青薔薇に憧れて   作:天澄

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その青薔薇に憧れて
#1.始まりの熱


「ライブぅ?」

 

 耳に付けたイヤホンから聞こえた突然の友人からの誘いに、思わず疑わしげな声を上げてしまう。

 

 目の前のモニターでは、動きの止まった自分の操るキャラが、ボイスチャットを繋げた友人が操るキャラにフォローされている様子が映し出されている。

 そのことに軽く礼を告げつつも何だよ急に、と続けて友人に問う。

 

『何でそんなに疑わしげなんだよ』

 

「いや、だって野郎2人でライブなんて行ってどうすんだよ。女誘えよ」

 

 そう友人に向かって言えば、友人はやけに悲しげに溜息を1つ吐いて、悲しげなトーンのまま口を開く。

 

『皆、予定あるんだってさ……』

 

「ああ……」

 

 その言葉に納得すると共に、とりあえずドンマイと一言添えておく。要するに、一緒に行く相手がいないため仕方なしに、自分にお鉢が回ってきたということらしかった。

 

 一応、友人からライブの日付を確認し、予定が空いていることを確認する。特別音楽に興味がある訳では無いが、今まで深く関わったことのない分野であったため悪い話ではない、とチケットも勿体ないため参加するのには前向きであった。

 

「で、いくらだ?」

 

『お、来てくれるんか。チケットは元々行けなくなった人から最近譲り受けたやつだから金は要らんぞ』

 

「マジか」

 

 金がなしでいいという点に驚きつつも、確かに当日近くになってから譲り受けたものであれば、他人と予定を合わせるのも大変だろう、と女性を誘えなかった理由を理解する。

 実は嫌われていた、という可能性もあるが、この友人に限ってそんなことはないだろうと判断を下す。

 

「ちなみにさ、なんてグループのライブ?」

 

『Roseliaっつう女子高生のバンド。一応、分類的にはアマチュアかな?ただかなりの実力で、かく言う俺もテレビに出てるようなバンドよりも好きだったりする』

 

 へぇ、と友人の言葉に返事をし、ゲーム内での安全を確認しながらもう一つのモニタの方で検索エンジンを立ち上げ、軽くRoseliaというバンドについて調べてみる。

 どうやら自分が住む地域が主な活動の場という、少し狭い活動範囲でもネットで話題になるほどの実力を持っているらしい。動画サイトの方で曲を軽く聞いてみても、比較的好みの曲調であったし、これは意外と楽しみなイベントかもしれないと少し期待する。

 

「……悪くないな、うん」

 

『お、お前がそういうなんて珍しいじゃん。音楽とか興味あるんだっけ?』

 

「いや、別に。気に入った曲があれば聞くぐらいだよ。わざわざグループとかを追っかけたことはない」

 

 確かに自分にしては珍しい反応だったかもしれない。基本的に何事にも熱くなれないというか、夢中になれない質だ。

 今やっているゲームだって、付き合いで始めて惰性で続けているだけでしかない。そんな中で曲だけではなく、グループ自体に興味が湧いた、というのはかなり珍しい事例だった。

 とはいえ今のご時世音楽グループなど大量にいる。センスが近くて出す曲の多くが気に入るバンド、というのも一つや二つくらいあるだろう、と深く考えることはしなかった。

 

 

 

 

「―――ちょっと、早過ぎたか?」

 

 Roseliaのライブが行われる当日。

 その会場から少し離れた公園が友人との待ち合わせ場所であるため、着いてすぐに辺りを見回したがどうにも、早く着きすぎたらしい。友人の姿は見えないし、そもそも腕時計で時間を確認すれば、集合時間の15分前であった。

 元々、5分前行動が基本であったが、それ以上に早く来てしまうとは自覚していた以上に、このイベントを楽しみにしている自分がいるらしい。大学の春休みに入ってから久しぶりの買い出しなど以外での外出であるため、少し浮かれているのかもしれない。

 

 少し落ち着こうか、と近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買ったあと、ふと近くの建物のガラスに映る自らの姿が目に入る。

 整髪料で逆立てられた黒髪。切れ長の目にシャープな形状の顎。水色のTシャツの上から七分袖の白のシャツを着た体は適当な運動しかしていない割には中々いい体格をしていると思う。背丈もそれなりにあるし、我ながら中々のイケメンだな―――なんて思いつつもどうしても気になってしまうのはその()()()()()だ。

 

 それほど親しくない人や、こちらに好意を向けてきたような女性は大体気づかない。だが親しくなればなるほど、それこそ待ち合わせしている友人や幼馴染といった自分、すなわち藍葉(あいば)悠一(ゆういち)という男が()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを知っている人間ほど、こちらの目を無気力だと評することが多かった。

 特に、誰よりも自らの性質を理解している自分自身は、それが顕著であった。

 

 別に何か特別なことが過去にあったわけではない。ただただ単純に、今まで触れてきたことの中に、自分が夢中になれるものが一切なかったというだけ。

 まぁそのせいでまともに努力をしたことがなく、真面目な人間というか努力家な人にはよく嫌われているのだが。特に幼馴染の一人に嫌われたのはショックだった。

 

