青薔薇に憧れて   作:天澄

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#2.夢中になれるもの

 大学の講義を終え、食堂へ向けて一人歩く。そんな自分に無遠慮に向けられる視線の多さに、いくら自業自得と言えど苛立ちがピークに達しついチッ、と一つ舌を鳴らしてしまう。

 とはいえ流石に態度が悪過ぎると深呼吸を一度。頭の中をクールダウンしようとするが、それで視線が減る訳でもないので多少マシになった程度の効果しかない。

 講義が行われていた建物から屋外に出ても視線の量は変わらず、もはや諦めに近い気持ちで食堂が内包された建物へと移動する。

 にしたって、些か噂が出回るのが早くないだろうか。行動を起こしたのは春休み終了近くであり、大学が始まってからまだ数日である。当人か、あるいはその近しい人間が言い回っているのか……。

 そんなことを思いつつ食堂で席を探す。テーブル席はダメだ。混んでくれば相席になる可能性があるため、視線が煩わしい。出来れば壁際や柱周りのカウンター席がいいが……。

 

「っと、ラッキー」

 

 しばらく探せば幸いにも三席横並びで空席のカウンター席を見つける。これなら込み合うまで横から視線が向けられることもない。背中に感じる視線は致し方なし、と諦め荷物だけを席に置いて昼食を買いに行く。

 その間も相変わらず視線が向けられるが、食堂であれば他学年他学部も多い。今出回ってるであろう噂は同学年の特に同じ学部の人間しか関係がない噂だ。そのためこういう場であればいくらか鬱陶しさは減る。

 食券を券売機で買い、注文を済ませてそれを受け取るために移動する。

 

「あんた……何かやったのかい?」

 

「……まぁ色々ありまして」

 

 去年一昨年を通してそれなりに話すようになった食堂のおばちゃんの心配に苦笑で返しつつ、注文した飯を受け取る。流石に視線の質から気づかれるか、なんて思いながらおばちゃんに軽く頭を下げて荷物を置いた席へと戻る。

 両隣の席は未だに空いており、そのことに安堵の溜息を吐く。こうなることが分かっていながらやったことではあるが、流石に精神的な負荷がゼロとはいかない。少しでも気を楽にするためにあのライブ以降常備するようになったイヤホンと小型音楽プレイヤーを取り出して音楽を聞きながら昼食を摂ることにする。

 

 ーーーああ、この感覚だ。

 

 イヤホンを耳に付け音楽を流し始めると同時。周囲のことが一気に意識から消され、代わりに胸の奥にあの日感じた熱が再び灯るのを自覚する。その強さはあの日感じたものに遠く及ばないが、それでも彼女たち……Roseliaの曲を聞いているとどうしても熱を感じずにはいられない。

 流石に食事をしながらリズムをとるようなみっともない真似はできないので、気を抜けば体が動きそうなのを堪える。そのまま音楽の方に意識を割いていれば味も分からぬまま半分ほど食べてしまっていることに気づく。

 

「よォ悠一!」

 

「おわっ、と。……翔馬」

 

 流石に重症だな、なんて自嘲していると突然言葉と共に背中に衝撃が走る。危うく箸を落としそうになったため非難の目を隣に勢いよく座った翔馬へと向ける。

 

「そうカッカするなって。悪かったよ」

 

「ったく……」

 

 そのまま翔馬が隣に座ってくるので、会話のために仕方なしにイヤホンを耳から離す。同時、聞こえてくる食堂の喧騒だが、流石にというかこちらに聞こえてくるような声量で噂話をするような連中はいないらしく、視線だけ我慢すれば何とかなりそうではある。

 

「しかし珍しいな、お前が食事中にまで音楽聞いてるの」

 

「ん?あー……まぁな」

 

 確かに、自分はわざわざ音楽プレイヤーを用意したりするのが面倒で、普段は持ち歩いていない。だがあのライブ以降はどうにも、Roseliaの曲に限らず無性に何か音楽を聴いていたくなるため仕舞われていた音楽プレイヤーをわざわざ引っ張り出したのだ。

 

「なんだー、Roseliaにハマったかー?」

 

「まぁ……否定はせん」

 

「おっ、マジか」

 

 仲間が増えたぞー、なんて喜ぶ翔馬を見て呑気なものだと呆れの溜息を吐く。噂の対象と今隣に座って話しているのだ、翔馬にも周囲から視線は向けられているだろうに。

 そんなことを思っていたからかふと翔馬は目のみを真剣なものに変え、こちらをしっかりと見据えてくる。

 

