#19.その日に向けて
「で?悩みは解決したっぽいけど具体的にどうなったのさ。一応、俺にはその話を聞く権利があると思うんだけど」
自宅にて。暇かどうかを確認してきたと思ったら突然家に押しかけてきた翔馬は、勝手にベッドに横になりながらそんなことを聞いてきた。その態勢や、突発的な行動に文句を言いたいところではあるが、確かに彼には心配をかけており、同じバンドの仲間でもある。ならまぁ話しておくべきだろう、と判断し、事のあらましをざっと話していく。
「―――まぁ要するに、本物か否は気にせず、それが大切かとかそういう点で信じることにしたって感じ……かな?」
「ほーん……」
話を聞き終えた翔馬の反応は芳しくない。まぁ自分自身の感情的な部分の話であるため、自分も上手く言語化できた自信はない。完璧には伝わってないのかもしれないが……それでも最低限、もう心配ないとは伝わっただろう。
事実、翔馬はどこか安堵したかのように一つ頷いて、それから持ち込んできたポテトチップスを口に運んで咀嚼する。
「っんぐ……ま、何はともあれ落ち着いたならそれでよし!無事ライブに集中できるってわけだな」
「そういうことになるな。……あ」
と、そこであることを思いつく。それは他人に言うには些か恥ずかしい内容であったが……翔馬相手であれば、今更気にする内容ではない。そのため、ちょっと相談なんだけどな、と切り出せばポテトチップスをつまみながらであるが視線をこちらに向けて多少の興味を示してくる。
「俺さ、ライブ終わったらな?」
「おう」
「友希那かリサに告白しようと思ってるんよ」
翔馬はその言葉に驚いたあと、険しい顔へと変わりこちらを見てくる。なにか、そんな顔をされるようなことを言っただろうか、と訝しげな視線を返していればいやな、と翔馬が険しい顔のまま話し出す。
「念のため、念のための確認だけど、どっちかに告白したあと、もう一人にも告白するとかないよな……?」
「オメー、俺のクソ野郎かなんかだと思ってんのか?ん?」
そう言って凄んでやれば、念のためだってと慌てたように手と頭を振って全身で否定する翔馬。まぁこの状況下であれば確認しないわけにはいかないか、と一応納得し引いておく。長い付き合いであるため信じて欲しいところだったが、だからこそもしそうなら止めなければならないとでも考えた、とでも思っておく。
「流石に、ちゃんとどっちか選ぶわ」
「そりゃそうか……。人としてどうかって話だもんな」
「それもあるし……何より、俺がちゃんとこの気持ちに向き合いたいんだよ」
こないだの練習の後に過ごした時間を思い出す。あの時間は自分にとって、かけがえのないものだった。それを汚すような真似はしたくない。ちゃんと向き合って答えを出す……そんな風に誠実でありたいと、自分がそうしたいという話だった。
それを言葉にして出せば、ニヤニヤと翔馬が笑みを浮かべてこちらを見ていることに気づく。確かに少しクサかったか、と恥ずかしさから思わず翔馬から視線を外して適当な場所へ視線を向ける。
「ああ、すまんすまん。いや、お前の夢中なものが何一つない時期を知っているとどうしてもなぁ」
そう言われ、それなら仕方ないか、と溜息を一つ吐く。昔の自分はこんな風にちゃんと向き合いたいなんて言うことはなかった。そんな頃の自分と比べれば、笑みを浮かべてしまうのも分からないでもなかった。ただそれはそれとしてムカつくので、翔馬のポテトチップスを勝手にいくらか食べることでささやかな復讐をする。
「あ、テメッ!……や、まぁ別にいいけどよぉ……」
寂しそうに量が減ったポテトチップスを見る翔馬。確かに存外ポテトチップス一袋って量少ないよな、と思いつつも美味しかったし反省はしていない。