「お、早いなもう来てたのか」

 

「ん、おいっす。別にちょっとだけだけどな」

 

 過去のことを思い出し、少しばかり心にダメージを受けているところに友人―――(いぬい)翔馬(しょうま)がやってくる。

 肩口ほどで切り揃えられた茶髪に赤いバンダナ。こちらより少しばかり高い背丈。軽く笑みを浮かべた顔は実際の性格はともかくとして、かなり理知的に見える。

 これで中身も賢ければ好青年であるのだが、天は二物を与えずなのか、実際のところは楽しいこと大好きな、どちらかと言えば阿呆に分類される性格であった。

 

「さて、じゃあ会場行くか」

 

「あいよ」

 

 合流し道路沿いを翔馬と適当に会話しながらライブ会場へ進む。

 ライブ会場に縁がなかったため、あまり通ったことのない道につい辺りに視線をやるが、所詮街中の中規模ライブハウスであり、周辺にまで広告などを張り出しているわけでもない。特に代わり映えもしない街並みに、意識を翔馬との会話に戻す。

 

「いやー、しかし今日はお前が来てくれてよかったよ。俺かなりRoseliaにハマってるんだけど、周りに知ってるやついなくてさぁ……」

 

「ようやく話す相手ができるってか?」

 

「そうそう!野郎なのが難点だがそこは致し方無し!実はギター始めたのもRoseliaに影響されてだし、一人でも話せる相手がいるのはデカい!」

 

 身振り手振りを交え揚々と語る翔馬に、呆れから苦笑を向けつつ、同時に内心で羨ましいとも思う。

 翔馬は自分と違い熱中できるものがある人間だ。

 趣味で筋トレと、このライブの誘いを受けた時にもやっていたネトゲ、そして最近はギターだ。自分が今惰性で続けていることは、大抵翔馬に誘われて始めたものであることもあって、夢中になれるものを楽し気に語る翔馬は、その点においてだけはどうしようもなく羨ましいと感じる相手であった。

 

「む、どうしたこっちをじっと見て」

 

「ああ、いや、その……なんでもない」

 

「……すまない。俺の恋愛対象は女なんだ。例え親友のお前であってもその想いに応えることはできない……!!」

 

「いやそういう視線じゃないから。オメー俺に彼女がいるの知ってるだろ」

 

「彼女持ちが、ペッ」

 

 イラッとしたので腹に一発叩き込んだりしていると、ライブ会場に着いたため中に入る。

 既に多くの人が来ているが、チケット制ということもあり動けないほどの人混みというわけではないので、翔馬に誘導されるまま人の間をすり抜けて会場の後ろの方へたどり着く。

 

「……?いいのか、こんな後ろで」

 

「おう、お前はライブ初参加だろ?だからとりあえずはここら辺で見とけ。指定された席とかそういうのはないから途中でテンションが上がったりしたらその時に前に来ればいい」

 

「りょーかい」

 

 前と比べて人口密度の低い現在地は、ライブイベント初参加の自分には活動しやすくあった。しかし話によると何度かこういったイベントに参加している友人的には後ろはつまらないのではないだろうか。

 そう気になり質問すれば、返ってきたのはこちらを気遣う答え。基本ノリがバカのくせに、こういうところで気が利くから嫌いになれないし、未だに友人関係が続いている。

 

 

「じゃあ俺は前行ってるな」

 

「おーう」

 

 翔馬を見送って一息吐く。

 翔馬には申し訳ないが……自分が前に移動することはないだろう。テンションが上がるほど熱中できるなんて、そんな期待はしていない。

 ただまぁ、適度に楽しめるのではないかとは、多少期待している。いずれにせよ、真剣に楽しみに来てる人には失礼な話だな、と自嘲の笑みを浮かべる。

 

 開演まではまだ少しだけ時間があったので、SNSでライブ参加のことを呟きつつ、TLを追って時間を潰す。

 途中、ネトゲの知り合いからリプが飛んできたので、そちらにも返しておく。

 

「しかし丁度同じ日にこの人もライブねぇ……もしかしたらこの会場にいたりするのかね」

 

 なんて、ありえないかと一人笑う。日本は広いのだ、今日ライブをやっているところなど小さな規模を含めれば、かなりの数になる。

 あるいは出演側、なんてことも考えたが相手はかなりこのネトゲをやり込んでいる人だ。時間が足りないだろう、と偶然出会うなんて可能性を切り捨てる。

 

 そんなくだらないことを考えているうちに、時間が来たのか会場全体の光が絞られる。ステージ上では人影が動き、何となく素人なりに楽器が構えられたのを理解し、静かな会場にドラマーのカウントが響き。そして―――

 

 

 

 

 ―――言葉を失った。

 

 

 

 

 開幕と同時、言葉もなく始まったのは全体的にテンポのいい曲。曲名が思い出せないのは数回程度しか聞いていないからか、はたまた自分が飲まれてしまったからか。

 どうにも……思考が定まらない。風邪をひいて熱に浮かされるような感覚、とでも言うべきか。

 

