さて、とメモ帳とペンを用意しながら呟く。目の前のテーブルには先ほどリサと二人で作ったお菓子が存在しており、それを挟んで向かい側にはリサが座っている。お菓子自体はRoseliaへの差し入れとして別にいくつか確保したのと、夕飯までの時間もあってそう数は多くない。だからあまり勢いよく食べればすぐなくなってしまうので、ゆっくりとしたペースでリサと二人、お菓子を食べていく。
用意したメモ帳は、歌の練習の際にも使っているものなのでお菓子の欠片などで汚さないように気を付けつつ、何についてのメモか簡単な表題を記入する。
「というわけでリサ、湊さんにアピールするにはどうしたらいいか教えてくれ」
「いきなり他力本願かー……」
呆れたように呟くリサだが、しかし待ってほしい。相手はあの湊さんである、ということを考慮してなければならないのだ。普通の女の子相手であれば自分一人でもアピールはできるし、他人に協力を頼むとしても好みを探る程度である。だが、である。
「あの湊さんだぞ?どうやったらこっちを男として意識するか、まったく見当がつかない……」
「あー……まぁ友希那はねぇ……」
今まで何もしてこなかったわけではない。だが湊さんのあの音楽への真剣さ、それを無下にするような対応はできないため、必然的に練習時間はアピールなんかする暇もなく全力で練習に打ち込むしかなく、自分と湊さんの関係性では普段連絡をとるとしても話題にしていい反応が返ってくるものなど結局音楽関係しかない。つまり、音楽でしか湊さんとの繋がりがないのだ。
「というかそもそも、今湊さんの俺に対する認識ってどんなもんなの?」
「んー……そうだなぁ……」
少なくとも、恋愛対象として見られていないのは自覚していた。彼女は練習の際、姿勢の修正などで何の躊躇いもなくこちらに触れてくるのだ。流石に異性として意識していればそこまでほいほい触ってくることはないだろう。だから嫌われてはいないが、恋愛対象ではないというのが自分の予想であった。
と、いうのをリサに語って聞かせれば概ね間違っていない、と返事が返ってくる。間違っていてほしかった、と若干がっかりしつつも、でも、と続けられたリサの言葉に反応して意識をリサへと向ける。
「恋愛対象ではないけど、将来有望な弟子としては気に入ってるみたい。悠一さんの練習メニュー考えてる時とかけっこー楽しそうだしねー」
「うーん、複雑……」
単純に師匠に認められているというのは嬉しいのだが、だからこそそこから男として意識されるのが難しいとも考えられる。まずは何にせよ、こちらのことを意識させなければどうしようもない感じだろう。
「なんかいいアイデアない?湊さんにこっちのことを意識させるさ、素敵アイデア」
「そんなのあるんだったら最初に提案してる」
それもそっか、と後ろに倒れ込む。自分は今、一人暮らしではあるが、住んでいる場所は父方の祖父母の離れだ。だから家賃無しのくせに無駄に広く、こうして倒れ込んでも全く問題がなかったりする。リサも最初に来た時には驚いていたものだ。
しかしそんなリサも何度かうちに来ており馴染んできたのか、倒れ込んだこちらを見て仕舞われていたクッションを取り出して放り投げてくる。
「お、さんきゅー」
「もー、だらしないなぁ……」
「自宅だからいーの」
キャッチしたクッションを枕にしつつ横になる。こちらの人間性を向こうはある程度把握しているため、今更リサ相手に取り繕う気は全くなかった。
「考える気あるの?」
「きっとリサがいいアイデア出してくれるって信じてる」
「この……」
イラッとした様子のリサであったが、その直後、あ、と何かに気づいたかのような声を漏らす。もしかして何か閃いたのか、と期待が生まれたために体を起こしテーブルの上のメモと向き合う。
「悠一さんもRoseliaの合宿きたらいいじゃん。歌の練習もできて友希那にアピールする機会も増えて一石二鳥!」
「あれ、湊さんから聞いてない?俺と翔馬、その話断ったぞ」
「え、うそ!?」
それはそこそこ前に既に湊さんからされていた提案だったのだが、断ったのをどうやら湊さんは他のメンバーには伝えていなかったようだった。というかそもそも、湊さんは他のメンバーに話を通さずにこちらに提案してきていたのか。反対するメンバーはいないだろう、と判断されたのであれば嬉しいところではあるのだが、流石に無報告はマズいだろう。報連相は大事である。
「えー、なんで断ったのさー」
「まぁたまには俺たちのこと気にせずにRoseliaの練習に集中してほしかったのが一個」
「そんなの気にしないのに」
「湊さんにも似たようなこと言われたよ。……ただまぁ正直重要なのは他の理由」
