リサと家でお菓子作りをしてから数日。互いに暇な休日が被ったために約束通り、デートに行くことになった。基本的にデートプランはこちらがたて、それを実行しながらリサの方が湊さん向けに修正を加えていくというのが今回のデートの流れになる。
毎度恒例、リサよりも早く待ち合わせ場所に来て一人SNSなどを見て時間を潰す。その最中、湊さんとデートしたい、という話なのに何故リサとデートしているのか、と一度悩んだがよく考えれば今更であることに気づき、じゃあいいかと思考を放棄する。
「―――っと、お待たせ!」
「おう、気にすんな」
流石に時期的に汗をかく程度には暑かったが、それでも本格的な夏に比べればさほどでもないので特に待たされたことを気にはしない。そもそもリサより早く着くようにしたのは自分であるので文句を言えるわけもない。
垂れてきた汗を拭うこちらを見て申し訳なさそうな顔をするリサが面倒なので、無理矢理、話を進めることにする。
「とりあえず今日はショッピングモールに行くぞ」
「また無難なところを選んだね」
そりゃそうだろ、とリサに端的に返す。なんせこのデートプランの想定は湊さんだ。しかもあくまで彼女に対するお礼のための、という名目である。となればあまり彼女の時間を奪うわけにもいかないし、そもそも丸々一日かかる内容だと湊さんにおそらく誘う段階で断られる。練習の時間が全くなくなってしまうから、とかそんな理由で断られるのが目に見えている。だから周る場所を調整すれば所要時間の加減が効くショッピングモールが妥当だと判断した。それに、である。
「お礼のためのお出かけだって言っといて、水族館とか誘えるかよ。明らかに下心があるじゃねぇか」
「あー、異性として意識してますって言ってるようなものだもんね」
あくまで師弟関係への礼であり、恋愛面の関係はないという体裁を保つためにはショッピングモール程度が丁度いいという話だった。
そんな風にデート場所の選択理由を話していたりするうちに無事ショッピングモールへと辿り着く。自分も、リサもそれなりに汗をかく程度には暑さを感じており、軽く駆け込むようにしてショッピングモールへと入る。
「涼しいー……」
「生き返るぜ……あ、スポドリ飲む」
「貰う貰う」
間接キスなど意識するほど初心でもないので、互いに躊躇いもなく回し飲みする。そうしてきっちりと水分補給を済ませてから改めて今日はどういう風にショッピングモール内を周るのか、という話に入る。
「とりあえず最初は楽器店に行くつもり」
「理由は?」
「無難だからってのが一つ。デート頭で躓いてそのあとが気まずくなるのは避けたいからな、確実に互いに話題がある音楽関係に行っておきたい」
指を一本立てながら説明すればなるほど、とリサから返事が返ってくる。何時までも入り口で話しているわけにもいかないので、移動を開始しつつ、指をもう一本追加で立ててから追加で説明をするために口を開く。
「で、もう一個は単純に用事を済ませたい。いい加減、自分の機材とか欲しいから、湊さんとのデートはそれも兼ねるつもり」
「色気がないなぁ……」
「うっせー、さっきも言ったけど色気があっちゃいけないんだよ」
「それもそっか」
そうやって話して入れば予定通り、楽器店へと到着する。流石にショッピングモール内、ということもあって些かその規模は小さく、以前教えてもらった街中に店舗を構える楽器店に比べると見劣りするように感じてしまう。ミスったかなぁ、と入り口で首を捻っていればそんなこちらに気づいたのか店内へ入ろうとしていたリサが足を止め、こちらへと振り返ってくる。
「どしたの?中入ろうよ」
「あー、や、入るけどさ。なんか思ってたより小さくて選択間違えたかなって」
ああ、そういうこと、と納得したリサと共に店内へと入る。そして続いてリサはおもむろに近くにあった値札を指さしたため、それが、という意図を込めて目線を送れば実はね、と口を開く。
「ここって江戸川楽器店に比べると安いものが多いの。それに初心者向けのものも多いから悠一さんの目的には結構あってると思うよ」
リサの解説になるほど、と納得する。言われてみればこのショッピングモールは家族向けの店舗が多い。だからこの楽器店もその客層に合わせて比較的取っつきやすいものを取り揃えているのだろう。確かにまだまだボーカル初心者である自分には向いている店なのかもしれなかった。
「そういうことなら、当日もここに行くのは決定でいいかな。ちなみに今日はどうする?買うものとかある?」
「あっ、そういえばベースの弦補給しときたかったんだ。ちょうどいいから買ってってもいい?」
その確認に肯定を返し、二人で弦が売っている場所へと移動する。そこには弦だけでそれなりに棚が埋められており、その種類の多さにギターやベースに関して素人の自分は驚くしかない。
「あはは、驚いた?アタシもベース始めたばっかの頃はどれ買ったらいいか困ったものだったよ」
