青薔薇に憧れて   作:天澄

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#16.他のバンド

「ああ、クソッ、憂鬱だ。実に憂鬱だ」

 

 自宅近くの道端。薫との待ち合わせ場所にて呟く。そんな言葉が自然と漏れてしまう程度には憂鬱であった。

 理由は自身の悩みについて―――ではない。そっちは一旦保留することにした。どうせ悩んでも結論は出ないのだ。だったらこの練習が休みの間は色々行動を起こしてみて何か解決のヒントを見つけてから考えようと割り切っていた。

 では何がそんなに憂鬱なのか。それはもちろん、これから薫に会うことである。

 先週、翔馬に言ったように、薫自体の人間性は嫌いではない。むしろ好ましいとすら思っている。だがそれはそれとして今の薫は自分と致命的相性が悪いのだ。こちらが一方的に苦手意識を持っているだけなので、薫の方には申し訳ない、とも思うのだが。

 とはいえ自身の感情はともかくとして他のバンドの演奏を聞く、という点では大変都合がいい相手ではあるのだ。既に約束を取り付けてしまったのだし大人しく薫に会うしかない……と、何度今週自身に言い聞かせてきたことか。

 

「―――やぁ、お待たせしたね、悠一さん」

 

「ああ、来ちまった、来ちまったよ……」

 

 目の前にやってきて気障な笑みをこちらに向けてくる長身の女性。それはここ最近見ていなかったとはいえ、しっかりと記憶に残っている幼馴染の顔であった。

 

「まさか悠一さんの方から会いたいと言ってもらえる日が来るとは……。あんなに嬉しかったのは人生でも数えられる程度の回数しかない」

 

「いや会いたかったのお前じゃなくてお前の所属してるバンドな?お前に関してはあんまり会いたくなかったからな?」

 

「ああ、しかしこの身は多くの子猫ちゃん達に愛される身……悠一さんだけの想いに応えることはできないことのもどかしさ……。ああ、儚い……」

 

「話聞いてねぇ……」

 

 そう、これが自分が薫を苦手とする理由。いつからか自身のいる場が舞台であると断言する彼女は常に芝居がかった口調で喋り、その独自の世界観を展開する。それがどうにも自分には苦手であり、ついついツッコミも入れるのだが薫はそれをスルーしその世界観のまま進行することがほとんど。なんというか……疲れるのだ、彼女に対応していると。

 

「……とりあえず、他のバンドメンバーが待ってるとこに連れて行ってくれ」

 

「任せたまえ、我らがお姫様たちが待つ場へあなたをエスコートしてみせよう」

 

 格好つけたモーションで手を差し出してくるのを握らねぇから、と一蹴し進行方向を確認だけしてあとは勝手に歩き出す。そんなこちらに薫はどこかアメリカン染みた動きでやれやれ肩を竦めてからこちらを先導しやすい位置へと移動する。そんなモーションをされるとどうにも、こちらが我がままを言っているような気がしてきて癪なのだが……まぁそれで一々突っかかっていたらキリがないので諦めて大人しく歩く。

 道中は自分が黙っていても薫の方が勝手に喋ってくれるのでそれに適当に相槌を打ちながら進む。正直なことを言えば抽象的な言い回しも多く、薫の言っていることはよくわからないのだがそれを指摘すると更に難解になるのは過去の経験でわかっているので反射的に言うこともないように意識する。というかシェイクスピアを引用するのはいいが、誤用だけは本当にやめて欲しい。わざわざシェイクスピアの言葉の意味を記憶からサルベージして、その場の状況とマッチしなくて何が言いたいのか一々頭を捻る羽目になるのだ。しかも時々クリティカルに合っている言葉を引用する時があるから質が悪い。

 

「……しかし、こんな時間ももはや懐かしいものだね」

 

「あん?」

 

「悠一さんと私、そして千聖。小さい頃、三人で過ごした日々を懐古していたのさ」

 

「……まぁ、懐かしいもんだな」

 

