IK○Aの商品というのは、もはや芸術に達していると思う。様々な形の家具が販売されていて、どの向きを下にして置くかによって用途が変わる。
逆に、限定的な場面でしか使われないアイデア商品も存在し「あったら便利」というものを安値で置いてあるため、つい買ってしまう事もある。
そんな面白家具店の中を、俺と奏は見て回る。一応、帽子にサングラスと変装はしてはいるが、俺はサングラスはともかく帽子は嫌いだ。
そんなわけで、帽子を外……。
「帽子脱いでも良いけど、騒ぎになったら怒るからね」
「……」
やめておいた。怒られたくないし。
「にしても、いつ来ても飽きないとこだな、ここは」
「そうね。……あ、ほら。缶ジュースの蓋とか」
奏が持ってきたのは、花の形をしたビニール製のもの。縁に溝が出来ていて、プルタブを開けた缶の入り口に上手いこと引っ張って被せることで、冷蔵庫に入れておけば保存できるわけだ。
「面白いな。買おう」
「あなたほんと単純ね。もう少し考えなさいよ。そもそも、うちで缶の飲み物飲むの? サワーとか一つを二人で分けて飲むし、半端に余すことないから、うちじゃ使わないじゃない」
「あー確かに」
「まったく……少しは考えなさいよ」
なるほど……そういうとこ、奏はしっかりしてて助かる。多分、前々から色々と考えてたんだろうなぁ。どういう風に家計簿つけるか、とか、金を使うか、とか。いや、何ならおそらく自分の母親あたりに、事前に相談していた可能性すらある。
「……奏、お前可愛い奴だな」
「っ、な、何よいきなり?」
「いや、何でもない」
正直、浮かれてたけど、俺ももう少し主人らしくするか。やはり、見習うべきは親父だろうか? 親父、親父……お袋の尻に敷かれてるイメージしかねえや。
とりあえず、男らしくあろう。その上で、大人でいよう。
「まぁ、とりあえず先にベッド見ようや」
「そうね。元々、それを買いに来たわけだし」
大丈夫、他意はない。えっちに使うことはあっても、えっちのために買うわけではない。やらしい考えは一切ない。だからイヤらしい事は考えず、表に出すな、俺。
「優衣はどんなのが良いとかあるのかしら?」
「えっ? せい……な、何が? ベッド?」
「は? ベッド以外何があるのよ」
「あ、そ、そっか……」
あっぶね、ついうっかり口が滑る所だった。誰でも良いから俺を殺してくれや。
「そうだな……あんまりピンク色みたいなお姫様っぽい奴は嫌だ。まぁ、奏に限ってそれはないのはわかってるけど」
「そうね?」
「それ以外は何でも良いかな。あんま希望とかはねえわ」
「じゃ、私選んじゃうわよ」
「お好きにどんぞ」
そんな話をしながら歩いていると、ベッドが大量に並んでいる売場に到着した。流石のIK○Aも、ここは普通の家具屋と変わらない……と思ったら大間違い。なんか変形したり、黒い鉄パイプみたいなデザインのベッドだったり、そもそも売り場のレイアウトが、やはり迷路みたいだったりと、とにかく工夫が散りばめられていた。
「あ、あれなんて良いんじゃない?」
「どれ?」
言われて顔を向けたのは、天井から薄く白い布がサークル状に下がっているベッドだ。子供が中に入って寝ていそうな奴。
「いや、あれは要らんだろ」
「ふふ、冗談よ。何言っても『良いね』しか言われないようだと困るから」
「俺がそんな奴なら、お前もう別れてるだろ」
「そんなことないわよ。……まぁ、途中で本気の喧嘩挟んでたと思うけど」
聞かれた事に答えられないようじゃダメだからな。こっちの話に付き合って欲しいように、向こうだってこっちに話付き合ってほしいはずだし。
