ヤンキー、という呼ばれる人種は、周りの人の目線によって決められるものだ。
例えば、温和な性格で面倒見も良く、友達が多い奴がいたとする。しかし、そいつの外見は外国人の母親譲りの金髪でヤンキーにしか見えない。
そいつが、街中で酔っ払いに絡まれたとする。すると、周囲の人はどう思うか。「絡まれてる学生」ではなく「喧嘩中のバカ二人」に見えることだろう。
全くもって酷い風評被害だ。「人間、大切なのは心」なはずなのに「まず第一印象」なんておかしいよね。
今の俺が、まさにそんな感じだった。場所は駅前、音楽を聴きながら歩いてると、パチンコ屋から出て来た酔っ払いと肩がぶつかり、殴り掛かってきたので、いなしたら勝手に転んで電柱に頭打って警察が来てしまった。
俺は髪を染めてないが、元ヤン時代に出来た人相の悪さとガタイの良さが災いを呼んでしまった。改めて、よくこんな男と付き合えるよな、カナは。
「だーかーらー、君から手を出したんじゃないの?」
「違うっつってんだろ。そこのバーコードハゲが殴りかかってきて、避けたら電柱に頭ぶつけただけたから」
「本当に?」
「本当」
「でも、この人気絶してるんだよ?」
「気絶するほどの勢いで殴りかかってきたんだろ」
だいたい、俺が殴ったら気絶じゃ済まない。
しかし、真面目な話どうしたものかな……。制服を着ていないのが幸運だったが、学校に知れたら事だ。実に面倒臭いことになったな……。
「ねぇ、何してるのよ」
そんな時だ。声を掛けられた。ふと振り向くと、カナがジト目で立っていた。なんでこいつここにいんの? 仕事帰りか?
「あ、カナ」
「は、速水奏……?」
「何、喧嘩でもしたわけ?」
警官のセリフをまるで無視して俺に声をかけてきた。
「してねーよ。そこで伸びてるオッさんが俺に絡んできて自滅して職質かけられてるとこ」
「って言ってるけど、ほんとのとこ君から手を出したんじゃないの? って話です」
アイドルに良いとこを見せようとしてか、警官がそんな事を聞いた。しかし、逆効果だぞ。それ俺の恋人だから。
カナが仲介してくれれば、俺の無実も晴れるだろ……と思ってると、カナは真剣な表情を浮かべて顎に手を当てた。
「なるほど……可能性はあるわね」
「おいコラ。テメェどっちの味方だオイ」
「そういう事ならあり得なくはないわね。遠慮なく
「おーい、奏さん? いい加減にしとけこのヤロー?」
その言葉と共に、警官の視線はキュッと締まる。流石にカナが口を挟んだ。
「もちろん、冗談よ。ごめんなさい、この人は喧嘩なんてする人じゃないわ。そりゃ勿論、拳でナイフを折れる凶拳を持ってる人だけれど、そこは私が保証するわ」
「いらんこと言うな」
「そう言われましてもね……現に気絶してる人がいるわけだし……」
「そもそも、他人に喧嘩売れるほど度胸ないのよこいつ」
ふむ、腹立つけど説得力はある。ここは我慢して黙っていよう。
「だってこいつ、彼女が出来て5ヶ月経つのに童貞なのよ?」
「ブフッ‼︎」
思わず吹き出してしまった。この女、何言うんだよホントこの野郎が。
すぐに反論しようとした俺の口が止まった。ここで反論すれば、また元の議論に戻るかも……むしろ、演技をしてやらなければ。
「てめっ、なんでそれ知って……!」
「知ってるに決まってるでしょバカ」
……や、まぁそうなんですけどね。
目を逸らしてると、正面の警官が狼狽えたように聞いてきた。
「え、二人ともどういう関係なの?」
「そうね……クラスで一番、気の合う仲、ってところかしら?」
……まぁ、間違っちゃいないけどよ。クラスどころか宇宙単位で気が合う事だろう。
「そ、そうなんだ……まぁ、もうなんか面倒だからそれで良いや。変なのに絡まれないようにな」
そう言って、警官は酔っ払いを起こして立ち去った。奏パワーすげぇな。アイドルと知り合いだとこういう時に助かるわ。
「……何が気が合う仲だよ」
「あんたねぇ、いい加減その絡まれ体質なんとかしないよ。ラノベの主人公なわけ?」
「るせーな……ガラの悪さは自覚してるっつーの」
っと……悪態を吐くのはこの辺にしないと。内容はどうあれ、カナのお陰で助かったのは事実だ。
「悪いな、カナ。助かったわ」
「はい、今『助かった』って言ったわね?」
「は?」
え、何そのワッッッッッルイ顔。俺でもそんな邪悪な顔しないよ?
