会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった   作:雨あられ

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第3話

「う~ん!テスト終わった~ッ!」

 

「お疲れ様、響」

 

「いや~、今回のテストは強敵だった~」

 

「響も普段からちゃんと勉強しておけば、今回みたいな事にはならなかったんだから」

 

「うぅ、反省してます……」

 

夕暮れの帰り道。補習もテストも終わって。元気いっぱいの笑顔を見せていた響が少し肩を落とした。ちょっと意地悪だったかな?でも、こうでも言わないと、勉強せずにすぐトレーニングや人助けばっかりしちゃうんだから……ふふ、でも補習のおかげでいつもよりたくさん響と一緒に居られたのだから、私としては悪くはないかも?

 

「ほんとッ!ありがとね未来~!未来のおかげで今回も助かったよ~ッ!」

 

「きゃ、も、もう、響ったら」

 

後ろから私に抱き着いてくる響。柔らかいけれど、私と違って少し筋肉質なその体に、自然と鼓動が高鳴ってしまう。だけど響はそんな私の気持ちも知らずに、ケロッとした顔で、今日は何食べよ~?と今度は夕食のことを気にかけていた。むぅ。

 

「……相変わらず、仲良いよな~お前ら……」

 

と、隣を歩いていたクリスが呆れたような顔をして呟いた。

 

「クリスちゃんッ!!羨ましい?ならクリスちゃんも~♪」

 

「だッ!?誰が羨ましいかッ!?このアンポンタンッ!」

 

顔を真っ赤にしてそう否定する。

クリスは本当に変わったと思う。昔は世界には誰も味方なんていないみたいな寂しい顔をしていたけれど、今のクリスは短気なのは相変わらずだけど、その表情は何十倍にも明るくて柔らかくなっている。ってあれ?

 

「クリス。何だか最近綺麗になったね?」

 

「は、はぁッ!?い、いきなり何言いだしてやがるッ!?」

 

「本当だ~ッ!心なしか、肌に色艶があるような……うりうり!」

 

「こ、この、触んじゃねぇッ!」

 

抱き着いた響がクリスの頬っぺたをふにふにといじり倒す。クリス、以前に比べて血色が良くなってなんだか健康的に見えるような……。

 

「はぁ、ったく付き合ってらんねぇよ…………」

 

「あれ、クリスちゃんどこ行くの?クリスちゃんの家までもう少し一緒じゃなかった?」

 

「もしかして、私たちと帰るの、イヤだったかな?」

 

「そ、そんなんじゃねぇッ!その、スーパーに卵と豆腐を買いに行くんだよ……」

 

「え?卵とお豆腐ッ!?クリスちゃんがッ!?」

 

大げさな声を出す響に、またクリスがほんのりと顔を赤くさせる。クリスは家では自炊をしていないって言っていたから、卵はともかく、お豆腐を目的にスーパーに寄っていくなんてことは今までなかったことだった。

 

「な、なんだよ、おかしいってのかよ?」

 

「ううん、そんなことないけど……もしかして~ッ!」

 

「……じゃあなッ!」

 

「あ、ちょっとッ!クリスちゃんッ!?」

 

「行っちゃった」

 

軽く鞄を上げてそのまま走り去っていくクリス。いつもは別れ際小さく見える彼女の背中だったけれど、今日は心持ち弾んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社辞めて雪音クリスのヒモになった

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰って、人の気配があるってのは、未だにどうにも慣れやしない。

外は暑かったってのに、部屋の中はアイツが勝手に冷房でも付けたのか随分快適な温度になってやがる。おまけに、ザクザクっと何か切っているような音が台所から聞こえてきて、玄関の方まで良い匂いが漂ってきてると来た。

 

「……」

 

「あ、おかえり」

 

「お、おぅ……」

 

「帰ってきたら、ただいまじゃないか?」

 

「…ッチ…………………た、ただい、ま……」

 

「おかえり、クリス」

 

「ッ!……」

 

そういって柔らかい笑みを浮かべると、あいつは料理を作りに台所へ戻って行った。わざわざおかえりだけ言いに来たのか?

