速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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居残り。

 夕暮れ時、俺は一人で放課後の教室に来ていた。忘れ物を取りに来ただけだが。

 窓から沈む夕日を眺めながら、改めて今の俺とカナの関係は大きく変わったと思う。今日から半年前のちょうど今くらいの時間帯、中々に下らない出来事があったことを静かに思い出し、ますます付き合えた事が不思議に思えた。

 

 ──ー

 ──

 ー

 

 夏休みが終わった俺は、今だに胸にモヤモヤしたものを残していた。

 夏休みの後半から、奏の様子が妙におかしくなった。と、いうのも、なんかやけに男のウィークポイントを突く事を言う項になった。かと思ったら、すぐに「なんてね?」とか言って誤魔化すし……。

 所詮、俺をからかっているだけ、というのは分かっているが、なんというか……こっちにとっても心臓に悪い。何か裏があるんじゃないか、と思えば変に勘違いしなくて済むが……。

 そんな俺らしくない悩みを抱えているこの頃、俺は美術室に来ていた。や、普通に授業で。実はこの授業が一番厳しいんだよな……。何せ。

 

「優衣、今日は何するのかしらね?」

 

 ……奏と隣の席だから。や、どの授業も基本的に前後左右にこいつがいるのだが、この授業は机を六人で机を囲むように席に座るから、必然的に奏と距離が近くなる。

 

「さぁ」

「一学期の授業じゃ粘土で工作やったし、絵とかじゃない?」

「ヌードデッサンとか?」

「……スケベ。死になさいよあんた」

「誰も女とは言ってないだろ……」

 

 つーか、一気に機嫌悪くしすぎ。俺そんな今キレられる要素あった? 

 

「何あんた、女の人の裸とか見たいわけ?」

「見たい(直球)」

「サイッテイ」

「じゃあ逆に聞くけど、お前は見たくないの? 男の裸」

「そ、それは……!」

 

 急に頬を赤く染め、目を逸らす奏。うん、まぁ最早答えは出たようなもんだな。

 

「ほら見ろ、あるんじゃねえか。男が女の裸見たいって言ったら怒るのに、女が男の裸を見たいと言った所で特に何もないのっておかしいよな? な?」

「うっ……う、うるさいわよ! 私はそこまでオープンじゃないから!」

「じゃあ仮にヌードデッサンだとして、男と女だったらどっちが良いよ?」

「……そ、それは」

「男だろ? つまり、そういうことだろ」

「でも、私は別に男の人の裸を描きたいとも見たいとも思わないから」

「嘘だな」

「ほんと」

「嘘つけ」

「ほんとよ!」

「根拠を示してみろ」

 

 言うと、奏は頬を赤く染めながらもそっぽを向く。うん、これで俺と奏の相違点はもう一つ見つかったな。俺はムッツリではないが、奏はムッツリだ。

 と、思ったのだが、奏は前髪をかき上げながら恥ずかしそうにつぶやいた。

 

「……あんたの以外は、興味ないし……」

「…………はえ?」

 

 …………え、何それ。どういう意味それ。思わず俺もポカンとしてしまう。や、だってそれ……え? お、俺のに興味あるって言ってる? や、でも……ええ〜……? 

 頭の中がグルグル回り、生まれて初めてパニクりそうになっていると、隣の奏はクスッと微笑んだ。

 

「なーんて、ジョーダンに決まってるでしょ? 何真に受けてんのよ」

「…………あ?」

「別に私は男の人の裸になんか興味ないわよ。……もしかして、今少し狼狽えたでしょ?」

 

 こ、こいつ……! トサカに来たわ。

 

「あー俺だって女の裸には興味あるがてめーのにはねえよ!」

「はいはい」

「そもそも俺、そんなに見境なくねーし! いくら身体がエロくても中身がダメじゃ欲情できねーし!」

「はいはい」

「聞き流してんじゃねーぞコラァッ‼︎」

 

 こ、この女……! 俺がブチギレて楽しそうにケタケタ笑う奴は初めてだ。

 そんな俺の気を知っていながら、奏は微笑みながら前に出て俺の手を引いた。

 

「ほら、いいから行きましょ。遅れるわよ?」

「テメェッ……!」

 

 つーかさり気なく手を繋ぐなっつーの……と、思わず照れそうになった時だ。前を走る奏の耳が赤くなっているのが見えた。

 

 ×××

 

 授業中、俺は一番後ろの席で教師の話を聞くふりをして頭を悩ませていた。

 ちょっとダメだ……。こいつ、何を考えてるのかマジで分からん。俺がこの女の考えを読めなくなるのなんか初めてだ。だって、今までずっと簡単に読めてた上に読まれていたから。

 俺に対しからかっているだけだと信じて疑わなかったが、最後の最後で耳を赤くしていたのはわからない。からかっていただけなら、赤くなる理由がわからない。

 なんつーか……だーもう。なんでこんな奴の為に俺は悩まなきゃいけねーんだよ……。

 

「……うい、優衣!」

「っ、な、なんだ?」

 

 唐突に横から声を掛けられ、ハッとなって顔を上げた。奏が俺に声をかけていた。

 

「課題開始よ」

「え? あ、そう。何すんの?」

「先生の話くらい聞いておきなさいよ。パートナーと人物デッサンよ」

「ふーん。じゃあ早くパートナーのとこ行けよ」

「だから来たじゃない」

「…………は?」

 

 え、よりにもよってお前と組むの俺? 