 薫の言葉に、脳裏にかつての光景が蘇る。自分は親に一人暮らしを経験しておけ、と言われているから一人暮らししているだけで実家自体はかなり近い。だから今歩いているこの場所も、幼少期に何度も通ったことがある。偶然家が近かったから仲良くなった薫と、薫と仲が良かったために連鎖的に仲良くなった千聖。当時兄弟に憧れていた自分は年下である二人の兄貴分として振る舞い、二人を連れて出してよく遊んだものだった。今歩いてる道だって、三人で歩いたことがある。

 

「……千聖が最初に悠一さんの性質に気づいてしまい、それを理解してしまったために悠一さんは千聖と私から徐々に距離をとってしまった」

 

「そんでしばらくあとに会ったらお前がそんなキャラになっててビックリしたんだよなぁ」

 

 少し、耳が痛い話だったので茶化して誤魔化す。この場にいないもう一人の幼馴染は、なんというか適切な努力ができる人間だった。目的のため打算的に、必要なことをできる人間だった。それは何よりもその目的に対し本気であるということであり―――そんな彼女にとって、自分のような本気になれない人間というのは、少なくとも見ていて気持ちのいいものではないようだった。だから自分は距離をとって、徐々に親交も少なくなった。今でこそ、多少なりとも成長して互いに表面上は落ち着いて話せたりもするが、一時期の冷え込みはそれはもう、酷いものだったのだ。

 

「まぁでも、今はもう多少話したりもするし、また三人で会うのも―――」

 

「―――悠一お兄ちゃん、私は今日が訪れたことが本当に嬉しいんだ」

 

 それは、薫がまだ今のキャラを演じるようになる前、幼い頃にこちらを呼んでいた時の呼び名。もう長らく聞いていなかったその呼び名に、優し気な目でこちらを見てくる薫を驚きと共に見る。

 

「悠一お兄ちゃんに何があったかは知らないけど、でも少なくとも音楽に興味を持てたんでしょ?だったら何時か、ちーちゃんとも元の仲に戻れるよ」

 

「―――っ、あー……」

 

 不意打ちは、ズルいだろう、と空を仰ぐ。普段は決して見せない部分。不意打ち気味にからかいでもしなければ絶対に出てくることのない素でいきなりそんなことを言われてしまえば響かないわけがない。これから薫のバンドを見て、悩み解決のヒントを探そうと思っていたのに既にこの段階で少しだけとは言えど、救われてしまった。

 自分の歌への思いが本気かどうか、それはさておき多少なりとも興味を持ったのであればそれは変化があったということであり。変化があったのであればそれは今後もっと変わっていく可能性がある、ということになる。それに気づかされた。まだ友希那やリサに対する想いが本物かとか、友希那に教わる資格が自分にあるのかとかはまだわからないけれど、少なくとも自分にとって音楽は特別であった、とだけはこれから胸を張って言うことができる。

 

「……まさかお前に救われるとはな。だけどまぁ、ありがとう」

 

「フフッ、顔を赤くして照れるなんて悠一さんにも可愛いところがあるんだね」

 

「ええい、いきなり気障に戻るんじゃねぇよ。俺はお前の素の方が好きなんだ、そっちでいてくれ」

 

「素、とは何の話かな?今の私が瀬田薫さ。私は私以外の何者でもないよ」

 

 今自分が何に悩んでいるのか、そういうのを聞かずにいてくれる配慮に感謝しつつも、気恥ずかしさから悪態を吐いて誤魔化す。そのまますっかり元の気障っぽいキャラに戻ってしまったことにどこか安堵しつつも、やはりイラッとするのでおざなりな対応をしながら歩く。

 そうやって歩いていれば、とある場所で立ち止まったので自分も立ち止まり、その光景に唖然とする。

 

「うわ……でっけぇ家……」

 

「ここが目的地だよ」

 

「えっ」

 

「我らが姫は弦巻家のご令嬢だからね」

 

「えっ」

 

