#15.模索
本当に自分の感じたものは本気と言えるものだったのか。あの日からずっとそれを考えている。本気で誰かを好きになる、ということはその人だけに夢中になることだと思っている。確かに少なくとも途中までは自分は友希那だけに夢中だったように思う。しかし実際はリサと関わるようになって、彼女に対しても同じような感情を抱いた。だとすればそれは、夢中になっていなかったということでありその感情は本気ではなかった、ということになる。だとすれば同じように本気だと思っていた音楽に対する熱意も決して本気のものではないということになり、そんな自分に歌を歌う資格があるのか、本気で歌に向き合う友希那のもとで師事を受ける資格があるのか―――
「―――悠一。集中できていないようね」
「……ッ、あ……いや、すまん」
友希那から声をかけられ、意識が現実へと一気に引き戻される。周りを見ればスタジオ内にいるRoseliaメンバーと翔馬がこちらを心配そうに見ているのに気づく。どうやら、練習中なのに、つい考え込んでしまったらしい。練習中に唐突に黙りこくってしまえば当然、心配されるよな、と納得する。
―――しかしそもそも、自分は音楽に真摯に向き合う彼女たちに心配されるような資格があるのだろうか。
そんな思考を頭を振ることで追い出し、なんとか大丈夫、と言葉を吐き出す。
「……本当に……大丈夫なんですか……?」
「少なくとも、私の目には大丈夫に見えませんね」
「ちょっと悠一さん?休んだ方がいいんじゃない?」
そんな提案をしながら近づいてきたリサがこちらを覗き込むように見つめてくる。そんなリサに……反射的に後退りしてしまい、ケーブルに引っかかって後ろへと倒れ込んでしまう。幸い、後ろには機材などはなく、何かを壊したり怪我をするということはなかった。
「だ、大丈夫!?」
間近で倒れ込んだためか、酷く心配するリサに大丈夫と示すように軽く手を挙げて、同時にその手であまり近づいてこないように抑制する。今彼女に近づかれると罪悪感とか、自身への不信感で頭の中がごっちゃになってしまう。それは友希那も同様であり、誰にも手を貸されないように何とか一人で立ち上がる。
「……全く大丈夫とは言えないようね。いいわ、今日はもう帰って休みなさい」
「……そう、だな」
どこか呆れた声音の友希那に、もしかしたら個人的な理由で練習に集中できないこちらのことを多少軽蔑でもしたのだろうか、と考えどうせならそのまま嫌われた方がいいのかもしれないとすら思う。だが、それと同時に嫌われたかもしれないという事実に胸が締め付けられるように苦しくなり……そしてそんな感覚さえも信じられずさらに苦しくなる。なんて面倒な男だ、と自嘲していればいいかしら、と友希那が言葉を続ける。
「今日は充分に休みなさい。そして快復したらその分を取り返すようにしっかりと練習すること。体調管理も練習のうちよ。以後気を付けなさい」
その言葉は厳しいものではあったが―――こちらに対する期待が込められたものであった。精神的なものか肉体的なものか、その理由までは知らないが必ず元に戻り遅れた分を取り戻してくる……そう、信じている言葉だった。女性としての彼女の気持ちはともかく、師匠としての彼女の感情はよく理解できる。だからそれが心からの言葉であり、期待されているという事実がどうしようもなく重かった。本気ではないかもしれない、そんな自分を彼女が信じてしまっているという事実がどうしようもなく辛かった。
擦れたような声になりながらも了解、となんとか答えを返し、荷物をまとめに入る。とは言っても結局自分用の機材もまだ買っていないため、大した荷物ではなく、すぐに纏め終わってしまう。ただ正直、音楽に対して本気である彼女たちと同じ場にいるということがもはや辛くすらあったので早くここから出ていけるというのはありがたかった。
「……ああ、そうだ、ちょうどいいわ。少し待ちなさい」
スタジオから出る直前、何かを思い出したらしい友希那がこちらを引き留めてくる。本当は、早くここから出ていきたい。だけどここで友希那の言葉を無視するのは流石に人としてどうか、という話だしあまりにも情けなさ過ぎる。いや、正直最近の醜態の晒しっぷりを考えると情けないとか今更過ぎる気もするのだが、それでも性分として情けない姿はできるだけ少なくしたい。だからできるだけいつも通りを装うようにどうした、と友希那に聞き返す。
「いい機会だからしばらく練習は休みでいいわ。代わりに、私たち以外の音楽に触れてきなさい」
「……Roselia以外の音楽?」
「そう。確かあなた私たちのライブ以外には行ったことがないのでしょう?あなたがどんな音楽を目指すのであれ、色んな人の音楽を知っておくのは大切よ」
