事務所に奏が来ると、周子の他に城ヶ崎美嘉がニコニコしながら待機していた。
心底面倒な2トップを目の前にしてため息をつかずにはいられなかったが、まぁこうなる事は何となく想像していたので、特に何か思うことはしなかった。
とりあえず邪険にしても挨拶を返しても無駄だと思ったので、黙ってすれ違ってラウンジに向かった。当然、その後ろから周子と美嘉はついて来た。
「ちょっとー、無視するなんて酷くない?」
「そうだよ、奏。ね、ね、なんか面白いことあったんでしょ?」
そう肩に手を置かれて言われ、怒りを隠そうともしなかった奏はギロリと振り返りながら二人を睨んだ。
「な、い、わ、よ」
「「……」」
その機嫌の悪さに二人して黙り込んでしまった。ツカツカと歩いて眉間にしわを寄せたままラウンジのソファーに座り込んだ。
その奏に美嘉が恐る恐る聞いた。
「ど、どうしたの?奏、なんか機嫌悪くない……?」
「……周子から聞いてるでしょ」
「え?なんか最近すごい仲良い男の子がいるって……」
「……はっ?」
「ヒィ!」
マジギレの様子の眼光に美嘉は肩を震わせて周子の背中に隠れた。盾にされた周子は特に恐れた様子なく聞いた。
「まぁまぁ、奏ちゃん怒らないで。それより、どうだったの?中間試験」
「……ああ、中間?10教科で925点」
「ふぁ⁉︎き、きゅーひゃく⁉︎」
美嘉が「いいなぁ!」と言わんばかりのリアクションをしたが、周子はむしろ呆れ気味に小さくため息をついた。
「……ま、あれだけ死に物狂いでやればね……。で、勝敗は?」
「引き分けよ!だからムカついてるの!あんなに、あんなに必死こいて勉強してご褒美無しよ⁉︎ホンッッット考えらんない!」
「え、ひ、引き分け?」
「千通りもある点数の中で一致したの?」
「そうよ!あームカつく!」
ガキっぽい喧嘩してるくせに頭良いんだ二人とも、と周子は腕を組んで頷いた。
一人、相手の男の子と仲良いとだけ聞かされている美嘉はイマイチ状況が飲み込めず、キョトンとした様子で聞いた。
「よく分かんないけど……負けた方が勝った方にご褒美あげるってむしろ仲良くない?」
「……今、なんて言った?」
「……へっ?」
美嘉の方をギョロリと振り向くと、ユラリと立ち上がって腕を組み、座ってる美嘉の正面に立ってジロリを見下ろした。
「誰と、誰の仲が良いって?」
「……え、あの……だから、その男の子……」
「誰が……誰があんな数学バカと仲良いのよ‼︎バカも休み休み言いなさいこの処女ビッチ‼︎」
直後、号泣し始める美嘉だったが、奏は気にした様子なく元の席に座った。
明らかに自分の所為で作り上げた状況なのに一切気にする事なく周子はのうのうと言った。
「まぁまぁ、奏ちゃん。それは逆に言えば向こうのご褒美も奪ってやったわけなんやし、そんなに怒らないでもいいんじゃない?」
「まぁ……確かにそういう見方も出来るけど……」
「それに、その子にムカついてるのはいつものことだし、今更美嘉ちゃんに当たらないであげてよ」
「あんたが言うなー!」
唐突に美嘉が顔を上げて襲い掛かってきたが、周子はそれを片手で一蹴して聞いた。
「それよりも、昨日の電話はなんやったん?」
「へっ?」
「ほら、あたしが電話したらお兄さんが出たじゃん?」
「あ、あー……」
今度は奏が気まずい顔を浮かべる番だった。元々、その部分を聞いていた美嘉も一発で楽しそうな表情に切り替わった。
「そうだよ!奏、お兄さんなんていなかったよね⁉︎」
どうしたものか悩んだが、昨日の電話の最中に優衣に殺意が芽生えるレベルの悪ノリをされて、多分全部周子にはバレてるだろうし正直に話すことにした。
「……まぁ早い話、夕方は私あのバカの家にいたのよ」
「なんで⁉︎一線を超えたの⁉︎」
「美嘉。莉嘉からもらったお風呂上がりの写真(美嘉の風呂上がりとは言ってない)をばら撒かれたく無かったら黙って」
「ちょっ、待っ……なんっ……あのバカ妹ッ……!」
顔が真っ赤になって、とりあえず付近に莉嘉がいないかを確認してる美嘉を無視して説明を続けた。
「私、昨日は不覚にも家の鍵忘れちゃって……本当は駅前で親が帰って来るまで時間潰してようと思ったんだけど、彼のお母さんにうちで待ってなさいって言われちゃって、半ば強引に彼の家に入れられちゃったの」
「ふーん……で?」
「で、まぁ別に何かしたとかはないわよ。ただ、アインフェリアの出てる○s嵐見てご飯作ってタバスコ入れてプリンあげて口喧嘩してただけ」
「聞いてる分にはカップルのイチャイチャなんだけどなぁ」
「は?」
「本人達はそうではないと……」
睨まれたが、別に恐れることもなく呆れ気味にため息をついた。
「ていうか、なんでそんな喧嘩するネタに尽きないわけ?」
「仕方ないじゃない、向こうが電話出るなって言ったのに勝手に出た挙句に余計なことペラペラ話すんだもの」
「実際、喧嘩したくないなら相手にしなきゃ良いじゃん」
言われるが、奏は意外にも首を縦に振った。
「そうなの、周子の言う通りなのもわかるのよ。それがベストだって」
「ならそうすれば良いんじゃ……」
「でもダメなの」
「何が」
「……あのバカには言い返さなきゃ気が済まないのよ」
