勢いでやっちゃったよ。
夕方は、報道番組が多い。その日にあった一日のニュースや、今朝までに報道された出来事が、その後どうなったのか、それらを世の中に知らせるためだ。
まだ子供からお年寄りまで起きていて、早過ぎず遅過ぎない時間に、テレビという世の中全て知らせられる媒体を通して伝えている。
その番組を、俺達はぼんやりと眺めていた。本日の夕方のニュースは、ついさっきの記者会見によって発表した内容だった。
『本日、自身のブログで、346事務所所属のアイドル兼女優、速水奏さん(26)が、婚約を発表致しました』
ふーむ……とうとう、奏も結婚かぁ……と、なんだか感慨深く感じてしまう。昔はあいつとも色々あったんだがなぁ……。いや、その色々の中の半分以上が喧嘩だったわけだが。
とは言え、まぁ事こうなった以上、俺とていつまでも過去にしがみつくつもりは無いさ。一人の男として、こいつのめでたい新たな一歩に祝福するつもりだ。
『お相手は「リアルでナイフに拳で勝てる変態アクション俳優」でおなじみの、河村優衣さん(26)との事で、SNSでは多くの反響が飛び交っています』
……まぁ、俺もだが。とにかく、俺も今後は、奏との新たな生活を噛み締めて、今後はメディアへの露出の際、奏との共演の時は少しでも気を引き締めないと……。
「ちょっと、優衣。聞いてるのかしら? あなた、ちゃんと自分のTwitterなりブログなりで発表したんでしょうね?」
「ん、あ、いやまだ」
「は? あなたいい加減にしなさいよ? なんでそういうファンに対する礼儀ってものをちゃんとしないわけ?」
「るせーな。仕方ねーだろ、イマイチそういう……SNSとか使うの難しいんだよ。大体、後でお前に色々、教わろうと思ってたんだろうが」
「何でも私に聞くのやめてくれる? 26歳ってまだまだ若い方なのよ? 男性なら尚更。SNSくらい扱えなくてどうするの? 原始人なの?」
「誰が原始人だコラ。人には得手不得手があんだろ。じゃあテメェはボディビルダーに腕相撲勝てんのか? あん?」
「極端すぎるのよ、例えが。そういう極論に逃げる辺りが悪いって言ってんのよ。いい加減、その少ない脳みそを少しは使ったらどうなの?」
「誰の脳みそが足りねえんだ、アア? 大学、最後の成績は俺の勝ちだったろうが」
「前期では私の方が上だったでしょ」
「夏休み中のT○EICどっちが上だったのか忘れたんか?」
「この前の芸能人クイズ王者だと私の方が上だったけどね」
「は?」
「あ?」
……明日から、気をつけよう。明日から。
×××
結婚に至るまでの経緯は、割とシンプルなものだった。高校出て、大学でもずっと付き合ってて、大学出た後もずっと付き合ってた。
正直、そこまで長く付き合っていたのなら、もう他の女と付き合うとか、そんなことは考えられなかった。何より、俺の運命の相手は奏だと思ったし、自分でもずっと一緒にいたいと思った。
だから、指輪を買った。まぁ、俺とあいつの仲だし、あんまり気負ったシチュエーションとかいらないかな? と思って、うちで渡すことにした。
指輪のサイズを測る時にちょっと色々あったが、なんとか偶然を装ってデータを入手し、いざ渡そうと思った日の夜だった。
うちで宅飲みしようと前々から約束していたのだが、帰りに酔っ払った高垣楓さんを担いでいる三船美優さんを発見してしまったようで、仕方なく一緒に自宅まで送るハメになり、ちゃんと連絡が来たので俺も承諾。
だが、遅い。中々来ない。ついうっかり、家でいつもの筋トレのメニューを終わらせ、シャワーまで浴びてしまえた程だ。
何してんのかと思って玄関まで出迎えたら、あのバカ酔っ払って帰ってきた。後日、話を聞いたら、部屋まで送ったらワインを投擲で飲まされ、そのまま飲まされたらしい。
が、そんなことを知らん俺はそのまま喧嘩……になると思ったが、何とか堪えて、とりあえず奏を風呂に叩き込んだ。
しかし、それでも完全にアルコールが抜けるわけではない。とりあえずアルコールはやめて、ソフトドリンクで乾杯し、歓談しながら飲む。
で、そろそろ本題に入ろうかな? と思って、ポケットの中の指輪を潜ませていた時だ。
