幾度となく待ち合わせに利用した公園。夕暮れ時というにはまだ少し早い、空が青さを残す時間に自分は今日も今日とてここを待ち合わせ場所としてリサのことを待っていた。
ただいつもと違い、祭りの開催される神社が近いということもあってここを待ち合わせとしている人も多く、少し狭苦しく感じる。
これ、リサはこちらのことを見つけられるのだろうかと心配しながら、チャットアプリで公園入り口付近、とだけ端的に送っておく。
「あのー……すいません」
「どうかしましたか?」
「もしお一人なら私たちとお祭り行きませんか……?」
「ああ、すいません。お誘いは嬉しいのですが……彼女と待ち合わせているので」
またか、と内心辟易しながらも表面上は申し訳なさそうにして女性グループからの誘いを断る。リサには悪いが、彼女と言っておけば流石にそれ以上しつこく誘ってくるような人もいない。
リサとのデートということで張り切り過ぎたか、と若干後悔しているとまたあの、と声をかけられる。それに何とか内心が表に出ないように気を付けつつ、適当にあしらおうとして、視線を向けた先の存在に言葉を失う。
「悠一さん、だよね?」
「……あ、ああ、俺だぞ」
遠慮がちに声をかけてきたリサは、浴衣を着ていた。それ自体は、予想の範疇ではある。お洒落に気を使うリサだ、祭りに合わせて浴衣を着てくるというのは充分に予想できた。
だが予想できなかったのは……その似合いっぷりだろうか。浴衣のベースの色は紫とあまりリサに縁がないように思える色。しかし暗い紫がベースとなることでリサのイメージカラーである赤色の牡丹柄が良く映えている。髪もそれに合わせてアップにまとめられ普段見えないうなじを覗き見ることができ、そういった趣味はなかったはずなのに見惚れてしまう。
好きな相手と自覚してからというもの、リサのことは魅力的に感じていたが、浴衣姿ともなると破壊力が凄い。これ、今日平静を保てるかな、なんて思いつつ何とか余裕を保とうと努力する。
「いやー……悠一さん、甚平に着てそれに合わせて髪型も変えてるから、ぱっと見じゃ自信持てなかったよ」
「まぁ今日は折角の祭りだからな。リサの方もそうだろ?」
「えへへ、まぁね」
はにかんだリサはくるりとその場で一回転してみせる。ふわり、と袖や裾が風に揺れるが、正直そんなことより笑顔でそんな仕草をしたリサが可愛くて辛い。こんなに可愛い子と恋心を自覚する前は散々デートしていたのに欠片も意識していなかったのか、と過去の自分に呆れつつ、折角全体像を見せてくれたのだからちゃんと、似合っていると褒めておこうと考える。
……しかし、いざ好きな相手を褒める、となると緊張する。どこまで触れていいのか、何を言えば喜んでくれるか、そもそも的外れなことを言ってはいないか。そういうのが気になって中々言葉が出てこない。だがあまり待たせてはいけない、と勇気を振り絞って口を開く。
「……よく、似合ってると思うぞ。紫は意外だったけど、赤が映えて綺麗だ。うん、相変わらずいいセンスだな」
ここら辺、女性を褒めるというのは難しい。容姿まで褒めるとセクハラ判定が出る場合もあるし……まぁリサ相手であれば問題ない、とは思うのだが一応の配慮だ。それにセンスがいい、というのも本音である。
こちらの言葉に照れたように笑うリサを見て、間違えなかったことに安堵していると、ふと顔の雰囲気も違うことに気づく。
「……もしかして、メイクもいつもと違う?」
「えっ?」
「……うん、なんていうかいつもより落ち着いた感じで、和の雰囲気を持った浴衣によく合ってる」
そこまでつい言ってしまってから、口が滑ったことを自覚する。あんまり褒め過ぎても逆効果だったりする時もあるのだが……。
恐る恐る、リサの様子を伺う。その顔は赤みがかっている……が、一先ず怒っているわけではないのは、何となくわかる。おそらく照れが強まっただけ、という感じか。
「も、もうっ、何でそういう細かいところまで気づくかなー……」
「……ま、俺もお洒落とかには気を使うタイプだしな。参考にするためにも人のファッションとか気にしてたりするのさ」
