―――ハロハピの演奏はそのキワモノっぷりに反して、純粋に凄いと言えるものだった。
いや、そのビジュアルに合っている、とも言えるか。技術に関して言えばRoseliaに遠く及ばない。決して下手なわけではないが、基準がストイック師匠率いるRoseliaの自分からすると少し物足りないように思ってしまう。しかしそれを補って余りあるほどの強みが彼女らの演奏にはあったように思う。
「どうだったかしら、私たちの歌は!」
そうだな、と演奏が終わると同時に問いかけてきたこころに返しつつ、自身の口元を指でなぞる。やはり、というか自分は今、笑みを浮かべているようだった。これが、彼女たちの強みだった。
演出、トーク、技術の至らなさすらも利用して観客たちを楽しませ笑顔にさせる、そんな魅力が彼女たちの演奏にはあった。Roseliaとは全く違う音楽性……なるほど、こういうのもあるとなれば友希那が他の人たちの演奏も聞いてこい、と言っていたのも納得だった。
「純粋に、凄かったと思う。聞いていて笑顔になれる、そんな魅力があった」
語彙が豊富なわけではない自分には、そんな言葉が限界だったが、それでも充分向こうには伝わったらしくハロハピメンバーは全員喜んでくれているように見える。それに安堵しつつ、一点だけどうしても気になった点について思わず口を開く。
「……しかし本当にクマがDJやれるんだな」
「ミッシェルです。……まぁそれなりに努力しましたから」
「ミッシェルは凄いのよ!色んなことができるんだから!」
そのままこころと北沢さんと薫がミッシェルについて語り合い出すのを横目で見つつ、その輪に加わらないミッシェルと松原さんの元へ向かう。松原さんはミッシェルの中が奥沢さんであるとしっかり認識しているようだし、ミッシェルに至っては本人だ。こころたちのミッシェル像についてどう思っているのか気になるところだ。
「……なんか、ミッシェルに要求される対するハードル高そうだけどそこら辺どうなの?」
「まぁ正直大変ですよ。あの三バカたちミッシェルのこと万能超人とかと勘違いしてるんじゃないか、と思う程度には」
「美咲ちゃん時々無茶振りされるもんね……」
こりゃ着ぐるみの中で死んでいるような目をしてるんだろうな、と想像つくほどに哀愁を漂わせる
「期待には頑張って応えますよ。やるって言ったんだから」
自分の言葉には責任を持つ、というやつだろう。そう言い切る
そんな風に会話が一段落すると、薫が三バカの会話から抜けてこちらにやってくる。そしてどこか期待を込めた目でこちらを見てくる。
「悠一さんどうだった、私の華麗な演奏姿は?」
「演奏途中で一々格好つけるのやめたら?ギター素人の俺でも分かるミスが格好つける度にあったぞ」
「ああ……儚い……!」
崩れ落ちる薫を冷めた目で見る。まぁ実は翔馬との練習の付き合いでギター技術についてはそれなりに造詣がある。だから本当は素人では気にならないレベルのミスではあったのだが……まぁそれは言わなくてもいいだろう。相手は薫であることだし、もう一人の幼馴染も薫に対しては辛辣だ。幼馴染間での認識として、薫はいじられキャラであるというところはあった。きっと他の人からすると理解できない認識ではあろうが、過去の薫を知っているとそういう風になってしまうのだった。
そんな風に薫で遊んでいると、北沢さんとの会話を切り上げたこころが一人だけこちらに寄ってくる。
「―――それで、悩みは吹き飛んだかしら?」
「―――――」
言葉を失った。突然の問いかけに返す言葉がなかった。直感的にそうではないと理解していたが、薫から何か聞いたのかと問うても返ってきたのは案の定聞いていないという言葉だった。
「……なんで、わかった?」
「わかるわ、そういう顔をしていたもの」
そんなに分かりやすく顔に出ていたかな、と一瞬思い自身の顔に触れてみるももちろん顔に出ていたかは分かりはしない。まぁ接していた感じ、こころはだいぶ破天荒なところがあるようなので、彼女だからバレた、と思っておくことにする。そしてついでにバレてしまったなら相談もしておくことにする。さて、なんと切り出すべきか。