「てか、ベッドの下に引き出しあると良くね?」
「あー便利そうね、確かに。結構、まだ片付いてないもの部屋に置いてあるものね」
「衣替え楽になりそうだしな」
「じゃあ、それで合わせてみましょうか」
まずはフレームを選ばなければならない。下に引き出しつき、というのはもう決定しているので、あとは外観だけだ。
「なるべく、明るい色のは避けた方が良いわよね? てか、私が嫌だし」
「まぁな。白なら別に良いけど、ピンクとか赤とか黄色は勘弁」
「あ、じゃああれなんてどう?」
奏が指差した先にあるのは、黒いベッド。公園のベンチのようなフレームで、ソファーの代わりにもなりそうなものだ。
「ああ、良いんじゃね。少し見てみるか」
「ええ」
二人でそのベッドを見てみた。確かにオシャレだ。ソファーの代わりになる、という点を除いても、単純に片方にしか柵がついていない感じがとても良い。
「良いじゃない、結構」
「お前ホントこういうキザな奴好きだよな」
「あなたに言われたくないわよ。てか、一回、寝転がってみてくれない?」
「は? なんで俺?」
「どっちかって言うと、あなたに似合いそうな奴選んだから」
……俺はどちらかというと奏に似合いそうなのを見たかったんだが。まぁ良いか。
でも、何となく人前で寝転がるのは恥ずかしかったので、腰を下ろすだけにした。ベッドの蓋にお尻をつけて、ひとまず帽子を一瞬だけ脱ぐ。
「あ、意外とこのマットレス良いかも。ふかふかしてて……」
「……」
「奏?」
「っ、え、な、何? あ……ええ、そうね。似合ってるわ?」
「いやマットレスの話をしてたんだけど……」
どうしたこいつ?
「ねぇ、優衣。胸元のボタン、一つ外してみてくれない?」
「は? なんで?」
「良いから」
まぁ良いけど……。言われるがまま、胸元のボタンを外す。大胸筋が割とかなり育っているから、このシャツもキツくなってきた。そろそろ新しいの買わないとな……。
「これで良いの……奏⁉︎」
「っ……な、何でもないわ……」
「なくねーよ! ナイアガラの鼻血が出てる! 何してんだテメェは⁉︎」
「何も、無かった……!」
「ワンピースはいいから顔拭け顔!」
慌てて俺はハンカチを取り出し、奏の鼻に当てながら、一時的にその場から退散した。
×××
「あなた、少しは自分の男性ホルモンの量を考えてくれる?」
「お前がやれっつったんだろうが」
「何故か周りにバレなかったから良かったものの、少しは考えなさいよ」
「お前がやれっつったんだろうが」
「まったく……人前であんな醜態を晒すなんて……ホットドッグだけじゃ足りないんだからね」
「お前がやれっつったんだろうが」
といういつものやり取りをしながら、フードコートでホットドッグを食べ終えると、再びベッド売り場に戻ってきた。どうでも良いけど、こういう大型の家具屋にあるホットドッグって、何でこんなバカ美味いんだろうな……。
「で、あのベッドにすんの?」
「ダメよ。あんなのにしたら、わたしが毎日、貧血起こしちゃうわ」
「堂々と言うな、変態」
「う、うるさいわね! あんただって私が同じ事したら鼻血出すくせに!」
「俺は筋肉フェチじゃないもーん」
「おっぱい星人でしょうが!」
「いや、どちらかと言うと俺が奏の裸見た回数のが多かったから、別に胸の谷間くらいじゃ……」
「不公平!」
「知らねーよ! ほとんど事故なんだし仕方ねーだろ!」
唐突に、奏は俺に掴みかかって来るのを適当にいなす。俺は通用せんぞ、んな素人パンチ。
