青薔薇に憧れて   作:天澄

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#4.思いを伝えろ

「断らせてもらうわ」

 

 ーーーそんな彼女の言葉に、しかし驚くことはない。むしろあるのはそうだろうな、という納得だ。何故頼んでいるのかを言っていないのもそうだし、何より向こうに対しメリットを提示できていないのだ。断られても当然だろう。だから、本番はこれから。

 

「用はそれだけ?だったら……」

 

「待ってください。もう少しばかり話を聞いて頂きたい」

 

 腰を上げかけた湊さんを言葉で引き止める。真っ直ぐ見つめるこちらに何かを感じてくれたのか、それは定かではないが湊さんは少しだけ、と言って再度腰を落ち着かせてくれた。

 

「まずはこちらの事情を。自分たちはバンドを組みたいのですが、自分に関しては完全な素人で知識が全くありません。そしてそれを教われるような相手の伝手もない。故に今回、何とか頼める相手としてお願いにきました」

 

「なるほど……だけど、私たちにそのお願いを聞く義理はないわ。あこや燐子はともかくとして」

 

 そう、彼女の言う通りだ。こちらの願いを聞く義理など、彼女たちには一切ない。だから必要なことは義理がなくても受ける理由になるだけのメリット。それだけのものを用意できるかどうかにかかってくる。

 

「確かにその通りです。ですので受けることによるそちらのメリットを一つ」

 

「何かしら」

 

「誰かに教えるというのは自身の持つ技術の再確認になる、と言います。Roseliaが弟子をとったという話は聞きませんし、そういった練習のアプローチをしたことはないのでは?」

 

「そうね……確かに、そういう形での技術向上を図ったことはないわ。けれど、消費する時間に対し得られる技術の向上が釣り合わないでしょう」

 

 そう、その通りなのだ。結局のところ湊さんには現在持っている技術の確認でしかなく、新たな発見があったとしても一つか二つで時間と結果が釣り合わない。メリットがないわけではないが対価に見合っていないのだ。

 そして問題はこちらがそれ以外のメリットを提示できないこと。究極的に教わる、というのは教わる側が大いに得するものなのだ。湊さん側のメリットなどそうそうあるわけがない。

 ーーーならば、他の要素で勝負するしかない。

 

「二回です」

 

「二回……?」

 

「二回だけ、機会を下さい。二回程度であれば技術の再確認には丁度いい程度のはずです」

 

「……二回なら、確かに丁度いいわね。けれどあなたは、それで満足できるのかしら?」

 

 湊さんの目に、一瞬だけ途轍もなく真剣なものが宿ったのを見逃さず、察知する。恐らくここでの返答を間違えれば彼女は二回の機会すら設けてはくれないだろう。

 どう答えたものか、そう考えかけ、しかし湊さんの望む答えなど彼女についてろくに知らない自分が思いつくわけがないと考えることを放棄する。どうせ正答を出すことはできないのだ、ならばストレートにこちらの言葉をぶつけるしかない。

 

「満足なんてできません。当然教えて貰えるのなら何回だって教えて貰いたい。だから」

 

 先ほど一瞬だけ見えた湊さんの真剣さ、それに負けないように、超えるように自身の視線に思いを乗せる。メリットで動かすことはできない。ならば感情で相手を動かすしかない。自分の真剣さを、熱意を言葉を以って叩き付けることで相手が思わず動くように仕向ける―――!

 

「だから―――その二回で、俺の虜にしてみせる。先を見てみたい、上達させてみたい、そう思わず考えてしまうほどに俺の歌に惚れさせてやる……!」

 

 勢いのままに、自らの内に秘めた熱を解き放つ。少なくともこの方法で三回目以降の練習の機会を得るにはこの段階で湊さんの心を揺り動かさなければいけない。

 今自分の内にある思いは全力で叩き付けた。あとはそれがどれだけ湊さんの心にまで届いたか。

 今度は手札を出し尽くしてしまったからか、先ほどよりも沈黙が長く、辛く感じる。緊張で呼吸のリズムまで狂ってしまいそうな感覚。湊さんの返答はまだかと逸る気持ちと、もし断られたらと答えを聞きたくない気持ちが心でせめぎ合う。

 そんなこちらを意にも介さず真剣な顔で悩んでいた様子の湊さんは、しかし結論が出たのか一度目を伏したあと、改めてこちらを見つめてきた。

 

「―――いいわ、その話、受けるわ」

 

「―――っ、はぁー……よ、よかったぁ……」

 

 肯定の返事を貰えたことに思わず、安堵のため息が漏れ体から力が抜ける。未だハードルは残っているが、今は何はともあれ第一関門を突破したことを素直に喜びたいところであった。

 お疲れ、と肩を軽く叩いてくる翔馬にありがとうと軽く返しながら緊張で渇いた喉を潤そうとして、ファミレスに着いてから何も注文していなかったことに気づく。どうやら店に入った段階からかなり緊張していたらしいことをようやく自覚する。

 何はともあれ、喋りと緊張で喉がかなり渇いている。店員を呼び止め、ドリンクバーと大人数向けの多種の料理がまとまったパーティセットを注文しておく。とりあえず糖分を補給したかったためドリンクバーではカルピスをコップに注いで席へと戻る。

 

「……よ、よかったですね……一先ずは教えてもらえることになって……」

 

「あー、うん……ほんとよかったわ……」

 

「な、なんか大人の交渉って感じで、Serenoさんも友希那さんも凄く格好良かったです!」

 

「あはは、どーも」

 