「貸し一つだから。あなた、明日付き合いなさい?」
「え、何言ってんの?」
「私の命令を聞きなさいと言ってるのよ。分かるでしょ? クラスどころか宇宙単位で気が合うんだから」
何で俺の考えてることまで筒抜けなんだよ……疑心暗鬼になって何も話せなくなるわ。
「とにかく、明日は私に付き合いなさいよね。精々、連れ回してやるんだから」
「別に良いけど……え、何処行くの?」
「ん、ジム」
「え……ジム? まさか、太ったの?」
「殺すわよ?」
だよね。俺も言ってから反省した。
「普通に、少しは身体鍛えようと思っただけよ。あなた、ジムとか行ってそうだし使えそうだと判断しただけ」
「俺はお前の備品かよ。あと、ジムなんて行ったことないから。喧嘩してりゃ筋肉つくから」
「そんな筋トレ嫌よ私は」
俺も嫌だわ。喧嘩はもうしない。
「まぁ、分かったよ。考えてみれば、これから春を過ぎて夏になるんだもんな。正月からだらけきった腹は見せたくないよな」
「あんた私と喧嘩したいの?」
「付き合うよ、俺も身体動かしたいし」
無視してオーケーの返事をした。
まぁ、たまにはそんなデートも良いよな。ジムデートって新しい気もするけど、デート行く場所なんてカップル次第だし。
「帰り、なんか食ってくか? 奢るぜ」
「本当に? じゃ、フレンチで」
「ハレンチなこと言うな。その辺の飯屋から選べよ」
飯を食べて帰った。
×××
翌日、ジャージとタオルを持って家を出た。相変わらずの絶妙なタイミングで隣の家からカナが出てくる。何という運命力。
まぁ、慣れた話なのでわざわざ何も言わんが。軽く片手を上げて挨拶して、合流した。
「よう」
「こんにちは。さ、寒いから早く行きましょう?」
「おお」
短い挨拶の後、腕を組んで歩き始めた。
これから行くジムはカナが決めた。まぁ、カナが行きたいと言ったんだし、当然といえば当然だが、割とかなり楽しみにしてるようで、昨日、晩飯を食って帰った直後に、行くジムの情報が来た。
あいつ割とそういうとこあるんだよなぁ。普段、楽しみにしてることは表に出さないが、その分、準備は確実に迅速に進めるタイプだ。その辺は年相応でOLっぽくないので可愛らしい。
「ふふ、付き合って何ヶ月も経つのに、いまだに腕組みも慣れないのね」
「……」
こういう自分も慣れてないくせにからかってくるとこは別の意味で可愛いわ。
「腕におっぱい越しの心臓の鼓動が伝わってんぞ」
「ーっ……!」
こういう時はカウンターパンチも容易い。相変わらず防御力がない奴だ。
「あんたねぇ……! ジムで覚悟しなさいよ」
「あのなぁ、俺がジムで苦しむことなんてあると思うのか?」
「どうかしらね」
……なーんか企んでやがんなこの野郎め。ま、良いさ。肉体労働なら何をされても困難に思える気がしない。掛かってきやがれってんだバカめ。
×××
「来なきゃ良かった……」
ジムでのトレーニング内容は、まさかの温水プールだった。この女ホント馬鹿じゃねえの。
「おい、今真冬だぞ」
「そうね。さ、泳ぎましょうか」
……人の話聞かねー。いくら泳げるようになったからって、あまり水の中は好きじゃねーのによ……。
ちなみに、水着はジムの方から借りたスク水みたいな奴。奏も勿論、俺に道中で怪しまれないようにするためか、家から水着を持ってくることは無かった。どこで本気出してんだこいつ。
「……コスプレしたおばさんみてーな格好しやがって」
「えい」
「ごぶっ⁉︎」
躊躇無く背中を蹴られ、プールの中に落下した。
「あたばあっ! て、テメッ……ブッ殺すぞマジで!」
「その前にあなたが死ぬけどね」
「ゴボッ……こ、コノヤロッ……‼︎」
くっ、あの女ホント覚えてやがれよ……! や、それよりもまず脱出しなければ……!