 ガチの現代の姫じゃねぇか、と呟く。弦巻家と言えば自分でも知っているような名だ。翔馬の家もそれなりに裕福であり、そこそこの大きさの家に住んでいるが……流石にこれは比べようがない。門から玄関までがこんなに遠いのは、漫画でしか見たことがない。

 そんな場所に堂々と入っていく薫とは対照的に若干怯えつつ門をくぐる。これだけの豪邸であればセキュリティシステムもかなりのものであろうし、入った瞬間警報とか拘束とかないよな、とちょっとビビっていたのは内緒である。

 そのままただただ気おされつつ、薫に連れられて豪邸を進み。ある部屋の前で中に入るように促される。目の前には触れたこともないような、豪華な装飾の施された重厚感のある扉。ここに入れと、と目線で薫に問いかければ返ってくるのは頷き。仕方なしに緊張から唾を飲み込んだあと、何とか扉を押し開ける。

 

「し、失礼しまーす……」

 

「あ、来たわね!」

 

 部屋に入ったこちらに、即座に反応したのは一人の少女。金色の髪を揺らして駆け寄ってきた彼女はどこまで底抜けに明るい笑顔を浮かべており、実際に光を放っているわけでもないのに思わず眩しさから目を細めてしまうような、そんな輝きに溢れたような少女だった。

 

「はじめまして!あなたが薫から聞いていた藍葉悠一ね!あたしは弦巻こころよ、よろしくね!」

 

「よろしく、弦巻さん」

 

 この子がその弦巻家のご令嬢か、と驚きつつも礼儀としてしっかりと挨拶を返し、折角なので右手を差し出し悪手を求める。それに応じる弦巻さんは変わらず笑みを浮かべたまま、口を開く。

 

「あたしのことはこころって呼んでちょうだい!あたしもあなたのことは悠一って呼ぶわ!」

 

 テンション高いなぁ、と呆れつつ了解こころ、と声に出して承諾する。本当は自分よりも音楽の先達であることに敬意を込めて敬称付きで呼ぼうと思っていたのだが、まぁ本人が呼べというのであればしかたない。

 そのまま流れで他のメンバーとの自己紹介に入ることにする。こころの次に近くにいたのはショートカットの活発そうな少女。その子にも、右手で握手を求めつつ改めて名前も告げておく。

 

「はぐみは北沢はぐみだよ、よろしくね!」

 

「えっと、松原花音、です。よろしくお願いしますね」

 

 続いて少し気弱そうな少女とも握手を済ませ、最後のキャップを被った少女と自己紹介を済ませようとして……どこか、既視感に首を傾げる。何となくではあるが、過去見たことがあるような、と思っているとどうやら向こうも同じようなことを思っているようで首を傾げている。

 

「あの……以前どこかでお会いしませんでしたか?」

 

「あー、そんな気はするんだが……あっ」

 

 途中まで言いかけて、相手の声音からどこで会ったのかを思い出す。去年、自分がバイト戦士だった頃。とあるバイトで一度だけ一緒になったことがある。それを相手に伝えれば向こうも思い出したようで同じくああ、と声を漏らす。

 

「そういえばそうでしたね。お久しぶりです藍葉さん」

 

「なんやかんやであのバイト初回で奥沢さんが入ってからすぐなくなっちゃったからねぇ。なんか久しぶりっていうのも微妙な気がするわ」

 

 確か商店街のマスコットの着ぐるみだかのバイトであったのだが、説明を受けて、初日は奥沢さんがやることになったために自分は一旦帰ったら次の日には白紙になった謎のバイトである。それを思い出しながら、何故か不自然な笑みを浮かべている奥沢さんに首を傾げる。

 まぁ特に気にすることでもないか、と判断し、最後に何故か右手を差し出して目を輝かせている長身の彼女を見る。

 

「……!」

 

「それでこころ、今日の話ってどこまで聞いてる?」

 

「!?」

 

 とりあえず自己紹介をわざわざするまでもない薫をスルーしつつ、こころに今日のことをどこまで把握しているかを確認すれば、こころは難しい顔をする。何か問題でもあるのか、と思いつつとりあえずはこころの返事を待つ。

