速水さんとは気が合わない。   作:バナハロ

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たまにはヤケ酒くらい良いものよ。

 結婚式まで残りわずかというこの頃、私は帰り道にスーパーに寄っていた。最近、家で料理するのが楽しくて仕方ない。やっぱり、素直に感想を言ってくれる人に料理を作るのは、楽しいし嬉しい。相手が自分の愛する人なら、尚更のことだ。

 

「〜♪」

 

 だから、こうして買い物の時から鼻歌を歌ってしまう程には楽しかった。特に、明日は私も優衣も休みなので、割と気を使わないメニューにしても大丈夫だ。

 そんなわけで、今日のメニューはたこ焼きである。たこ焼きは、私と優衣の中でも特に思い出の詰まった料理だ。

 あれは、大学生の時の話の話だ。大学のサークルで学祭の出し物を決めた際の思い出。私と優衣が二人で店番をしていたときの話だ。

 目の前に広がる10×10の鉄板を前に、あのバカが放った一言だ。

 

『どっちがたこ焼き100個返せるか競争な。負けたらなんでも言うこと聞くって事で』

『は? 何でそんな真似するのよ。下らない』

『自信ねえんだ。意外と雑魚なんだな』

『は?』

 

 そのまま二人で返し続け、気がつけばお互いに速度を上げ、ギャラリーが増え、売り上げが上がり、学園祭売り上げ食品部門ナンバーワン店舗になった。

 あの頃は若かったわね……あんな単純な挑発に乗るなんて……でも、その後に飲んだビールは美味しかったし、WIN-WINよね。

 そんな事を思いながら、食材をカゴに入れていく。あとお酒もね。たこ焼きだから、もうビールだけで平気なはず……いや、あのバカが飲み過ぎないようにしないといけないし、量買っていくのはやめておきましょう。

 

「〜♪」

 

 また鼻歌を再開しながら食材をカゴに回収する。その奏に、背後から声が掛かった。

 

「ご機嫌だね、奏」

「あら、加蓮。久しぶり」

「うん。久しぶり」

 

 お互い大人になって別々の現場が増えたから久しぶり、というだけで、何かあってお別れしたわけではない。

 

「相変わらずご機嫌だね〜。……もしかして、旦那とこれからデート?」

「いえ? 普通に晩御飯を一緒に食べるだけよ」

「え、それでそんなにウキウキに……?」

「そうよ?」

「……良いなぁ、新婚さんって……」

 

 そんな遠い目しないでよ。気まずいわよ。大体、あなただってそのうち結婚出来るでしょうに……。

 

「結婚式にはあなたも招待するから、ちゃんと祝ってよね?」

「はいはい」

 

 さて、そろそろ帰ろうかしら……と、思った時だ。加蓮が鬱陶しい笑みを浮かべて、私の耳元に口を近づけた。

 

「所でさ、奏」

「何?」

「……もう、子供できたの?」

「ブフッ……!」

 

 な、何を言い出すのよこいつ! 

 

「で、出来てないわよ!」

「え……じゃあ、10年付き合っててまだ処女?」

「そ、それも違うけど……」

「あ、じゃあヤることはヤったんだ……」

 

 何安心してるのよ……。

 

「いやー、少し安心したよ。大学生の時とかさ、全然、彼氏が襲ってこないとか痴女みたいな相談してきた事もあったし」

「ちょっ、あの時の話は忘れなさいよ」

「嫌だよ。浮気まで疑ってたでしょ?」

「昔の話よ」

 

 一番、性欲を持て余してた頃ね。彼氏がいるアイドル達が、実は高校の時には済ませていた、と聞いて変に焦ってた時でしょ。

 まったく、そういう意味がない焦りも懐かしいわ。

 

「そろそろ行くわ」

「うん。あ、今度飲みに行こうよ」

「そうね」

 

 それだけ話すと、加蓮と別れた。そういえば、昔は浮気を疑った事とかあったわねぇ。思い出す度に、当時の自分をビンタしたくなる。疑うって事は、結局、優衣のことを疑っているって事だもの。