「いや……そうだよな、こんだけあっちゃよくわからねぇよ」
いくつか手に取って見てみるが、袋に入っているということもあって違いなど全く分からない。例え袋に入ってなかったとしても分かりはしなかっただろう。世のギタリストやベーシストはこれらの違いが分かるのか、と妙なところで感心しながらリサが迷いもなく一つの商品を取るのを見つめる。
「俺……弦の交換って凄い面倒そうなイメージあるけど、実際どうなん?」
「んー……まぁそれなりに大変だけど、慣れちゃえばそんなに。結構パッパッとできるもんだよ?」
それはリサが器用だからではないか、と少し疑いを持ちつつも結局は何事も慣れなのか、と納得する。
一先ずリサに会計を済ませてもらい、楽器店にそう居座る理由もないので次の場所へと移動することにする。店から出て、次はどこ、と聞いてくるリサに対して予定では、と話し始める。
「書店だな」
「書店?友希那とのデートで?」
「俺が読んでる本の新刊がデート予定日に発売する」
こちらが言った理由に明らかにリサがジト目を向けてくる。確かに完全に個人的な理由であるためそんなジト目を向けられるのも納得ではあるのだが、何も考えていないわけではないのだ。故にまぁ待て、と一先ずの弁明を試みる。
「いやね、ちょうど発売日だって言えば流石に湊さんも本屋ぐらい付き合ってくれると思うわけよ。だからそこでなんとか会話を膨らませて本の好みとか聞けたらいいなー、と」
「うーん、そういうことなら……」
なんとか、微妙ではあるがリサよりOKサインが出たことでデートプランに無事本屋を組み込むことに成功する。次の新刊はだいぶ物語が盛り上がってきたところなので気になっていたのだ。珍しくできれば当日に買いたいと思う程度には。それに本屋を経由するのは別の理由もあるのでデートプランからあまり外したい場所ではない。
そんなわけで続いて書店へと向かって二人で歩く。歩く間の話題は少し前へと戻り、再び音楽の話題。
「悠一さんはさ、何か楽器演奏したりしないの?」
「実は既にやっていたり」
「え、うそ!?なになに、どのパート!?」
思っていた以上の食いつきに、若干身を引きつつも、もったいぶるように少し溜める。そんなこちらを早く早くと急かしてくるリサに、しょうがないなぁと答えを苦笑と共に発する、
「リサと同じベース」
「ほんと!?いいねいいね!実は友希那と紗夜見ててちょっと弟子がいるの羨ましかったんだ!だから今度教えてあげるっ」
本当に予想以上の食いつきだったことに驚きつつも、今度な、と少し誤魔化した返事をする。やっている、とは言ったが過去翔馬が称したように練習しても中々上達せず、下手くそ過ぎてまだまだ基礎ができていないのだ。教われる段階ですらない、という悲しい状況だった。流石にその状態ではあまり人に見せたくない。
そのため明確な約束を取り付けられる前に少し、話題の方向性をズラすことを図る。
「いやさ、翔馬と二人で背中合わせで演奏してみたいなー、とか思ってさ」
「あー、格好いいねぇ。アタシも今度紗夜とライブでやろうかな」
「そん時は見に行くよ」
「是非是非!……あ、ってことは悠一さんは最終的にベースボーカル目指すの?」
「うーん、バンドの方はもうベースのメンバー決まったし、バンドでやるかは微妙だなぁ……」
そうやって他愛のない会話を繰り広げていると、気づけば書店近くまでやってくる。しかし今日は特に買いたい本があるわけでもなく、確認すればリサの方も用はないとのことでルートの確認のみ済ませてそのまま、次の目的地へと向かう。
「次の目的地は?」
「雑貨屋。そこで今までのお礼の品を買おうと思ってる」
リサがなるほど、と答えて一度会話が途切れる。しかしそれは今更気まずく感じたりするほどの関係でもないので、特に気にすることもない。かと言って会話がないのもつまらないのでとりあえず、先ほど書店近くを通ったために思った疑問でもぶつけることにする。
「リサは小説とか読むのか?」
「実は恋愛小説は結構読んでる」
「女の子らしいなぁ……」
「そりゃ女の子ですから?そういう悠一さんは?」
その問いかけに今まで読んだ本をざっと振り返る。そしてその統一性のなさに苦笑する。元々が夢中になれない質であり、それは小説に対してもであったのだ。わざわざ全作追いかけるほど好きな作家がいないのが、統一性のなさの理由だった。
「本に関しては雑食だったから……。ミステリーだろうが恋愛ものだろうがなんでも読んでる」
「へー、じゃあ最近読んだ恋愛ものは?もしかしたらアタシも読んでるかもしれないし」
「えーと、なんか長いタイトルだったんだよな……。あ、そうそう『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』って作品」
「それアタシも読んだ!結構面白くなかった?」
「ああ、あれは王道的な設定だったけど、既視感なく読めて嫌いじゃなかったなぁ……」