「他の理由?」
オウム返しに聞いてくるリサにそうそう、と頷いて返す。自分と翔馬の個人的な理由なのだが、譲れないポイントであったためにどうしても、と断った理由があった。
「―――夏休み中に、自分たちのバンドの練習に入る」
それは、翔馬と相談して決めていたことだった。もし夏休みにメンバーが揃いそうもなかったら、Roseliaにも協力して探してもらうつもりであった。幸いにも、ベースとドラムは見つけたし、キーボードも自分が頑張れば多分、元カノが協力してくれる。また痛み始めた胃を抑えながら、もうすでに自分たちのバンドを組めそうな段階まで来ていることを改めて細かなことまで伝えていく。
「湊さんにもこの話はしてて、その上でそういうことであれば確かに折角の長期休暇だから自分たちの練習に入った方がいい、とも言われた」
「そっか……そういうことなら、仕方ないね」
その事実を聞いて寂しそうな顔をするリサに、自分もRoseliaメンバーに馴染んだものだな、と苦笑する。他のメンバーもきっと、同じように寂しく思ってくれるのだろうし、あの湊さんですらも、この話をした時に少しばかりではあるが瞳が揺らいだのを覚えている。それは嬉しいことではあるのだが、だからと言ってこの決定を変えるわけにもいかない。Roseliaの練習に参加する機会が減るのはどうしようもないことだった。
「まぁ俺自身の技術もまだまだだから、Roseliaの方の練習に混ぜてもらうことがなくなるわけじゃないしさ」
「うん……」
「それに俺とリサは個人的な友達だからな。湊さんを振り向かせるのに協力してもらわなきゃいけないんだから、今後も会う機会は多いさ」
「……うん、そうだよね。悠一さん一人だといつまで経っても友希那に男性として意識されなさそうだし」
「おい、どういう意味だ」
寂しさ全てを紛らわすことができたわけではないだろうが、それでも笑顔を浮かべいつものノリに戻ったリサにバレないように安堵の溜息を吐く。寂しそうなリサを見るのは辛かったし、そもそも寂しいのは自分もなのだ。Roseliaの練習に混ぜてもらうのは既に自分にとって日常だったために寂しくないわけがなかった。それでも憧れに手を届かせるためには仕方ないことであったし、そこでぬるま湯に浸かるように停滞していたらきっと自分は湊さんに向き合うことはできない。だからいい機会であるために合宿にも参加せず、夏休み中は自分たちのバンドに集中するつもりだった。
「あとは単純に合宿予定日が実家帰る日と被ってて……」
「あはは、それはしょうがない」
単純にどうしようもない予定被りでもあったわけだが。
まぁとにかく、夏休みからは自分たちの練習に入り始めるのだ。それはつまり湊さんと接する機会も減るということであり。
「だから湊さんの幼馴染であるリサさんの力を借りねばキツいのだ……!」
「そんな血涙を流しそうな勢いで……」
苦笑するリサであるが、わりと切実に困っていた。今まで練習でそれなりに接する機会があったというのに全く進展がないのだ。その状況でそもそも会える機会が減るとか絶望感しかない。間違いなくテコ入れが必要であり、そのための知識を伝授してもらう必要があった。
「アタシ相手みたいにデートにでも誘ったらいいじゃん」
「湊さんが俺とのデートに応じてくれるか……?」
「こいつ、アタシ相手には堂々とデートに誘ってきたのに……」
リサがいい感じにこちらに毒されて口が悪くなってきたなぁ、と思いつつも、リサと湊さんでは状況が違う、と言葉を放つ。
「いいか?当然の話だが好きな相手とそれ以外では断られた時のショックが違う。必然話を切り出すために必要な勇気も違うんだ」
「それはつまりアタシのことは異性として欠片も意識していないと?」
「うん」
「ちょっと殴らせてもらうから」
リサに右肩を一発どつかれる。細腕の割にいいパンチをしていたせいで結構なダメージで右腕が痺れている。とはいえ煽ったのはこっちであるし、自業自得という話なので特に文句も言えずまぁ真面目な話、と話を本筋へと戻す。
「音楽以外に興味がなさ過ぎて機材とかの買い出し以外のお出かけには応じてくれなそう」
「あー……」
目を逸らすリサに、やはり勘違いではなかったのか、と理解する。時間の無駄、とまでは言わないだろうがそれより練習に充てたいとかは言いそうなのが自分の中の湊さんのイメージだった。
「本当は教えてもらってるお礼も兼ねてデート誘いたいんだけど……」
「んー……それだったら意外と友希那も応じてくれるかも」
マジで?と聞き返せばマジで、と返してくるリサ。一度買ってきてあった飲み物で喉を潤してからリサはその根拠を語ってくれる。
