速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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恋人から夫婦になるには、様々なことに変化をつけなければならない。

 結婚式についてはもう少し先。まだ式に呼ぶ招待客も、式場についても何も決まっていない。

 その辺決めるのはもう少し落ち着いてからにする。そういうのは慎重且つ正しくこなさないといけないものだからね。俺はともかく、奏は高校の頃から芸能界にいるし、それだけ招待客は増えてしまう。

 それはさておき、だ。今は、集中しなければならない。何故なら、俺の背中で奏が寝息を立てているからだ。

 現在、早朝5時。ここまで、一睡も出来なかった。なんつーか……夫婦になった、というだけでここまで一緒に寝ることに変な意識をすることになるとは……。

 もうさっきからずっと心臓バクバク言ってて、心地が悪い。学生時代とか、一緒に寝たことくらいあったが、片方が寝落ちして仕方なく一緒に寝たとか、同じ部屋だけど別の布団とか、そういうのはあったが、ハナっから一緒に寝るってのは無かったから。婚約した後となれば尚更だ。

 で、そのまま眠れなくて、気がついたら朝だよこれ……。これが毎日続いたら、流石にもたねーぞ……。

 

「……」

「……」

 

 ……なんか疲れた。こいつは良いよなぁ、こんなにぐっすり眠れてよう……。昔から、俺にビビらなかったりと、肝の太い女だったからな……太いのは胸もだが。

 あー……ダメだ。もう朝の5時だぞ……。一睡もしてないのは流石にヤバい。これは……もうソファーで良いから寝ようかな……。

 そう思って、身体を起こした時だ。

 

「「……え」」

 

 奏も同時に身体を起こした。目の下に太いクマを作り、クッソ眠そうにげっそりし、寝癖だけが逆立っているその顔を見て、俺は普通に全てを察した。

 

「お前も眠れてねーのかよ!」

「あんたも眠れてないわけ⁉︎」

「「ああ⁉︎」」

 

 文句あんのかよお前は! 

 

「眠れるわけねーだろ! お前みたいな女と一緒にベッドの中とか……いやもう無理だって!」

「こっちのセリフよ! 大体、あなた自分の男性ホルモンがどれだけ盛られてるか考えたことあるわけ⁉︎ そんなのと至近距離にいられるわけないわよ!」

「はー⁉︎ ぶっ飛ばすぞお前! そもそも、お前自分にどんだけ魅力があるのか分かってないわけ⁉︎」

「あんたこそ、そのムキムキの筋肉を少しは抑えられないのかしら⁉︎ 事務所に入ってから、バカみたいにトレーニング器具買ってたみたいだけど!」

「……!」

「……!」

 

 ……だ、ダメだ……。なんで罵倒する口調で褒めあってんだ……。結局、俺も奏も、恥ずかしくなってそのまま俯くしかなかった。

 

 ×××

 

 結局、夫婦になっても俺と奏の間に、大きな変化はなかった。生活に変化が訪れたのが、一番大きい。

 だが、まぁ元々、俺と奏だから、仕方ないと言えば仕方ない。10年付き合ってりゃ、そりゃ肩書きが変わったくらいじゃ、関係までは変わらない。ぎこちなくなるのは、むしろ日常的な面と言えるだろう。

 

「ちょっと、優衣。醤油とってくれる?」

「え、お前目玉焼きに醤油かけんの? それでも生物?」

「生物以外がどうやって醤油食べるのよ⁉︎」

「醤油食べんの?」

「間違えた、目玉焼き食べるのよ⁉︎」

「うるせーな。普通、目玉焼きにはソースだろ」

「あんたこそ生物のつもりな訳?」

「お前も同じこと言ってんだろうが!」

 

 こういう、ちょっとしたことで喧嘩が始ま……いや、いつものことですね。

 