君のことを見てるから、とは流石に言えない。今はタイミングではないだろうし、場合によってはストーカー染みても聞こえる。それにまだ、友希那かリサか、ちゃんと答えが出せていない。だからその言葉はそっと胸にしまって、あながち嘘でもないことを言ってその場は誤魔化す。
「それとも、嫌だったか?」
「まー、そりゃ?気づいてもらえて嬉しいけどさ……」
ならよかった、と呟く。照れてそっぽを向くリサの可愛さにほっこりしながらも、これ以上この話題で恥ずかしがらせても申し訳ない。それにいい加減、祭り会場に行きたいところでもある。
「そしたら、そろそろ行こうか」
「あ、うん、行こっか」
リサも今の空気を変えたかったのか、すぐにこちらの提案に乗ってくる。そのまま、二人で適当な話をしながら神社の方へと向かって歩く。
しばし歩けば、徐々に空気が変わってくるのが分かる。なんというか……浮かれた空気というか。言い方こそ悪いが、その浮ついた感じが祭りらしくあり、自分もテンションが上がってきているのを自覚する。昔、別の市の祭りに彼女と行ったときはそんなことなかったのに、今はテンションが上がっているのは、やはり隣にリサがいるからなのだろう。
雰囲気が変わるにつれて、自然と人の数も増えていく。それを何とかかき分けながら、リサの手を取るか悩み―――それぐらいは、許されるだろうと祭りの雰囲気に酔うことで勢いをつけてリサの手を握る。流石にその時までリサの顔を見る勇気はないが、それでもしっかりと握り返してきてくれた感覚に安堵する。
手を繋いだ照れで、互いに無言になってしまう。そうなると自然と周囲の音が耳に入るようになり……特徴的な音があるのに気づく。
「これは……太鼓?」
「あ、ああ、このお祭りね、和太鼓の演奏があるんだ」
思わず呟けば、無言の時間を嫌ったのかリサが話題に食いついてくる。それに知らなかったな、と返しつつ和太鼓の音色に耳を傾ける。ドラムとはまた種類の違う、ずんと体の奥に響く音色に、興味が湧く。
「和太鼓も、いいもんだな」
「この和太鼓、あこのお姉さんが叩いてるんだって」
「へぇ、宇田川さんの」
つい、そう声が零れる。以前、宇田川さんから姉の話は聞いている、曰く、お姉さんの方もドラマーという話だったが……打楽器という点で、流用できる技術などもあるのだろうかと素人なりに考察する。
そんなことを考えていれば気づけば、祭りの会場へと辿り着く。神社の境内ではないが、屋台の多くは境内よりも外にもあるため、会場自体は厳密には神社だけではなかったりする。
「ここの祭りって、こんな感じだったっけか。懐かしいな」
「悠一さん、ここのお祭りって来てないの?」
「昔……小学生ぐらいに行ったきりかも」
いつからこの祭りに行かなくなったのか思案し……ちょうど、幼馴染の千聖に避けられ始めた頃だ、と思い出す。祭り中に鉢合わせたら申し訳ないな、なんて千聖の方は当時から子役として活躍してて忙しかったのに、無駄に警戒して行かなかった記憶がある。それ以来、なんとなく行かなくなってしまったのだったか。
「それならさっ、久々のお祭り楽しもうよ!」
しばらく記憶を遡ってぼう、っとしているとリサがそんなことを言って繋がれた手を引いてくる。それに導かれるまま、ゆっくりと祭りの喧騒へと歩き出す。
こういう祭りの屋台は高いよな、と思いつつも匂いにつられ、視線が自然と屋台の方へとつられる。そして祭りの雰囲気にあてられ、ケチる方が無粋であろうと、ついつい財布の紐が緩くなる。そしてそんなのもリサと一緒にであれば、悪くない、などとも思ってしまう。
「あ、久々にわたあめ食いたい」
「なんやかんやで悠一さん、甘いもの好きだよねー」
からかうようなリサの声音にうっせぇ、と返しつつわたあめを売っている屋台へと近づく。値段は……キャラクターものではない、ただの棒付きでも三百ほどする。だがまぁ、気にするものでもないし、そもそもわたあめなど原価が安かろうが祭り以外ではまず食べないのだから、と自分を納得させて屋台のおっちゃんにお金を支払う。