 ……気づけば一曲目は終わっていた。いつ終わったのかは定かではないが、音と、それを演奏する情景ははっきりと思い出せる。

 自分はどうしたのだろう、と疑問に思うも、続けて始まった二曲目に再び意識が持っていかれる。

 

 二曲目も、一曲目の勢いを維持するかのような激しい曲だ。だが一曲目に比べればいくらか、自分の心には余裕が生まれていた。とは言っても、後にして思えばほんの些細なものではあったが。

 少しばかり落ち着いた思考で演奏するバンド、Roseliaを見て、自分はただ曲に飲まれただけではないことを自覚する。曲もそうだが、Roseliaが放つ空気に、自分は飲まれたのだ。

 ただひたすらな真剣さ、と言えばいいのだろうか。音楽に対する熱意、向上心……いっそ執念とでも表現すべきものが、ひしひしと伝わってくる。

 

 なるほど、これは翔馬もあてられてギターを始めるわけだ、と納得する。確かに今まで何かに打ち込む人々は見てきた。それを羨ましいと思うこともあった。だがこれは、Roseliaの歌は違う。

 きっと、真剣さが今まで見てきた人たちよりもRoseliaのメンバーの方が上だとか、そういうことじゃない。

 これはその真剣さが込められた対象の問題。Roseliaのメンバーの熱意は、音という明確な形をもってどうしようもないほどに聞き手へ、自分へ叩き付けられた。

 

 ああ、こんなの―――熱くならないわけがないじゃないか。

 

 初めての感覚に戸惑うところはある。だがそれ以上にその今までにない感覚、興奮に夢中になっていく。

 自分の中で膨れ上がる熱を抑え切れない。そして何よりも。自分はあの美しい歌声を奏でる気高き歌姫に―――

 

 ―――――――――――――――

 

 ――――――――――

 

 ―――――

 

「―――ち、―う―ち?」

 

「――――――」

 

「―――おーい、悠一?」

 

「……え、あ?」

 

「おー、やっと反応した。もうライブ終わったぜ?」

 

「え、あれ……そう、だな」

 

 気づけばライブは終わっていた。

 まるで意識が飛んでいたかのような感覚であったが、確かに、Roseliaの演奏を見ていた記憶がある。ただどうにも実感は伴ってこなかった。

 

 既にライブ会場から人は帰り始めており、来た時の半数ほどまで減っているように思える。自分たちも早く帰るべきだろうか、と翔馬の方を見れば興奮冷めやらぬといった感じで、ここに留まってしばらく語りたそうなことが如実に伝わってきた。

 そして自分も、未だに胸の内に感じる仄かな熱にどう対応したらいいかもわからず、この場で少し落ち着くのを待つのもいいように感じた。

 

「どうだった、どうだったよRoseliaのライブは!お前も凄く感じなかったか?」

 

「……ああ、そうだな。うん、素人の俺でも凄いって感じた」

 

「だろ!?」

 

 いやー、分かってくれるか、なんて何度も頷く翔馬に苦笑しつつ、こちらの変化には気づいていないことに安堵する。

 この友人は妙なところで敏いのだ、今はライブの興奮で気づいてないようだが、普段であれば間違いなくこちらの違和感に気づいただろう。

 

 そこまで考えて、ふと何故気づかれたくないのかと疑問に思う。自分自身に感じる違和感が分からないのならば、翔馬に相談するのも一つの手のはずだ。

 頭の冷静な部分ではそう考えるのだが、どうにも感情がそうさせてはくれず、まずは一人でこの感覚に整理を付けたいと訴えていた。

 

「中でも俺はあのギターの氷川紗夜って人が特に気に入ってて!彼女の演奏が切っ掛けでギター始めたんだけど、ギターを練習するようになって改めて聞くとその正確さがとんでもない基礎の上に成り立っていることを理解できるようになってだな!」

 

「そっか、そういうもんなのか」

 

「……なんだよお前。なんかいつもより淡白じゃないか?さっきも反応鈍かったし……なんかあったか?」

 

「ん……いや、別に何でもないよ」

 

 流石に露骨すぎたか、と自分自身の分析に回していた思考を翔馬との会話に戻す。深く考えるのは帰って一人になってからにしよう、と一先ず思考に蓋をする。

 

 ある程度落ち着いてきたところで、改めて周りを見れば先ほどよりもさらに人が減っている。自分たちのように、ライブの興奮のまま話し込んでる人が数人残っている程度だ。

 このまま、ここに居続けるのもよくないだろうと判断し、まずはライブ会場を出ることにする。

 

「それより翔馬、まずはここから出るぞ。語るならファミレスかカフェにでも移動しよう。このままここで立ちっぱなしってのもキツい」

 

「っと、確かにそうだな。スタッフの片づけの邪魔にもなるし。とりあえず近場で適当なとこ探そう」

 

 そう言って歩き出した翔馬を追って、出口まで向かう。既に人は少ないため余りにもあっさりと、出口へ辿り着き、どこか名残惜しさを感じてしまう。

 ―――出口から出る時。何とはなしに見たステージ。その瞬間、胸の中の熱が一瞬大きくなったように感じた。

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