キリッとした顔で言われ、心底面倒臭そうな顔をする周子だった。
「だから周子。今日も愚痴聞いてくれる?」
当然のような流れでそう聞かれ、少なからず嫌だった周子は小さくため息をついて落ち着いてから言った。
「……それならさ、あたし達よりももっと適任な人に頼みなよ」
「誰?」
「ほら、一人いるじゃん。あたし達より年上で話聞いてくれそうな大学生」
「ああ……文香のこと?」
「そう」
「だめよ、文香には純粋なままでいて欲しいの」
「あたし達をなんだと思ってるわけ……?」
そうツッコミつつも「まぁ確かに純粋ではないな」と周子も美嘉も納得してしまった。
そんな時だ。奏の背後から声が聞こえた。
「……あの、奏さん、呼びましたか……?」
「あらー、噂をすれば」
鷺沢文香がキョトンとした様子で三人を見ていた。奏は別に文香に愚痴ろうなんて考えていなかったので、早めに切り上げようと言った。
「いや、何でもないわよ文香。気にしないで?」
「最近、奏ちゃん悩みがあるんだって」
「え、いやちょっとあんたもっとこうさ……」
一発で周子が横からバラし、早口で狼狽える奏だったが、言ってしまったものは仕方ない。文香は心配そうな顔で奏に声をかけた。
「……そうなのですか?」
「え?あ、あー……そ、そんな悩みなんて言うほどじゃないから……」
「……奏さん。私は奏さんに悩みがあれば、微力ですがお力添えさせて欲しいと思っています……。ですから、何かあるのなら話してもらえませんか……?」
「うっ……」
こうなってしまっては奏も話す他ない。
とりあえず、今日ムカついてるのはこの前の中間試験の時のことなので、クラスの子と賭けをしたという事とその結果だけ話した。男と口喧嘩してるなんて知られたくないし。
話し終えた後、しばらく顎に手を当てて考え込んた文香は真顔で聞いた。
「……つまり、奏さんはご褒美が欲しかったのですか?」
「えっ⁉︎あ、あー……」
まさかそういう風に取られるとは思わなかった奏は何とか上手く言い回そうと頭を巡らせた。
だが、どう考えても優衣の事を言うしかない。すると、文香は微笑みながら小さく手を叩いた。
「……それでしたら、皆さんでお祝いしましょうか?」
「はっ?」
「……ご褒美でしたら、僭越ながら私がご用意させていただきます。ですから、落ち込まないで下さい……」
「……」
ふーむ、と顎に手を当てる奏。別にそんなつもりではなかったのだが、確かにご褒美をくれるという案は悪いわけではないし、文香のご厚意も受け取っておきたい。
そう思って「お願い」と言おうとした直後だ。文香が微笑みながら続けて言った。
「……それにしても、テストで良い点取れたのでご褒美が欲しいなんて、奏さんも子供っぽい所があって可愛らしいのですね」
周子と美嘉は「ブフォ!」と吹き出し、奏は一発で顔を真っ赤にした。確かによくよく考えたら子供のような……いや、橘ありすとかを見てる感じだと最近の小学生はご褒美なんてもらってるように見えない。
「い、良いわよ別に!そんなつもりじゃないし!勉強なんて学生ならしてて当たり前なんだから……!」
「はい、奏。ご褒美にリップあげる。大丈夫、まだ未使用だから」
「いらないわよ美嘉!」
「はい、奏ちゃん。ご褒美にお茶あげる。飲みかけだけど」
「それは通常時でもいらないから!ていうか一々ご褒美つけなくて良いから!ムカつくから!」
次々に目の前でプレゼントされ、文香も何かあげなきゃと思い、自分の鞄の中を漁った。中には「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の単行本が何冊か入っていた。
「……あの、奏さん……」
「ふ、文香?良いのよ別にそんな気を使わなくて……!」
「……これ、どうぞ」
「……?」
渡されたのはラノベだった。俺ガイルのラノベ。
「……あら?これ、ラノベ?」
「はい!面白いですよ」
そういえば、この前何故かSAOのラノベを読んでいたのを思い出し、奏は気まずげに目を逸らして少し冷や汗を浮かべた。
「……あー、文香?本当に気を使わないでくれて良いのよ?」
「元気が出ますよ!友達がいない高校生の生き方を教えてもらえますよ?」
「いや、知りたくないわそんなの。本当に大丈夫よ。ついでに周子のもいらないわ。てか、これ飲みかけじゃなくて空じゃない」
「ちぇっ、バレたかー」
で、でも……と文香は少し残念そうな顔をする。一番年上とは思えないわね、この謙虚さと態度と気遣いは……。
「本当に気持ちだけ受け取っておくから」
「……ですが、それでは……」
「大丈夫よ、彼の晩ご飯にタバスコぶち込んで満足したから」
「……彼の、晩ご飯……?」
キョトンとした顔の文香と目が合い、自らの自爆を悟った奏はサッと目を逸らした。
「……その人、男の子なんですか?」
「あー……ま、まぁね」
「……晩御飯を作ってあげたのですか?」
「そ、そう……」
「……なるほど。最近の高校生は、お友達同士だとお互いの家に行くことも多いのですね……」
そういうんじゃないんだけど、と思ったが、文香には強く言えなかったので黙ることにした。