―――結局、胸の中に宿る感情に結論はでない。
いいや、正直に言えばそれが何なのか見当はついているし、きっと一時のものではなく何時からか胸の中にあった、というのは誰よりも自分が理解している。しかしそれを認めることだけはできない。認めることだけはできない。だって認めてしまえば今日まで自分が感じていたものがまるで―――
「おっまたせー。相変わらず早いねぇ」
「……ん、ああ、うん、リサか」
一人、ひたすらに考え込んでいると唐突に声をかけられ意識が一気に引っ張りあげられる。完全に意識外であったために反応が鈍くなっており声をかけてきた当人であるリサはこちらの様子に訝しげな視線を向けてくる。それに何でもない、と適当に返しておく。
先日の友希那とのデート、その報告をリサにするために今日はこの喫茶店で待ち合わせをしていた。これは元々決められていたことであり、リサがサポートしやすいようにということらしいが、これ多分リサはこちらの恋愛話を単純に楽しんでいる節がある。こちらとしては今現在絶賛悩み中であり、面白くもなんともないんだけどなぁ、と思いつつもリサもその悩みに関して無関係ではないためバレないよう表には一切出さないようにしておく。
それになんやかんやで、今日はいい機会だったりする。あの日感じたものを確かめるのには、直接リサとこうして話せるという機会は重要だった。
「すいませーん、カフェラテ一つお願いします。……それで、友希那とのデートはどうだったの?ん?」
「とりあえず分かりやすい結果としては下の名前で呼ぶことになりました」
「お、やったじゃん!」
店員に注文をしつつ、リサはワクワクしているのが分かる顔で早速先日のデートについて聞き出そうとしてくる。それに対し、特に渋ることでもないので結果を一つ提示すれば我が事のようにリサは喜んでくれる。こういうところがあるから、彼女にとって娯楽の節があったとしても素直にこちらの恋愛について話してしまうんだよなぁ、と苦笑する。
「あとは友希那の方からは俺のこと呼び捨てされた」
「お、おお……悠一さんが友希那のこと名前で呼んでる……。こう、恥ずかしさとかないの?」
「まぁ名前を呼ぶだけだしな」
嘘である。未だに口に出す時毎回恥ずかしさとか緊張とかに襲われている。ただまぁ、毎回照れていたら情けないし、男の照れ顔とか誰得だよ、という話なので決してそれを表に出すことはない。それにそうやって呼ぶことを本人に推奨された、という事実が彼女の名を口に出す度に嬉しさとなって押し寄せてくるので照れを誤魔化すのはそう難しくなかったりする。
「あとは……そうだな、ちゃんとプレゼントも喜んでもらえたみたいだし。ほらこれ、お礼の連絡」
トークアプリで送られてきた友希那からのお礼のコメントを見せる。友希那らしい飾り気の一切ない簡素なコメントではあるが、それでも文面からはしっかりと感謝の念を受け取ることのできる内容だ。まぁ結局、直接顔を合わせて言われたわけではないので絶対そうだ、と言えるわけではないのだが……店員が運んできたカフェラテを受け取ったリサが頷いていることから、自分の勘違いではないことが分かり安堵の溜息を吐く。自分よりもよっぽど友希那と仲のいいリサが言うならきっと、間違いはないだろう。
「概ね成功、ってことでいいんじゃないか?」
「うん、成功だと思うよ。というか友希那相手にここまで仲良くなれてるの普通に凄いと思う」
そこらへんは、自分相手ではない友希那を知らないため同意できないことになる。ただまぁ、想像ができないわけではない。音楽に対してのスタンスというか、ストイックさから考えて取っつき辛さがあって、そもそも仲良くなろうという人が少ないのかもしれない。自分も、まず弟子として最初に接点を持たなければここまで仲良くなれたとは思えなかった。
「……あ、あともう一個収穫があったぞ」
「なになに?」
「友希那のあだ名。ストイック師匠」
「あははっ、友希那にぴったりじゃん!」
