「あー……緊張……緊張ヤバい……」
「相変わらずあんたは緊張に弱いわね」
若干顔を青くした翔馬を、うちのバンドのキーボード担当である元カノが一蹴する。なんというか、元カノは説得してから随分とキャラが変わったというか、素を見せるようになったと思いつつ、トイレの方へ元カノに蹴飛ばされながら向かう翔馬を見送る。
「翔馬先輩に対して、悠一さんは落ち着いてますよね」
「そうか?」
「こいつは逆に落ち着きすぎなのよ」
「まぁ普段通り過ぎて気持ち悪いところはあるよねー」
随分とうちのバンドの女性陣が手厳しい、と思うもよく考えてみれば普段の練習の時もそうなので結局いつも通りか、と納得する。
今日はついに訪れた初ライブの日。ライブとしての規模は中程度で、控室を見回せばいくつものバンドの姿が確認できる。その中には無論、このライブに出れるようにしてくれたRoseliaの姿もある。
「悠一先輩は何を見て……ああ、あなたの師匠ですか」
「ちっ」
ドラマーである後輩がRoseliaについて触れた瞬間、元カノが舌打ちをする。確かに彼女からすればRoseliaは別れることになった元凶とでも言えるもので。こちらのことを未だに諦めていない彼女はRoseliaのことを毛嫌いしていた。そしてそれはこのバンドでは周知のことであり、誰もがそれに苦笑するだけで留める。まぁもはや様式美染みているところもあるのだ。
「それなら悠一先輩、挨拶ぐらいしてきたらどうですか?」
だからまぁ、後輩も不用意にこんなことを言ってきたりする。彼からすれば、友希那のことを好いているこちらへの手助けのつもりなのだろうが……後で元カノに色々言われるのは自分なんだよなぁと苦笑するしかない。
それでもやはりRoseliaにはちゃんと一言挨拶はしておきたいので、トイレから戻ってきた翔馬を連れてRoseliaの方へ向かう。
「よっす、皆」
「あ、悠一さん!」
「あ……お二人とも……」
声をかけたこちらに真っ先に反応したのは宇田川さんと白金さん。それに続いて残り三人も軽く挨拶を返してくる。
「それで、調子はどうかしら」
「ま、大丈夫だよ。やれるだけやってきたんだから、あとは本番でそれを発揮するだけだからな」
「翔馬さんは大丈夫ですか?」
「緊張で死にそう」
「全くもう……」
開始までまだ時間があるというのに既にガチガチな翔馬を、氷川さんが介護しに行く。なんやかんやであそこの師弟も仲いいよな、と思いつつそれを見送っていれば、リサがどこか怪訝そうな目でこちらを見てくる。
「悠一さんは緊張とかしないの?」
「流石にしてるぞ。表面に出さないだけで」
まぁそれは嘘なのだが。正直ライブのあとに待っていることの方がよっぽど緊張の対象なので、ライブ如きでは緊張できないのだ。だからまぁ、適度に今、リラックスした状態ではある。ただ今ライブ後のことを考えてしまったために一気に緊張が襲ってきたわけなのだが。
ライブ後―――すなわち、告白。友希那とリサ、それぞれに一瞬だけ視線を送る。結論は……既に出している。選ばなかった方に未練がないとは決して言えないが、それでも彼女の方がより好きだと明確に言える理由は見つけた。ならばあとはそれを言葉にするだけだ。
「けど悠一さんがついにライブかぁ……感慨深いものがあるよねー」
「そうね……私も弟子が初ライブとなると流石に、いつもとは違う緊張感があるわね」
「ま、師匠に恥じぬ歌を見せてやるさ」
またライブに対して緊張しないのは他にも理由があった。それは信頼。自分の行ってきた努力に対してと、そして何よりも師匠に対して。彼女に教わってここまで努力してきたのだ、絶対に失敗などしないという覚悟があった。だからまぁ、緊張感など捻り潰すのは造作もない。
「さ、そろそろ自分のバンドのところに戻りなさい。演奏をより高めるためにもこの時間は仲間たちとしっかり話しておくべきだわ」
ライブの先輩にして師匠がこう言うのだから、それは大切なことなのだろう。だからそれに従って翔馬を連れて戻ろうとして、それに、と続けられた友希那の言葉に足を止める。