 

「……あなたはあたしたちの演奏を聞きたいんでしょう?それに関しては問題ないわ。準備もできてるもの。ただちょっとだけ問題があって……」

 

「問題?」

 

「ミッシェルというもう一人のメンバーがまだ来てないんだ」

 

 こちらの疑問に答えた薫であるが、その答えに更なる疑問が生まれてくる。ミッシェル、ということは外国人だろうかと思い聞けば返ってくるのは否定の言葉。ではあだ名か何かか、と思っているとこころがミッシェルはね、と口を開く。

 

「あたしたちのバンドのメンバーの一人で、ピンク色をしたクマなの」

 

「クマ」

 

「DJを担当してるのよ」

 

「DJ」

 

 ちょっと、何を言っているのかわからない。どう反応したらいいのかわからず思わず薫を見れば返ってくるのは力強い頷き。何に対する頷きなのかわからない。それが事実だ、という意味だろうか。だとしたら本当にどうしたらいいのかが分からない。仕方なしに次点で親交がある奥沢さんへと視線を向ければ諦めろ、と言わんばかりに首を振られた。何を諦めればいいのだ、クマがDJをするという事実を信じればいいのか。

 こちらがひたすらに困惑していると、奥沢さんが一つ溜息を吐いたあと片手を挙げて全員の視線を集めてから言葉を発する。

 

「それならあたし、ミッシェル呼んできますね」

 

「本当?それじゃあお願いするわね!」

 

 そのまま一度部屋を出ていく奥沢さん。ちょっとおバカなところのある薫や、それと同類の匂いがするこころや北沢さんはともかく。奥沢さんや松原さんまでミッシェルという存在に何も言わないということはまさか本当なのだろうか、と思いながらしばし待っているとしばらくした後、音を立てて扉が開かれる。

 

「お待たせー」

 

「クマー……」

 

 そこにいたのは紛れもなく、ピンク色のクマだった。まさかの本当だった。本当にクマのミッシェルとやらがやってきていた。自分が理解できないことが当然のように起きていることに戸惑っていても、他の人たちにとっては当たり前のように対応している。思わず昔ギャルゲに着ぐるみのヒロインがいたなぁ、なんて現実逃避する。

 

「来たわねミッシェル!」

 

「ごめんね、待たせちゃって。すぐに準備するから」

 

 しかも喋るのか、と驚いているとふと、その声音が聞いたことのあるものだと気づく。それもつい先ほど聞いたばかりの。そういえば呼びに行ったという奥沢さんがミッシェルと一緒に戻ってきていない。ということはつまり、これ中にいるのは奥沢さんでは、と思い至り薫に確認する。

 

「なぁ薫。あれ、ミッシェルって奥沢さんだよな」

 

「……?ミッシェルはミッシェルだろう?」

 

 こちらを騙す意図も見えない真顔で言い切る薫に、そういえばそういうおバカなところのあるやつだった、とまともな返事は諦め、代わりにこころの方に確認してみることにする。こころはどうやらバンドのボーカルのようでマイクなどをいじっていたが、まぁ話しかけるぐらい問題ないだろうと判断し、声をかける。

 

「なぁ、ミッシェルの中って奥沢さんなんだろ?」

 

「ミッシェルの中……?何を言っているの?」

 

 薫同様、真顔で首を傾げるこころに、マジか、と思わず呟く。まさかこころまでミッシェルの中を認識していないという事実に恐れ戦き、まさかと思い残りの二人である松原さんと北沢さんを見れば、苦笑する松原さんはともかく北沢さんは首を傾げている。どうやら北沢さんもミッシェルの中、という認識がないらしい。そしてついでにミッシェルには横に首を振られてしまった。

 

 ―――これはまさか、とんでもないキワモノバンドのところに来てしまったのでは……?

 

 ゴリゴリと、正気度的な何かが削れる音が聞こえる気がした。

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