普段使わずに眠っていた台所が、ここ最近はフル稼働しているみたいだった。見たことない調味料や調理器具が並んでいて、あたしの家なのにあたしの家じゃないみたいな……クソッ!変な気分だ。

 

「た、卵と豆腐ッ!……買ってきてやったぞ」

 

「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」

 

「……何作ってんだよ?」

 

「ん?何だと思う?」

 

あいつのそばに近寄っていき、何かを切っている様子を眺める。これは、玉ねぎか?ツンとした独特の匂いに、目ん玉がしょぼしょぼしてきて思わずしかめっ面を浮かべていると、あいつはちょっと吹き出した……にらみつけてやったがこいつは気にしてないのか、更にヒントだとばかりに何かの肉とケチャップを置く。

 

「まだわからないのか?」

 

「も、勿体ぶらずに言えよッ!」

 

「今日はチキンライスとコンソメスープだ。だけど、まぁ折角だしオムライスにしようと思って卵を買ってきてもらったんだ」

 

「へ~、オムライスか」

 

オムライスってのは、こうやって作るのか。いつもレストランで出てくるのは、完成した状態だから……。フライパンをバターで熱して、さっき見せてくれた具材と用意していたご飯を混ぜると勢いよく炎で炒め始める。しばらくその様子を眺めていると、フライパンの中身はどこかで見たことのあるような赤いケチャップのご飯に変わって、むわっとした独特の匂いが辺りに漂い始める……。気が付けば、あたしはこいつが料理を作るサマを隣でずっと眺めていた。あいつはあたしの顔をみて、どこか、懐かしいものを見るような目をしていた。

 

 

 

 

 

 

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俺が雪音クリスの家に転がり込んで、早2週間が経過していた。

初め、彼女からは「互いが互いに干渉しない」という絶対のルールが設けられた。

 

物置になっていた部屋に案内された、そこが今日から俺の部屋という事らしい。逆に言えばそこ以外は全て彼女の領域(テリトリー)という制約である。置いてもらう身としては、部屋が与えられただけでも万々歳なのだが、彼女は根が優しいのか、も、文句があるなら出てってもらうからなッ!と、それでも随分気にしているようであった。そんなこと言うわけないのだが……。

 

2日ほどは何の気力もわかず心にポッカリと穴が空いたようであった。昼夜問わず与えられた部屋で布団に入り眠りにつく。彼女はそんなヒモ同然の俺に黙ってコンビニ弁当などの食料を買ってきてくれた。俺は無気力にそれを貪ると、また布団の中で眠った。

 

3日目ともなれば流石に精神的に持ち直してきた。そうなると、布団で寝て居るだけというのも落ち着かず、何かをしたくなってくる。彼女には腕が鈍るという口実で家事や炊事を申し出た。腕を組んで俺の活動領域が増えるのを渋っていたが、最終的には許可が下りた。やはり、言葉遣いは乱暴だが、根はとても優しい少女みたいだった。

 

家事をしていると心が落ち着いた。何かの役に立っている充実感が得られ、同時に、迫りくる暗い感情から逃げられるような気がした。食事を作り、部屋を掃除し、洗濯をする。初めは良い顔をしていなかったクリスだったが、今はある程度信用してくれたのか俺が部屋の中をうろうろとしていてもまるで気にしていない様子であった。洗濯の際、彼女のパンツを干していたらぶん殴られたが。

 

クリスもマリアと同じで随分と稼いでいるようであった。買い物は基本カードで一括、家にはデカイテレビに最新の冷蔵庫が備え付けられていて、おまけに見たことがないような高級仏壇まである。……それが、彼女の両親のものだと知ったのは結構つい最近である。毎朝お供え物を用意しているうちに、彼女の方から教えてくれた。彼女もマリアと同じで「訳あり」なのだろう。深く話は聞かずに、いつか彼女の方から話してくれるまで待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は学校はどうだったんだ?」

