「――諸君。今年もバレンタインが近づいてきている。具体的にはあと一ヶ月だ」
悠一の家。その一室に男が三人。
家具が少なく、こうして広さが確保されていなかったらかなりむさ苦しいことになっていた空間。
そこで悠一と翔馬が真剣な顔で。RosaRossaのドラマーにして、悠一たちの後輩――
「今年は俺たちには彼女がいる。いや、割と毎年いるんだけど。今年は確実に一人、それも貰ってとても嬉しい相手がいるわけだ」
「あれ、海斗は彼女いたのか?」
「ええ、まぁ。先輩方に言うと面倒な予感しかしないので言ってませんでしたが、こないだ悠一さんに補足されました」
生意気にも先輩に彼女ができたのを黙っていた後輩に、翔馬と二人罰を与えることをアイコンタクトで決めつつ、とりあえず若干話がズレたので修正するために咳払いを一つ。
改めて自身に視線が集まったことを確認してから、悠一はいいか、と呟く。
「折角のガチで好きになった彼女との初バレンタインだぞ? 今まで通り、相手からチョコを貰うだけでいいのか?」
「それは……確かに」
「……何だか嫌な予感もしますが。一応聞かせてください」
うむ、と悠一は頷く。腕を組み、大きく頷く悠一の姿は些か偉そうにも見えるが、そこら辺、翔馬や海斗は慣れたものである。
適度にリアクションを取りながら、悠一の次の言葉を待つ。
「――俺たちが、逆にチョコを渡そう」
「おぉ……」
「ああ……んん? まぁ悠一先輩にしては普通だな……?」
若干。海斗が感覚が麻痺しだしている様子を見せ始めるが、まぁ悠一たちがフォローするわけもなく。
むしろもっと錯乱してこっち側に来いという勢いである。故に必要なのは怒涛の畳みかけ。
「いいか、思い出を作るのだ。今までの彼女とは違う、特別な思い出を」
「うむ……うむ! 分かったぞ悠一! 折角の大事な彼女が今までの彼女と同じ扱いでいていいわけがない!!」
「一理……一理ある、か?」
海斗は気付かない。既に
海斗は気付けない。日頃から巻き込まれ過ぎて完全に感覚が狂っていることに。
「でもどうせやるならインパクト欲しくない?」
「む、どうせなら彼女の記憶に残るようにか。翔馬天才かよ」
「インパクト……インパクトか……言ってることに納得はできるし、僕はどういう方向でいくか……」
残念ながら唯一の良心たる海斗は狂気に飲み込まれてしまったのだ……。
そんなわけでもはやストッパーはおらず。アクセルをベタ踏みするバカしかそこにはいなくなってしまった。
そう、彼らはちょっとばかり酔っていたのだ。大学が既に春休みに突入したことで、休日なのをいいことに昼間から酒を飲んでいたのだった。
なにやら空き缶や空き瓶が大量に転がっているような気もするが、あくまでちょっとだけ、ちょっとだけ彼らは酔っているのだ。
「俺は……そうだな。薔薇モチーフのチョコを作ろう。両バンドのモチーフだし」
「俺は無難にギターだなぁ……それが切っ掛けで付き合えたわけだし」
「ふむ……とりあえずインパクト重視なら、鮭を咥えた熊を作ろう」
けれどバカはバカなりに熱意は本物である。その日のうちに悠一たちは業務用チョコを買い込み、湯煎で溶かして。
そしてまず最初の関門にぶつかった。
「型が……ない……?」
「あっても可愛らしいものばかり……。違う、もっと本格的なのを作りたいんだ……」
「ふむ……。一度四角に固めて削り出して作るか」
「「っ!? それだ!!」」
「まぁ中学高校なんかの美術では彫刻は得意だった。僕ならできるだろう」
明らかに頭の悪い発想であったが、残念ながら妙なテンションになり始めていた悠一たちにとっては天啓に等しい何かだったらしい。
妙案だと言わんばかりの顔で、溶かしたチョコを大型の四角形へと固めていく。そしてその固めている間に、悠一たちは道具と、簡単な設計図を書き出していく。
「あれ……何で俺はチョコづくりのために設計図を……?」