そんな事をしながらベッドを見て回っていると、ふと面白そうなベッドを見つけた。
「お、奏。あれおもしろくね?」
「どれ?」
指差した先には、階段のように二段に分かれたベッドだ。あれ、低い方を押すと、高い方のベッドの下に格納できるタイプだ。
「確かに面白いわね。……何一つ条件を満たしてないけど」
「いやー、兄弟とかいたらああいうの憧れたね、俺は」
「気持ちは分かるけどね?」
まぁ、下にベッドを格納しているということは、収納も付いていないし、そもそもああして別れていたら、一緒に寝てる感ないし、やらしいけどそれが目的の一つでもあるえっちもやりづらそう。
そんなことを思っていると、他所のお子さんがそのベッドの上に飛びついた。
「うおー! すっげー! 変形してる!」
「母ちゃん、俺達これが良い!」
小学生くらいか? おそらく兄弟なのだろう。二人で、その可変式ベッドを眺める。
「買ったら俺上だからな!」
「なんでだよ、俺が上が良い!」
「だって俺の方が兄貴だし! お前は下な!」
「ふざけんな!」
と、徐々に騒ぎになり始めるが、それを両親が諌める。喧嘩っ早い子供だな。……俺の言えた話ではないが。
しかし、子供か……。俺は、兄弟喧嘩の経験がない。兄弟がいないから。そういう意味じゃ、兄弟以上にお互いの行動が被っていた奏との喧嘩が楽しかったのも、兄妹喧嘩感を感じていたのかもしれない。
「……なぁ、奏」
「……どうしたの?」
「なるべくなら……兄弟なり姉妹なり作ってやろうな?」
「あなた……まぁ、そうね」
たくさんえっちしたいって意味じゃないからな。
そうこうしているうちに、今度は奏が「あっ」と声を漏らす。
「あれなんかどう?」
顔を向けた先にあるのは、グレーのベッド。収納が三つついていて、シンプルかつ落ち着いた雰囲気のあるベッドだ。
「ああ、良いんじゃね。今度はお前が寝転がってみろよ」
「ん、じゃあそうするわね」
そのベッドの下まで歩くと、奏はベッドの上に腰を下ろし、そのまま後ろに寝転がる。
今日の奏の服装は、シンプル極まりない黒いノースリーブのニットに、白いロングスカート。スカートはヒラヒラしたタイプではないため、スカートでありながら足のボディラインを現すセクシーな服装をしている。
高校時代から、さらに磨きがかかった奏の抜群のスタイルは、もうホントえっちの一言に尽きる。よく今まで俺は本能のままに襲わなかった、と感心する程だ。
何が言いたいか、というと、そんな女がベッドの上で、まるでマーメイドのように足を曲げて座っていて……。
「うん、これ良いわよ。シンプルだし広いし……あれ、優衣? 口元から血が出て……」
「ゴフッ」
「喀血⁉︎」
……もう無理、うちの嫁、尊過ぎる……。
結局、そのベッドを購入した。
×××
帰りの車の中。ベッドは後日、配達されてくるわけだが、あの後もコーヒーメーカーやら、車用の日光避けシートやら何やらを買い漁り、それなりに荷物が増えてしまった。
運転は奏。俺がするって言ったのに、なんか意地でも運転されてしまった。まぁ俺も、どうしても運転したいわけじゃないし良いけどね。
「奏、飯どうする?」
「あら、私の手料理はもう飽きたのかしら?」
「違うわ。ただ、今から家着いても9時過ぎでしょ? 作んのダルくない?」
「平気よ。……でも、そうね。何か食べて帰りましょうか。何か近くにある?」
「ガスト!」
「あなた……芸能人の自覚はあるの?」
「バッカお前、あそこの三種チーズチキンクソ美味いぞ」
「知ってるわよ。でも今は嫌」
何だよ、じゃあ聞くなよ。