 

「別に、んぐ、ひふもほほひは」

 

いつも通りだ。といったところか。皿を傾けてオムライスを口に入れると、次にはケチャップで口元が真っ赤になったクリスがそう答える。両親を早くに失くした影響なのか、スプーンはグーの形で手に持ち、机や服の上には落ちたチキンライスの食べカスと随分と食べ方が汚い……。

 

「ほら、また口元についてるぞ。ついでに、スプーンの持ち方も変だ」

 

「ん!?よ、余計なお世話だッ!」

 

口元を拭ってやると、ケチャップのように顔を赤くして怒鳴られる。

あまり居候の身で小うるさく言うのはどうかと思ったが、流石に毎日見ていると我慢ならなかった。彼女も怒りはするものの、言ったことは聞き入れてくれるようである。その後、俺を真似てスプーンを持ち直し、慣れないのか手をプルつかせながらこぼさないようにゆっくりとオムライスを食べ始めた。最後まで食べ終わって、どこも汚れていないのを見てから、どうだッ!と大きな胸を張って威張っていたので、大げさなくらいに褒めてあげると顔を赤くして照れ隠しに背中を叩かれた。めちゃくちゃ痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗い物が終わって、デザートに剥いたリンゴを持ってくると、ソファでぐだっていたクリスがぴょんと身を起こす。そして俺に何か言うでもなく爪楊枝でそれをシャリシャリと食べ始めたようであった。前まではもう少し警戒されていた気がするが、最近は俺の前でも結構リラックスしてくれているようだ。

 

『涼を求めて。心霊特集、この後すぐッ!!』

 

「へ、へ~……お、お化け特集とかくっだらないよな~」

 

「そうだな、チャンネル変えるか」

 

そういってリモコンを持ってテレビを変えようとすると、にゅっと彼女の手が伸びてきてそれを制する。

 

「いや、まぁ、でも?どの程度くっだらないのかってのを一つ把握しといてやってもイイと思うんだ」

 

「別にそんなことしなくてもほかにも面白そうなクイズ番組とかやってるけど……」

 

「ちょ、ちょっとくらい見てからでもイイんじゃねーか?」

 

「……そうだな。つまらなければ変えればいいんだしな」

 

そういってリモコンを手放すと彼女の機嫌が少し良くなる。結構怖いもの見たさでこういう眉唾な番組が好きみたいだった。ただ……

 

「お、おいッ!どこ行くんだよッ!?」

 

「どこって、自分の部屋に」

 

「ば、馬鹿ッ!その…………もうちょいここ居ろ」

 

とまぁこんな感じで、一人で見るのは結構怖いらしかった。わかりやすいというかなんというか。ちなみに、この後一人でトイレに行けないのと、部屋で寝られなくなるまでがワンセットである。お互いに干渉しあわないというルールは、いつの間にか無くなったらしい。

 

『友達のゆりと、肝試し感覚で入ったトンネルだったんです。けれど……中は真っ暗で、何も聞こえなくて……まるで地獄の入り口みたいでした。途中までいって、私怖くなってきたんです』

 

「……」

 

ぎゅっと、俺の服の裾を握るクリス。……今の暮らしは、彼女に養ってもらっているという情けない点を除けば結構悪くない。クリスは優しいし、俺も彼女の世話を焼くことにはやりがいを感じている。

 

『だから、ゆりの手を引いてトンネルを引き返したんです』

 

「ゴクリ……」 

 

けれど、同時に頭のどこかで彼女が、マリア・カデンツァヴナ・イヴの姿がちらつく。彼女の家族に、そして彼女自身に申し訳ないからと家を出たものの、結局前と似たような生活をしていては……。

彼女から受けた恩は、あんな安っぽい指輪一つでとても償えるものではない。そろそろ仕事でも探して、ここを出て、俺も真っ当な人間に……。

 

『そうなのです、実は、トンネルを抜けた先で手を握っていたのは、ゆりではなくて、トンネルで昔事故にあった……A君の手だったんですッ!!』

 

「うひゃあああッ!!?」

 

「ッ!?」

 

ガシっと、隣にいたクリスが咄嗟にこちらに抱き着いてくるッ!?