「それなりに渋ったりはするだろうけど、それでも筋が通ってる理由なら押せば多分デートに来てくれると思う」
「はえー……ちょっと信じられない」
「あれだよ、アタシたちが練習の時に休憩したいって言えば対応してくれるのと一緒。理屈が通ってれば流石の友希那も無下にはしないから」
確かに過去、練習においてリサと二人で休憩にしようと理屈づけて話せば対応してくれた時はあった。どうやらそれと同じように理由がしっかりしていれば湊さんをデートに誘うこともできる、ということだった。
「だから今回なんかはどうしてもお礼をしたい、しないと練習中とか気になっちゃうー、とか言えば意外といけるんじゃない?」
「……そういうもんかぁ?」
「そういうもんなの。悠一さんは友希那を憧れとして見過ぎて、ちょっと美化しすぎなんじゃない?」
そんなことは……なくもないのかもしれなかった。少なくとも自分よりも湊さんに距離の近いリサがそういうのだから、信憑性はある。もう少し、身構えずに気楽にいくべきなのかもしれない。それでも好きな人相手に全く身構えないというのは無理な話なのだが。
「もうちょっと……もうちょっとだけ気楽に……できたらいいなぁ……」
「まぁアタシは本気で誰かに恋したこととかないから、そこらへんの緊張はわからないなぁ」
それは少し意外な言葉であった。高校生にもあれば大抵の人間がその大小に差はあれど恋を経験しているものだと自分は思っていた。少なくとも自分の周りの人間はそうだった。だからてっきりリサも恋をした経験くらいはあると思っていたのだが。そのことを問いかければあー、とリサは困ったような顔で笑う。
「アタシは友希那のことが心配でそのことばっか気にしてたから……あんまり、恋とかに気を向けてる暇もなかったんだ」
昔の湊さんのこと、というとかつて孤高の歌姫と称されていた頃のことだろうか。確かに、動画で見かけたあの頃の湊さんの歌はレベルの高いものでこそあったがどこか不安定さを感じさせたように思う。きっと、最初に聞いたのがその頃の湊さんの歌であれば今のように自分が本気で音楽にのめり込むこともなかっただろう、と思う程度にはあの頃の歌は違うように思えた。
「じゃあ今は?」
「そもそも出会いがないから……」
「目の前に一人男性いるんですが」
「悠一さんは、ちょっと……ね?」
「とても傷つく言い方」
一通りコントを挟んで少しばかり真面目な方向へ流れた空気をリセットする。結局、湊さんの不安定さは既に改善し始めた過去の話なのだ。だからわざわざ今話題にすることではない。
とりあえず再び話を本題に戻し、如何にして湊さんとの関係を進展させるかを考える。
「まぁ悠一さんには頑張って友希那をデートに誘ってもらうとして」
「頑張る……」
「悠一さん、友希那とのデートプランって考えられる?」
その言葉に、少し考え込む。ざっと簡単な流れを考えてみる……が、あまりこれだ、というのは思いつかない。Roseliaメンバー全員とファミレスに行ったようなことならあるから、飲食における好みなら多少は把握している。しかし結局のところ自分と湊さんの主な関わりは歌の練習であるために音楽関係以外での彼女の趣味、というものを自分はあまりにも知らなかった。
「……駄目だ、一般的なのなら考えつくけど、湊さん向けって考えるとどれも微妙に思える」
「アタシと出かけた時みたいにウインドウショッピングとかは楽器店ぐらいでしかできないからねー。そしたらアタシがいくつか、友希那の好みを教えてあげよう」
おお、と少し身を乗り出しながらリサの言葉を待つ。もちろん、メモを取る準備も怠らない。
「―――実は友希那、かなりの猫好きです」
それは実に耳よりな情報だった。それを知っているだけでデートコースの候補にペットショップが入ってくる。他にもいくつか、幼馴染だからこそ知っていてプライバシーの侵害にならない程度で湊さんの好みを教わっていく。実に有意義な時間であり、おかげさまでデートプランも形が見える程度にはなってきた。
ある程度の情報を貰いこちらが頭の中でデートプランを練っていると、というか、と突然リサが切り出してくる。
「友希那と出かける想定でアタシと一回出かければよくない?」
「えっ」
「うん、けっこーいいアイデアじゃない?そしたら次暇な休日にでも行こっか」
「えっ」
そんなこんなで、何故か湊さんとデートするためにリサとデートすることになった。いや、リサとのデートなど今更ではあったのだが。
残念、結局友希那とのデートはまだである!
繋ぎ回の今回を経て次回、再びリサ姉とデート。友希那とのデートはその後よー。