「てか、あんた人に朝ご飯作らせておいて文句言わないでくれる?」

「うるせーな。じゃあお前、俺に飯作らせて良いのか? 知らないよ、俺。新築マンションが爆ぜても」

「いい加減、料理くらい覚えなさいよ! どうして、大学時代にクロロホルムを作れた人が、料理の一つも作れないわけ⁉︎」

「バッカお前、この世のガンプラビルダーが料理が得意とは限らねえだろ!」

「だから例えが極端!」

 

 るっせぇな……。ただでさえ眠てーんだから、あんまピーコラ騒ぐなよ……。

 まぁ、あんまり口喧嘩してても意味がない。とりあえず、今日の事を話すとしよう。

 

「てか、今日どうする?」

 

 今日は二人ともオフ。婚約を発表したし、割と色々、取材も受けたし、ちょっとのんびりしようかということになった。

 

「そうね、とりあえず……ベッドを買いに行きましょう?」

「え、あー……そういやそうか」

 

 この部屋にあるもののほとんどは、俺と奏のアパートに置いてあるもんを寄せ集めたものばかりだ。お互いの部屋を見て、どっちの机が良いかを決めて、それを運び出し、他の物はリサイクルショップやら粗大ゴミやらに出した。中には実家に送ったもんもあったっけか。

 で、だけど途中で、せっかく二人で暮らすんだから、一つくらいは新しい家具を買おうということになった。お互いが無いと困るもので、毎日使うものにしようってなって。

 それで買うことにしたのが、ベッドだ。二人で毎日使うものだし……いや、変な意味ではなく。それに、無いと困るものでもある。……いや変な意味ではなく。

 ちなみに昨日、寝たのは布団。だから余計に緊張した。

 

「ベッドねぇ……大きめの奴が良いわ」

「そうね。あなた寝相悪いし。飲んで帰って来た日は特に」

「うるせーな。今は前よりすぐ潰れねえし、そう恨みがましくするな」

「するわよ! どんだけ大変だったと思ってるの⁉︎ サークルの飲み会の時だって、カシオレ一口でダウンして、私の部屋で色々と粗相してくれたの忘れたわけ⁉︎」

 

 覚えてるよ……。いや、何があったのかは覚えてないけど、後から奏に聞いた。相当大変だったみたいで、ある程度は飲めるようになった今でも、俺が潰れないように見張って来ているし、もし潰れるまで飲まされそうな相手と飲みに行く時は事前に言うよう言われている。どんだけトラウマになってんだ。

 そうでなくても、多少酔っ払ってても、割と面倒臭くなってるそうで、今もこうして怒られている。

 

「わ、分かったよ……」

「とにかく、大きめのベッドだからね」

「分かったってば」

 

 と言うより、なるべくこれからは飲んで帰って来ることは控えよう。今でこそワインくらいは飲めるようになったが、それでも奏が一緒じゃないとボトル一本飲み切んないし。

 

「ちなみに、どこで買うの?」

「この前、話してたじゃない。IK○Aで良いんじゃねって」

「そうか。じゃあそこで。……特に高いのが良いとか、そういう希望はないでしょ?」

「まぁね。……あ、でも肌触りとかには徹底的に拘るわよ」

「お好きにどんぞ」

 

 まぁ、俺もくすぐったいくらいに触り心地が良い奴が良いわ。あと弾力ね。ベッドの上で柔道ごっこできるくらい柔らかい方が良い。

 

「ごっそさん。じゃあ、一時間後に出発で良いか?」

「ええ」

「じゃ、決まり。あと朝飯美味かった」

「っ……え、ええ……」

 

 食器を流しに出してから、洗面所に戻って歯ブラシを用意する。そうだ、せっかくだし他のも色々と買うか。コーヒーメーカーとか。

 ボンヤリとそんなことを考えながら、無気力に歯ブラシを動かし、口を濯いだ。その後、今度は液体歯磨きで口の中を洗浄し、最後に顔を洗って洗面所を出た。

 大きな欠伸をしながら寝室で着替えようと扉を開けると、奏が下着姿だった。着替え中のようだ。

 