な、なんだぁッ!?この弾力はッ!!?柔らかさはッ!な、何なのだこれは……ッ!?

 

しばらく放心していたが、CMに入った時に状況に気が付いたクリスは本日一番の顔の赤さをして、殴られる!……っと思ったが、手を膝に押し込んでうつむいたまま急にしおらしくなってしまった。なんでこの子はこう、可愛いの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

『この夏。ディスティニーランドが熱い!!』

 

「……遊園地か」

 

流れてきたテーマパークのCMに、頬杖をついたままクリスがぽつりと呟く。

 

「遊園地、好きなのか?」

 

「別に、いったことねーからわかんねーよ」

 

「え?」

 

そういうとぴっ、とチャンネルを変えて、お笑い芸人がコントをしている番組へと変わる。行ったことない。サラっといったが、その言葉は、重くて、悲しい気がした……。

 

「……行きたいとか思わないのか?」

 

「興味ねーよっと、あはははッ!」

 

……それは、本音か、はたまた諦めか……。

遊園地なんてものは、初めて行くとしたら別の誰かに誘われてと相場が決まっているだろう。親や友達に……。けれど彼女にはその機会が今までなかったのだ。

 

……俺は、心の中である決意をした。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はぁ」

 

デ~ス……休日の真昼間だというのに椅子に腰かけたまま、手元の指輪を指の上で転がして今日何度目かわからないため息をつくマリア……。

あの人が居なくなってからあたしと調は毎日マリアの家に遊びに来ていた。マリアの寂しさを、少しでも紛らわせればと、そう思ったのデスッ!

 

「……捜しに……でも……」

 

いつもみたいに、何かに苦悩しているマリア。少し前までの絶好調マリアに比べれば、昔のマリアに戻った……ともとれなくないデスが……。苦悩している時間がちょっと長いデス。

 

「最近のマリア、とても見ていられないデス……」

 

「ずっと指輪を見つめて、ため息ばかりついてる……」

 

あたしたちは、マリアの事が大好きデス。いつも優しくて、かっこよくて、綺麗で……あたしたちの事を世界で一番愛してくれている……そんなマリアが大好きデスッ!

だからこそ、マリアには絶対に幸せになってほしい……あの人が出て行った方がマリアは幸せだって、調は言っていたけれど……少なくともあたしの目には……

 

「調……マリアは全然幸せそうじゃないデス……」

 

「マリアは、あの人と少し暮らして、情が移っただけ……今はそうでも、そのうち……」

 

「でもマリアのあの顔を見てると何だか胸がぎゅっとなって苦しいデスッ!」

 

「でも……」

 

「それにッ!」

 

調の冷たい頬にそっと手を添える……。調のルビー色の瞳がまっすぐに、こちらを見上げる……。

 

「調も、最近すっごく元気がないデス……そんなの、そんなの良くないデス……」

 

「切ちゃん……」

 

マリアは日ごとに元気がなくなっている、そんなマリアに罪悪感を感じているのか、最近は調の顔まで曇ってきているのデス……。だから……

 

「あたしに……あたしに任せるデスッ!!」

 

立ち上がって、胸を叩く。大好きな調やマリアの笑顔は、あたしが必ず取り戻すデスッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切ちゃん……何やってるの?」

 

「デデデデース!もちろん、ヒモが落ちてないか、探してるデス!!」

 

公園までやってきて辺りを見回す。確か、マリアはこの辺でヒモを拾ったと言っていたから………きっと近くに似たようなヒモが居るはずッ!!我ながら冴えてるデスッ!!

