「……待ち合わせは、ここでいいのか?」
「おうよ」
ライブの日にも待ち合わせ場所に利用した公園。そんな比較的近所が翔馬のRoseliaへの伝手という人との待ち合わせ場所だった。
「……し、しかしいざ実際にRoseliaに会うってなると緊張するな」
「安心しろ、悠一」
「翔馬……」
緊張で挙動不審になるこちらに対し、翔馬は優しげな笑みを浮かべて肩に手を置いてくる。何か緊張を解すいい手段があるのかーーーそんな期待と共に翔馬は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「俺も緊張で腹がやばい。トイレ行ってきてもいい?」
「いったいどこに安心できる要素が」
よく見れば翔馬の顔は若干青く、汗もかいている。仕方なしに翔馬をトイレに送り、その入り口で一人思索に耽ける。
翔馬がRoseliaへの伝手がある、と言った日から数日。まさか一週間も経たぬうちにRoselia側と予定が合うだなんて欠片も思っていなかったため未だにいまいち頭の中が整理できていない。
翔馬曰くRoseliaへの伝手はこちらも知っている相手だと言うが、自分にそんな相手の心当たりはない。いったい誰が見知らぬ自分たちとRoseliaが会ってくれるように取り成してくれたというのだろうか。
「いやーすっきりしたぁ……」
「お前なぁ……」
戻ってきた翔馬に呆れと共に言葉を放つが、翔馬の方は気にした様子もなしに笑うだけだ。確かに普段のノリを挟んだことでいくらかコンディションが通常時に近付いたが、どうにも内容が内容なのでそれで落ち着いたというのは癪であったために強くは文句を言わずも感謝する気は起きなかった。
「おし、じゃあ戻ろうぜ。厳密な待ち合わせ場所はこの公園の入り口だからな」
「もう腹下すなよ」
「大丈夫、下痢止め飲んだ」
いつの間に、なんて思いつつ公園内を歩く。しかし入り口とトイレの距離など大したものではなく、すぐに着いてしまい動かなくなったことで再び緊張がぶり返して落ち着かなくなってくる。それは翔馬も同じなのかしばし意味もなく辺りを見回したあと、ふと思い出したかのようにこちらに向けて口を開いた。
「そういや気になってたんだけどよ」
「どうした?」
「いや、お前彼女と別れる時に言ったっていう台詞だいぶ酷かったけど、何でわざわざそんな言い方したんだ?」
「あー、それか……」
どうやら翔馬はこちらが素でそんな言い方をしたとは欠片も思っていないらしく、わざと一方的な言い方をしたのだと確信しているようだった。付き合いの長い親友はこういう時やりづらい、ともはや誤魔化せないことを理解、どういう意図があったのか正直に言うとする。
「その、なんだ、一目惚れしたって話はしただろ?」
「その話する度にいちいち照れんなよ」
「うっせぇ。……で、だ。俺さ、それで初めて本気で誰かを好きになるって感覚を知ったんだ」
思い出すのはライブのあと、家に帰ってから自身の感情に整理を付けてた時のこと。あの時感じた興奮は何だったのか。胸に残ったこの熱さは何なのか。そんなことを考えてるうちに自覚したまた別の感情。
「彼女のことを考えると不思議と胸が燃え上がるように熱くなって、凄くドキドキして。でもステージ上で輝いていた彼女には今の自分ではどうあがいても並び立つことができないって事実が凄く悔しくて苦しくて。……これが本気で誰かを好きになるってことなんだ、ってやっと本当の意味で理解できた」
これまで自分は何人かの女性と付き合ってきた。でもその人のことが好きで付き合っていたかと言えばノーだ。嫌いではない、別に自分には好きな人がいないからいいか、そんな感覚で付き合っていた。それでいいと思っていた。だけど。
「本気で誰かを好きになる感覚を理解して、初めて今までの自分が不誠実だったかを理解した。こんな想いを抱えて向き合ってくれていた人達に対して自分はどれだけ適当だったことか」
「……お前が今までの自分を許せなくなった、ってのはわかったよ。でもそれが何でわざわざ酷い言い回しに繋がるんだ?」
「……嫌われようとしたんだよ」
考えれば考えるほど身勝手な話だ、と自嘲する。完全にこちらの事情だけで元カノを振り回している。結局、嫌われたいというのも自己満足でしかないのだ。