「で、噂は本当か?」

 

「……あんま、こんなとこで話す内容でもない。お前、講義何限まで?」

 

「次で終わり」

 

「オッケー、俺も次で最後だからそれ終わったらお前んちな」

 

 とりあえずで約束を取り付け、一度この話題については終わりにする。元々、翔馬には相談したいこともあったのだ。丁度いい機会ではあった。

 あとは次の講義を向けられる視線に耐えながらこなすだけだと、適当なことを話す翔馬の言葉を聞き流しながら溜息を吐いた。

 

 

 

 

「でー?噂の仔細、聞かせてくれるんだろうな」

 

 実家暮らしの翔馬の家に着き、翔馬の部屋に入った瞬間告げられたのはそんな言葉だった。そう急くな、と翔馬に返しつつベッドの縁に座らせてもらい、持ち込んだペットボトルの飲料で喉を潤してから事情の説明に入る。

 

「つっても、多分ほぼほぼ噂通りだと思うけどな。単純に俺が彼女に別れてくれって言っただけだぞ」

 

「いや、だからどう別れたかとか、何で別れたかとかな?」

 

 そりゃまぁ確かに聞きたいのはそこか、と頭の中でどう説明するかを組み立てていく。

 自分も翔馬もたかが一組のカップルが別れた程度で何故ここまで話題になっているかは疑問に思わない。なんせ自分がフった相手は大学一の美少女なんて言われたりもする、うちの学部のマドンナだ。当然、そんな子がフラれたなんて話題にならないわけがないし、何よりフった理由が理由だ。噂になるには充分すぎる要素が揃っている。

 

「まぁ噂になってる段階でお察しだろうけど、俺が彼女を一方的にフったんだよ」

 

「噂通り、ってことか。で?噂だとその理由も酷かったって聞いたぞ?」

 

 あまり、言いふらしたいことでもないのだが。と、一瞬思うが元々翔馬に相談するにあたって避けられない話題である。彼にだけは言うべきだろうと判断し口を開く。

 

「『やっと、夢中になれそうなことを見つけた。だから君に構っている暇がなくなった。別れよう』って確か言った」

 

「……マジか」

 

 目を見開いて翔馬がポツリと漏らす。ただ彼の驚きが言葉の内容の酷さだけに向けられたものではないことが、長い付き合いの自分には理解できた。

 翔馬との付き合いは高校一年生からのものだ。そんな彼はこちらの何かに熱中できないという質をよく理解している。そんな自分が()()()()()()()()()()()()()()()といったのだ。本人ですらその事実に驚いているのだ、翔馬もまた強い驚きを感じているのだろう。

 

「いや……マジか。予想外過ぎてちょっと思考が追い付いてない。お前本当に夢中になれるもん見っけたの……?」

 

「まだあくまでなれそう、だよ。それが何かは……タイミング的にお前なら予想付くんじゃないか?」

 

 その言葉に少しの間思案する翔馬だったが、すぐに思い当たったのかはっとした顔になる。そんな翔馬に顎で言ってみ、と促せば驚きに満ちた声で答えを口にした。

 

「音楽、か……?」

 

「おうさ、あの日のライブでな」

 

 合っている、と翔馬に告げるといくらか困っているような顔をしてこちらに同情したような顔を向けてくる。しかしそんな目で見られるようなことを言ったつもりはこちらにはなく、ただ戸惑うしかない。するとその戸惑いに対してまるで仕方ないなと言わんばかりに首を振った翔馬は優し気な笑みでこう言う。

 

「バンドとかの追っかけは大変だぞ。本気になり過ぎて全国ツアー全参加みたいな暴挙だけはしないようにな」

 

「違う。そういうことじゃない」

 

「えっ」

 

 本気で驚いた顔をした翔馬に、音楽にハマったというのはファンとしてという話ではないと告げる。確かにRoseliaのファンにこそなったが、全ライブに行こうなどと思うほどではないのだ。

 

「俺が夢中になれそうってのは……その……」

 

「なんだよ」

 

 早く続きを言え、と言わんばかりの翔馬だが、どうにも気恥ずかしくて続きが言えない。ただやってみたいことを告げるだけなのに言えないのは、今までそういう経験がなかったからだろうか。しかし他の誰よりも翔馬に対してだけは話さなければならない。協力を仰ぐという意味でもそうだし、何よりもあの日ライブに誘ってくれた感謝の意味も込めて彼に話すのが筋というものだろう。