ようするに、しばしの休息をあげるからその間に問題を解決して、ついでに色んな人の音楽性を見て、聞いて知ってこいという話だった。まぁ自分の問題を解決できるかは置いておいて、少なくとも音楽自体は嫌いではないのでライブとか行ってみるのもいいだろう。有名どころは急にチケットなどとれないので、ここら辺の地元で活動してるようなバンドのライブでも探すかなぁ、なんて思いつつ全員にお疲れ様、とだけ告げてスタジオを出る。
休日の今日は午後の時間を練習に割り振っていたため、途中でそれから抜けてしまえば外はまだまだ明るい時間となる。上から降り注ぐ強い日差しに思わず顔を顰めながらも歩き出し、自宅へと向かう。
何もしないのもそれはそれで色々考え込み過ぎて辛いのだがな、と思いつつこのあとどうしたものかと考える。自身の感情とか、そこら辺についてはいきなりどうこうできるものではない。だから長めの休息が得られたのはいいのだが、解決の糸口は全く見つかっていないためどうしたらいいかは分からない。とりあえずは言われた通りライブに行ってみるべきか。帰ったらパソコンでここら辺の小さなライブイベントを調べてみよう、と公園の横を通っていた時。
「―――おーい、悠一!」
「あん……?」
後ろから聞こえたこちらの名を呼ぶ声に思わず振り返れば、ギターケースを背負った男の姿が遠目に見える。それがすぐに翔馬だということに気づき、続いて練習はどうしたのかと心配になる。
こちらまで駆け寄って来て息を整える翔馬にとりあえず練習用に持っていたスポーツ飲料を渡しつつ、訝し気な目で翔馬を見る。息を整え終え、水分補給を済ませた翔馬はそんなこちらに苦笑しながら右手で公園を示しながら口を開く。
「とりあえず、座って話そうぜ」
「……あいよ」
翔馬に連れられるまま公園へと入り、適当なベンチに座る。そのベンチは太陽の位置的に丁度木陰になる位置であり、吹いてくる心地の良い風に少しだけ、荒れていた心の内が落ち着くのを感じる。
「はいよ、これ」
「ん、サンキュ」
翔馬から先ほど渡したスポーツ飲料と、普段自分がよく飲むペットボトルの飲料が一本差し出される。それを受け取って、スポーツ飲料の方をしまってからもう一本の蓋を開けて口をつける。その飲み物はほとんど水のようなものでありながら、少しだけある甘い風味が飲みやすい。それが自分の好んでいる理由であり、今もしつこ過ぎない甘さがこの心境にちょうどよかった。
しばらく、二人でどこを見るわけでもなくボケっとする。野郎二人で何をやってんだろうな、とは思うが間違いなくこれ、こちらが話し出すのを待っているんだろうな、というのは長い付き合いから理解していた。ただそうほいほい話したいものでもないし、今の自分の悩みは過去何にも夢中になれなかったという経験があるから起きているものであるため、その感覚を理解できない翔馬には相談してもそもそも悩みを理解できないのではないか、という考えもあって話す気はあまりしなかった。
しかしいつまでも黙り続けるこちらに、いい加減痺れを切らしたのか、こういうのはガラじゃねぇんだけどな、と呟いてから真剣な目でこちらを翔馬が見てくる。
「お前、ついこないだまで生き生きと練習してたのに、どうしたんだよ」
「あー……ちょっと、な」
「そのちょっとが気になってんだよなぁ……。お前、折角集まったバンドメンバーも心配してたぞ」
それにはちょっと、返す言葉がない。自分が元カノを説得したことでようやくバンドメンバーが揃っており、何度か平日の大学の講義がないタイミングなどで集まって練習もしている。ただそれも回数は少なく、元カノ含めそのメンバーは元々は自分にとっては多少縁があった程度の人間でしかない。そんな人たちにまでバレるレベルで弱っていたとなると、流石に大丈夫とは誤魔化せなくなってくる。というかこちらの都合で集めたメンバーなのに、同じくこちらの都合で練習の質を下げるどころか心配までかけて、本当に申し訳なくなってくる。
「皆わりと真面目に心配してるぞ。や、まぁお前の元カノだけはお前がそんなだと調子狂うー、なんてツンデレみたいなこと言ってたけど」
ありありと想像できる元カノの姿に思わず苦笑する。どうにも、説得してから元カノはキャラが変わったというか素が出るようになった、と思いつつバンドメンバーにまで心配をかけている、となれば流石に翔馬ぐらいには相談した方がいいのかもしれないと考え直す。少しだけ考えて言葉をまとめてから、空を見つつ自身もまた整理するのを兼ねて話していく。
「まぁ……きっかけは友希那と恋人になるためにリサに協力してもらってたらリサにも惚れちゃったこと」
「マジか」
「マジマジ。それで本気で誰かを好きになるってのはその人のことしか目に入らなくなる、みたいな状態なわけじゃん?だからさ、リサにまで惚れて、好きな相手が二人になった自分は、そのどちらに向ける感情が本気じゃないんじゃないか、って思えて」
「………………」