「別に嫌われなきゃいけなかったわけじゃない。向こうが俺のことを引きずらないようにとか思ったわけでもない。ただ俺が納得いかなかったんだ。不誠実だった自分が好かれてる、って事実がどうしても納得できなかったんだよ」
「お前、クッソめんどくさいな」
「うるへー」
翔馬のストレートな感想に呆れつつはぁ、と溜め息を一つ吐く。
くだらないことで少し話しすぎた。そろそろ待ち合わせている人が来るのではないかと辺りを見回すと一瞬、視界の端に人影が映り、そちらへと視線を向ける。しかしどうやら違ったらしくその人影は公園から離れていってしまった。
「ーーーお待たせしましたー!」
体感時間的にはそろそろだと思うのだが、と時計を確認しようとした時、ちょうど背後から明るい声がかけられる。翔馬の伝手とは女の子だったのか、と思いつつ振り返りーーーそこにいた予想外の人物に思わず体が固まった。
「す、すみません……お待たせ、しました……」
「宇田川あこ、ただいま到着です!」
「おっす、来たな」
「……待て、待ってくれ。ちょっと翔馬、こっち来い」
予想外の光景にフリーズする頭と体を無理矢理動かし、翔馬だけを少し離れた場所へと連れ出す。
完全に状況の理解が追い付いていない。というかRoseliaへの伝手がある、というだけでも驚きなのにまさか
「どういうことだよ!?なんでお前がRoseliaのメンバーと知り合いなんだよ!?」
「いや、なんでってお前とも知り合いではあるんだぞ?」
「はぁ?俺はあの二人と面識なんて……」
そこまで言いかけ、ふと先程元気そうなRoseliaのドラマーの女の子の言葉を思い出す。そして連鎖的に先日のライブの日にSNSで話していた相手の名前を思い出す。そこまで思い出し、自分と彼女の関係性を理解した自分は思わずポロリと自分が知っている彼女の名前を声に出した。
「……あこ姫?」
「ふっふっふ……そう、我こそは深淵より舞い降りし……えーと……り、りんりん助けて!」
「えっ?えっとそれじゃあこういうのは……」
「ふんふん……」
「あ、これは確かにあこ姫とRinRinだわ」
「だろ?」
目の前で繰り広げられるネトゲ内で見慣れたやり取りに確かに自分の知り合いであることを理解する。よく見れば容姿もゲーム内のアバターに雰囲気が似ており現実の姿をモチーフにしてアバターが作られていることがわかる。
「しかしまさかあこ姫とRinRinがなぁ……」
「えっと……お二人が、Serenoさんと……ショウタイム、さんですよね……?」
世間は狭いものだ、と一人しみじみとしていると先程のやり取り的におそらくRinRinだと思われる少女にそう問いかけられる。
確かに、自分と翔馬はアバターが完全に現実とは別物の容姿だ。確認しなければわからないだろう、と改めて自己紹介をすることにする。
「ゲーム内ではSerenoって名乗ってる藍葉悠一だ。よろしくな」
「んで、俺の方がショウタイムの乾翔馬な」
「り、RinRinこと、白金燐子……です……」
「あこは聖堕天使あこ姫こと宇田川あこです!」
「おっと、あこがゲシュタルト崩壊起こしそう」
「あこがあこってあこしたらあこだった……?」
「何を言ってるんですかねぇ……」
ネトゲ内のノリでコントを挟み翔馬と二人で笑う。見ればあこ姫こと宇田川さんとRinRinこと白金さんの二人も笑っており、どうにかネトゲ内での感覚に近づけることはできたらしい。特に宇田川さんの方はともかく、白金さんの方は緊張していたようだったのでそれを多少なりとも解せたなら幸いである。
「えっと、そしたら宇田川さんと白金さんの二人がRoseliaの他のメンバーにも話をつけてくれたってことかな?」
「あ、はい……ですけど私たちも何を話すのかは聞いてませんので……」
「ああ、うん。それは大丈夫。全員揃ったら俺の方から話すから。むしろ内容も知らないで集めてもらってありがとうね」
相手は憧れのRoseliaのメンバーであるとはいえ、ネトゲでのノリが通じることを確認した段階で比較的緊張がなくなっている。どちらかと問題は残りの三人になってくる。面識がないのもそうだし、何よりそのうちの一人は好きな女の子だ。今回ので第一印象が決まるとなれば緊張しないわけがない。