やはり、リサのセンスは自分に近いところがあるらしい。案の定ウケが良かったなぁ、と思いつつさて、この後どうしたものかと考える。今日は本当に結果報告しか予定しかなく、それが終われば解散する話になっていた。だが……正直に言えば早い段階で自分自身の感情に結論を出しておきたい。だからできればこの後ももう少しリサと過ごしていたいところだ。
「と、そういえばリサ、この後暇か?」
「ん?んー……予定は、なかったはず」
「それならさ、どっか行かない?俺このあと暇でさ」
内心で考えていることを伏せつつ、今思いついたかのようにリサを遊びに誘う。実際、暇なのは事実であるし、嘘は吐いていない。
こちらの提案にリサはしばし考え込んだあと、ちょうどいいかな、と呟いて承諾することを伝えてくる。
「こないだバイト代が入ったからちょっと買い物したかったんだ。悠一さんのセンスは信用できるし、服とかアクセサリ選ぶの手伝ってもらっていい?」
最初のデートの焼き直しか、と内心で呟く。確かにそれならかつての心境と比べられてこちらにも都合がいい、とそれで構わないと返事をする。それを聞いたリサはよし、と言って一気にカフェラテを飲み干す。
「そうと決まれば早速行こっか!悩む時間はいっぱい欲しいしね」
「ああ、そうだな」
こちらもこちらで存分に、悩ませてもらうとしよう。そんなことを考えならリサと二人ショッピングモールを目指して喫茶店を出る。
「あー、いい買い物した!」
身体を伸ばしながらリサがそんなことを言う。時刻は夕暮時、ショッピングモールからの帰り道をリサが買ったものを代わりに持ちながら二人で歩く。とは言ってもリサは散財するようなタイプではないので、上下一着ずつにアクセサリを数点しか買っていないためそう多い荷物ではない。それでもかなりの金額が飛ぶから服飾周りの出費はバカにできないのだが。
「悠一さんと買い物行くといいものいっぱい見繕ってくれるから楽しいな」
「いいセンスだろ?」
「ただ次々と持ってくるのは本当にやめて。高校生だからそんなに余裕ないんだって」
「あっはっはっは」
笑うだけで否定も肯定もしないでおく。リサの気に入りそうなデザインを持っていき悩ませるのは中々楽しい遊びなのだ。やめる気なんて全くないのでただただ明言せず笑って済ます気であった。そんな意図を察しているのか、リサからはジト目が向けられているが当然ながらそんなもの気にもしない。
「……まぁ言うだけ無駄だと思うから諦めるけど」
「でもどれ買うか絞り込むのに悩んで、議論するの楽しいだろ?」
「……それは、否定しないけど」
照れたようにそっぽを向くリサに苦笑する。どんな些細なことであれ、本気で考えるのは存外楽しいものだ。少なくとも自分は、今日リサに似合うものを選ぶのは楽しかったし、どれを買うかリサと本気で議論するのも楽しかった。女性の買い物は長くて困る、なんて言う人も世にはいるが、こうやって自分のようにそれも楽しめばいいのに、なんて思う。
「でも男の人で長い買い物を楽しめるのって珍しいよねー。いや、そもそもそれが偏見なのかな……?」
「どうだろうな、翔馬なんかは長い買い物嫌いだけど」
ちょうど自分が考えていた内容に近いことを話題に出され少し驚きつつも、互いに知っている男を例に出してみる。翔馬なんかは買い物は即断即決の人なので自分とは真逆のタイプになる。だから翔馬と買い物に行ってもあまり楽しくはないので、大体遊ぶときはそれ以外であった。まぁそもそも野郎と二人で買い物行って楽しいもクソもあるか、という話なのだが。
翔馬のようなタイプもいれば、女性でも長い買い物が嫌いという人もいる。結局、人それぞれなだけなのだろう、なんて当たり障りのない結論をリサに話していればそんなものか、とリサも納得を見せた。
「ちなみに俺なんかは着る人にどれが似合う、この組み合わせがいいってのがいっぱい思いついちゃうから時間がかかっちゃう感じだな」
「はー、なるほど……。悠一さんのセンスの良さはどこから来てるの?」
「多分パッパ」
「お父さん?」
「俺の親父クッソセンス良くてな。小さい頃から色々着させられてたし……そういうのでセンス磨かれたんじゃない?」
「生い立ちかぁ……」