 

「……切ちゃんって、やっぱり切ちゃんだね」

 

「そ、そんなに褒めても何も出ないデスよ調~」

 

調に褒められてつい嬉しくなって頭を掻く。

公園には子供やおじいちゃん、主婦の方々はたくさんいるが……

 

「ムムム、思ったより「ヒモ」は落ちてないデスね……」

 

「あのね、切ちゃん、ヒモっていうのは、普通どこかから拾ってくるわけじゃなくて……」

 

「デデデデスッ!あっちに良い感じの人材が!」

 

「え?」

 

あたしの指さした段ボールハウスに住んでいるおじいちゃんを見て、調の顔からサ~っと血の気が引いていく。

 

「あ、あれはダメッ!」

 

「デス?じゃあ、アッチなんてどうデスかッ!?」

 

今度はベンチに座って鳩に餌を撒いているおじさんを指さすと、ブンブンと首を振る調……。

 

「じゃあどういう人なら良いデスかッ!?」

 

「それは……そう、切ちゃんのお義兄さんになって貰っても良いと思える人」

 

「あたしのデスかッ!?」

 

なるほど、お兄さん。むむむ、考えたこともなかったデスッ!

お兄さんなら、優しくて一緒に遊んでくれるような人が良いデスね、例えば……。

 

「この前、出てった人、とか」

 

「……」

 

「じょ、冗談デスッ!!じょうだ……「うん、そうかも」へ?」

 

調はあたしの言葉を聞いて何かを確信したのか、あたしの顔を見てうんうんと頷いていた。あたしには調の言葉の意味はよくわからなかったけれど、調は悩みが吹き飛んだみたいな、清々しい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ありがとうございました~」

 

そうお礼を告げると店内のお客さんが居なくなったのを見て、安堵する。

クリスを遊園地に連れて行きたくて、俺は、午前から昼間にかけて、近くのコンビニでバイトを始めることにした。初めは、働いて誰かの顔を見ただけで吐き気を覚えていたが、それを飲み込んで、クリスの笑顔を思い出して働いた。それに……キチンと働くのは、マリアとずっと約束していたことだったから。

 

「いらっしゃいませ~」

 

新しいお客さんが来たのを見て煙草の補充をやめてレジに向き直る……まだ、人の顔はうまく直視できないでいた。

 

「ジュンプください」

 

「はい、ジュンプですね」

 

レジに積まれていたジュンプを一冊取り出してバーコードを読み取る。そうだ、ポイントカードを持ってるか聞かないと……そう考えていると先にお客さんの方から声がかかる。

 

「これは週刊で間違いないわよね」

 

「え、あ、はいそうですよ」

 

「良かったわ。週刊じゃないと不貞腐れちゃう人が居るのよ」

 

「ははは」

 

まるで俺みたい人だな……って。この声ッ!!?

バッと顔を上げる。ピンク色の猫耳風ヘアーに、抜群のスタイルを誇る凛々しい女性……。

 

「ハロハロ?相変わらず鈍感ね。君は」

 

「マリア……ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたとここで話すのは、これで2度目ね」

 

「そうだな」

 

公園のベンチに二人で腰かける。ずっと会っていなかったのに、つい昨日もこうして二人でこうしていたような、そんな不思議な気分である。

会って話したら、もっと怒られるのかと思っていた……けれど、マリアは今のところすごく落ち着いていて、それが少し不気味にも思えた。

 

「どうしてあそこが?」

 

「切歌や調が教えてくれたのよ。あなたの事を、探してくれていたみたい」

 

「切歌ちゃんたちが?」

 

……あの二人がどうして俺の事を……?