「……やっべ、緊張がぶり返してきた」
「……大丈夫、ですか……?」
「へへ……俺なんかもう、緊張が一周して楽しくなってきたぜ……?」
「それ大丈夫じゃないやつ。まぁ俺も大丈夫ではないけど……」
そこで言葉を切り、視線をある方向へ向ける。それに釣られた翔馬と白金さんが同じ方向を見たのを確認し、改めて口を開く。
「何やってるんですかー?早く行きましょうよー!」
「……うん、宇田川さん見てると、何かこっちも元気を貰えるよね」
「あー、わかるわ」
「はい……あこちゃんは……凄いですから……」
ゲーム内で白金さんが凄い凄いと言っていたのが何となく、分かった気がする。彼女がいるとこちらも釣られて笑顔になってしまうような魅力があった。
「そーいえばSerenoさん」
「そっちで呼ぶのな。で、何さ」
「SerenoさんはNFOの時と口調かなり違うんですね」
「あー……」
この四人がやっているNFOというネトゲでは自分はSerenoという名で錬金術師をやっている。そしてそのSerenoというキャラクターを操作する上で自分は、どことなく格好つけた言い回しが特徴的な、モノクルを付けた学者然としたロールプレイを行っていた。もちろん、あくまでロールプレイであり、本当に格好つけたセリフなど実際に言うことは恥ずかしくてできないのだが、どうやら宇田川さんは実際とゲーム内のキャラに差がないようで、そんな彼女からしたら今の自分は不思議だったのだろう。
「……ふっ、まぁ俺自身も、俺の研究も有象無象の凡人共に理解できるわけではない。だがそれでも俺が生きるのはその凡人共が生きる世界だ、ならばより上位に立つこちらが合わせてやるのが道理というもの。これは、そのための
「お、おおおおー!」
試しに、ゲーム内でのロールプレイに合わせた口調で少しばかりの動きを交えて言ってみれば宇田川さんが目を輝かせて見つめてくる。どうにも懐いてくる子犬染みている、というか無性に可愛がってあげたくなるような愛らしさを持った少女であり、気づけば軽く髪型が崩れない程度に彼女の頭を撫でてしまっていた。
「っと、馴れ馴れしかったか?」
「あ、いえ!何だかお姉ちゃんに撫でられた時みたいで、何というか……こう、よかったです!」
「すけこまし……」
「おう、誰がじゃコラ」
「あ……着きましたよ……?」
不名誉なことをぬかす翔馬の肩をどついたりしてじゃれ合いつつも進んでいれば、どうやらRoseliaの残りのメンバーと待ち合わせている場所に到着する。それはどこにでもあるチェーン店のファミレスで、Roseliaも存外庶民的なんだな、なんて思うもよく考えてみれば全員まだ学生だったか、と考え直す。
どの席に残りのメンバーがいるのか自分と翔馬は知らないため、宇田川さんに店員への対応を任せつつ案内されるがままに移動すれば、あの日以来脳裏に焼き付いている銀色が視界に映る。その瞬間またもや緊張が襲ってくるがここまで来れば今更逃げるなんてありえない。Roseliaに会うと決定してから腹をくくるには充分すぎる時間が経っているのだから。
「……すみません、お待たせしました」
「……いえ、予定よりは早い時間ですので問題ありません。……ですが」
残りのRoseliaメンバー三人は大型のテーブルを二つほど繋げた大人数用のテーブル、そこのソファ側に三人並んで座っていた。今回はこちらがRoseliaに対し相談がある、ということで通してもらった話だ。ならば自分と翔馬は対面に行くべきだろうとソファとはテーブルを挟んで反対側の椅子へと腰かけた。そしてどうやら宇田川さんと白金さんはこちらに協力的なのか、同じく椅子側へと座ってくれていた。
―――正面には憧れであり、惚れた相手であるRoseliaのボーカルである湊友希那が存在している。まずは、待たせてしまったことに謝罪をする。それに対し問題はないと告げる湊さんはその言葉とは裏腹に強い意志を秘めた目でこちらを見つめて、さらに言葉を続ける。
「―――私たちは本気で頂点を目指しているの。本来ならこの時間も練習に充てたいのよ。あまり時間は取れないわ」
そんな湊さんの言葉に、けれど怯むことはない。当然の話だ、向こうが音楽に対して本気であるように、こちらもまた本気なのだから。