「そう、だな……。こころはなんでハロハピでボーカルをやってるんだ?」
相談、と言っても仔細を語るには少々手間がかかる。故に参考となる意見を貰おうととりあえず、彼女が自分の立場だったらの意見を貰おうと考え、そう切り出す。だがなんというか自分はまだ弦巻こころという人間を見誤っていたようで。
「それは世界中を笑顔にするためよ!それがあたしたちの目的なの!」
それに再び言葉を失う。ぶっ飛んでいる、とは思っていたが世界中を笑顔にするときたか。荒唐無稽な話だとは思うが……それすらも彼女であればいつか成し遂げるであろう、と相手に思わせてしまうあたりとんでもない人間であるように思う。ただまぁ、なんであれしっかりとした目標があるのなら話はしやすい。なら、と話を続ける。
「その目的が本気だって言い切れるか?言い切れるなら……その根拠はどこにある?」
こちらの問いにこころが目を閉じてしばし悩む。だがまぁ、どちらかと言えば単純明快な性格である彼女はすぐに言いたいことをまとめたようで口を開く。
「悩みは自分の目的とかが本物なのかどうかが分からないってことかしら?」
「……ま、そだね」
たったこれだけの問いかけでそこまでバレてしまうのか、と驚きつつ肯定する。これがこころ以外であれば見抜かれていることに恐怖を覚えそうなものだが……彼女なら仕方ない、と諦め気味だから不快感はないのでそこについては問題はない。
「なら薫から聞いたけれどあなたもボーカルなんでしょう?」
「まぁ一応そうだけど……?」
「そういうことなら一度歌ってみてちょうだい!」
何故、と問いかける暇もなく押されてマイクの前に立たされる。なんだか思い通りにアドバイスがもらえないな、なんて思うも
ならまぁ大人しく歌うか、と判断し、何を歌うかと思案する。しかし結局、歌詞を確認せずに自分が歌える曲など練習で散々歌ったRoseliaの曲とあとはバンド用のいくつかのカバー曲しかない。それならRoseliaの曲が安牌だろうと、音楽プレイヤーの中に入っている練習用に特別に用意してもらった歌なし版、いわゆるインストゥルメンタルというやつを流してもらうことにする。曲は……弟子入り試験でも歌った〝LOUDER〟。あの時のように純粋な熱意だけで歌えるわけではないが……誰かが聞いてくれるというのなら、全力で応じるのが礼儀だろうと、歌い始める。
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「……ふぅ……ご清聴ありがとうございました、っと」
「正直少し意外な歌だったね。悠一さんはそれなりにふざけるところもあれど、その根本は落ち着いたイメージだったからここまで熱く歌うとは思ってもみなかった。ああ、だがそんな悠一さんも素敵だったよ、胸を張るといい」
「あはは……でも薫さんの言う通りだったと思います。凄く聞いていて盛り上がったっていうか……」
「ゴォーってなる心が熱くなる感じだったね!」
「まぁあたしも柄にもなくテンション上がったな」
歌い終えて礼を言えば拍手共に褒め言葉が返ってくるので、気恥ずかしさから後頭部を思わずかく。そしてそのままハロハピメンバーが感想を互いに語りだすのを照れ臭いながらも嬉しさから少し離れて見つめているとこころがこちらに寄ってくる。
「とってもいい歌だったわ!すごく熱くなるような歌だった!」
「そいつはどうも。……それで、悩み相談はどうなったのさ」
結局、歌わされただけで何か悩みに対するアドバイスは得られていない。だから今の歌にどんな意図があったのかそれも含めての問いかけであったのだが……こころの方は何故か何を言っているか分からないと言わんばかりに首を傾げる。
「そんなのこの状況が答えじゃない」
「はい?」
「聞いている人々の心まで燃え上がった!だからあなたの思いはきっと本物よ!」
「いや、それってどういう……」