「……流石にあそこまで睨まれると辛いわ」
「あはは……あれ、アタシのことも睨んでるよね」
その言葉に二人の視線を辿れば、元カノが鋭い目つきで友希那とリサのことを見ていた。ああ、これは確かに居心地悪かっただろうと、Roselia全員に軽く頑張ろうぜとだけ最後に告げて、慌てて翔馬を氷川さんから引きはがして自身のバンドメンバー元へ戻る。
戻ったら戻ったで、今度は自分が元カノから睨まれることになるのだが……まぁそれはもうしょうがない。こっちは元カノの気持ちを知っていて、その上で友希那とリサを優先しているのだから睨まれても仕方がないと理解はしているのだ。
それに、結局それはいつも通りの行動であり、それによってバンド内に緊張感が生まれることを適度に防いでいる。いや、まぁ別の緊張感は生まれているのだが。それでも、全員が平常心を保ちいつも通りの調子でライブに臨めそうなのは事実だった。
そのまま、元カノを落ち着かせたりしているうちに、ついにスタッフの方から声がかけられる。RosaRossaと呼ばれ、不意についにライブまできたのかと実感が沸き動きが止まってしまえばこちらの背中を無言で励ますように叩いていくバンドメンバーたち。それに意識を取り戻し、覚悟と共にスタッフに案内されて移動する。
もちろん、控室から出る際にはRoseliaに向けてサムズアップしておくのを忘れない。この時ばかりは、友希那ですらも含めたRoselia全員がサムズアップを返してくれた。
そして舞台袖で自分たちの番を待つ。自分たちは所詮無名であるため順番的にはだいぶ頭であり、会場もまだまだ温まっているようには見えない。
―――ならば自分たちが熱くさせるだけだ。
そう覚悟し、一つ前のバンドが演奏を終えるのを見送る。ここまで来てしまえばもはや言葉は要らず、それぞれ仲間と頷き合い、拳をぶつけあったりして互いの覚悟を確かめ会う。そうしてメンバーはそれぞれの楽器の準備へ。自分だけは舞台袖に残り、一人集中していく。
行うのは集中のためのルーチンワーク。目を閉じて自身の内へと潜り込むようにして、内側で眠る熱源へと触れるイメージ。そうしてその熱さを引きずり出す準備ができれば、充分。もう行けると目を開けばメンバーも丁度準備を終えているのを理解する。ならばあとはボーカルの自分が開始を告げるのみ。
ゆっくりとステージの中心へと歩き、そして観客を見下ろす。後半にはRoseliaをはじめとしたアマチュアながらも実力派のバンドが揃っているため、人の入りは悪くない。だがそれでもこちらは無名であるために注目している人は少ない。
―――それでいい、と笑みを浮かべる。
最初から注目浴びれるなどと考えてはいないし、それでは面白くない。何も期待していない観客たちの横っ面に自分たちの歌を叩き付けてやるのが面白いのだ。そうやって無理やりにでも虜にしてやるとこの状況を楽しむことにする。
だから―――やるぞ。そんな意思を込めてメンバーを見やり、頷きが返ってきた段階で口を開く。
「行くぜ―――空色デイズ」
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「―――ッハ!楽しいな!楽しいなァオイ!」
一曲目を歌い終えると同時に衝動的に声を上げる。目の前の観客たちはそんなこちらを訝しく思う余裕もない人が多い。掴んだ―――それを感覚的に理解し、逃さないようにトークも勢いのままに行う。
「今の空色デイズは、遠藤正明さんっつー人のカバー版がベースだったりするんだが……まァんなことはどうでもいいよな!」
単純な原曲ではなく、自分の歌に合わせてカバーのカバーという面倒な状態だったりするのだが、そこら辺は観客には重要なことではない。だから軽く触れるだけに留めてテンポよく先に話を進める。
「メンバー紹介も端折るぜ。そういう細かいのはいいんだ、俺たちのバンド名と、演奏と、そして目的を覚えてくれりゃ充分だからな」
