バレンタイン当日。仕事が終わり、私は帰宅し始めた。
事務所でも当然、バレンタインなわけだから、チョコの交換会やプロデューサーとかのお世話になったスタッフさん達へのチョコの譲渡とかで割と楽しかった。
交換会といえば、周子と紗枝と志希と小梅からユイ宛のチョコをもらった。気を使ってか、手作りチョコではなかった。別にそのくらいじゃ嫉妬なんてしないのに。
それと、プロデューサーは少し可哀想だったわね。「いやあ、こんなにチョコもらっちゃったよ。モテちゃって困るなぁ!」とか元気に語ってたわ。割と彼氏いる子多いのも知らずに。
まぁ、そこは私は優しいから何も言わないでおいたけど。
で、今は帰宅中。早く私の手作りケーキをユイに食べさせてあげたいわ。
それにしても、志希には感謝しなくちゃいけないわ。まさか、あんな手があるとは。レシピ通りやれば美味しく作れると思うし、彼の体質次第では恥ずかしいところも見れると思うから。周子と美嘉は引いてたけど、まぁなんとかなるでしょう。
あー、今から楽しみだわ。
「〜♪」
鼻歌を歌いながら電車を降りて改札を出ると、ちょうどバイトから上がったユイが出て来た。
「あ、ユイ。お疲れ様」
「……あ、カナ。お疲れ……って、またたくさんチョコもらってきたな……」
「まぁね。そういうあなたは……」
「ゼロだ、言わせんな」
まぁ、そうね。クラスの連中は私とユイが付き合ってるの知っているわけだし。
「でも、ゼロでは無いわよ。周子と紗枝と志希と小梅からもらったもの」
「え、俺に?」
「ええ。良かったわね。でも、志希の食べる時は気を付けてね」
「は?」
「何が入ってるか分からないから。あなた、毒は流石に効くでしょ?」
「……え、俺あいつに何かしたっけ……?」
「違うわよ。……その、媚薬的な毒よ……」
「あー……」
なるほど、といった表情になるユイだった。
そのユイの肘に、絆創膏をつけてる手を絡めた。別に怪我なんかしてないけど、ユイを意識させるために小細工してみました。
「ま、そんな話はともかく、早く行きましょう? ユイの分のケーキ、冷蔵庫に入ってるわよ」
「マジか。それは楽しみ」
そんな話をしながら二人で腕を組んだまま帰宅し始めた。
「そういえば、お前変なもん入れてねーだろうな?」
「? なんで?」
「や、この前『バレンタイン、覚悟しなさいよ』とか抜かしてたから」
「安心しなさい。レシピ通りに作ったから」
「タバスコとか入れてねーだろうな」
「あんた私をなんだと思ってるわけ?」
「アヴェンジャー」
「良いわよ、ケーキいらないならそう言ってくれれば」
「冗談だから、怒らないで」
そう、レシピ通りに作っただけよ。変なもの入れていない。
顔に出さないように、ニヤリとほくそ笑むのを必死に抑えながら帰宅してると、隣のユイが私の肩を抱き寄せた。ユイの厚い大胸筋に私の頭が辺り、まるで甘えるような形に姿勢が崩れる。
「……ユイ?」
「なら、良かったよ。俺、家族……というか母親以外にバレンタインに何かもらうのなんて初めてだったからさ……」
「へっ?」
「でも、それで良かったのかもな。……初バレンタインが、カナからもらえるのなら」
照れ臭そうに頬を掻き、目を逸らしながらそんなことを言われた。言われてしまった。
それは、私の罪悪感を掻き立てるのには十分過ぎる威力だった。今更になって額に冷や汗が浮かぶ。やっぱやめときゃ良かった、的な。
そもそも、喧嘩するのとかお互いに強い口調になって言い争うのはいつものことだし、キスと匂いだって割とイーブンな所ある。それなのに、変な復讐心を宿し、育ててしまうなんて……。
「……」
「カナ? ど、どうした?」
「うえっ? い、いえ、なんでもないわよ?」
ど、どうしよう……でも、もう作っちゃったし……ママやパパも味見してとても美味しいって言ってくれたし……。
悩みながら歩いてる間に、私の家に着いてしまった。電気がついていない。多分、両親とも仕事なんだろう。
鍵を開け、中に入るとユイが珍しく純粋な目で聞いてきた。
「部屋にいれば良いのか?」
「へっ? う、うん……そうしてくれるかしら?」
「おお」
そう言って、ユイは階段を上がっていった。その背中を眺めつつ、私は台所に入った。
冷蔵庫を開け、作り置いたケーキを見る。赤紫色に焼き上げられた長方形のパン生地、中には色とりどりのフルーツが入っていて、焼きたてというわけでも無いのに香ばしい香りが鼻腔を刺激するケーキ。
ーーーそう、作ったのはブランデーケーキだ。
ブランデー、というからにはそれなりにアルコールは入ってる。彼を酔わせて、素直になった彼と写真を撮って後日に辱めてやろうと思ってたけど……。
「……」
……だめだ、できない。あんな話しされたあとだと、騙してるみたいで気がひける……というか、騙してるわよねこれ。
でも、あれだけ楽しみにしてて「後日ね」なんて言えるわけがない。先にプロデューサー達の分を作るって言っちゃったし、鷹宮くんの分も作るって言っちゃったし「あ、俺の分は忘れてたのね」って思われちゃう……!