 二度、三度と深呼吸をする。そこまですれば流石に口に出す覚悟も決まる。今までの人生、自らどうしてもやってみたいことがなく誰にも言ってこなかったため、自分がやりたいことを断られてしまうかもしれない、馬鹿にされるかもしれないと感じることがここまで不安だとは知らなかった。それでも先に進むために翔馬へと自分がやりたいことを、協力してくれと頼むことにする。

 

「―――俺は、バンドを組んでみたい」

 

 

 

 

「致命的に不器用だな」

 

 

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

 項垂れる自分に翔馬はどこか憐れなものを見るような視線と共に、容赦のない評価を下してくる。そしてその評価は自分でも妥当だと思ってしまうようなものなので文句を言うこともできなかった。

 ―――翔馬に対し自身のやりたいことを告げた直後。翔馬は満面の笑みと共に任せろと言ってくれた。そんな翔馬の言葉に多大な感謝を感じ、それを言葉にしようとするがそんな自分よりも素早くテンションが上がった様子の翔馬はこちらを別の部屋へと連れていく。

 連れていかれた先はなんと防音部屋らしく、翔馬がやっているギター以外にもベースにドラム、キーボードやそれらを扱うにあたって必要な機材が一通り備わっていた。楽器と機材以外は存在しないどこか殺風景にも感じる部屋は曰く、翔馬の父親が昔バンドを組んでいた頃に使っていた品々らしい。今でこそ当時のバンドメンバーは転勤などでバラバラになり演奏することもなくなってしまったそうだがそれでも思い出として未だにメンテナンスを繰り返しここに保存されていたそうだ。そして翔馬がギターを始める際にバンドを組むことがあれば存分に使ってくれ、と父親から託されたらしい。

 そんな部屋にこちらを連れてきた翔馬はどのパートがやりたいんだ、と確認してきたため、こちらに試しとしてこの部屋にある楽器を使わせようとしていると察し、思い出の詰まったものに素人が触れるなど申し訳なくて断ろうとした。しかし翔馬はむしろ使ってやってくれ、父親もそれを望んでいると強く押してきて、なし崩し的に適性を測るためにも一通り全ての楽器を演奏することになった。

 そして残酷な現実に直面したのだ。

 

「キーボードは指の動きが全然追い付かずに、どこがどの音を出すか覚えるのも一苦労。ドラムは両手両足を違うタイミングで動かすことができなくてロールも惜しいとすら言えないレベル。一番やりたいらしいベースも指の動きが安定しなくて一定リズムで弾けないし、コードを押さえるのも別のコードに移るのに手間取り過ぎる」

 

「もしかしなくても俺楽器向いてない……?」

 

「うーん……どれもこれも練習すりゃなんとかなるものではあるけど、今の感じかなりの練習量がいりそうだなぁ……」

 

「……練習でどうにかなるなら、俺はやるぞ」

 

 開幕から心が折れそうではあったが、ようやく見つけた夢中になれそうなことなのだ。たかが他人より練習量が必要なくらいで引くつもりはない。そんな意思を込めて翔馬を見るが、しかし翔馬は難しい顔を崩さない。

 

「……そんなに練習量やばいのか?」

 

「や、まぁ一般的には別に問題ないんだけど。お前の目標ってRoseliaだろ?」

 

 頷いて返せばやっぱりなぁ、と翔馬が溜息を吐く。目標を下げたりは、と確認してくる翔馬に首を横に振って返す。演奏を生で見たのがRoseliaだけ、というのもあったが切っ掛けがRoseliaであり、何よりも自分をここまで熱くさせてくれた彼女たちが目標というのは譲れないところであった。

 

「うーん、となるとやっぱ厳しいものがあるなぁ……。彼女たちのレベルに才能低めで後から始めて追い付くのは難しいぞ。ただでさえ彼女たち練習量が凄いらしいし、それを超える練習量が必要ってなるとなぁ……」

 

「……それでも、俺は必要ならやる覚悟はあるぞ」

 

 少なくとも自身の中にそれだけの熱量はあったし、初めて熱中できそうという事実に練習すらも楽しみなところもあった。こちらとしてはどれだけ練習量が増しても問題なかったのだが、ギター経験者の翔馬の見立てではどうやら、Roseliaに追い付くまでとなるとかなり時間がかかってしまうようだった。

 

「……できることなら早く目標に辿り着きたいだろ?」

 