とりあえず、ナビをいじりながら付近の飯屋を探していると、隣の奏がふと思い出したように言った。
「そういえば、近くに鰻食べれる所あるのよ。そこで良いかしら?」
「鰻かー、あんま食ったことないんだよなー」
「じゃあそこね」
「どの辺が『じゃあ』だったの? まぁ別に良いけど」
久しぶりだわ。たまに母親が、親父のへそくりを探し当てるたびに、それを持って買ってきてたっけ。
「ちなみに、奏って鰻好きなの?」
「好きよ。というか、あんまり嫌いな食べ物とかないし」
「そういや、子供が出来たらアレルギーとか、その辺も気をつけねえとなぁ。てか、好き嫌い多い奴とか出来たら困るし」
「……そうね」
なんか子供の話も慣れてきた。考えてみりゃ、そもそも子供を作ったら、俺はともかく……いや、俺もだけど、俺以上に奏の生活は大きく変わる。派手な動きが必要な演技やダンスは出来ないし、仕事に大きく影響するわけだ。
なら、うちにベッドが届いた所で、すぐにえっちするわけでもないし、少し子供について語るくらい、何の問題もないだろう。冷静になったわ。
「ここよ」
「え、もう着いたん?」
「近くって言ったでしょう?」
言われるがまま、車を走らせた奏は、駐車場に入る。なんかもう看板からして美味そうな店だった。
「ここよ」
「ん、おお。なんかタレの良い香りが外まで……行」
「待って」
車から降りる前に、グイッ、と袖を引かれた。
「なんだよ?」
「運転、頑張ったわ。ご褒美、くれないの?」
言いながら、奏は運転席でこちらに顔を向け、薄く瞳を閉じて唇を尖らせる。まさか、それのために運転してくれたのか? ホント、そういう意外と子供っぽい所は変わらず可愛い奴だ。
それを見て、俺も奏の頬に手を当て、唇を重ねる。そもそも、今朝からうまい飯を食わせてもらって、今日の買い物だって半分以上は奏がきっちり決めて購入したものばかりだ。わざわざ運転なんかしなくたって、キスくらいしてやる。
そう思った直後だ。唇の間を、奏の舌が突破してきた。
「ーっ」
こ、こいつ……ご褒美ってそっちかよ……いや、まぁ良いけど。
そのまま10秒ほど、キスをし続けた所で、唇を離した。頬を紅潮させながらも、奏は満足そうに微笑んでいる。
「ふふ、一先ずはこんなものね」
「お前……舌入れるなら言えよ……まだ、慣れてないんだから……」
「10年一緒にいて、慣れない方が悪いのよ? ……ほら、行きましょ?」
「……ん」
そう言って、奏は俺の手を引いて飯屋に向かった。まぁ、少し不意打ちだったけど、何の問題もない。
店に入り、二人席に座る。店の中だと、さらにタレの香ばしい香りが充満していて、すごく食欲が煽られている気がした。
「ホント美味そうだなここ……前に来たことあんの?」
「ええ、周子と少しね」
「周子か……あいつ、鰻とか高いもの好きそうだもんな……」
あと和食が好きそう。……でもないな。普通にパフェとかも食うし。
出てくる料理を呑気に待ちながら、ボンヤリと天井を見上げる。
「いやー、しかしコーヒーメーカー買えたのは良かったわー。俺、コーヒー飲まないと死んじゃう体質だし」
「未だにブラックで飲めないくせに生意気言うんじゃないわよ」
「うるせーよ! ブラック飲めりゃ偉いのか? お前は小学生かー⁉︎」
「いや、コーヒー本来の苦味も楽しめない人が『コーヒー飲まないと死んじゃう』は流石に失笑するでしょ」
「じゃあ訂正する、カフェオレ飲まないと死んじゃう!」
「ただの子供じゃない」
「んがっ……!」
こ、こいつ……! 悪いかよ、甘いもんが大好きで……!
