「悪い、待たせた!」
走りながらこちらのことを待ってくれていた少女へと声をかける。少女は暑い中待っていたというのに、いつもと変わらず涼しげな顔で走ってきたこちらのこと見据えてきた。最初に今日の外出を提案したのに、その自分が遅刻したことに申し訳なさを感じ、思わずその視線に委縮してしまう。
「や、本当にすまん」
「別に、構いはしないわ」
待ち合わせた相手―――友希那は本当に何とも思っていないかのように全く表情を揺らがせずにそう言い切ってくる。だがそれは見ようによっては怒っている態度にも見えて、普段のストイックさもあって友達少ないんじゃないか、なんて余分なことが気になってきてしまう。流石に、口に出すほど軽率ではないが。
「でもあなたが遅刻するなんて珍しいわね。なにかあったの?」
「あー……まぁ色々と」
確かに、少し問題があったのだ。ただそれを友希那に言うわけにはいかなかった。―――夏祭りの帰り道で見たリサの顔が、頭から離れないなどと。
あの顔をさせた責任は全て自分にあるという自覚があるために、後悔や今すぐに解決できない自分の情けなさがずっと頭の中を占めており、考え込み過ぎて家から出るのが遅れたなどと言えるわけがなかった。
「まぁその分、埋め合わせはするさ」
「そう……それなら別に構わなけれど」
「それじゃ、行こうぜ」
友希那を連れて、目的地へ歩き出す。流石に、友希那に対しては手を繋ぐ勇気がない。リサの時は祭りの空気に乗って、というところがあったし、友希那はどんなリアクションが返ってくるのか予想できないのだ。
チラリ、と隣を歩く友希那を盗み見る。相変わらず、いつも通りの表情であり、こちらと二人で歩いていることに対してどう思っているのかがわからない。リサの方は、似ている部分もあるためいくらか分かったのだが、と思いながら頭をかく。
「とりあえず、今日は侘びとして何か奢るよ」
「そう?それじゃあお言葉に甘えるわね」
夏祭りに、音楽関係、それ以前のものも含めると流石にもう、そこまで余裕があるわけではないのだがそこはまぁ遅刻した自分が悪い、ということで。その遅刻の原因となったリサのことも今は一先ず忘れておくことにする。そう簡単に頭から離れる者でもないし、そうしていいものでもない。ただ、流石に友希那といる時に他の女性のことを考えるのも失礼だろう、という話だ。
「それにしても本当に出かけている余裕はあるの?来月にはライブなのだけれど」
それを言われると痛い所ではある。ライブが近づいてきているからこそ、結論を出したいわけなのだがそれを言うわけにもいかない。ただまぁ、他に全く理由がないわけでもないので、とりあえずはそれを言っておくことにする。
「ライブに向けてちょっと最近追い込み過ぎてたからな、息抜きだよ息抜き」
「……本当かしら」
疑り深い友希那に、本当だよと返しておく。実際、リサの件を頭から振り払うために馬鹿みたいに練習に打ち込んだりもしている。その休憩としてこのデートを企画したところはあった。普通の、一人だけでの休息だと肉体面はともかく、精神面は休まらなかったであろうし。
「まぁ今はその言葉を信じておきましょう」
「そうしてくれ」
「次の練習の時には分かることだもの」
本当にこのストイック師匠、ちょっと外せない予定があって仕方なしに練習をしなかったことを必ず見抜いてくるから怖い。そして即時にその分を補う練習メニューを提示してくるのだ。本気で面倒を見てくれている、というのは嬉しいことなのだが音楽に関してだけと言えど行動を読まれるというのは恐ろしいことだった。主にこちらの抱く想いに気づいてはいないかと言う点で。
「それで今日は結局どこに行くのかしら。当日までのお楽しみということだったけれど」
「ああ、それか」
そう、今日のデートにおいては友希那に一切の内容を知らせていない。何故なら知らせていればそもそも来ないであろう内容だからだ。ただ、ここまで来れば流石に帰らないだろう、とも思うので今なら言ってもいいだろう、と判断する。
「今日行くのはな―――猫カフェだ」
「帰るわ」
「ちょ、待て待て待て待て!」
まさかここに来て帰ろうとするとは、と驚きつつもギリギリ友希那の手首を掴むことに成功する。そうなれば華奢な友希那がそれなりにガタイのいいこちらを振り払えるわけもなく、なんとか、一先ずは帰るのを阻止することに成功する。それでも、未だに逃れようとしているのだから油断できないのだが。