しかし未だに話したかったことを話せていない。なので改めて、空気を変えるためにも一つ咳を挟んでからそれで、と切り出す。
「相談があるんだわ」
「相談?なんだ?」
「俺、友希那とリサ、どっちの方がより好きだと思う?」
「知らねぇよ」
だよなぁ、と天井を見上げる。自分でも分からないのに翔馬にわかるわけもなかった。だが、だからと言って結論を出さないわけにはいかない。ライブの日には告白するのだ。ならばそれまでにちゃんと答えを出しておかなければならない。
と、なれば答えを直接貰うことはできなくても、答えの出し方ぐらいはアイデアがないだろうか、と翔馬に続いてアドバイスを求めてみる。
「知らねぇよ……。少なくとも俺は誰か二人を同時に好きになったことがないからな。どうしたらいいかなんてわかんねぇよ」
そういうもんか、と問いかければそういうもんだ、と返ってくる。困ったな、と呟きながら後ろへ倒れ込むようにして仰向けになる。正直、翔馬以外に相談の宛てがない。いや、まぁ別にいると言えばいるのだが、翔馬以外は自分が恋していることを話していないし、今からそれを誰かに話すのは少し、恥ずかしい。一応、あとは元カノが自分が恋していることも、その相手も知っているが……元カノ相手にそんな話をするなど、どういう神経しているのだ、という話になってくる。
どうしたものかと、溜息を吐いていると、ただ、と翔馬が口を開く。
「実体験じゃないからどこまで宛てになるか知らないけど」
「おう、とりあえず言ってみ」
「なんかの本でその人と付き合ったあととか、そういう先のことまで考えられる相手の方がいい、的なことは見たことある気がする」
「先のこと……」
そう言われ、それぞれ付き合ったあとのことを考えてみる。友希那であれば二人でどこかのバンドのライブに行ってそのあとそれについて議論してみたいし、リサとは以前のように買い物に行って互いに似合う似合わないで議論したり一緒に料理を作ってみたりもしたい。
「……ふむ。どっちともやってみたいことはたくさんあるぞう!」
「ベタ惚れかよ。だから宛てになるか知らないって言っただろ」
確かに結論は出ることはなかった。ただ、それでもなんだか重要なファクターである気もするので一応、ちゃんと覚えておくことにする。
わからない、と言ったわりには翔馬はしっかりと考えてくれているようで、それからもしばし翔馬との議論は続く。けれど結局結論が出ることはなく、ついに翔馬が頭を抱えて呻き声を上げ始める。
「ダメだ、結局こいつがとことん二人に惚れてるってことしかわからん……」
「えへへ……」
「褒めてねぇから照れてんじゃねぇよ」
知ってた、と返しつつ、真面目な話どうしようもなさを感じて困ってしまう。これ、ライブの日までにちゃんと結論出せるかなぁ、なんて思っていると翔馬の方が仕方ない、と指を一本立てて説明の態勢へと入る。
「こうなったらシンプルイズベスト、だ。最も簡単な方法に出よう。戻ると言ってもいい」
「どういことだ?」
「最も基本であるが絶対に結論が出るとは限らない手法があるのさ」
「いったいそれは……?」
ごくり、と自分の唾を飲み込む音が部屋に響く。やけに長く溜め込んだ翔馬はいいか、と前置きをしてからゆっくりとその口を開く。
「―――ひたすらに、デートしろ」
「それで結論が出ないから困ってんだろォ!?」
キレた。条件反射的に体が動き翔馬の腹にストレートを一発叩き込んだ。そして翔馬は崩れ去った。
「ぉぉぉ……いや、お前、容赦なさすぎ……」
「はは、ざまぁ」
「こいつ……!」
しばし、翔馬が回復するのを待つ。本当に綺麗に入ったらしく些か時間はかかったが、ある程度経てば何とか、といった様子で翔馬が復活するので、それで、と話の続きを促す。翔馬はそれに恨みの籠った目で返してくるが、無駄だと悟ったのか一つ溜息を吐いてから話を再開する。