落ち着け、足は着く高さのはずだ。ジタバタしないで身体を動かさなければ……あ、良かった。落ち着いた。
……さて、あの女に反撃してやる……! と、思って顔を上げた。
「相手が彼氏だからと言って、危険な行為はやめて下さい」
「はい……すみません……」
「他のお客様が真似してしまう可能性もありますし、相手が怪我しなければ良いというものでもありませんから」
「……そうですね……ごめんなさい……」
「今回は大目に見ますが、次はありませんからね」
「肝に命じておきます……ホント、すみませんでした……」
すごい怒られてた。あいつ、俺と付き合い始めてからバカになってない? まぁ、これなら俺が手を下すまでもないな。
ニヤニヤしながら見てると、カナがその俺に気づいて頬を赤く染めた。
「……何よ」
「何でもないから。それはそうと、すごく謝ってたな」
「うるさいわよ! そもそもあなたが……!」
「はいはい、分かったから泳ごうぜ」
「……もう一度、蹴落としてやりたいわ」
……まぁ、たしかに元はと言えば俺の暴言から始まったわけだからな。あとでアイスでも奢ってやるか。
しかし、なんつーか……ホントにこいつスク水似合わねえな……。なんか、こう……布面積の少ないビキニとかよりも、カナの体型をしっかり表してるから、尚更エロく感じる。
一方、もちろん俺の水着も男子用のスクール水着みたいな奴なので、ピッチピチだ。さっき鏡で見た時なんか太腿の筋肉がそれなりにハッキリ浮いてた。
「……」
「……」
ふと、カナと目があった。やべっ、視線に気付いたか? と思ったら、向こうも同じ事考えていたのか、若干、頬が赤くなる。
「……お、泳ぎましょうか」
「お、おお」
何故か少し照れながら、二人で温水プールに浸かった。こんな空気になるなら、割と真冬にプールも悪くないのかもしれない……そんな風に思いながら、二人で泳いだ。
……そういえば昨日、カナに助けてもらった時、何気に刺さること言われたよなぁ。彼女と付き合い始めて5ヶ月経つのに、未だに童貞かぁ……。それって、異常なのか?
女の子と付き合ったことのない俺なんかにはよくわからないが、他の奴とかどうしてるんだろうか。
……や、でも何度も「俺達のペースで」って話になってるし、別に気にしなくて良いか。
それよりも、泳ぎ慣れてないから少し疲れた。まだ端っこに着いてないけど、足をつこうとした時だ。
「……あり?」
届かな……!
そう思った時には遅かった。身体は沈み、顔は水面から完全に消えた。
何で、こんな深いんだよ……! 深海かっつーの……!
ゴボゴボ言いながら身体が沈んでいってるのを感じ、それでももがいてると、お腹のあたりを誰かに抱かれるのを感じた。その後、背中に柔らかい感触も。
しかし、それらに堪能する暇もなく、引っ張られ、ようやく水面から顔を出せた。
「っ、っはぁ! ……はぁ、はぁ……!」
「何やってんのよバカ」
「……か、かなで……?」
「公共の施設で溺れないでくれる? 恥ずかしいから」
「わ、悪い……でも、なんであんな深いの?」
「普通、競泳プールとかは真ん中の方は深いのよ。2メートルくらい」
「……な、なるほど……」
……くそッ、泳げない事が裏目に出たか……。
「すまん、カナ。助かった」
「はい、今『助かった』って言ったわね?」
あれ、今なんかデジャヴったような……。
「明日も私に付き合いなさいよ。貸し一だから」
「……」
……またそういうことを……。まぁ、しかし前回はともかく今回は俺が悪いしな……。
「……別に貸しなんか一々、持ってこなくても、いつでも付き合うよ」
「……ーっ!」
黙り込んだカナは、俺の後頭部をペシッと叩いた。
「……なら、明日もウンとカマってもらうから」
「へいへい」
そう言って、とりあえずプールサイドに上がった。