「放しなさい。私は帰るのよ」
「なんでだよ、お前、猫好きだろ」
そう言えば、珍しく分かりやすく顔を赤くした友希那がこちらを恨みがましげに見てくる。とりあえず、掴んだ腕から抵抗が消えたのを確認したので友希那を解放しつつ、少しばかり呆れた目で友希那を見る。
「猫好き隠してるのは知ってるけど……別に、俺相手ならいいだろ?」
それは、友希那に特別信頼されてるからなどという己惚れではなく。単純に以前のデートで言い逃れのできない場面を見たからこその言葉だった。今更こちら相手に隠しても無駄だろうと、呆れと共に友希那を見れば、そういうことではないわ、と首を横に振られる。ならばどういうことかと確認してみれば恥ずかしそうに友希那はそっぽを向いてから口を開く。
「……あまり、弟子に情けないところを見せたくないのよ」
「可愛いかよ」
「……何か言った?」
「いんや、何も」
ついつい漏れた言葉を誤魔化しつつ、そういうことかと納得する。確かに自分が友希那の立場であれば分からなくもないと思う。ただまぁ結局それも手遅れだ、という話になるわけで。
「正直猫に関しては今更なところあるから……諦めて楽しまない?」
「……そう、ね」
はぁ、と友希那が溜息を吐く。そしてようやく諦めたのか、目的地の方へと歩き始める。先導されることなく歩くところを見ると、流石猫好きというか猫カフェの場所は把握してるらしい。
「前回既に醜態を晒しているし、あなた相手にはもう今更なのでしょうね」
「別に醜態とは思っていないんだけどなぁ……」
まぁそこら辺は本人の感覚故、そこまで突っ込むことはしない。
友希那の方は完全に開き直ったのか、ズンズンと前へ進んでいく……いやこれ違うな。開き直ったことで猫カフェが楽しみなだけだ。証拠に既に瞳が輝いている。
普段のストイックさの割にこういうところが可愛いんだよな、と思いながら友希那を追いかける。
「……にゃーにゃー、にゃぁん……」
「可愛い……いや可愛すぎない……?マジで可愛い……」
無論、猫ではなく猫と戯れる友希那が、である。猫を愛でる友希那のあまりの可愛さに語彙力を失いつつ、注文した紅茶を口に運ぶ。一応、猫カフェなので自分もやけに懐いてくる白猫を膝の上に乗せて愛でているので、猫カフェを楽しんでいはするのだが……いや、ただそれ以上に友希那が可愛い。
今回はもう、完全に開き直っているらしく、全力で猫と遊んでいる。前回を遥かに超える笑顔を浮かべているが……まぁペットショップのガラス越しとでは実際に触れられるのだから喜びが違うだろうと納得する。
そしてその猫への夢中っぷりは、店員の方も苦笑するほどである。その店員の様子を見ていると、どうやら友希那はここに来たのは今回が初ではないようで、苦笑にはまたか、という感情が乗っているようにも見える。
「……って、あれ」
そこまで観察して、店員の顔に見覚えがあることに気づく。先ほどまではアングル的に物陰に隠れて口元程度しか見えなかったのだが……あれは、高校時代の後輩にしてうちのバンドのドラマーではないだろうか。そしてどうやら向こうこちらに気づいたようで驚いた顔をしている。そんな彼を手招きすれば、他の店員に一言入れてからこちらへと寄ってくる。
「何やってるんですか、悠一先輩」
「付き添い」
そう言って友希那を指させば、彼は驚いた顔をしてこちらを見てくる。まぁ当然のリアクションだよなぁ、と思っていると彼はやけに真剣な顔になって口を開く。
「あの人週に一回、必ずうちに来るんですよ。それで毎回フリータイムで凄い時間居座ってて……。いやまぁその分注文多いんで構いやしないんですけど」
「マジかよあいつ」
まさかの常連だった。ストイック師匠はこんなところでもストイックだった。どんだけ猫好きなんだよ、と思いつつも惚れた弱みというやつだ、それすら可愛いポイントに思えてきてしまう。困ったもんだなぁ、なんて苦笑しているとこちらの表情から感情を読み取ったのかいい笑顔をして後輩が問いかけてくる。
「彼女ですか?」
「ちげぇよ。今はまだ、な」
「なるほど」
それだけで諸々察したのか、頑張ってくださいねとだけ言って業務に戻っていく後輩。実際のところは彼が想像しているよりも面倒だったりするのだが、まぁそれは言わなくてもいいもの。にゃお、なんて鳴きながら膝の上からこちらを見てくる白猫を撫でつつ、友希那へと視線を戻す。