そのまましばし恋愛ものの小説について雑談する。自分の方が恋愛ものの読書量が少ないため基本的にはリサの方からおすすめを聞く形になるが、それでも彼女はレビューがそれなりに上手く、興味をそそられる楽しい会話となる。
しかしそれも道中、あるお店の前に着いたため中断することにする。雑貨屋にはまだ着いていないために、その段階で足を止めたこちらにリサが首を傾げる。そんなリサに親指である店を指し示し視線を向けさせ何故止まったかを説明する。
「実はですね、このルートだとそこの店が道中にあるんですよ」
「―――ペットショップ!」
「いえーす!」
そう、わざわざ書店をデートプランに組み込んだのはこれが理由だった。書店から雑貨屋に向かう途中にはペットショップが存在している。湊さんはリサ曰くバレバレでこそあるものの、猫が好きということ隠しているらしい。なので最初からペットショップ行こうと言っても誤魔化されてしまう可能性があるので道中偶然見かけたので気になった、という体で連れて行こうという魂胆だった。
「そういうことなら書店に行くのは大事だね」
「だろ?ちなみに今日はペットショップ、寄ってくか?」
「うーん……今日はいいかな。友希那と来た時に楽しみなよ」
そういうことなら、と再び雑貨屋に向けて歩き出す。ペットショップと雑貨屋はそう離れておらず、犬派か猫派か、なんて話していればすぐに到着する。
「何買うかは決めてるの?」
「まぁ一応は。当日の湊さんのリアクションとかで変えるかもしれないけど」
「あ、今日買うんじゃないんだ?」
「まぁな。当日オフの時の湊さんに触れてから決めたいから」
そのため今日は何も買うわけではないので雑貨屋自体には入らないで済ませる。とはいえ今日は暇な休日であり時間はまだまだある。一旦、フードコートの方へ移動し、外の暑さに合わせてアイスを買ってきて適当な席につく。
「リサのそれ、味何?」
「サニーヨーグアップルってやつ。リンゴとヨーグルトだね」
「ほー、美味そうだな。俺のチョコミントあげるから一口ちょうだい」
「いいよー」
互いにアイスを分け合いながら少し休憩する。その間の話題は、自然と先ほど中途半端で終わったお礼として買うものの話になってくる。
「それで、一応決めてるものって何なの?」
「とりあえずはアロマキャンドルとかがいいかなって」
「アロマキャンドル?使っちゃったらなくなっちゃうけどいいの?」
リサが言いたいのは形の残るものでなくていいのか、ということだろう。まぁ確かに自分が送ったものを好きな人に持っていてもらってそれを見ることでこちらのことを思い出してもらう、というのはよくある話だ。しかしそれでは些か重い。あくまで今回はお礼であり、恋人に送るものではない。であるならばずっと形が残るようなものよりもアロマキャンドルのようなしばらくは残るが使っていれば何時かはなくなってしまうものが適度だと思う。
まぁようするに物と自分をリンクさせて相手に意識させるのは些かがっつき過ぎではないか、という話だ。がっつくのはちょっと、男として格好悪いという話である。
という理由を後半のがっつく云々の部分をぼかしながらリサに説明する。その説明にリサの方もなるほど、とこちらのアイスをスプーンで勝手に一掬いしながら納得する様子を見せる。
「確かにただのお礼って考えるとそれくらいの方がいいのかもね」
「さっき一応売ってるのも確認したし、一先ずはそれでいいと思う。アクセサリとかキーホルダーみたいなのを送るのはやっぱもうちょい関係が進展してからにするわ」
「うん、さっきの理由聞いたらアタシもそっちの方がいいと思う」
リサの承諾が得られたことに安堵する。自分なりに湊さんのことを考えて作ったデートプランであるが、より湊さんについて詳しいリサには一蹴される可能性もあった。それがなかったのは、少しばかりの自信にも繋がる。自分も多少なりとも湊さんについて理解してきている、という自信に。
「ていうか悠一さん、結構友希那のこと理解できてるじゃん」
「まぁ色々リサに教わったからな」
それはお世辞でもなんでもない本心からの言葉だった。今日の予行練習を決めた日以降も何度か連絡をとり、その度にリサから湊さんについての話を聞かせてもらっていた。だからこそ今日のデートプランが組み上がっているのだ。リサがいなければこんなデートプランは組めなかっただろう。それ故に自分はリサには多大な感謝をしていた。
「ありがとうな、おかげさまで何とかデートが成功させられそうだ」
「頑張りなよー?アタシが協力したんだからしっかりと友希那のハートを掴むように」
―――その何とはなしに笑顔で放たれた言葉に、一瞬だけ胸が締め付けられるような感覚を覚える。しかしそれが何が原因なのか全く見当がつかず首を傾げるしかない。どうにも同じではないが似たような感覚を以前感じた気もするのだが。
結局。そのあと残りの時間はリサと普通に遊んだのだが、その一瞬の感覚がしこりとして頭に残り続け、純粋に楽しむことができなかった。