「ふふ、本当にからかい甲斐のある人ね」
「うるせーよ! お前こそ……!」
「私はちゃんと苦手だったものは克服したもの」
ダメだ、食べ物関連じゃこいつには勝てない……。
「言っておくけど、私が作ったもの残したら許さないからね」
「そうかよ……」
あ、なんか少し母ちゃんっぽくなってきたな……。まぁ、少なくとも食いもんで食えないものはないし、平気だとは思うが。
それよりも、なんか今の会話で気になることがあった。
「もしかして奏さ、もうだいぶ長いこと結婚した後のこととかシミュレーションしてた?」
「……」
あ、平静を装ってるけど耳が赤い。図星だ。
「大丈夫、可愛い奴だな、とか、めんこい奴だな、とか、愛い奴だな、とは思うけど揶揄わないから」
「〜〜〜っ、そ、それがからかってるって言うのよ!」
「結婚してくれ」
「もうしてるでしょ!」
そんな話をしている間に、料理が運ばれて来た。
「お待ちどう。バカ夫婦」
「「誰がバカ?」」
「お前らだ」
喧嘩を売られた気がしたが、店主は店の奥に引っ込んだ。それを眺めながら、俺と奏はとりあえず箸を持って食べ始めることにした。
いただきます、と頭の中で挨拶をし、一口。
「何これ、美味っ」
「でしょ? 美味しいって言ったじゃない」
いや、これはうまい。甘いだけじゃなく、濃厚な味わいがするタレが、鰻本来の味をかき消すことなく絡み付いている。何これ、美味ぇ!
「お代わり!」
「早いわよ! ていうかいくらすると思ってるの⁉︎ やめときなさい」
「えー、でも足んねーよ」
「仕方ないわね……私の少しあげるから」
「え、良いの?」
「良いわよ。元々、私は食べ過ぎちゃいけないんだから」
それもそうか、アイドル兼女優だもんな。体型は維持しないといけない。
「はぁ……あなたは良いわね。食べることで体型維持されるんだものね……」
「いや、動くっていう前提があるんだけどな。奏も筋トレ器具使って良いよ」
「そうね……考えておくわ。……はい、あーん」
「え? あ、あーん……」
「おいしい?」
「う、うん……まぁ、美味い……」
ていうか、不意打ちかよ……。いや、流石にこれで照れるほどウブではないが……ちょっと恥ずかしかっただけ。
しかし、なんか奏はやたらと絡んで来るな。柄にもなく、久々のデートでテンション上がってんのかな?
食事を終え、しばらくお茶をのんびり飲む。美味い。
「ふふ、優衣」
「何?」
「帰り、コンビニ寄ってお酒、買って帰りましょ?」
「良いよ」
「何飲む?」
「ア○ヒスーパー?」
「ドルルルァ〜イ……!」
やっぱテンションたけーなこいつ。
そのまま食事を終え、店を出た。帰りくらいは俺が運転しようと思い、運転席の方へ歩いたが、俺の肩に奏が手を置く。
「なんだよ?」
「私が運転するわ」
「え、どうしたの今日。大学時代なんて、俺にしか運転させなかった癖に」
「ん、言わなきゃ分からないかしら?」
言いながら、奏は唇に人差し指を当ててウインクする。かわいい。
言わんとする事は分かった。要するに、またさっきのご褒美が欲しいのだろう。
「……別に、それくらいいつでもするぞ。わざわざご褒美とか……」
「良いの。ほら、行きましょう?」
そのまま、再び出発した。しばらく、夜のドライブが続く。東京をドライブするなら、やっぱ夜がベストだよな。東京にはない昼の景色が田舎にあるように、東京にもまた、田舎にはない夜の景色があるのだ。まぁ、早い話がビル街の明かりなわけだが。
途中、コンビニにより、奏が買い物に行った。二人で酒とつまみを選ぶと、タバコを買おうとした俺はコンビニから追い出され、奏が一人で買い物を終えて戻って来た。
大学時代に隠れてタバコ吸ったことがあるけど、秒で怒られて奏にメチャクチャ怒られたので、禁煙した事があったからだろう。正直、吸いたかったわけではないのだが、今の奏にとってのタバコのイメージを知っておこうと思ったのだが、相変わらずの反応でした。
そのまま、またドライブ。奏とお喋りしながら乗っていたからだろうか?