「そしたら友希那を好きなのと同じくらい本気だと思ってた音楽も実は本気じゃなかったんじゃないか、って思えてきて。ほら、俺ってそれまで何かに本気になったことなかったわけじゃん?だからさ、ちょっと今までよりも熱が入ったからってそれが本気になった、って勘違いしたのかもしれなくて。そしたら結局今まで頑張ってきたのは決して本気じゃなかったとしたら、それに意味はあるのかって……」
なんていうか、自分が信じられなくなったんだ、と締める。それを聞いていた翔馬はしばし考え込んだあとなるほど、と一つ頷き、
「わからん!」
そうはっきりと言い切った。こちつ、とジト目で見ていれば多少困った様子の翔馬が頬をかきながら言い訳を始める。
「いやさ?結局俺はお前じゃないからさ。何にも夢中になれない、って感覚がどんなものかもわからないし、その人以外目に入らない、ってほどの恋も経験したことがないからわからない。経験がないから想像で補うしかないけど、それでいい解決策を提示できるほど人生経験が豊富なわけじゃないからなぁ……」
それは当然の話ではあった。結局、他人である以上こちらの心情を理解できるわけでもなく、特に前提である何にも夢中になれない、その時に感じた諸々を理解できない以上明確なアドバイスなどできるはずもなかった。だからあまり相談する気がなかったのだが……それでも、言葉として吐き出すのはそれだけでも多少なりとも効果があったように思う。進展はゼロであっても何とか進展させよう、という気には多少なれた。だから一応礼だけは言っておこうと口を開こうとして、それより早く翔馬があ、でもよ、と話し出す。
「湊さんが言ってた他の音楽を聴きに行くってのはありだと思うぜ」
「音楽を……?」
「誰しもさ、歌詞に、音に感情を乗せて奏でるわけだろ?だとしたらそれを聞くことで他の人とかの感情とか考え方とかそういうのを知って参考にしたりできるんじゃないか?」
そういう考え方もあるのか、と驚く。確かにその感情が本物だったか置いておくとして、かつて自分もそうして感情を乗せて歌を歌った。また、歌には作詞した人の考え方が反映されていると考えられる。解決策に直接繋がることはなくとも参考にはできるかもしれない。予想外の翔馬からのアドバイスに驚きつつも、正直ありがたい内容であったため、素直に礼を言う。
「まぁ、なんだ。気にすんなよ。俺はあくまでアイデアを出しただけで、解決策を提示できてないんだからさ」
それでも、自分にとっては有用なアイデアだったのだ。だから再びありがとうと告げ、翔馬からどういたしましてという言葉を引っ張り出させて納得する。
と、なれば早速ライブなりなんなりに行きたくなってくる。できれば生の音を聞くことで直に込められた思いを感じ取りたい。CDとかライブ映像は最終手段だと思いつつ、勢いのままベンチから立ったところ、翔馬があ、と声を漏らす。それにどうしたのかと目線で問いかければいやな、と翔馬が頭をかきながら答える。
「お前、確か前に知り合いがバンド始めたって言ってただろ?その人に頼んで演奏聞かせてもらえばいいんじゃないかなって……」
そんな翔馬の提案に、思わず顔を顰める。確かにすぐに都合をつけてくれそうだし悪くはない、悪くはない提案なのだが……気乗りはしない。自分とその知り合いの関係性について知らない翔馬からすれば悪気などないのだろうが、自分としては拒否感を無視すれば有用である案を出してきたことを恨まずにはいられない。
有用過ぎて、採用しないという選択肢がないことが実に困ると思いながらしかめっ面のまま、スマホのトークアプリからその知り合いの項目を探し出す。
その項目を見つけ、連絡をとろうとして直前に思いとどまる。別に他に他人の音楽を聴く機会がないわけではないのだから、少なくとも返ってからパソコンで近辺の小さなライブの情報を調べてからでもいいのでは、と思案する。
「いやどんだけ連絡とりたくねぇんだよ……。そんな嫌いなやつなの?」
「別に嫌いじゃない。内面というか、人間性自体はむしろ好ましいと思ってるんだが……」
「じゃあ何が嫌なんだよ」
「言動が癪に障る」
ええ……と軽く引いた様子の翔馬を無視しながら、結局連絡をとることにする。確実性、そして手早さからその知り合いに頼まない理由はないだろう、と判断して本当に、本当に仕方なしに連絡をとることにする。
トークアプリで見つけておいたその知り合いの連作先―――〝瀬田薫〟と書かれたそれをタップしてチャットを送る。そして即座に返ってきた返事に暇人かよ、と呆れながら約束を取り付ける。日程は次の日曜。すなわちちょうど一週間後だ。あいつに会う日が待っている、となると憂鬱な一週間になりそうだ、と一つ溜息を吐いた。
というわけで次回、ハロハピ登場。
ちなみにだけど、今後元カノについてはがっつり登場する予定はなかったりする。本編には一切関係ないからね、ちょびちょび話題にだけ出てくる感じで。