「……」

「……」

 

 直後、奏は飾ってあるアシレーヌ、サーナイト、リーフィアのぬいぐるみの内、アシレーヌを掴むと、振り上げた。

 

「ちょーっ! ま、待て待て! 俺達、夫婦! てか今更、着替え見られたくらいでキレんなよ!」

「うるっさいッ‼︎ 死ねッ‼︎」

 

 結局、顔面にぬいぐるみは直撃した。

 

 ×××

 

 車の免許は、二人で合宿で取りに行った。高三の三月は、受験もバレンタインも終わった後だったから、割と楽勝だ。

 特に、俺には運転の才能があったようで、ドリフトとか教わらずに覚えて、先生にも奏にもすごく怒られた。あれは俺が悪い。

 まぁそんな話はさておき、だ。さっきの……というか、今朝からの俺と奏の反応を見て薄々、勘づいているかもしれないが、夫婦になる際、唯一の弊害が俺達の間にはあった。

 

 ──ー俺と奏は、まだ一度もえっちをしていないということだ。

 

 いや、本当に問題な気がする。俺だって奏だって、ちゃんと普通の異性に対する性欲だってある。正直、おっぱい見たい。

 だが、俺も奏も、あまりに純情過ぎた。そういう雰囲気になったことだってある。一番、危なかったのは、俺の家で奏が酔っ払って、身体にタオルを巻いただけの状態のまま、俺を押し倒した時だ。

 そのままお互いに唇を重ね、舌を絡ませ、俺の人差し指が、奏の胸の谷間に差し込まれ、親指でバスタオルを摘むところまで行った時……まさか、上の階で火事が起こり、お互いにそれどころではなくなり、大慌てで部屋を出るハメになった事だ。

 ちなみにあの後、とにかく逃げなくてはいけなかったため、奏は全裸の上にコートを着たまま外に出るという、ある意味レベル高い格好をしたまま二人で人目のつかない所にまで移動した。多分、普通にエッチするよりあの方が恥ずかしかったと思う。

 その他にも、そういう雰囲気になる度に、近くで強盗が起きて警察が不審者を見なかったか聞きに来たり、速達で親から荷物が届いたり、地震が起きたり、お互いに「やっぱり、その……延期しようか」とチキったり、喧嘩したりと、まぁ色々と天災に見舞われて来た。

 だが、今回の引っ越し。夫婦になれば、もう一緒に生活しているわけだし、必ずそういう機会は来る。それも毎日。

 その上で、新しくベッドを買おう、というお互いの提案は、まさにそういう裏があっての事だと思う。なんか強引に広めのベッドを買おうとしていたのも、子供ができた時に並んで寝れるようにだ。

 

「……」

「……」

 

 つまり、俺もこいつも、もうえっちなことがしたいのだ。お互いを愛する行為を行いたい。

 これは、その第一歩の買い物だ。だが、そのためには、それをお互いに意識してはならない。あんまりヤる気満々だと、例え家にいても機会は潰される。その上、ムラムラ感だけが高まるから。

 ならば、購入時はあくまで自然体でいた方が良い。

 

「奏、ベッド以外に何か買うか?」

「え? ええ、そうね。コーヒーメーカーとかあったら欲しいかも」

「それ俺も思ってた。あとあれ欲しいわ。コンポ」

「それIK○Aにあるの……?」

 

 知らね。

 

「ていうか、あんまり高いのはダメよ。結婚した以上、今後はいろいろ、貯蓄しないといけないんだから」

「いやまぁ確かに、式挙げるのにも金掛かるのは分かるけど……」

「それだけじゃないから。他にも今後に備えて……ほら、いずれ一軒家も買うし、私達が今回、いろんな人にお祝いしてもらえたように、今度はこっちがお祝いすることもあるだろうし……あと子供のために養育費とか……」