 

「きちんと働き始めたのね」

 

「あ、あぁ。その、アルバイトだけど」

 

コンビニのバイトなんて、マリアの仕事に比べればあまりにもちっぽけすぎて自分で言っていて可笑しかった。けれど、彼女はそれを聞いて、偉いわ。と母親のような優しい微笑みを浮かべていた。……何だか、少し、泣きそうだった。

 

「私と居たら、こうはならなかった……私があなたを、駄目にしていたのかもしれない……」

 

「なッ!?そんなわけないだろッ!」

 

思わずマリアの手を持ってそう叫ぶ。

俺がこうしてまた働けるようになったのは、間違いなくマリアのおかげだ。彼女の歌が、優しさが、勇気が、俺をどれだけ助けてくれたのか。

マリアは驚いたように目を見開いていたが、お構いなしに言葉を続ける。

 

「ただ俺は……怖かったんだ」

 

「怖い?」

 

「だってマリアは、優しいし、器量も良いし、美人だし……それに比べて俺はなんていうか、冴えないし、働いてすらなかったし……」

 

言っていて自分が情けなくて仕方がない。本当に、どうして俺なんかがマリアと一緒に2カ月も住んでいたのだろう……。

 

「……でもとても温かで、人の痛みや悲しみを感じてあげることができる優しい人」

 

「マリア……?」

 

そういってマリアは、俺の事をゆっくりと抱きしめた。

何が起こっているのか理解するのに、数秒かかった。ただ、柔らかくて、マリアの心臓の音が早くて、良い匂いがする……。

 

「あなたが何者かとか、何をしているかとか、そんなことは重要じゃないのよ。ただ私は……」

 

ウーウーウーッッ!

 

ッ!これは……!?マリアの声を遮って、乾いた空にサイレンの音が鳴り響く。

地震や火事の類じゃない、これは、これは、もっと恐ろしい……。

 

ペタンペタンペタンと、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。

バクバクと、心音が早くなり心臓が飛び出してしまいそうだった。頭は真っ白になり、目の奥はぐるぐると回って今にも意識がぶっ飛びそうだ……。

 

逃げないとッ!早く、早く逃げないとッ!!

気が付けば、当たり一面に奴らが現れて、逃げ出す人々の大波が出来ていた。

 

「ママー!どこー!!?ママー……ッ!?」

 

「ッ!!?」

 

公園で遊んでいた子供の一人なのだろう。小さな女の子がぬいぐるみを持ったまま公園の中央で叫んでいた。

しかし、必死に走る人たちにそんな小さな声が、聞こえるわけもなく……。

 

早く走れ、逃げろ。安全な場所へ。マリア?……クリス?

 

膝がガクガクと笑う。頭の中がぐるぐるする。そのたびに、昔の先輩の遺族や、社員たちの顔が浮かんでは消える……。

 

「ママーッ!!」

 

俺は、マリアを置いて駆けだしていた。その少女に向かって、一直線に。20mほどの距離だったのに、走ろうとしているのに。だんだんと、腰が引けてきて。身体が沈みそうになったのに、踏ん張って走った。足の筋を、痛めたようなきがする。けれど。

 

「こっちだッ!」

 

と少女にたどり着き、手を差し出す。が、同時に、すぐそこまで、あのおぞましいオレンジ色の体が……ッ!?少女を抱きしめ、背を向ける……。最期の時が、迫る……その時聞いたのは……

 

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron……♪」

 

 

 

慈愛に満ちた、マリアの歌。

目を開くと、そこには先ほどまで迫っていたノイズはおらず、代わりに炭となったやつらの亡骸……。

 

「私も……ずっと怖かった」

 

真っ白なボディスーツ。

 

「あなたに本当の私を見せることが。当り前の今を壊すことが……」

 

銀色のガントレット、白銀の刀身……

 

「けれど、臆病なあなたが見せてくれた勇気に、私は全身全霊をもって応えたいッ!!」

 

そこに居たのは、まぎれもなく白銀の鎧を纏った、マリア・カデンツァヴナ・イヴだった!