『ていうかぁ、あんたいつになったら私にプロポーズするわけぇ? あ、するならちゃんとシチュエーションとか考えなさいよ? 家でさりげなく渡すとかしたら殺すから』
喧嘩になった。
で、まぁそんなわけで、その後は。
『悪かったな、宅飲みでプロポーズしようと思って!』
『は? マジでするつもりだったわけ? てか、宅飲みっていうかジュースじゃないこれ。せめてワインくらい用意しときなさいよ』
『してたわ! テメェが飲んで帰ってくるからだろ⁉︎』
『にしても、家はないわよ。あんた前々から思ってたけど、ホントその手の才能無いから。たまには恋愛映画でも見たら?』
『うるせーなゴチャゴチャ! じゃあ指輪いらねーのかよ⁉︎』
『……いる』
『そこでっ……! ……て、照れんなよ……』
と、最低な流れで婚約しました。やり直したい。
そのまま、まぁ婚約したと言えば婚約なので、次の休日に婚姻届を出しに行った。
とにかく、まぁシンプルな流れで婚約したわけだ。
あの後、二人で色々と話し合い、今日は引っ越しを終えた日。というのも、今まで二人とも別々のマンションで住んでいたが、今日からは同棲を始めた。もうテレビでも婚約したこと言っちゃったしね。
色々と作業を終え、今は二人で飯を食いながらテレビを見ているところだった。
『しかし、あのお二人がご婚約とは……』
まぁ……驚かれるよなぁ。俺が色々あってアクション俳優としてテレビに出るようになってから、たまに奏とバラエティで共演したこともあったが、まぁ毎回喧嘩してたからな。
放送事故にならなかったのは、同じく共演した芸人さんや、その番組のプロデューサーのおかげ感が大きい。
だから、この発表はかなりの人にとって驚愕だったはず……。
『やっとか、って感じでしたね』
『そうですね。薄々、喧嘩ップルなんだなって察してましたし』
……え、そ、そうなの?
それを聞いて、俺も奏も食事の手を止めてしまう。
『そもそも、あの二人息ぴったりすぎるんですよね』
『それな。あ、それなって言っちゃったよ。まぁ良いや。そうなんですよね。まるで喧嘩慣れしているように交互に捲し立てますし』
『その言うことも一々、細かくて、お互いのことをよく見ているのがバレバレなんですよ』
『聞いてるこっちが恥ずかしかったレベルです』
お、おいおい……言いたい放題、言ってくれるじゃないの……。
「あなたねぇ……本当にあなたが芸能界に来てから苦労させられることが多いわ」
「あ? 俺の所為かよ。殺すよお前」
「そうじゃない! そもそも、あなた少しは周りの目とか気にしなさいよ! 所構わず私に噛み付いてくるのやめなさいって、前も言ったでしょ⁉︎」
「先に含みのある発言で挑発して来たのはお前だろうが!」
「大人なら、少しはこっちの小言くらい聞き流しなさい! そもそも、なんであなた芸能界に来たのよ……!」
「こっちが聞きたいくらいだわ!」
事の発端は、大学時代。うちの大学でアクション映画を撮ることになり、その現場をたまたま通りかかった時だ。
スタント役の方が怪我をしてしまい、代役を探していた所に、俺が奏に追いかけ回されている最中、壁を走りながら移動し、その足場代わりにしていた壁を蹴り、反対側の壁に飛び移り、さらに蹴って上に上がり、二階のベランダの柵を掴み、身体を振り上げて階段を使わず上がっていく身体能力を見せてしまった事から、全てが始まった。
目をつけられ、スタント役として出演。そのまま、なんか色んな番組に出させてもらうことになってしまった。
それから芸能事務所に入り、徐々に演技の指導とかもしてもらい、スタントだけでなく脇役やモブとしても出るようになり、この前は仮面ライダー役もやらせてもらったりした。
「はぁ……あの時、私が、膝カックンされてひっくり返ってスカート捲れた事くらい無視出来ていたら……」
「そうだ、反省しろ」
「あんた殺すわよ。元はと言えば、膝カックンしてきたあんたが悪いんだから」
まぁ、そうだな。しかし、昔から喧嘩三昧で身についたスキルが、こんな所で活きるとはなぁ……。人生、何がプラスに働くか分かったもんじゃねえわ。
「てか、奏は俺がドラマとか出るの嫌なん?」
「……嫌じゃないから困ってるのよ」
あら素直。明日は槍でも降るのか?