「まぁぶっちゃけた話、それしかもうできることねぇだろって話だよ。結局お前の感情の問題なんだから、デートなりなんなりして結論出すしかないだろ」
「そうなるのかぁ……」
まぁ薄々自覚していたことではあった。何度も彼女たちに会って自身の感情を確かめ続けるしかないのだろう。それでちゃんと結論を出せる気がしないのが問題であるわけだが……もう、それしかないのだから仕方ない。翔馬への相談で得た視点も加えることで何とか結論へと近づくしかない。
「で、そこでだ」
ちょっとやけっぱち気味に腹をくくっていると翔馬が何やらスマホをこちらに手渡してくる。そのスマホには何かの広告のページが表示されており、自分は思わずそれを反射的に読み上げる。
「夏、祭り……?」
「おうよ。ここらの商店街主催だかなんだかで近々祭りやるらしいぞ。ほら神社あるだろ、あそこ」
翔馬の言葉にああ、と神社の存在を思い出す。正直初詣程度でしか行かないので完全に忘れていたが……なるほど、夏祭りなどやっていたのか。地元の催しにはやる気の関係で全く参加していなかったので知らなかった。今までの恋人とはこの時期別の市なんかのもっと規模が大きい祭りに行っていたし。そして何でこのタイミングで翔馬が夏祭りの話をしたのかを察する。
「……誘えってことね」
「そういうこと」
はぁ、と溜息を吐く。別に誘うのは問題ないが友希那かリサ、あるいは両方を誘うのか。リサを誘うのであれば何故友希那とではないのか、ということをリサには聞かれるだろうし、両方誘うのであれば何故二人だけ誘うのかを他のRoseliaメンバーに突っ込まれる可能性もある。いい機会ではあるのだが……どうしたものか、と頭を捻った。
「私は……その日、家族と用事があって……」
「あこはおねーちゃんと一緒に行く予定です!」
「私も用事がありますね」
「私も予定があるわ」
「……あれ、暇なのアタシだけ?」
「おおう、マジか……」
長期休暇であるため、一日だけ休みを挟んでまた丸々一日使った練習。その練習の休憩時間にて、話題として夏祭りの話を出したところ、リサがいい反応と共にRoseliaメンバーで行くことを提案。結果、返ってきた返答が以上だった。暇なのはリサと自分だけ。翔馬も何やら用事があるらしい。
「えー、残念……」
「まぁそんな日もあるさね」
と言いつつも内心ではラッキー、と呟く。これならリサと二人きりで行く口実ができた、と純粋に皆で行きたかったらしいリサには申し訳ないが今回はこの状況を利用させてもらうことにする。
「それならリサ、俺らだけでも行くか?」
「まぁ皆予定あるんじゃ仕方ないよねー……。行かないのももったいないし、そうしよっか」
と、あまりにもあっさりとリサとのデートが決まる。なんだか拍子抜けだ、と思うもそれで済むならそれに越したことはないないと喜んでおくことにする。
「祭りに行くのはいいけれど、その日の分の練習はしっかり別の日の練習で補ってちょうだいね」
「流石ストイック師匠……」
「早速今日の練習で補おうかしら」
「やめてよぉ!俺過労死しちゃうぅ!!」
二日前の練習もハードだったのだ、今日もまた厳しめにされた死んでしまうと思わず叫ぶ。そんなこちらを見て皆が笑うが、こちらは死活問題なのだ。唯一笑っていない氷川さんを見習って―――あ、ダメだあいつ。笑いを堪えてるだけだ。おいこっち見ろよ。
そんな風にふざけていると、そういえば、と友希那が何かを思い出したらしく声を漏らす。
「ライブの件、了承を貰ったわ。Roseliaの弟子なら喜んで、だそうよ。よかったわね、出演決定よ」
「マジかサンキュー!」