 

「実際は自由なんだけど、私にあんた以外に組む人いないから」

「ボッチめ」

「あんたに言われたくないわよ。ていうか、あなたがいるからボッチではないし」

 

 こ、こいつ……わざとやってるんじゃないだろうな? 

 ……つーか、今更だけど人物デッサン? マジで? それはつまり……俺がこの女の顔を描くって事? 

 

「……マジか」

「マジよ。良いからまずは道具を取りに行きましょう」

 

 そう言う通り、いつのまにか周りにいたはずの生徒達は美術室の道具置き場に向かっていた。

 必要なのはデッサン用のスタンド。ボードと鉛筆は持っているので、二人で向かい合って座った。

 

「……」

「……」

 

 いざ、顔を合わせると少し気恥ずかしいな……。ていうか、あまりペンが進まない。正直、絵とかあんま得意じゃないし……。

 やりづらいので、俺はスマホで奏を調べた。今の時代、検索すればアイドルなら顔なんて簡単に入手できるので、そっちを見て描くことにした。

 

「……」

 

 ……当たり前だが、学生服の奏は無いな。クラスメートの絵を描かないといけないんだし、流石にアイドルとしての奏を描くのはまずいか。

 となると、俺のスマホに入ってる奏の写真しかないな。そんな中、この前奏が部屋で寝てた時の写真を見つけた。何かの弱味になると思って盗撮したんだっけ。

 

「……」

 

 よし、こいつにしよう。上手く描けば、クラス全員に奏の寝顔を晒すという仕打ちをしてやれるわけだし。

 その絵をボードに乗せ、描き始めること10分が経過した。ふと正面を見ると、奏が俺の顔をじっと見ているのに気付いた。

 

「……何?」

「ホント、目つき悪いなって」

「うるせーな」

「中身は可愛いのにね」

「……あ?」

「ジョーダンよ。てか、なるべく動かないでくれる?」

「へいへい」

 

 まだ、モデルに動かれると描きづらいだろうしな。それが嫌で、俺も写真にしたんだし。

 さらに20分が経過。今日の授業はあと10分で終わり。次の授業に遅れないようにするため、5分前には片付けを始めるため、あと5分しか残っていない。

 ま、今日はここまでだな。鉛筆を置いて首をコキコキと鳴らしていると、前にいる奏も鉛筆を置いて自分の肩を揉んでいた。

 

「ふぅ……疲れたわ」

「それな。ずっとジッとしてんのは性に合わねえからなぁ」

「ていうか、あんたずっと下向いてたけど、何をモデルにしてたのよ?」

 

 言いながらこっちに回り込む奏。立て掛けてあるスマホを見た直後、奏の頬はカアッと赤くなった。

 

「ちょっ……あんた、何よその写真⁉︎」

「うわっ、やべっ」

「やべって……だ、ダメよあんた! そんなのモデルにするのは⁉︎」

「うるせーよ! 人の部屋に来て寝息立ててたテメェが悪ぃんだろうが!」

「消しなさい!」

「やだね! なんなら待ち受けにしてやろうか!」

「ブッ殺すわよ本当に⁉︎」

 

 奏がスマホを取ろうとするが、俺はスマホを高らかに伸ばした手の中に入れているためとらせない。身長は俺のほうが高いから、奏がいくらジャンプしても乳が揺れるだけだ。

 すると、スマホを奪うのを諦めた奏は、俺が描いていた絵に目を向ける。まだ輪郭しか出来ていないが……おい待て。

 

「ちょっ、おまっ……待て待て待て待て待て!」

「ふんっ」

「ああああああっ⁉︎」

 

 大きく俺の絵にバツを描きやがった⁉︎

 

「テメェ、人の作業の邪魔をする奴があるか⁉︎」

「自業自得よ! そういう事するなら、私だってあんたの寝顔描くからね!」

「テメェ、俺の寝顔盗撮してやがったのか⁉︎ 肖像権の侵害だぞコラァッ‼︎」

「あんたが言うな!」

 

 なんてギャーギャーと騒いでいる時だ。俺と奏の所に先生が歩いて来た。

 

「二人共、何やってるんです?」

「あ?」

「あ、いえ……」

「……あーあー、なんでこんないたずら書きしたんですか。速水さんも全然、進んでいませんし」

 

