん」

「聞かせてくれる? 媚薬とか睡眠薬とか筋弛緩剤抜きで」

「そんなの使わないって〜」

 

 微笑んではいるが、目はマジだ。多分、たまに出る天才的な案があるんだろう。

 

「ケーキで良いんでしょ?」

「ええ」

「美味しい奴ね?」

「そうよ」

「なら、良いのがあるよ」

 

 そう言って、志希は微笑みながらそのケーキを教えてくれた。

 

 


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