「バカ野郎翔馬! お前は彼女に最高のチョコをプレゼントするんだろう!?」
「参考資料、参考資料……木彫りの熊でも買ってくるか」
翔馬が一瞬だけ正気に戻りかけるも、悲しいかな。周囲にいるのはもはや止まらぬバカばかり。
すぐに狂気の中へと引きずり戻され、結局正気を取り戻すことなく、チョコ制作は進んでいく。
「……いや、待て……どうやってこれ花びらとかの薄っぺらいの作るんだ……?」
「え、俺、弦とか再現できんの……?」
「我ながらこれはなかなかに躍動感に溢れた良き熊……。実は僕は天才なのでは……?」
今更ながらに自らのやろうとしていたことの難しさを自覚する悠一たち。
しかしそれで止まるようならここまで来ていない。というか酔っ払いたちに冷静な判断などできるわけがない。
これ一発成功は無理だな、と判断した悠一たちは何故か諦めるのではなく、四角形のベースとなるチョコを大量に用意し、それを固めている間にチョコを削る作業を始める。
「……っ、くそっ、葉っぱが折れた!!」
「あっ、ネックが真っ二つに!?」
「時間が余ったからと手を付けたが……まさか七分の一スケール、初音ミクチョコ像まで完成するとは……やはり僕は天才……」
結局、簡単には完成せず。丸一日使っても失敗ばかりで先には進まず。
「昨日の俺たちはいったい何を……」
「いや、でもここまでやったら引くに引けなくない……? 見ろよ悠一、あの冷蔵庫で大量に冷やされた四角形チョコの数を……」
「ふむ、今日はオリジナルフィギュアチョコでも作るか」
一晩明けて。冷静になっても冷蔵庫に眠るチョコの残りからもはや悠一たちは引くことはできなくなっていた。
なにせここで引けば黙々と四角形のチョコを食べ続けることになる。地獄か。
「――あっ!? テメッ、翔馬ァ!! 揺らすんじゃねぇ!!」
「はぁ!? 揺らしたのはテメーだろうが!!」
「ふーむ……七分の一スケール、RosaRossaが出来上がってしまった……」
時にぶちギレ。
「うぇっぷ……もうチョコ食べたくないよぅ……」
「悠一、お前が食べないのは勝手だ……。けどそうなった場合、誰が代わりに食べると思う? 俺だよ……おぇっ」
「七分の一スケールRoseliaチョコ……自分の才能が恐ろしいな……」
時に励ましあい。
「――聞いたわ、悠一! チョコが余っているらしいわね!」
「げぇっ、弦巻!?」
時にやべーやつを呼び込んだりした。
そして時は流れ、バレンタイン当日。
「……なぁ翔馬。俺はもっとこう、すげーもん作ったぞ見て見て! ぐらいの感覚で渡すつもりだったんだ」
「わかるぞ、悠一。俺もそんなもんだった」
なのに、と悠一と翔馬は戸惑いを孕んだ顔で辺りを見回す。
左右どちらを見ても遠い壁。調度品の良し悪しは悠一にはわからなかったが、それでも何となく高そう、ということだけは分かる。
そしてあたりに存在する各バンド一分の一チョコ像。チョコレートフォンデュ用に高い位置からチョコを流す機械だってある。
そう、ここは弦巻家主催によるバレンタインパーティーの会場だった。
「……いや、いくらなんでもチョコ像はおかしいだろ」
「すみません、何かにとり憑かれてでもいたみたいに作成時の記憶が曖昧で……」
「作ったのオメーかよ海斗!?」
身内に思っていたよりやべーやつがいた、と思いつつも、悠一はちょっとだけ、安堵の溜息を吐く。
正直、あのチョコ像を作った人を雇うのにいくらかけていたのかと恐れおののいていたのだ。
自分たちが発端のパーティーで、多額の金が動くというのはどうにも怖いものがあった。
「いや……でもまぁ、正直ありがたくはあった」
弦巻の提案、というだけで若干恐怖を覚えてこそいたが。悠一たちがついに食べきれなくなってしまったチョコを、こうしてパーティーに利用してくれるというのだからありがたい話になる。
