「え、奏も?」
「ええ」
ある日の休日、結婚式について大体、色々決まってきたこの頃、ある仕事が入ったので奏に声を掛けると、奏も同じ仕事を受けたようだった。
机の上に置いてある企画書のタイトルは「逃亡中」。アミューズメント施設やショッピングモールを丸々借りて、参加するゲストがハンターから逃げ回るという趣旨のバラエティだ。
「こんな事あるんだな。だって夫婦で共演とか聞いてないでしょ?」
「そうね。少し意外だったかも……普通、人の注目を引きたかったら、そういうの事前に言うものね」
俺もそう思う。まぁ、まだ企画を持ちかけられた段階だから、CMも始まってないんだけどね。もしかしたら、そういうの始まったら言うのかも。
「にしても、私にこれをやらせるって……プロデューサー絶対ふざけてるわね……」
「まぁ、最近の奏のイメージって喧嘩のイメージが強いからな……」
「あんた何、他人事みたいに言ってるわけ?」
「あ? 俺の所為だって言うわけ?」
「当たり前でしょ! 番組で毎回毎回、人に喧嘩売ってくる癖に!」
「売ってきてんのはそっちだろうが! 毎度毎度、棘のある言い方して来やがって!」
「はぁ⁉︎ 何処がよ!」
自覚がねえのかこの女! ……いや、あるね絶対。ほんとムカつく奴だよこいつは……。……まぁ、そんな奴と結婚しちゃってるわけだが。
「ていうか、あなたの方が呼ばれるの意外じゃない。あなたが来ちゃったらゲーム成立しないでしょう」
「え、なんで?」
「自覚がないわけがないでしょう。例え、ハンターが相手でもあなたの方が速いじゃない。陸上の選手でもない限り」
「そんな事、スタッフが知るかよ。『ちょっと運動神経が良くて頑丈な人』程度にしか思われてないから」
高一の時は喧嘩三昧だった、なんて事は知られていない。知られてたらやばいよねー。
ま、何にしても俺の優勝で決まったようなもんだし、臨時収入が入ると思えば良いな。それに、この手のバラエティに参加できる運動神経抜群枠の芸能人は、視聴者を楽しませる義務がある。
「……あ、そうだ。優衣」
「何?」
「せっかくだし、この賞金で新婚旅行の足しにしましょうよ」
「……ああ、良いかもな」
ギャラと逃げ切り賞金があればそれなりに賄える。……てか、新婚旅行とか完全に忘れてたな。
「新婚、どうする?」
「どうしましょうか。温泉とか良いんじゃない?」
「海外は?」
「嫌よ。大学の卒業旅行でニューヨークに行ってパスポート、スられかけて喧嘩になって警察のお世話になったの忘れたの? こんな風に言っちゃアレだけど、海外なんて日本よりも治安が悪い所、多いんだから、その度に喧嘩されちゃう困るのよ」
「人を喧嘩屋みたいに言うのやめてくんない」
「実際そうでしょ」
「……」
……た、たしかに……。考えてみれば、俺が俺や奏の物をスられて気付かないって事はないし、そうなると、スられる→捕まえる→向こうが逆上する→ボコる……のチャートが成立する。逆上しないで逃げてくれれば良いんだけどね……。
「ま、だから国内ね。温泉とかどう?」
「北海道辺り?」
「良いわね」
「沖縄でも良いけど……修学旅行で行ったしな。季節も外れてるし」
今は9月、新婚旅行は10月の頭になるだろう。……沖縄なら海行けるか? いや……でも、まだ新婚旅行に関しちゃいつ行けるかも分かっていないしなぁ……。
「冬に行くか……」
「え?」
「冬の函館とか札幌でスキー、雪祭り、温泉……どう?」
「……悪くない、悪くないわね……」
だろ? こっちとしても、色んな格好の奏が見れそうだしな……。雪上の女性は三倍、美人に見えるって聞く。スキーウェア奏に、湯上がり浴衣奏……あ、ヤバい。禿げ上がるほど楽しみ。
「スキーはスノボでも良いし、ウィンタースポーツは嫌いじゃないでしょ? 雪祭りは見方を変えれば真冬のお祭り、温泉は混浴……どうだ?」
「ええ、良いわよ」
「よし、決まり……え、良いの?」
今、最後のはボケのつもりだったんだけど……気付いてくれないと、ただのセクハラになっちゃうよ?
「え、あの……良いの?」
「……だから、良い……わよ」
「……」
「……」
え……あの、マジ? 頬を赤らめて、嬉しそうに……。
「……」
「……あら? 怖気ついてるの?」
「はぁっ⁉︎」
ち、調子こいてやがんなこいつ! 上等だ、この野郎!