「そりゃまぁ」

 

「と、なると後はボーカルとしての才能にかけるしか……」

 

「あー、いや、ボーカルはちょっとなぁ……」

 

 歯切れの悪いこちらに翔馬が首を傾げる。しかし流石に、その原因を言うのは翔馬相手でもかなり躊躇いがある。やりたいことを口に出す以上に勇気が必要な内容だった。しかしそれを言わなければボーカルに関しては乗り気でない理由の筋が通らなくなる。言いたくはない、言いたくはないが、それでも翔馬という親友であればまだ言ってもいい相手であろう、と無理矢理自分を納得させ、何とか声を絞り出す。

 

「その、だな……」

 

「おう、なんだよ、言ってみ」

 

「あー、その……Roseliaのボーカルの人、いるだろ?」

 

「ああ、湊友希那、って名前だったかな?」

 

「……彼女に一目惚れした」

 

「……は?」

 

「……ああ、もう!彼女に一目惚れしたんだよ!そんで彼女のために演奏してみたいって思ったの!」

 

「……マジか。……いや、ははっマジか!くっ、ははははははっ!!マジかオメー!!」

 

 やけっぱちで勢いだけでボーカルをやりたくない、というよりか楽器の演奏をしたいと考えている理由を叫ぶ。

 それを聞いた翔馬はしばし呆然とした後、あろうことか大笑いを始めてしまった。

 

「テメッ、笑うこたぁねーだろ!」

 

「くくっ、いやわりーわりー、予想外過ぎてな。いやなるほど、そりゃ確かに彼女と別れるわな」

 

 怒りを込めて翔馬に一発蹴りをいれるが、翔馬はそれで謝りこそすれど未だに口には笑みを浮かべており、こちらとしては怒りが治まらない。しかし彼女と別れた一番の理由を言い当てられてしまい、なんだかこちらの考えていることを全て見抜かれたかのような気分になってしまい、強くも出れなくなってしまった。

 

「なるほどなー、実現できるかはともかくとして、そういうことならボーカルを避けたいのも分からなくもない。でもだったら歌上手くなって彼女とデュエット、ってのもありじゃないか?」

 

「む……」

 

 翔馬からの提案に、思わず唸る。確かに自分には思いつかなかった彼女と肩を並べてステージ上で歌う、という案はどうしようもないほどに魅力的な提案に思えた。

 

「その顔はそれもありって感じだな?ただ俺は楽器の演奏は一通り親父に教わったからある程度の判別は付くけど、歌うことに関しては才能あるかの判別とかできないからなー……。教えることもできないから自力で努力するしかなくなるし」

 

 翔馬は一目惚れしたという話に関しては笑いこそしたがどうやらこちらに協力的ではあるらしく、こちらがボーカルとしての才能があるかどうかをどうやって確認するかを真剣に考え始めてくれる。こちらとしては魅力的な提案のおかげでどのパートであろうが最終的に彼女に並び立てることができれば問題なくなったので、何かいいアイデアが思いつかないか翔馬に期待するしかない。独学になってしまう点については、ネットで調べて頑張るしかない。金さえあれば教室に通うという手もあるわけであるし。

 

「俺は歌の才能の良し悪しを判断できるような人の伝手はないしなぁ……。あ、それこそお前の親父さんとかはダメなの?」

 

「あー、まぁ親父なら教えることはできなくても才能のあるなしくらいなら……ん?……伝手?いや……待て、そうだ、あった!あったぞ一個伝手が!それもとんでもない伝手が!」

 

 こちらが提案した翔馬の父親を頼る、というアイデアに納得しかけるなか翔馬が何かを思い出したかのような顔をし、しばし思案したあとには大きな声を上げる。その声量といいこと思いついたと言わんばかりの顔からかなりいいアイデアを思いついたということがこちらまで伝わってくるため、必然的に期待値が高まってくる。

 

「一年近く前に聞いた話だから絶対とは言えないけど、もし記憶が間違ってなければお前に対する利点がヤバいぞ」

 

「そんなにか。どんな伝手なんだ、早く教えてくれ」

 

「いいか、よく聞け……」

 

 期待を高めるだけ高め、やけに焦らしてくる翔馬がもどかしい。真剣な顔で思わず生唾を飲み込んだ音が部屋に響いた直後、ついに翔馬がその口を開いた。

 

 

「Roseliaに、会いに行くぞ」

 

 

「えっ」

 

 

 




というわけで次回、Roselia登場。
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