「まぁだからあんだけ親父のセンスがいいなら俺のセンスもいいだろ、みたいな自負があったりする」
「ああ、悠一さんセンスいいって言われた時謙遜も何もしないで当然のような顔するよね……」
他愛のない話をしながら帰り道を歩く途中も、意識の一部は自身の心情へと向けられている。リサとこうして楽しい時間を過ごす時、自分の心はどんな感情を抱いているのか、初めてデートしたあの日とどう違うのか。それを考え続けいい加減、認めなければならなくなってきた頃。リサの家とこちらの家への別れ道に到着する。今日は時間的にまだ道も多少明るくわざわざ送る必要性も低いためここで別れることになっている。一先ず持っていた荷物をリサへと渡し、そのまま端的に別れを告げて帰ろうとする。
「あ、悠一さん!」
少しだけ道を進んだあと。後ろからリサの声が響く。なんてことはない、普通の声。だから自分も条件反射で何も考えず振り返る。
「今日はありがとねっ。また今度、買い物付き合ってよ!」
そして振り返った先、彼女は夕陽を背にして笑顔を浮かべていた。
―――それが、決定打だった。
胸にじんわりと広がっていく暖かい感情に、もう認めるしかなくなる。どれだけ言い訳をしようともこの感情に嘘を吐くことはできないと理解してしまう。だがそれは今表に出すものではない。だから仮面を被るような意識で、意図的に笑みを浮かべてから口を開く。
「じゃ、それが友希那とくっつくために協力してもらった礼ってことで」
「残念!それはそれこれはこれ!また別にお礼は貰うから!」
それじゃあね、なんて勝手に言うだけ言って帰っていくリサに、思わず安堵の息を吐く。自分は上手く笑えていただろうか、リサにバレていなかっただろうか、そんな不安から解放されたことにより力が抜ける。それでも何とか重い足を引きずるようにして歩き出す。
一人、家への帰り道を歩きながら思索に耽る。未だに胸の中に残る暖かな感情。彼女の笑顔を見た瞬間生まれたそれはずっと胸に居座り続け染み込むように身体中に広がっていっている。ここまでくればもう否定しようがない。自分は彼女に―――今井リサに惚れている。
友希那に対する想いは、未だ揺らいでいない。こないだの友希那とのデートを思い出せばまた友希那のことが好きだという感情が溢れ出てくる。しかし同時にリサの顔が頭を過ぎり、多大な罪悪感にも襲われる。逆もまた、然り。つまり自分は今、二人の少女に惚れている状態だった。
だがしかしそれは―――本当の感情と言えるのだろうか。
本気で誰かに惚れる、というのはきっと、その人に夢中になってしまいそれ以外の人が目に入らなくなるようなことを言うのだと思う。だとすれば今、自分が二人もの人に惚れているという状態は決して本気の感情だとは言えないのではないだろうか。
友希那のことを好きだと思ったあの日、その胸に感じた思いは今まで感じたものより強かった、というだけで決して本物ではなかったのではないか。リサに向けられる感情も本物ではないのではないか。そんなことばかりが頭に浮かんでくる。
そしてもし、友希那を好きだと感じたのが本物ではないとしたら―――あのライブで感じたRoseliaへの憧れも、歌への熱意すらも本物ではないのではないか。だとしたらあの日から今までしてきたことは一体何だったのだろう。
疑問が疑問を呼んで疑心暗鬼に陥っていく。深く、深く沼の底へ沈んでいくように。ただの考えすぎかもしれない。実際のところは違うのかもしれない。そういう可能性があるだけだ、というのは理性的な部分で理解はしている。けれどもしかしたら、それが頭から決して離れず浸食していき……気づけば全てが信じられなくなっていく。
そう、信じられないのだ。友希那を好きだという感情が。リサを好きだという感情が。あの日の憧れも、歌への情熱も。全部が全部信じられなくなっていた。あのライブから過ごしてきた日々―――その全てが本物なのか、どうしても信じられなくなってしまっていたのだ。
なんだこいつめんどくせぇな。
というわけで次回からスランプタイム。皆も悠一くんを面倒くさいやつと呆れた目で見よう!