削ったチョコだって、溶かしてチョコレートフォンデュ用のチョコに回されているわけであるし。チョコがまったく無駄になっていないというのがいい。
「まー、皆楽しんでるみたいだし、悪くないんじゃないか?」
翔馬の言葉に、悠一は大きく頷く。パーティー会場には既に人の姿があり、そのどれもがライブで目にしたり共に出演したこともあるガールズバンドだ。
悠一の知り合いで言えば、薫はチョコ像の自分も儚いと決めポーズをし。はぐみなんかは、自らのチョコ像を頭から齧っている。自らを食べることに抵抗はないのか。
他にはRosaRossaの女性陣もいて、一分の一で再現された自分たちのバンドのチョコ像にドン引いていた。そりゃ当然の反応である。悠一は無言で海斗の横腹を肘で突っつく。
そして無論、Roseliaのメンバーもこの場におり。弦巻家の突飛さには慣れてるのか、呆れたような顔をしていた。
唯一あこ姫だけは楽しそうにしているが、まぁ彼女は特殊事例だと思っていく。悠一にはない若さがそこにはあった。
そうやってRoseliaを見つめていると、悠一は恋人――リサとその目が合う。それに悠一は手を振って応じ、チョコを渡しにいくことにした。
チラリ、と横を見れば翔馬も紗夜の元へ。海斗も恋人の元へ向かっていくのが見えた。
「悠一さん! はいこれ!」
スッと、特に何の溜めもなくリサから悠一へと包装された箱が差し出される。なんともまぁ、味気ない渡し方ではあるが。
今まで散々料理やお菓子をもらっていればこうもなるか、と悠一はありがとう、と言って受け取る。そしてだからこそ、悠一は何かバレンタインデーにアクセントを、と考えたのだ。
「じゃあこっちからも、どうぞ」
「えっ」
目を丸くするリサに、悠一はしてやったりと口元を歪める。チョコ一個、というには些か大きい包装された箱。
薔薇を丸々一輪、壊れないように作るにはどうしても大型化してしまったのだった。
「えっと……なんで悠一さんがチョコを?」
「普通に貰うだけだと普通のイベントになっちゃうかなって。しっかりと思い出に残しておきたかったから」
「悠一さん……」
「まぁ弦巻のおかげで、俺が何かしなくてもインパクトだけならあるバレンタインになったけど」
「あはは……」
困ったように笑うリサに、悠一も苦笑で返す。一応、これも悠一たちのチョコ制作に影響されて弦巻が動いたため、悠一によって発生した特別性とも言えるのだが。
若干、それを認めたくないところが悠一にはあった。なんだか元凶扱いされそうで怖かったのだ。
「もー、これじゃあアタシもホワイトデーに返さなきゃいけないじゃん」
「そしたらまた手作りお菓子交換だな」
「んー……だったら、今度は二人で作って、その場で交換する?」
それはまた、楽しそうだ、と悠一が笑みを浮かべる。それにリサも笑みを返し。
それぞれの想いを育みながらパーティーはつつがなく――
「それじゃあ、今からチョコっぽいパイ投げ大会を始めるわよ!!」
――佳境へと突入した!!
「えっ、はぁ!? なんだチョコっぽいパイ投げ大会って!?」
「本当はチョコパイ投げとかやってみたかったのだけれど、チョコが勿体ないからパイ投げ用のパイを加工して、チョコっぽさを持たせてみたわ!」
「いや、それって本当にやりたかっただけだよね!?」
えぇ……と悠一は戸惑う。いい感じだったのに、と。けれど他の人はなんだまた弦巻か、と納得して黒服たち先導のもと、パイ投げ用に更衣室の方へと移動していく。
全員手慣れ過ぎでは、と悠一は戸惑い。けれど下手に逆らってこのパーティーの始まりであることが発覚することを恐れ、大人しく従うことにしたのだった。
もはや若干どころか、絶対に元凶だと思われたくない悠一だった。
ラブコメなんてなかったんや……。
そんなわけで夜勤バイト明けの寝ぼけまなこで書き書きしたバレンタイン回でした。
正直登場人物のキャラを覚えてねぇ。ガバ多そう。