 いつの間にか、教室にいるクラスメート達は俺達の方をジッと見てヒソヒソ話している。「え? 寝顔?」「どういう事?」「部屋って言ってたよね?」「まさか、あの二人……」とかボソボソやられている。あ、ヤバイなこれ……。

 冷や汗をかいている間に、先生が俺と奏に冷酷に言い放った。

 

「放課後、二人とも居残りね。他のみんなが進めている所までやりなさい」

「「えっ」」

 

 そう一方的に告げると、先生は教壇の前に引き返して行った。

 居残りって……マジかよ、面倒くせぇ……。小さくため息をついて奏の方を見ると、なんか割と真顔で席についていた。

 

 ×××

 

「お前さぁ、何人を巻き込んでくれちゃってんの?」

「お互い様よ、バカ」

 

 美術室からスタンドを持ってきて、俺と奏は教室でデッサンを始めた。美術室には美術部が居るし、当然といえば当然だが、あの美術部員達、みんなで人生ゲームやってたけど良いのか……? 

 

「つーか、なんでお前は進んでないわけ?」

「……別に良いでしょ」

「俺、お前の絵に落書きとかしてないよな」

「あんたの顔に見惚れてただけよ。気にしないで」

「あっそ。……今なんて?」

「何でもない。いいから作業始めるわよ」

 

 ……気の所為か? 見惚れてたって言った? ……気の所為か。多分「見殺してた」と言ったんだろう。俺の顔を見ながら殺害方法を10〜20通りほど考えていたんだ。酷い女だ。

 二人で黙って鉛筆を動かし、時々顔を上げて再びペンを動かす。

 

「……おい、なんで俺が顔あげるとテメーもあげんだよ」

「それ、今更説明が必要なわけ?」

「……ちっ」

 

 いや、正直悪い気はしない。でも、何? ……なんか、たまに目を合わせたりするとか、こう……変な感じがする。夏休みの夜中に、なんか眠れなくて奏はもう寝てるかなーと思って窓の向こうの部屋を見たら、同じような顔でこっちを見た奏と目があった時と同じ感覚だ。

 

「……なぁ、奏」

「なに?」

「写真撮らない?」

「は?」

「や、お互いに一枚。そうすりゃ、一々目を合わせなくても良いだろ」

「……あんたは私と目を合わせるのが嫌なわけ?」

「正直、何度も何度も決まった感覚で繰り返し目を合わせるのは気が滅入る」

「……あっそ」

 

 ……なんか機嫌が悪くなったな。しかし、特に異存はないようで鉛筆をスタンドに置くと、膝の上に手を置いてこっちを向いた。

 

「さ、どうぞ」

「……お前は撮らんの?」

「必要ないもの。リアタイで見ていたいから」

「あそう」

 

 一々この野郎……顔に出さないようにすんのも結構、疲れんだぞ。

 とりあえずスマホを取り出し、奏の方に負けた。まるで証明写真のような奏の姿を撮るのは少し緊張した。

 ……改めて見ると、こいつやっぱ美人だな。大人びた表情、落ち着いた雰囲気、すらっと高い背……とても17の高校生とは思えない。

 ……っと、見惚れてる場合じゃない。早く撮らないと。スマホのシャッターボタンを押す直前、奏の口元が少し緩んだ。

 

「っ……」

 

 お陰で、綺麗な笑顔の奏の写真が撮れてしまった。何のポーズも無く、何の捻りも無く、ただただ座って制服を着た速水奏の笑顔の写真。素人がスマホで撮影したはずなのに、今までに見たどんな奏の写真よりも綺麗に見えた。

 そんな奏がいつのまにか立って俺の背後に回り、スマホを後ろから覗き込んでいたのに気付いたのは、両肩に手を置かれた時だった。

 

「うおっ……!」

「あら、よく撮れてるじゃない」

 

 珍しくそう褒められ、なぜか俺は慌ててスマホの画面を落とした。何故かバクバク言ってる心臓を抑えるために手を当てていると、何もかも見透かした……いや、むしろ何も見透かしていない笑みを浮かべた奏は微笑んだまま、あくまで自然に言った。

 

「可愛く描きなさいよ?」

「ーっ……!」

 

 そこから先はよく覚えていない。気が付けば……俺は、スケッチブックに棒人間を大きく描いていた。

 

「はい、完成」

「どこがよ⁉︎」

 

 当然、食いかかってくる奏。

 

「真逆も良いとこでしょ⁉︎ ていうか適当にもほどがあるじゃない!」

「うるせーバーカ! バカバカバーカ巨乳!」

「んなっ……⁉︎」

 

 慌てて自分の胸を隠す奏。

 

「るっさいわよ! あんたやっぱり最低などすけべよ!」

「ああああああ! 聞こえなーい!」

「小学生か!」

 

 5分後、様子を見にきた先生に怒られたのは言うまでもない。

 

 


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