「ついに俺たちがステージに立つ日が来たな悠一!」
「おうよ、やるぞ!」
翔馬と拳を合わせ、気合を入れる。一応、友希那には前もって出演はほぼほぼ確定だ、と聞いていたがこうやって本当に決まったと聞けば気合の入り方が変わってくる。いつも以上に全力で、そんな気持ちで今日からの練習には打ち込める。
「それでなのだけれど、あなたたちバンドの名前は決まってる?」
その言葉にそういえば、と思い出す。決まっていない、わけではなかった。実はメンバーが決まった段階で既に自分の意見が採用されバンド名も決まっていたのだ。ただそれをRoseliaメンバーに伝えるのを忘れていた。
……いや、忘れていた、というのもある。だが他にも理由があった。
「まだ決まっていなかったりするのかしら。運営の方もスケジュールを作るのに早めにバンド名を教えて欲しい、だそうだけど……」
「……や、うん、決まってはいるんだ」
多分、言うなら今がいいタイミングなのだとは思う。だが……この場で言うのは些か、いやかなり恥ずかしい。何故なら自分たちのバント名は思いっきりRoseliaを意識した名前だからだ。弟子であり、いつかはライバルになる。そんな意図を込めて付けた名前は、それを当の本人の前で言うというのは恥ずかしいものだった。しかしRoseliaメンバー全員の前だからこそ、それは宣誓として言うべきだとも思う。翔馬にも視線で確認すれば頷きが返ってくるので、ここで言うことを決意する。
だから一度、全員の注目を集める。向けられる視線に一瞬、臆してしまうがそれを抑えて真っ直ぐとRoseliaのリーダーである友希那を見つめて口を開く。
「俺たちのバンド名は―――Rosa Rossa。イタリア語で、赤薔薇を意味する言葉だ」
その言葉だけでRoseliaを意識していると気づいたメンバーが驚いたり、値踏みするような目でこちらを見てくる。けれどそれに負けることなく、はっきりとこのバンド名に込められた意味を告げる。
「赤薔薇の花言葉は色々あるけど、有名どころで言えば『情熱』。前に、友希那が俺の歌を燃え上がる紅蓮の炎って称してくれたからな。それに因んでってのが一つ」
実は他にも、『熱烈な恋』なんて花言葉もあったのも理由なのだがそこら辺は個人的な理由なので割愛。それに何よりも重要なのはもう一つの理由。
「そしてもう一つは、お察しの通りRoseliaを意識して、だ。もちろん弟子だからってのはある」
だけど、とそこで言葉を区切る。そしてRoseliaのメンバーそれぞれの目と一度ずつ視線を合わせる。自分の、自分たちの覚悟がしっかりと伝わるように。そして最後に改めて友希那と目線を合わせ、覚悟を込めて言葉を吐き出す。
「……けど、何よりも。必ず、Roseliaを超えてみせる。……いいや、違うな」
言い切って、そこで初めてそれでは物足りないと自覚する。そんなものでは満足できないはずだ、と胸の中から湧き上がってくる想いがある。見つめた先の友希那も、目だけでそんなものではないだろうと告げている。だから、心の命じるままにその言葉を告げる。
しばし、友希那と火花を散らすように見つめ合う。友希那から向けられるその視線は、もう弟子に対するものではなく、確かなライバルへと向けられるものだと分かる。バンドとしての演奏を聞かせる前にそんな目をされては無様な真似はできないな、とライブに向けて更なる気合が入るのを自覚する。
そしてそれは友希那だけではない。Roseliaメンバーの全員が、ライバルとして今、自分と翔馬を見ている。それに恐怖することはない。ただひたすらに気分が高揚していく。
今は、今はまだ、彼女たちに遠く及ばない。だけどいつか必ず―――その喉元に喰らいつく。そんな覚悟を、この瞬間改めて決めた。