「さ、着いたわよ」
「え……?」
奏がいつの間にか、近くの街灯が少ない川沿いで車を止めていることに気付かなかった。
「え、今日からホームレス?」
「違うわよ」
ツッコミを入れながら、奏はさっき買った日光焼けのシートをフロントガラスに敷く。
何してんの……? なんで夜中にそれを広げる必要が……と、徐々に狼狽えていると、俺の身体は後方にひっくり返る。奏がシートの背もたれを倒したのだ。
若干、パニックになりかけている俺の真上に、奏が跨ってきた。
「うおっ……な、何?」
「ふふ、もう分かるでしょ?」
「え……んっ……!」
再び、奏は俺の唇に唇を重ねる。さっきのただ舌を絡めた奴とはわけが違う、口の中を舐め回すような、そんなキスをされた。顔が真っ赤になり、思考回路が徐々にショートしていく。
「っ、な、何してんだよ……⁉︎」
聞きながら顔を上げると、奏は顔を真っ赤にしている。真っ暗な車内でも、それだけはよく分かってしまった。
この状況、薄暗い車内、シートを倒した理由、強引なキスと馬乗り……いや、まさかね……? いくら奏でも……てか、奏だからこそそれは……。
そんな俺の予想を打ち破るように、奏は正面から頬を赤らめたまま告げた。
「……しよ?」
「え……するって……セ○クス?」
「そう」
セ○クスって何だっけ……たしか、結構、過去にそれを試みたことはあったような……その度に邪魔されたアレだよね。えーっと……つまり、裸の体操?
「はぁ⁉︎ てか、ここでする気か⁉︎」
「そうよ」
「そうよ、じゃないでしょ! もしバレたら……!」
「何のためにそれ買ったと思ってるの?」
それ、とは言うまでもなくシートのことだろう。この車は後部座席とトランクの窓はマジックミラーのように外からは中の様子が見えないようになっているし、実質、車の両サイドの窓しか見えない。
その上、人気のない川沿い。まず人は通らないし、通ったとしても車内の様子は見えないだろう。
……ていうか、よくよく思い出せ……。今日の行動……。
「もしかして、ウナギも?」
「そう」
「その前のキスも?」
「そう」
「そのボディラインをアピールした服装も?」
「ごめん、それは偶然」
まさか……誘い込まれてた……?
「や、待て待て! お前、まだ芸能界抜ける気はないんだろ? 避妊具は……!」
「んっ……」
「ーっ……!」
いつのまにか、奏は唇に四角くて丸く膨らんでいるビニールを咥えていた。
「……ま、マジ……?」
「ここなら、火事は起こらない。地震が起きても関係ない。人も通らないし、通っても車内までは見えない」
「っ……そ、そうかもしんねえけど……」
「私達、もう10年、ナニもしてないのよ? ……あなたが嫌なら、帰っても良いけど……」
「……」
……そんな風に言われたら、もう断れねえだろ……。
「ベッド買った意味ねえじゃん……」
「優しくしなさいよ」
こっちのセリフだ馬鹿野郎……。
×××
日付が変わり、人通りさえも見なくなった時間、俺は車を走らせていた。奏は、裸で俺のカーディガンを羽織って眠っていた。
ホント、勝手な女だよ……。人を誘うだけ誘っておいて、疲れたからってすぐ寝ちまった。
『ごめん、IK○Aであなたがシャツのボタンを外した時に思ったの。もしかしたら、今後あなたがベッドシーンをやらされる事があるかもって。そしたら、例えフリでも、他の女の人を一番に抱かせるのは嫌だったのよ』
……ったく、余計な心配かけやがって。そもそも、俺はまだ、そういうシーンがあるドラマや映画で主役やれるほど売れちゃいねーよ。どちらかというと悪人顔してるらしいし。
「……」
とはいえ、まぁやる事はやってしまった。なんだか、心のツカエが一つ取れたようだ。より夫婦らしくなったというか……なんだろうね、この感じ。
「……ゆいの、ばか……」
「……バカはオメーだろ、カナ……」
その日の夜は、珍しく喧嘩をする事はなかった。