「坊主、キャラクターものの方じゃなくていいのか?」
「んな歳じゃねぇっての」
「こっちの方が稼げるんだがなぁ……」
「客の前でんなこと言うなよおい」
本当に買わない?としつこく確認してくるおっちゃんに買わない、と断言しつつわたあめを受け取る。そのまま一口食べれば口の中で甘さが広がると共にわたあめが溶けていく。久々に食うと美味いな、なんて思いつつリサの方にも差し出せば遠慮がちな目で見てくるので更に口の方へ近づけてやる。そこまですれば流石に遠慮をやめてリサがわたあめを口に含む。
「んむ……久々に食べると美味しいもんだね、わたあめも」
「同じこと思ってーら」
そう言って二人で笑い合う。そんなことをしていれば、屋台のおっちゃんがニヤニヤしているのに気づき、先ほどまでのやり取りが急激に恥ずかしくなってくる。そんなこちらを知ってか知らずか、おっちゃんがニヤニヤしたままからかうような口調で口を開く。
「いいねぇ、別嬪さんを連れて羨ましいもんだ」
「べ、別嬪だなんて……」
「ハハッ、初々しいこった。しかし昔仮面ライダーの袋に入ってたわたあめを親に買ってもらって喜んでた坊主が今じゃ彼女連れとはねぇ」
その言葉に思わず目を見開いておっちゃんを見れば、してやったりとニヤリと笑みを浮かべるおっちゃん。まさかそんな昔のことを覚えていて、しかも成長したこちらのことに気づくとは。自分のことを覚えていてくれた人がいる、という事実が少しばかり嬉しいことだった。
「―――と、地元っぽい高校生や大学生にあの日、わたあめ売ってたおっちゃんプレイをして遊ぶのが最近のマイブーム」
「おっちゃぁん!!」
感動を返して欲しい。そんなことを思いながらお茶目なおっちゃんに別れを告げて再び祭りの雑踏の中を進む。ただあのおっちゃん、どこか既視感があるので本当に昔あの人からわたあめを買ったりしたのかな、なんて考えて笑みを浮かべる。
「ん、どしたの?」
「なんでもなーい」
けれどそれをわざわざ口にするのも無粋な気がして、笑みを浮かべるこちらを不思議に思ったらしいリサの質問をはぐらかす。当然、リサはさらに問い詰めようとしてくるがそれをのらりくらりと躱していく。
「お、チョコバナナあんじゃん。買ってこよ」
「まーた甘いもの……」
好きなんだから仕方ない。そうやって言い訳しつつ、チョコバナナの屋台は少し混んでいたため列に並んで待つことにする。その最中、視界に学生服を着て歩く人々を見かけ、ふと疑問に思ったことをリサに聞いてみることにする。
「そういやリサはさ、と学校の友達とじゃなくてよかったの?」
大学の友人の誘いを蹴った自分を棚に上げつつ、リサにそう聞いてみる。それにリサは今更だね、と言いながら質問に答えてくれる。
「Roseliaの皆と行く、って言っちゃってたからねー。もう今更だったっていうか。だから悠一さんとでもいっかなって」
自分とだから、という答えでなかったことにがっかりしつつも、まぁそんなもんだよなとも納得する。今もまだ手は繋がれていることから、間違いなく嫌われてはいない……というか、好かれてるいる、とは思う。それがどれほどの好意かまではわからないが。
だから、少し探りを入れる意味も込めて、もう一つ疑問を放つ。
「友人とかにこの状況、見られてもいいの?」
そういって繋がれた手を少し持ち上げれば、照れたようにリサの顔が赤くなる。ただそれで払われることはないので、それなりの好意が向けられているのはきっと、間違いない。異性としてそれなりに意識されてるとも思う。恋人になりたい、というほどかまでは知らないが。
「正直、今まで何度か一緒に出掛けてるし、今更って感じはあるかなぁ……」
言われてみれば確かに、リサとのデートはここら辺の地域で行われている。今になって気にしたところでどうということはないのかもしれなかった。ただそれでも友人に何か言われるのを想像したのか、さらにリサは赤くなっているのだが。
「そ、それに悠一さんはイケメンだから?友達にはちょっとした自慢になるんだ」
「まぁ確かに俺、お前が来るまでに何回か逆ナンされたしなぁ……」