友希那は相変わらず猫と絡んでおりこちらのことも忘れて楽しそうだ……なんて思っているとチラリ、と突然友希那がこちらを一瞬見てくる。しかしこちらも友希那を見ていると分かるとすぐに視線を周囲の猫へと戻してしまう。それにはて、と首を傾げていると見かねたのか再び後輩がこちらのテーブルへと寄ってきて小声で囁いてくる。
「先輩の膝の上の猫、あの人のお気に入りなんですよ」
その言葉になるほど、と納得する。そういうことであれば、とまた友希那がこちらを見てきた瞬間に膝上の猫を軽く持ち上げてやると、意図を察したらしい友希那がパァっと顔を輝かせたかと思うとすぐに赤面してしまう。
そこに追い打ちをかけるように、白猫も抵抗しないので白猫の手を借りて手招きするモーションをやってみれば、友希那がついに折れ赤い顔のままやってきて手を差し出してくる。その手に白猫を渡しつつ今日はよく友希那の表情の変化を見れる日だ、とほっこりする。
そんな風に友希那は猫を、自分はそんな友希那で楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎ去り午後からのデートだったこともあって夕暮れ時になってくる。
名残惜しそうに猫を見続ける友希那を引きずるようにして外に出れば、方角によっては空が黒くなり始めているのが分かる。猫から友希那を引きはがすのに時間をかけ過ぎたか、と思いつつ元凶を見やれば気まずそうにしているので、とりあえずは文句を言うのは控えることにする。
「んじゃま、帰りますか」
「……そうしましょうか」
顔を軽く赤らめながらもいつも通りを装う友希那を連れて帰り道を歩く。猫カフェは自分の家や友希那の家から多少離れた場所にあるので、これは帰る頃には完全に夜だなと友希那を家まで送ることを決めていると、突然友希那が申し訳なさそうな口調で喋り出す。
「今日は、ごめんなさい。あなたの休息が目的だったのに私が楽しんでしまって」
何を気にしているのかと思えばそんなことか、と呆れの溜息を吐く。謝っているのに溜息で返されたからかむっとする友希那に、いいか、と前置きをしてから話し出す。
「そもそもそれに文句を言うようであれば、最初から猫カフェになんざ行ってねぇっての」
「じゃああなたも今日、楽しめたの?」
「おう、猫にデレデレのストイック師匠、可愛かったぜ!」
そうからかうようにサムズアップを友希那に返せば、また照れて赤くなるかと思いきや逆に目が据わる友希那。あれ、これやらかしたかと思った時には既に遅い。どこか冷たい目をした友希那が、同じく冷たい声音で言葉を紡ぐ。
「次の練習、覚えてなさい」
「待って、本当に待って」
慌ててストップをかけるがもはや手遅れと言わんばかりに友希那は聞き入れる様子を見せない。だが本当に練習がきつくなるのは困る。こういう時の友希那は本当に容赦がないのだ。
「安心なさい、ちゃんと効果があるようにするから」
「そういうことじゃない」
本当に効果が実感できるようなハードメニューを組んでくるからこういう時練習法に詳しい人間は質が悪い。何とか練習をきつくしないように頼み込むが取り付く島もなく、結局友希那の意見を変えられないまま時間が経つ。
気づけば場所は既に、最初の練習の時に友希那と白金さんの三人で帰った時も通った別れ道へと辿り着いていた。同じことに友希那も気づいたのか、自然と自分たちの足が止まる。
「……もう、懐かしいものね」
「そうさなぁ……」
あのライブの日、Roseliaに憧れてからここまで駆け抜けてきたように思う。途中何度か躓き、今また壁にぶつかっているが……それでも、ここまで来たのかと思う。最初の練習の日とは違って今日は友希那と二人きり。あの頃とは互いの呼び方も変わった。……そして自分の心も。
今の自分の恋心は、友希那だけではなくリサにも向けられている。より、自分が好きなのはどちらなのだろうか。ふと、翔馬が言っていた付き合った後のことを、今日やこないだの夏祭りの日のことを踏まえて考えてみる。やはり、どちらともやりたいことは多くある。だが―――
「悠一、そろそろ帰りましょう」
「ん、そうだな。今日も送ってくわ」
思索に耽っていると、友希那の方から声がかかる。それに返事をしつつも頭は別のことに意識を向けていた。
―――なんとなく、本当になんとなくだけど答えが見えてきた。
そんな手応えを胸に友希那と二人、帰り道を歩んでいく。