彼女は戦いながら歌っていた。鮮やかに宙を舞い、剣舞のように華麗にノイズたちを屠っていく……。俺は、そんな暇はないと頭の中では思っていたが、マリアのその美しい姿に魅了されていた。

 

「デース!そこのけそこのけデスッ!」

 

「切ちゃん、あんまり油断しないでッ!」

 

ッ!?茂みから飛び出してきたのは今度は切歌ちゃんに調ちゃん!?

さらに、空からミサイルが飛んでくると弾丸が炸裂したような爆発音が響いてくる。

 

「クリスッ!?」

 

「……良かったじゃねーかッ!元鞘に収まって、よッ!!」

 

パンパンッと、彼女が俺に向かって弾丸を発砲するッ!

わけがなく、どうやら後ろに迫っていたノイズを倒してくれたようであった。いや、まて、ノイズを倒しただってッ!!?

 

「いざ、参るッ!!」

 

「とりゃあああぁぁッ!!」

 

続いてバイクに乗った翼さんに、その後ろに乗ってたなんか知らない子……。い、一体何なんだッ!?この人らッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママーッ!」「アキちゃんッ!」

 

ガシっと、親子が再開のハグを果たす。それを見て、ほっと脱力したのもつかの間、目の前には……私服姿に戻っている、マリアが……。

 

「ごめんなさい、黙っていて。私……「ありがとう」ッ!」

 

「ありがとう、マリア。これで2回も助けられちゃったな」

 

そう言って笑うと、マリアは眉を下げて、目をウルウルとさせながら俺に飛びついてきたッ!?お、おいッ!?なんか、見られてる、見られてるからッ!!?

 

「……」

 

「雪音?どうかしたか?」

 

「べッつにッ!何でもねぇッ!」

 

(なんだよ、結局、こうなるのかよ……だったら、初めからあいつの事なんか……)

 

「何々?これって、どういう状況ッ!?調ちゃん!?切歌ちゃん!?」

 

「そうデスね~……端的に言うと……」

 

「わたしたちに、妹か弟ができる日は、近い」

 

「ええぇぇッ!!?」「妹か、弟、だとぉぉッッ!!?」「なんデスと~ッ!!?」

 

……何だか周りが騒がしい。マリアの様子もだいぶ落ち着いてきたのか、一度抱き合っていたのを引き離し……あ!!?

 

「こ、コンビニが、ぶっ壊れてる……」

 

「え?」

 

どうやら、先のノイズの襲撃で、コンビニは倒壊してしまったらしい。幸い、店長らしき人が何やら同意書にサインをしているようなので、命は無事だったみたいだが……。

 

「まだ給料もらってなかったのに、俺の働き口が……」

 

そう絶望していると、目の前のマリアが何かを思いついたのか悪戯っぽく笑う。

 

「……なら、貴方にピッタリの仕事を紹介してあげるわよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「マリア、今日は一段と良いライブになったな」

 

「そうね」

 

そう答えたマリアであったが、まるで心ここにあらずといった風に、わたしのことは眼中にないようであった。

 

今日の彼女はまさに獅子奮迅の働きで、過去に類を見ないほどの圧巻のライブとなった。わたしもライブには出たがほとんど介添人のようなもので、今日の主役は間違いなく彼女であった。

 

その彼女だが、先ほどから視線を何度も宙で泳がせ膝を小刻みにゆすり、とても落ち着きがない。とはいえ、今回ばかりはわたしも事情を知っているのだが、それは……。と、ドアの前にわかりやすい足音が止まり、ノックが2回聞こえてくる。それを聞くと、先ほどまで落ち着きのなかったマリアの顔が面白いようにピシッと引き締まり、凛々しくどうぞ、なんて声を出す。こちらは笑いの虫をこらえるので必死であった。

 

「失礼します。えーっと、お疲れさまでした。マリア、さん、翼さん」

 

「ええ、お疲れ様」

 

スーツを着た彼が入ってきたのを見て、マリアの顔が一瞬緩み、目がキラキラと輝く。しかし、彼女なりにアーティストとしてのプライドがあるのだろう。特に何もそのことに触れることなく、会話を進めていく。