「え、こ、子供……?」

「そうよ? ……あっ」

「……」

「……」

 

 ……う、うん、まぁ……子供ね。コウノトリが運んでくれるわけでもあるまいし、いつかは……う、うん……。

 

「……」

「……」

 

 うん、話題を変えよう。

 

「そういえば、カーナビいじってくれない? IK○Aどの辺にあるのかは分かっても、細かいルートとか覚えてないし」

「そ、そうね。ごめんなさい」

「昔は、カーナビ付きの車に憧れたわー。うちの車、ナビついてないから、他の車がテレビ見ながら運転してるの羨ましくてさ」

「あら、意外と可愛いとこあったのね」

「え、前はそっちカーナビ付いてたん?」

「付いてたわ。……まぁ、あんまり見てなかったけど」

「なんで?」

「地図以外あんま見ないわよアレ。テレビも運転中はマップに変わっちゃうし……それなら、音楽流してた方が良いわ」

 

 なるほどね。まぁ夢中になって事故起こす奴も多そうだしな。

 

「音楽かぁ。車内BGMはしばらく、ウルトラマンとか仮面ライダーの主題歌ばかりになりそうだよなぁ」

「なんで?」

「俺が子供の頃はそうだったから。多分、男の子ならそうなるだろ……」

「え、ええ……そうね?」

「どした? ……あ、う、うん。……ごめん」

「……」

「……」

 

 ……うん、話題変えようか。なんか、こう……あんまそういう話に結びつかない奴……。

 

「あ、ね、ねぇ。優衣」

「な、何?」

「この前、あなたが出たばかりの頃のドラマ見たわよ」

「え、何それ。どれ?」

「ほら、刑事アクションの再放送。スタントで突っ込んでくる車の上を宙返りして避けた奴」

「ああ……アレ」

「相変わらずとんでも無かったけど、今と比べるとやっぱり拙いものなのね。ああいうの見ると、自分の成長感じられるから良いわよ」

「ちょいちょい事務所で見てるよ。まぁ、半強制的に見させられてるって感じだけど」

「大事だからよ。記録を振り返るときは、ちゃんと見ておきなさい」

「わーってるよ。……そういや、俺達の記録も撮っとこうぜ。もう家族だし」

「そうね。子供が生まれたら、どちらにせよ記録が……あっ」

「ーっ……!」

 

 うん、もう無理! 

 

「なんなんだテメェは⁉︎ 一々、子供に結びつけねえと気が済まねえのか⁉︎」

「あなたに言われたくないのよ! そうつながる話題を選んでる癖に!」

「選んでねーよ! なんだ、そんなに子供が欲しいのか⁉︎」

「っ、ほ、欲しいわよ! 逆にあんたはいらないの⁉︎」

「っ……あ、え、えっと……欲しいけど、でも……うん……少し、恥ずかしいかなって……」

「そこでなんでヒヨるのよ! そんなんだから未だに一回もシてないんでしょ⁉︎」

「お、お前だって同じだろうがッ! 夜這いしてきた癖にビビってソファーで寝て風邪引いたこともあったよなお前⁉︎」

「昔の話を出さないでくれる⁉︎ てかあの日あなた起きなかった癖に何で知ってるのよ!」

「俺にお前のことで知らないことがあると思ってんのかバカめ! フハハハハハハハハ」

「じゃあ言わせてもらうけど、あなたこそ私に夜這いかけてキスすらもやめてすぐトイレに行ったの知ってるんだからね⁉︎」

「テメェ昔の話掘り返すな!」

「あんたも同じでしょうが! 私こそあなたについて知らないことなんてないのよ! フハハハハハハハ」

「笑い声長ぇーし似合ってねーよ!」

「あんたも同じだって言ってるでしょ⁉︎」

 

 結局、口喧嘩は向こうに着くまで続いた。

 

 


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