「……まずはそんな中わざわざ時間を割いていただきありがとうございます」
「本来であれば来る予定はありませんでした。あこと燐子が恩のある相手だそうですから、特別に」
どうやらこうしてこの場が設けられたのは本当に宇田川さんと白金さんのおかげらしい。彼女らの言う恩とは十中八九こちらがゲーム内で錬金術師として提供したアイテムの数々だろうが、そもそもその材料は彼女たちの協力があって用意できたものなのだ。恩があるのはこちらもであるため、今度ゲーム内でお礼をしなきゃいけないなぁ、なんて思いつつ手早く頭の中で話を組み立てていく。
彼女ら、少なくとも湊さんは会話が長引くのは好まないだろう。こちらを厳しい目で見ている氷川紗夜さんという人も、恐らく。正直自分としては惚れた相手とできるだけ長く話したいが相手が好まないなら仕方ない。まずは、話しやすくするためにも自己紹介か、と判断し口を開く。
「まずは自己紹介を。藍葉悠一です。それでこっちが」
「ども、乾翔馬です」
「どうやら知っているようだけれど、湊友希那です」
「氷川紗夜です」
「え、えーと……今井リサです」
湊さんと氷川さんとは違い、最後の一人である今井リサさんという人は堅苦しい空気に困ったような笑みを浮かべていた。Roseliaの短期間での成長という話からストイックな人が多いのだろうとイメージしていたが存外、そうでもないらしかった。
とはいえ今はこちらが頼みがあり、それを受けるかどうかは恐らく湊さんに一任されている状態。ならば湊さんのスタンスに合わせるべきだろうと判断し、この流れのまま話を進めることにする。
「……一先ず本題に入る前に提案を」
「何でしょうか」
「湊さんは先ほど、一度敬語が外れましたよね?話しづらいようであれば今後も敬語を外していただいて構いません」
「……お言葉に甘えてさせてもらうわ」
とりあえず湊さんには敬語をやめてもらう。今回、頼みに来ているのはこちらであり、かつ音楽という点で言えば間違いなく彼女たちは先輩であるため立場の関係性としてどうにも湊さん達に敬語を使われるのは納得のいかないものがあった。同様の理由で自分たちが年上だからと敬語を外すのも抵抗がある。
「お二人も、敬語でなくても構いません」
「……私は、このままで。敬語はどちらかと言えば性分ですし、流石に年上のお二人相手に失礼な口はきけません」
「アタシも遠慮させてもらおうかなー、と。というかむしろアタシとしてはお二人に敬語じゃなくしてもらえればなー、なんて……」
「申し出はありがたいですが、少なくともこの場では自分たちが頼みに来ている立場ですので」
「そ、そうですか……」
再び困ったような顔になってしまった今井さんに申し訳なく思いつつも、少なくともこの場が終わるまで敬語を外すことはできない。今井さんには後でお詫びにお菓子か何かでも渡そう、そう思いつつそろそろ本題に入ることにする。
翔馬の方を確認のために見れば、一つ頷きが返ってくる。事前の取り決めにおいてこの場においては翔馬はこちらに一任してくれるということになっている。まぁ頼みがあるのは厳密には自分だけなのだ、それが当然だろうと翔馬にできるだけ頼らないようにと決意する。
「……単刀直入に言わせていただきます」
「……いいわ、聞きましょう」
湊さんの瞳を真っ直ぐに見つめる。一瞬、美しい瞳に見惚れそうになるもそれを振り払い、彼女の真剣な眼差しにこちらも真剣さを以って相対する。覚悟は―――できている。あとは口に出すだけだ。そう考え、ゆっくりと口を開く。
言った。ついにその言葉を言ってしまった。空気が重くなったように感じる。いや、きっとそう感じるのは自分だけなのだろう。判決を待つ被告のような気分に心臓が早鐘を打つ。数秒、数十秒、数分。そんなに時間が経過しているはずもないのに、長い時間が経ったかのように感じ、緊張で心が潰れそうになった時、ようやく湊さんの口が動く。
請け負ってくれるか、否か。あまりの緊張感に思わず拳を握り、そして――――
―――返ってきた言葉は、無情にも否定の言葉だった。
と、言うわけでばっさり断られましたとさ。そりゃろくに事情もなにも話してないんだから当然の結果だよねってことで。
次回は交渉本番よー。