 

「えーっと、この後、マリアさんはライブ後の打ち上げとなり、これで本日の予定は終了となります」

 

「断るわ」

 

「……え!?」

 

「打ち上げなんて、面倒くさいもの、断るといったのよ」

 

マリアの毅然とした態度に、思わず言葉を失くしているらしい彼。

 

「いや、でも参加してもらわないと……」

 

「なら、「私の優秀なマネージャー」であるあなたは、一体どうするのかしら?」

 

ニヤニヤと頬を緩めながら意地悪を言うマリア。

そう、彼はあれから再就職先としてマリアのマネージャーとなることを選んだようであった。もちろん、危険が伴うこともあるので、みっちりと、緒川さんに何か叩き込まれていたが……まだまだ経験浅く、マリアの求めるような返しは出てこないらしい。

 

「マリアが参加したくないなら、断る、か?」

 

などという結論に至った。

それに慌てたのはマリアである。

 

「そ、それは駄目よ。ちゃんと、参加するわ」

 

「そ、そうか?良かった」

 

「そこは、少し強引にでも私が参加したくなるような何かを示してほしかったわね」

 

「そんなこと言われてもなぁ……」

 

「じゃあ、今晩あなたが私をディナーに連れて行く、というのはどうかしら?」

 

彼のそんな姿を見て、更に意地悪な発言をするマリア。ここまで子供っぽい彼女を見るのは斬新だ。

 

「え?あぁ、そのくらい、マリアとならいつでも」

 

彼の無意識にはなった必殺の一撃がマリアを襲う。マリアは一瞬で顔を赤くさせると、身悶えし始めたようである。それを心配する彼……。

 

「緒川さん……しばらく、あの二人とは仕事がしたくありません」

 

「ダメです。翼さん。次はお二人で格付けチェックに出てもらいますから」

 

っく!!何のつもりの当て擦り……ッ!見ているこちらが火傷しそうだ……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この磯の香り漂う味わい……ッ!間違いない、Bが正解の特上寿司だッ!』

 

「で」

 

「ん?」

 

「なんでお前、まだここに居んだよッ!?」

 

熱い夏の真昼間だというのに、大きな大きなクリスの声が耳元に響いてくる……。

 

「ズズル…いや、だって、他に行くところないし……」

 

「は、はぁッ!?何寝ぼけたこと言ってやがるッ!か、彼女の家に行け、彼女のッ!!」

 

「彼女なんて居ないのに、どうやって行けっていうんだよ」

 

ズルズルルっと素麺をすする。

もしかして、マリアの事を言っているのだろうか?だとしたらお門違いも甚だしい。マリアは俺にとって大切な恩人でビジネスパートナーではあるが、恋人何てのはあまりにも恐れ多い。それをそのままクリスに伝えると、信じられないものを見る目で俺の事を見ていた……なぜ。

 

『このまろやかさ。Aが本当の特上寿司ね。Bは味が淡泊すぎる、回転ずしのものではないかしら?』

 

「な、なら……アタシニモチャンスガ…」

 

「ん?なんて?」

 

「……ッ!だーもうイイッ!好きにしろよッ!」

 

何故か顔を真っ赤にしてズルルルと、素麺をすくって一気に喉奥まで流し込むクリス。う、うめーじゃねーか、コレ。何て言って顔を綻ばせてくれると、作った甲斐があるというもの。

 

『おめでとーございます!正解はAです!』

 

「なぁ、クリス。今度行きたいところがあるんだけど……」

 

箸をおいて一つ提案をする。

 

「ふぁんふぁよ?」

 

「実はこの前給料が出て……」

 

与えられるばかりの俺だったが、ここからは、少しずつ彼女たちにもお返しをしていこう。そう改めて決意した。

 

それはそれとして、手に持っている3枚のチケットがまた波乱を巻き起こすのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった  完

 

 

 

 

 

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