少し間を挟んで観客たちが理解する時間を与える。言葉を咀嚼し、改めてこちらに意識が向けられた瞬間、続きを口にしていく。
「そう、目的、目的だ。夢と言ってもいい。俺たちRosa Rossaには一つの夢がある」
そう言って腕を広げメンバーたちを見やることでバンド全体を示し、それがメンバー全員共通であるということを示す。そう、自分たちがメンバー集めに苦労したのはこの夢の共有という問題があったからだ。しかしそうして集めたここにいる全員はその夢をしっかりと共有している。そう、つまり。
これは、宣誓だ。こうして人々の前で言ったことでもう後には引けない。引く気もない。ここからはひたすらに頂点を目指すしかないのだ。
「俺とギター担当はRoseliaの弟子でな。師匠超えは、ロマンだろう?」
ニヤリ、と笑いながら言葉を放てばノリのいい観客がやれのか、だとか野次を飛ばしてくる。だからそれに笑いながら返してやるのだ、無論やれるさと。
「さァ開幕の号砲だ!Roseliaに喧嘩を売っていくぜ―――〝LOUDER〟!!」
勢いのままにイントロの演奏が始まる。曲はあの弟子入り試験の日に歌い、友希那の心を掴んだLOUDER。自分たちの歌に合わせていくらかのアレンジが加えられたそれを全力で歌っていく。
乗せるのは熱意。そして覚悟。今はまだ彼女らに届きはしないとしてもいつか必ず追い抜くという思いで歌っていく。熱く、熱く、ただ熱く。自分たちが演奏するのは三曲だ。だから次の最後の曲に向けてひたすらに場を盛り上げていく。自分の歌にならそれができる。なんてたって、師匠にそう言われたのだから。
―――そしてその勢いのままLOUDERを歌いきる。大丈夫だ、観客の心もしっかりと燃え上がっている。それを確認しながら最後の曲に向けて口を開く。
「実は俺、Roseliaの今回やる曲聞いててさ。やり返してくれるの、楽しみにしてるぜ?」
言葉を向けるのは観客ではなく、控室の方でモニターでこちらを見ているであろうRoselia。パフォーマンスと、それ以上に本気の意思を持ってRoseliaに喧嘩を売りつつ、意識を再度観客へと向ける。
「さぁて、最後の曲だが……申し訳ないがオリジナル曲、行かせてもらうぜ」
オリジナル曲、となると知っている人など自分たち以外に誰もいない。そのため手前二曲で会場を熱くさせておく必要があったのだが……。改めて会場を見回しても、充分観客たちは燃え上がっているのが分かる。これなら大丈夫だ、そう判断して少しだけ、曲について触れることにする。
「オリジナル曲じゃあきっと、皆乗り辛いだろうからな。だから歌詞をよく聞いてくれ。ここには俺の想いが込められてるから。だから、聞いてくれ」
その言葉は観客だけではなく、Roselia、特に友希那とリサへ向けたものでもあった。この歌はRoseliaに憧れた日からの想いを形にしたものだ。だから彼女たちにもしっかりと聞いていて欲しい。そんな思いと共に、その歌の名を口にする。
あの時のようにただ熱を籠めて歌うのではなく。歌詞に合わせ楽しさも苦悩も、今日までの全てを乗せて歌う。歌への真剣さはRoseliaから学んだ。ハロハピからも、参考にさせてもらうことで楽しさを表現する方法を学んでいたりする。他にもライブに行ったバンドの技法は盗ませてもらった。そうやって得た技術を以って音楽に出会ってからの自分を全て表現する。
始まりは、憧れ。そこから友希那の下に弟子入りし、上達していくことを楽しんだ。それから先へ進むなか、苦悩し、ハロハピに協力を得てそれを乗り越えた。そうした道のりを歌詞にして歌う。友希那とリサに対して恋心を抱いてしまって、自身の歌への想いすら疑ったことだってボカしてだけども入っている。
やがて歌は最後の盛り上がりへと入る。ここの歌詞が表現するのは、今だ。だけどその内容は決まっていない。だって、今なのだから。憧れを知り、苦悩を味わい、そうやって数々のものを乗り越えて今、感じているそれを、即興で歌詞にしていく。今まさに感じていることが歌詞となるのだ。