 あんなに信用における男、そうそういないのにね。

 そんなことを思っていると、電話がかかってきた。

 

「もしもし?」

『奏! ごめん、少し帰んの遅れ……』

『河村さん! サイン下さいっ!』

『バク転して下さいっ!』

『ロンダートから、バック宙返りひねりやって下さい!』

 

 どうやら、ファンに囲まれているようだ。あの男は割とファンからの声援に弱い。だが、それでも嫁との約束を優先してくれるという確信がある。

 

『だー、もううるせえな! 今から、嫁と晩飯なんだよ! 頼むから……!』

 

 ほら、断ってくれた。

 

『きゃー! 嫁って、速水奏さんですかー⁉︎』

『え? そ、そうだけど?』

『超新婚ー!』

『初々しいー!』

『そうだね! だからお願いだから帰らせ』

『奥さん、綺麗ですよねー!』

『そんな綺麗な奥さんの旦那さんの良い所、見てみたいなー!』

『え……そ、そう?』

 

 おや? と、雲行きが怪しくなってくる。

 

『そういえばこの前、ファンにバレた奏さんがサイン強請られてそれに応じてるの見ましたよ!』

『ファンサービスっていうのかなぁ。ああいう感じ、本当に良いよね〜!』

『そんな奥さんと結婚した方だし、優しいんだろうな〜?』

『……ごめん、ちょっと待ってて?』

 

 ファンの人に言ったのか、次に聞こえてきたのは私に向けたヒソヒソ声だ。

 

『ごめん、やっぱちょっと遅れる』

「……は?」

『すぐ、すぐ済ませるから! じゃ!』

「ちょっ、待ちなさ……!」

 

 切れた。私もキレた。

 

 ×××

 

 部屋では、私は缶ビールを5本カラにしていた。

 あーあ……や、分かるわ。浮気じゃないのは。でも、あのバカ許さないわよ……。今日はたこ焼きって約束してたのに……。

 ホント、乗せられやすい奴なんだから……そんなんだから、良い歳して奥さんと喧嘩ばかりするのよ……。

 帰って来たら、絶対に文句言ってやる……。

 ……でもたこ焼きパーティーはやるわよ。タネも作っておいたし、鉄板も用意したし……。

 ……でも、文句言ってやる……あー、うー……。

 

「……!」

 

 この外から聞こえてきている気がする足音……あいつね。というより、このフロアまで、トレーニングの一環として階段で上がってくるバカは一人しかいない。

 すぐに立ち上がり、玄関まで迎えに行く。あまりの苛立ちに、腕を組んで仁王立ちしてしまっていた。

 すると、玄関の扉が微妙に開かれる。

 

「たでーまー……」

「遅い!」

 

 怒鳴ると、ビックリしたような顔をする優衣。直後「げっ……」と声を漏らして顔を顰めた。

 

「お前……もう飲んでたのか?」

「だったら何よ……ブッ殺すわよ」

「とりあえず、その手の缶ビールは置きなさい」

「どのスタンスであんた私に説教をかましてんのよ! まずごめんでしょ⁉︎」

「え、あ、ああ。ごめん」

 

 まったく、人との約束を無視して遅れて帰ってきて何様なわけ⁉︎ この様子……悪いと思ってないわね……! 上等よ、今日ばっかりはどんなに言い返されたって負けないんだから! 朝まで徹底的に……! 

 

「お詫びと言っちゃアレだけど、ほらこれ。ケーキ買って来たよ」

「ッ……!」

「奏の好きな店の、ビターな奴。だから、とりあえず缶ビールを置いて」

「……」

 

 ゴキュゴキュ、と喉を鳴らして、缶ビールをカラにすると、優衣の手元からケーキを奪った。

 

「……これで許したと思わないことね」

「はいはい。じゃ、これ後で食うから、冷蔵庫しまおうな」

 

 靴を脱ぎながら、私の手元からケーキを通った優衣は、台所に入る。その背中に、私は後ろから抱きついた。

 

「っ、か、奏?」

「おそい」

「それさっき聞いた」

「おそい」

「……悪かったよ」

 

 謝りながら、優衣はケーキを冷蔵庫にしまう。人が本気で抱きしめているのに、この男は平然と歩いていけるのがずるい。

 

「……抱っこ」

「え?」

「リビングまで歩けない。抱っこ!」

「お前、何本飲んだの?」

「抱っこ〜〜〜ッ‼︎」

「わ、わかった! わかったから!」

 

 言うこと聞くのが遅いのよ! 