「それにしても燃え上がるっていうのはいいわね!あたしたちのライブではまた本当に炎を用意してみましょう!」
そのままこころは言うだけ言ってメンバーの方へ走りさってしまう。こころが言っている意味がどういうことなのか、とか炎は危なくないか、とかまたってことは過去に既にやらかしたのかとか。本当に確認したいことがいくつもあるのだが、既にライブの演出についてメンバーと話し始めてしまったこころを見ていると求めている答えが得られるようには思えない。どうしたもんかな、と悩んでいると視界の端にピンク色が映る。
「……こころの言ってたこと、分かり辛かっただろうから補足させてもらいますね」
「クマ……」
「ミッシェルです。……まぁあなたの悩みについては、聞こえてきた会話からの想像だし、こころ言いたいことだってあたしが勝手にそう解釈しただけなんでそこらへんについてはご容赦を」
こちらの隣に立ったミッシェルは、こころに視線を向けた状態でそう前置きをして話し出す。
「あなたの想いとか目的とか、そういうのが本物なのかはわからない。でも少なくともあたしたちはあなたの歌に心動かされた。それは事実だから」
それは、考えてもみなかったことだった。自分の歌に対する熱意が、本気と言えるものなのかどうか。もし本気でないならば他人に聞かせるべきではない、とすら思っているところがあったため、自分の歌を聞いた人が何を思うかなど気にしたことなどなかった。そうか、自分の歌は―――彼女たちの心に届いたのか。
「だから、心を動かすだけのものを歌えるならそれは本物なんじゃないか。……って感じですかね」
「そう、か……」
「まぁ最初に言ったようにあたしの解釈だけど。それに個人的なことを言わせてもらえば」
ミッシェルによって訳されたこころの言葉を噛み締めていると、そう言ってミッシェルがさらに言葉を続けてくる。
「ぶっちゃけた話、自分の想いが本物かどうかなんてどうでもいいと思ってます」
「どうでもいいって……」
「こころからハロハピの目的聞きました?」
その言葉に頷いて返す。それを確認したミッシェルはよかった、と一つ頷いてからそのまま話を続ける。
「あたしは、あたしたちハロハピメンバーはこころを信じてる。本物か偽物か、正しいか間違いか。そんなこと気にせずにこころの夢が尊く素晴らしいものだと理屈関係なしに信じてる。そんなあたし自身を信じてます。……まぁそう言えるようになったのは比較的最近なんですけども」
「信じる……」
「そう、信じる。人間、夢とか想いとかそういうの、存外そんなもんでいいんじゃないんですかね。少なくともあたしは自分自身本気でその夢に賛同しているのかよくわかってませんけど……それでもこころの夢を信じてるから今、こうしてここにいます」
「クマお前……」
「ミッシェルです。……ま、本当に個人的な意見なんで気に入らなければ忘れるなりなんなりしてください」
言うだけ言って、片手をあげてメンバーたちの元へと歩き去っていく後ろ姿はピンク色のクマのくせにやけに格好いい。そんなことを思いながら言われたことを、少し整理する。
「信じる、ねぇ……」
本物か否かは、どうでもいい。そんな意見はまた新鮮なものであった。想いなど関係なしに求めるものはきっと素晴らしいものであると信じているからそこを目指す……。ああ、なるほど、それは。
「素敵な考え方だなぁ……」
結局、都合のいい考え方な気もするが、それでもよかった。自分の想いは偽物なのかもしれない。二人に同時に向けられる恋心など不純なものなのかもしれない。それでも自分の胸にあるこの熱さは悪いものではないと、素敵なものであると信じたかった。だからまずは手始めに。
「自分の歌を、信じてみよう」
ハロハピのメンバーたちの心を動かした自分の歌は、そこに込められた熱意が本物かどうか云々など関係なしに。誰かの心に届きうる素敵な歌なのだと信じてみようと思う。自身を疑う気持ちはそう簡単には消えやしないけど、少しずつ、少しずつでいいから信じてみようと、そう思えた。