「あんたの……その、何。カッコ良いアクションとかが見れるようになったのは、正直嬉しいし……」
「……そ、そう……」
正直、そこまで素直に褒められると恥ずかしいんだよな……。他の奴になら、素直に称賛として受け取れるんだけど、奏に言われると……その、少し嬉しくて……というか、かなり嬉しくて、顔が熱くなる。
「……」
「……」
……そういや、俺達……夫婦か。うん、夫婦……今日からは、毎日一緒。朝に同じ時刻に起床すると、昼間は別の現場になっちゃうけど、夜はまた同じ部屋に帰ってきて、一緒に寝る……。
……あ、やばい。なんかプロポーズまで喧嘩ばかりだったからあんま深く考えてなかったけど、今更、意識してきた……!
「……ね、ねぇ……ユイ……」
「っ、な、何……?」
っ、そ、そのあだ名で呼ばれんのは学生時代ぶりだな……。
「その……ご飯、美味しい……?」
「え? あ、お、おお。美味いよ。うん、美味い」
……な、なんだよ……急に……と、言いたい所だが、確認されるその気持ちはよくわかる。わかってしまう。元々、思考回路が似ているから。
なんか、学生時代とかに弁当作ってもらった時や、たまにお互いの家で手料理を食った時とは違う緊張がある。これから先、この料理を一生、食べていけるんだよな……。
「……そ、そう……良かったわ……」
……嬉しそうにはにかむなよ……。クソ、やっぱ可愛いなこいつ……そういうとこ、10年一緒にいても全然、慣れねえわ……。
「で、でもっ……好みの味とかあったら、遠慮なく言いなさいよ? これから先、いくらでも手料理作ってあげられるんだから。……わ、私も……把握、しておきたい、し……」
「あ、ああ……」
う……ち、調子狂うな、なんか……。今更、そんなことで照れるとか、俺達は中学生かよ……。
心の中を落ち着け、小さく深呼吸をする。うん、ちょっと落ち着いた。
しかし、こいつわかっていないな……。俺と奏の好みはほぼ被っている。つまり、今、食卓に並んでいる飯は、どれも既に俺の舌に刺さる味付けとなっているのだ。
「……カナ」
「っ、な、何……?」
「明日は、唐揚げが食べたい」
「……ふふ、仕方ないわね。リクエストに応じてあげる……!」
そんな話をしながら、二人で食事を続ける。なんか……幸せってものを実感してる気がする。結婚って、こういうものなのか……。
勿論、今後大変なことはたくさんあると思う。お互いに芸能人だし、失言や暴言には気をつけないといけない。
でも、それを乗り越えてでも、奏と一緒にいたい。そういう風に思えた……時だった。
『では、最後に速水奏さんのブログの一部を抜粋して終わります。「最後に、これを読んで下さっているファンの皆様……特に男性の皆様。プロポーズの際のシチュエーションはしっかりと考えましょう。間違っても、彼女に文句を言われ『うるせーなゴチャゴチャ! じゃあ指輪いらねーのかよ⁉︎』なんて逆ギレはしてはいけません。その辺、よく考えて下さい」。……酷いプロポーズですね』
『「指輪いらねーのかよ⁉︎」は無いわー』
「……」
「……」
……。
「……おい、何書いたんだテメーは」
「事実よ」
「ふざけんな! 事実ならなんでも書いて良いってか⁉︎ どんだけ自己中な考え方してんだコラ!」
「だってあれはないもの! せめてもう少し考えてくれてもよかったんじゃないの⁉︎」
「10年も付き合ってんだから、今更気取ったことする必要ねえと思ったんだよ!」
「10年も付き合ってるからこそ必要なムードってもんがありでしょうが!」
やっぱり、夫婦になったからってそんな大袈裟に変わるもんじゃねーな。