 抱っこしてもらい、そのまま運んでもらう。リビングで下ろしてもらうと、優衣も椅子に座る。

 ……何となく気に食わなかったので、私は優衣の隣に座った。

 

「……え、何で隣? 正面じゃないの?」

「うるさいばかくたばれ」

「く、くたばれ……?」

「何、私が隣じゃ嫌だって言うの?」

 

 文句あるなら聞くわよ。……とりあえず、もう一本……。

 

「お前まだ飲むの?」

「あんたと飲むために買って来たのよ!」

「は、はいはい分かったから……って、あと二本しかありませんが⁉︎」

「かんぱい!」

「ん、お、おう。乾杯……」

 

 強引に乾杯し、口に含む。……たこ焼き焼かないと。少しフラフラするけど、油を敷いてタネを流すだけだから大丈夫。

 

「……じゃあ、たこ焼き焼くわよ」

「大丈夫?」

「だいじょうぶよ。馬鹿にしないで遅刻魔」

「ん、お、おお……」

「きす」

「は?」

「キスして!」

「今⁉︎」

「今!」

 

 いつしても良いでしょべつに! 

 

「はいはい……」

 

 ため息をつきながら、優衣は私の顎に指を添えて唇を近付けてくる。……焦ったいわね。

 

「んっ!」

「うおっ……んっ!」

 

 強引に後頭部を鷲掴みして、自分の方へ引き寄せてキスをした。ディープな方ではなく、くっつけただけ。

 よしっ、これで美味しいたこ焼きが作れるわねっ! 

 油を敷くと、続いてタネを鉄板に流し込……もうとした所で、手が震えておたまを落としてしまった。

 拾わないと、と思って鉄板の上のおたまを手に取ろうとした直後だった。湯気が、手に直撃した。

 

「あっづぁっ⁉︎」

「ちょっ、バカ……!」

 

 あ、ひっくり返る……! しかも、椅子ごと……! 

 キュッと目を瞑り、大怪我を覚悟した時だった。ふわっと、背中と膝の後ろが優しい感触に包まれた。

 何かと思って、うっすら目を開けると、優衣の顔が近くにあった。

 

「何やってんだオメーはホント」

「ーっ……!」

 

 酔い、覚めッ……ていうか、お姫様抱っ……! 

 

「ーっ!」

「痛ッ……な、何すんだコラァッ⁉︎」

「お、お姫様抱っことケーキくらいで許したと思わないでくれる⁉︎ 若い女の子にチヤホヤされて満更でもなさそうだったすけべ親父の癖にッ!」

「何だお前、情緒不安定か⁉︎」

「うるさいわよ! この遅刻魔!」

「まだそれ言うか⁉︎」

 

 あーもうっ、ムカつくムカつくムカつく! ていうか、さっきまでの私のテンションもムカつく! 何より……こいつなんだかんだ言ってカッコ良いのが一番ムカつく! 

 

「たこ焼き食べるわよ! あんたも焼きなさい!」

「奏」

「何⁉︎」

 

 直後、優衣は私の腕を引っ張り、自分の方に引き寄せる。女の人より大きな胸……もとい大胸筋に包まれ、頬が赤く染まる。

 

「落ち着けよ。遅れたのは謝るし、さっきの醜態を揶揄うつもりもないから」

「ーっ……!」

 

 っ、こ、こいつ……! ホント、こういうとこ……! 

 

「オラ、わーったら焼くぞ」

「……まだ許したわけじゃないんだからね」

「はいはい」

「元はと言えばあんたが悪いんだからね」

「はいはい」

「あんたが焼きなさいよ。私の分まで」

「はいはい」

 

 その日、私はあの男にうんと甘えるに甘えた。

 

 


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