「えっ、何それ」
はっはっは、と笑ってどういうことか問いかけてくるリサを誤魔化す。まぁわざわざそれを断ってこうしてここにいることが答えではあるのだが、そこら辺まではリサは気づかない。気づかれてもこちらの気持ちがバレる可能性が上がるので困るのだが。
「……それこそ、悠一さんは友希那とじゃなくてよかったわけ?」
こちらが仔細を語る気がないと理解したリサは反撃とばかりに友希那について聞いてくる。そういえばリサはまだ、こちらの好きな相手は友希那だけだと思ってるんだよな、と思い出しつつなんと答えたものかと考える。全て正直に言うのは……なしだ。それはライブの日に言うべきことである。だからとれる選択肢は結局、誤魔化ししかない。
「その友希那は用事があるらしいからな。致し方なしってやつだ」
「……そっか、仕方なしか」
「おう」
本当はリサと過ごしたかったから、と言いたい。だがまだだ。ちゃんと、自分の感情に結論を出してから、それからだ。
―――そこから、しばらくリサと二人で祭りを周る。色んな屋台を見ていき、和太鼓の演奏会場にも行き、宇田川姉妹にも会ったりもした。そうして祭りを楽しんでいれば時間はどんどん経過していき、それなりに遅い時間になってくる。
「いやぁ、久々の地元の祭りも楽しかったな」
「Roseliaの皆が予定があるって言った時はどうしようかと思ったけど、悠一さんがいてくれてよかった」
祭りからの帰り道、互いに祭りの感想を言い合いながら歩く。ちょっと変えるには早い時間だったりもするのだが、あんまり長居するとついついお金を使ってしまうので早めの切り上げとなった。
祭りが終わってしまうことに名残惜しさを覚え、それを誤魔化すように二人で喋り続ける。けれどそんな理由で喋っていれば、あまり楽しめず自然と話題がなくなっていってしまう。そしてついに会話が途切れた頃。
―――ひゅー……、なんて聞き覚えのある情けない音が聞こえてくる。
その音に反射的に二人で空を見上げれば、パァンと続いて炸裂音が響き渡る。そして夜空に咲き誇る大輪の花。その突然の光景にしばし、見惚れたあと、更に打ち上げられた二発目に意識を取り戻す。
「……ここの祭り、花火なんかあったっけか」
こちらの疑問に、リサがあ、と声を漏らす。そしてスマホで何かを検索したかと思えばとあるページを開いてこちらに見せてくる。
「そういえば今年から花火打ち上げるんだって。祭りで花火がないのは寂しいだろって意見があったらしくて。ほらここ」
そう言ってリサが指し示す場所を見れば確かに、リサが言っていた通りのことが書いてある。
「そっかぁ……忘れてたや……」
リサの呟きを聞きながら、道端で打ち上げられる花火を見る。他の人々は祭りの会場で見ているのか、辺りに他に人はいない。明らかに花火を見るには位置が悪く、あまり綺麗には見えない。けれど、と花火を見るリサの横顔を見る。花火の光に照らされるその姿は、服装もあっていつもとは違う幻想的なものに見える。そんなリサと二人で花火を見れるなら、多少綺麗に見えない程度、どうでもよく思えた。
「……ねぇ、悠一さん」
ポツリ、とリサが呟く。それに改めてリサの方を見れば、しばしリサは言うべきか言わざるべきか逡巡した様子を見せ―――そして笑顔で、けれどどこか儚さを感じさせる顔で言葉を紡いだ。
「友希那のこと、よろしくね」
……本当はなんて言おうとしたのか。しかしそれを問いかける資格は自分にはなく、帰ろっか、と言ってくるリサに頷きを返すしかない。
もう、自分はリサの気持ちがわかっていた。今彼女が伝えようとしていたことも、分かっていた。だけど彼女がそれを言えなかった理由は自分の行動にあり、そして未だに選べていない自分にはその言葉を引き出す資格はなく。
だから、だから今は―――彼女に我慢させることしかできない。自分の都合に付き合わせて申し訳ないとも思うし、そんな自分が情けなくも思う。
けれど、必ず。必ずライブの日に答えは出すから。そんな風に勝手に誓うことしか今の自分にはできなかった。