ああもう、なんでこんな日に限ってあの両親達はいないのよ! いつになったら帰ってくるのかしら?
すると、また良いタイミングで母親からL○NEが来た。
ママ『ママ達は泊まりで旅行に行って来ます。バレンタインに自分にチョコ塗りたくってあげるのは良いけど、ゴムはつけるようにね?』
あんたブランデーケーキの味見してくれたでしょうがああああああ‼︎
スマホを床に叩きつけ、その場でうずくまった。本当にムカつくんだからあのバカ親!
大体、そんな大胆な案を一度でも出したことある⁉︎ 仮にやったとしてもユイが割と真面目な顔で説教してきて終わりよ!
こういう時に限ってうちの親は……!
「おい、なんかすげー音したけど大丈……」
「はうあっ⁉︎」
「えっ、何」
思わず変な叫び声が出た。唐突に背後から声をかけられて背筋が伸びてしまった。
「ど、どしたの……?」
「い、いいいいきなり背後から声をかけないでくれる⁉︎」
「や、なんかすごい音したから……え、どうしたの?」
ドン引きした顔しないで!
なんて弁解したものか悩んでると、ユイが叩きつけたスマホをつまみ上げた。
「……ああ、ケータイ落としたのか」
「あ、え、ええ……」
「うーわ、画面割れちゃってんじゃん……。大丈夫か? 使えそう?」
「え? あ、ああ、ちょっと待ちなさい」
スマホを手渡してきたので、慌てて画面をつけて操作した。一応、タッチ操作も生きてるし、画面もつく。
「平気そう」
「そうか。良かった。もう落とすなよ?」
微笑みながら頭を撫でてくれた。
ああああ! なんで今日に限ってこんな優しいのよこいつ〜‼︎
真っ赤になった顔を両手で煽ってると、ユイが「おっ」と何かを見つけたような声を漏らした。
……あ、しまった。
「これがカナの作ったケーキ?」
「ちょっ、待っ……!」
「俺が持って行くよ。カナはコップ頼んで良いか?」
「え?」
「飲み物ならバイト行く前に買っておいたから。じゃ、頼むわ」
す、すごい楽しみにされてる〜‼︎
さっさと棚からお皿とフォークを出し、ケーキと一緒に私の部屋に運んでしまったユイを眺めながら、とりあえず私もコップとナイフを用意した。
……ダメだわ、あんな姿見たら食べさせないなんて言えない……!
「……はぁ、とりあえず部屋に行かないと」
ま、まぁ、高校生でもお酒飲める人だっているし、そもそもお酒そのものじゃなくてケーキだしね。
案外、食べても問題ないかもしれない。すぐに食べて酔っ払うなんて事はないはずよ。
もし、怒られたら……いや、怒られなくてもキチンと謝って明日作り直しましょう……。
そう決めて、部屋に入った。ユイはケーキを先につまみ食いすることもなく、机を出して、その上にお皿とフォークとケーキと飲み物を用意して待機していた。
……なんて律儀なんだろう……。やっぱり、どうにかして明日に持ち越せないかしら……。
「カナ?」
「な、何?」
「カナも食べるだろ?」
「え、わ、私も?」
「うん」
「私は大丈夫よ。色んな子達にチョコ貰ったから」
「まぁ、一応、皿は用意したから。食べたかったら切り分けて」
「あ、ありがとう……」
内心、ドギマギしながら座った。
うう……本当に気が引けるね……。大丈夫かしら……。私は昨日、食べたけど酔わなかったけど……。
お皿に一切れ切って、ユイのお皿に置いた。
「はい」
「じゃ、いただきます」
フォークでケーキを一切れ食べる姿を眺めながら、私はケーキの横にナイフを置いた。
……ま、まぁ、大丈夫よね。なんだかんだ丈夫な奴だし、たかだかアルコール少し入れたくらいで酔っ払ったりしないわよ。
大体、バイクに特攻されても何ともなく、バイクの方が吹っ飛ぶような人が、アルコール入りのケーキ食べたくらいで酔っ払うなんて、そんな話があってたまりますか。
二十歳になった文香ですら、ほ○よい一口でダウンするんだし?年齢と酔いやすさは関係ないはずだし。
……あ、そうよ。私も数切れもらえば彼が食べる分減るんだし、やっぱり少し分けてもらおうかしら。
「ねぇ、ユ……え?」
あれ? ケーキが乗ってたお皿がもう綺麗に……。そして、机の向こう側のユイは何故か顔を隠すように項垂れて……。
「……ゆ、ユイ……?」
恐る恐る声をかけたときだ。ゆらりと立ち上がり、私の横に腰を下ろした。円卓を前に座ってるのに。
で、何を思ったのか、私の両肩に手を置き、強引に自分の方に抱き寄せた。
「ーっ⁉︎ ゆ、ユイ⁉︎」
「かなでぇ、かわいいぞーかなでぇ」
「ゆういぃいいい⁉︎」
え、何⁉︎ 急に褒められ……ていうか、撫で方が雑! 髪型がグチャグチャに……!