「上等だ! でもお前の裸を他人に見られるのは腹立つから、個人の部屋に浴室がついてるとこにするからな! 露天で!」
「えっ……!」
つまり、外で男と女が裸になって湯に浸かるというわけだ。それを自覚し、奏はさらに頬を赤らめる。
「い、良いわよ⁉︎ その代わり、私があなたの背中を洗ってあげるんだから!」
「やってみろよ! そしたら俺はお前の頭を洗う!」
「じゃあ足も洗ってあげる!」
「なんなら俺は……!」
と、色んな方向に盛り上がっていき、その日に決めた新婚旅行の内容は、取り返しがつかなくなった。
×××
さて、マネージャーとの打ち合わせ。二人でコーヒーを飲みながら、次にやる「逃亡中」について。
「この前話した、次の仕事について」
「アレな」
「……相変わらずカフェラテ?」
「甘いもん食べないとダメなの俺」
……別に我慢してブラックコーヒーなんて飲んだってカッコよくねーし。好きなものを好きと言えるのが、一番カッコ良いんだよ。
「にしても、ガキの頃からやってみたかったんだよな。あの番組。だから、試したいこともいっぱいあるんだよ。屋根の上に隠れたりとか、捕まる直前にハンターの手を躱し、前方に緊急回避し、突破するとか、池の中に隠れるだとか……」
「いや、無理だからそれ。普通に侵入禁止の場所は使えないし」
「え……道理で芸能人達、逃げないわけだわ……」
……なんだ。少し残念ではあるな。まぁ、それでも俺は自力で逃げ切れると思うし、問題ない。唯一の懸念はカメラマン。隠れても、あいつらがいると絶対、バレるから。
「ていうか、そもそもあなたは逃げる側じゃないし」
「え?」
今なんて……? と、思った俺に、マネージャーは企画書と思われる書類を差し出してきた。
そこには……。
『新・逃亡中 ハンター側ゲスト:河村優衣』
……マジかよ。
「……え、嘘だよね。嘘だと言ってよバーニィ?」
「本当だから」
「……」
……え、じゃあ……ギャラは出ても、賞金まで確実に手に入るとは限らないんじゃ……奏との、新婚……。
「……」
ま、まぁ新婚旅行に関しても、まだまだ企画の段階だし……大丈夫、だよな……? うん、大丈夫。今からでも「ごめん、俺追いかける側だった」って言えば、うん……。
×××
打ち合わせの後、ハンター役として次のステージについていち早く把握したりと、とにかく色々やって帰宅した。
奏は別にあれくらいの事じゃ怒らんだろうが、一応、お土産を買うことにした。シュークリームだけど。
「たでーまー」
「ハッ、ハッ、ハッ……あら、おかえり、なさい……っ」
? なんかヤケに息切れしてるな。と思って顔を出すと、俺がトレーニング器具を置かせてもらっている部屋で、奏がフィットネスバイクを漕いでいた。その横には、北海道の旅行雑誌が大量に積まれている。
トレーニングウェアで、大きな胸だけを隠し、おへそが丸出しになっているその姿はとっても性欲を唆られたが、それを堪えながら聞いた。
「え……奏? 何してんの?」
「決まっ、てるでしょ……はぁっ、ふぅ……トレーニング!」
「なんで?」
「賞金獲得で、あなたにだけ……負担かけさせるのは、ゴメンなの……!」
「……」
……こ、この女……わざと言ってんじゃねえだろうな……。俺に負担っつーか……俺が負担そのものになってるんですが……?
「あんたのこと、だから……心配いらないでしょう、けど……! あんたも鍛えておきなさい、よ!」
俺が鍛えちゃうダメなんだよ。他の人達は知らんけど、奏を捕まえるのにパワーアップしちゃ絶対良くない。
そんな俺の気も知らず、奏はトレーニングを止めて「ふぅ」と一息つく。その姿はトレーニング中で汗だくにも関わらず、とても色っぽかった。
で、にこりと微笑んで俺の方を見た。
「それと、その雑誌にあなたが行きたい所、付箋貼っておきなさいよ。終わったら、本格的に予定組むんだから」
め、メチャクチャ楽しみにしちゃってるよ……。どうすんだこれ……。
いや、でも言うしかない……しかないんだけど……。
「よし、もう1セット……! あ、あなた今週、土日暇だったら付き合いなさいよ。マラソン行くから」
「え? あ、あー……うん?」
うん、今はトレーニングに集中してるみたいだし、後にしようかな……。
×××
さて、撮影当日。出演者同士の顔合わせで、ハンター側とゲスト側が挨拶をする。
俺もその中に混ざっているわけだが、ハンター側なので黒いスーツにサングラスをかけ、あくまでも正体を隠す方向で挨拶をする。俺の顔の特徴なんて目つきの悪さだし、グラサンさえかければ誰にも分からない。……一人を除いて。
「では、本日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしまーす」
「……」
「……」
ゲスト側にいる奏は、アイドルとは思えない程の目付きでこっちを睨んでいる。
(そんな所で何してんのよ⁉︎ なんであんたがスーツにサングラスかけてそこに佇んでんの⁉︎)
(察しろボケ! 言おう言おうと思ってたけど言えなかったんだよこの野郎!)
(察せるわけないでしょうが! てか、タイミングならいくらでもあったでしょう⁉︎ もう新婚旅行の日程を大まかに決めちゃった後でしょうが!)
(あんなに楽しみにしてる嫁を前に「実は敵側です」なんて言えるかボケが! それこそ察しろ!)
目つきだけで口喧嘩をしていると、番組のプロデューサーが軽く手を叩く。
「はい、じゃあ皆さん。そろそろ始まるので配置について下さい」
その声で、とりあえず奏との口喧嘩は収まる。
はぁ、これは家帰ったら喧嘩になりそうだな……。今のうちに、とりあえず黙っていたことを謝る方針で考えておくか。
そんな事を思いながら、一応、注事項を読んでおく。ここは日光江戸村。当たり前だが、屋根の上だの川の中だのと危険な場所は禁止。俺がどうこうではなく、テレビを見た子供が真似しないようにするための配慮だ。まぁ、冷静に考えれば当たり前だよね。
「……さて」
こっちは、ハンター側にボーナスが出るわけではないから。何人捕まえようと、或いは捕まえられなくても価格は変わらない。百何万なんて金は出ない。
しかし、だ。負けるのは気に食わない。新婚旅行のためなら奏を逃してやった方が良いかな? とも思ったが、そうは行くかよ。そもそも、新婚旅行の資金の前に、これはテレビ番組なのだ。
「何人、捕まえられるか、だな」
コキコキと首を鳴らし、アキレス腱を伸ばす。ま、気楽にやろうや。