「ゆ、優衣……? 酔ってるの……?」
「よう? なにいってんの?」
「え、いや……」
「それより、きけよ。いつもおもってたんだが……かなぇはかわいいおぉ」
ろ、呂律が回らなくなってきて……! というかなんでまさかの最悪のパターンを引くのよ私は! しかもちょっと嬉しいのが困るんだけど……!
「かなぇはなぁ……。テレビとか見てても、毎回おもうよ……。ほかのメンァーのフォローもしっかぃしてぅし……がっこーの成績も、落とさぁいよう……しっかぃ復習してぅし……」
「ちょっ、やめてくれない……? 素直に褒められるとそれはそれで……」
「いいかぁきけよ……。とにかく、努力家で、でも照ぇ屋で、ハキハキしてて……とにかく、とにかく……かわいいよ、俺なんかには、もったいないくぁい……」
「……〜〜〜っ!」
は、恥ずかしい……! でも、抱き寄せられてて頭撫でられてて引き剥がせない……!
「それぃなぁ、かなで」
「な、何、かしら?」
「かなでは、中身もかわいいのに、外見もかわいいんだよ……」
「えうっ⁉︎」
さ、さっきより遥かに恥ずかしくなりそうな気がする!
「かなでの、しんちょーも」
ユイの手が頭から離れ……。
「ほそい脚も」
私の脹脛から太ももをなぞり……。
「すらっとした腰も」
太ももからお尻に移行し……。
「なんか、もう……ぜんぶすき……」
「あ、あうう…………」
胸には行かず、途中で止めて再び抱き締めてきた。それでも恥ずかしさで、私の頭からは今にも煙が出そうだ。
でも、そろそろこの辺りにしておかないとマズイ。主に私の理性が。
「褒めてくれてありがとう、ユイ。でも、そろそろ落ち着きましょう?」
「……かなで、俺にほめられるの、いやか……?」
「……」
「……いや?」
「……嫌じゃ、ないです……」
「よかった」
ああああ! 何これ、何この感じ⁉︎ なんでこんなんなってんの⁉︎ あんたの方が可愛いわよ!
一人でユイの胸の中で悶えてると、両頬をガッと両手で挟まれた。で、くいっと上を向かせられる。
酔いが回って顔が赤くなったユイの顔が、目の前に来ていた。
「……かなでの顔も、かわいい」
「ふえっ……?」
「ちゅーしたい」
「ちゅうっ⁉︎」
すごい初々しい反応しちゃったんですけど⁉︎
そんな私の反応も気にも止めず、ユイは口を近づけてくる。その唇に、私は人差し指を当てた。
「ま、待って!」
「……ん?」
「その……何? キスしたいのは分かるけど……その、ほら、ね? 今はマズイでしょう?」
「なんぇ? いつも、かなでのほうからしてくぅのに?」
「え? そ、それはまぁほら……」
「きょうの分のキスもしてないぞ」
「あ、や、だから……それは……」
「……いやか?」
「い、嫌じゃ……ない、ケド……」
こ、こいつ……! 酔うとグイグイ来る……! そう来られると私としては弱いのに……。
「で、でも別に毎日しなきゃいけないわけじゃ無いしユイだって恥ずかしそうにしてたんだし無理しなくても大体私の両親今日いないのにキスなんてしたらマズイことになりそうだし本当にお願い待っ」
「かなで、目をとじてろ」
「っ、は、はい……」
素直な返事しか出なかった。多分、この時の私は一番ひどいキス待ち顔だった事だろう。ぎゅっと目を瞑ってるくせに頬を赤らめて唇を尖らせている。
だ、だってほら、別にキスするのが嫌なわけじゃ無いし……。それに、ユイからされるならそれはそれで……。
「……」
「……」
……来ないわね。と、思ったのも束の間、胸の上にポスンと降ってきた。
恐る恐る目を開けると、ユイの顔が私の胸の上に置かれていて、スースーと寝息を立てていた。
「……この人騒がせな子は……」
怒る気も失せたわ、もはや……。
とりあえず、寝かせてあげるしか無さそうね……。ベッドの上に置いて、布団をかけてあげた。
こうして見ると、真っ赤な顔で無邪気な寝顔っていうのも可愛いわね。割とおっかない顔してるのに。ギャップ萌えってつくづく狡いのね。
ーーーさて、とりあえず……。
「トイレ行こ」
トイレに行った。