 自分のことのように喜んでくれている白金さんや宇田川さんに笑って返しつつも、内心では交渉とも呼べぬお粗末なものだったと自嘲する。本当ならもっと提示できるメリットなどで手札を増やしておくべきだったのだ。感情に訴えるなど交渉としてはありえない。

 なんて反省はするが、所詮自分は未だ学生であるためにこんなものだろうなとも納得していた。現代日本において、交渉をスマートに行えるほど場慣れしている方がおかしいのだ。このくらいが学生らしくていいだろうとも思う。

 

「……呑気なものね。三回以上見ることが確定したわけじゃないのに」

 

 笑みを浮かべるこちらを見てか、どこか冷ややかな視線で湊さんがそんなことを言ってくる。確かに、傍から見たら第一関門を突破しただけで浮かれてるように見えるのかもしれない。しかし当人からしてみればここまで来ればあとはシンプルな話であるためそう気負うこともなかったりするのだ。

 

「だってな、あとは全力でやることやるだけだろ?それなら気楽なもんさ」

 

「私が納得するだけの歌を披露する自信がある、ということかしら」

 

「別に自信はない。ただどんなことだろうが必要があるなら乗り越えてやる、って話だよ」

 

「私の評価は厳しいわよ」

 

「それでもやってやるさ」

 

「……そう」

 

 こちらの言い分に納得がいったのか、それは定かではないが湊さんはこちらから視線を外し、一口コーヒーを飲む。美人は些細な動作も絵になるなぁ、なんて思いながら自らも一口、カルピスを飲む。

 

「……それにしても……もう敬語はやめるんですね……」

 

「ん、ああ、まぁ一応話はついたし、ずっと堅苦しいのもな。敬語のままの方がよかったか?」

 

「あっ、いえ……そういうわけはなく……気になったので……」

 

「そっか。……今井さんも、悪いね。堅苦しいのに付き合わせて」

 

「へっ?あ、いえいえ、そんなこと全然。お気になさらず」

 

 ここまでずっと放置気味で申し訳なかったと思い今井さんへと話を振れば予想外だったのか驚いた顔で、けれどしっかりと気にした様子もなく言葉を返してくれる。いい子だなぁ、なんて思っているとお待たせしました、なんて言葉とともに注文していたパーティセットが届く。

 

「とりあえず今回付き合ってくれた礼だ、俺と翔馬が奢るから遠慮なく食べてくれ」

 

「えっ、俺も?」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「大学生の暇っぷりなめんな。バイトそれなりにしてっからお金はあるんだよ」

 

 遠慮する今井さんに追従するように頷く宇田川さんや白金さんだったが、こちらの言葉にそういうことであれば、と湊さんが納得を見せ、それに続くようにそれならまぁ、と今井さんが一応納得した段階で全体的に空気が納得の方向へ傾き、ゆっくりとテーブルの上の食べ物たちに手が伸び始める。

 あの日のライブで憧れたRoseliaと、こうしてファミレスのテーブルを囲んで料理を突っつくなど妙な気分だ、と思いながら自分も適当に料理をつまんでいると、あっ、と唐突に翔馬が声を漏らす。

 

「どうした、翔馬」

 

「いやな、折角だから俺も頼みたいことがあって」

 

 その言葉に自分すらも首を傾げる。翔馬にも頼みたいことがある、なんて初耳であった。しかし先ほどは翔馬は自分に説得を一任いたのだ。だったら自分もあまり口を挟むものでもあるまい、と一先ずは静観の姿勢に入る。

 

「氷川さん、悠一と同じ条件で俺にギターを教えてくれないか?」

 

「……私ですか?」

 

 翔馬の頼みにやけにハイテンポでフライドポテトを食べていた氷川さんが首を傾げる。しかし翔馬は上手いことこちらの発言に便乗しやがったな、なんて思っていると氷川さんもそれに気づいたのか険しい顔で翔馬の方を見る。

 

「……何故私がそんなことを」

 

「や、確かにやる理由なんてないけどさ。でも氷川さんの演奏って俺の理想なんだ、だから色々教えてほしくて」

 

 な、と手を合わせて頼み込む翔馬の姿に氷川さんは毒気を抜かれたのかはぁ、と仕方なさそうにため息を一つ吐いて渋々ながらというのが分かる声音でいいでしょう、と切り出す。

 

「正直、技術の再確認、というのは個人的にやっておきたいところですので、その話受けましょう」

 

「お、マジか!ありがとう!」

 

「ですが。もちろん私が納得できるような演奏ができなければ三回目以降はありませんから」

 

「わかってるって」

 

 こちらよりもあっさりと話をまとめた翔馬に恨みがましい視線を飛ばせば、ドヤ顔で返してきたために苛立ちから机の下で他にばれないように翔馬の脛を思いっきり蹴っ飛ばす。痛みに悶える翔馬を鼻で笑いながら、とりあえず少なくとも練習を二回は見てもらえることになったなら予定を立てるべきかと判断を下す。

 

「湊さん、何時なら練習見てもらえる?」

 

「……そうね、スタジオが何時空いてるかにもよるし、Roseliaの練習もあるからまだ何とも言えないわね」

 

 その返答に、ふと、一つのアイデアを思いつく。今日はまず練習を見てもらえるかどうかに集中していたが、今は惚れた相手と話せている貴重な機会なのだ。活かせるなら活かすべきだろう、といくらかの緊張と共に湊さんへ一つの提案をする。

 

「……そういうことなら、連絡先交換しない?そっちの都合がついたら連絡ちょうだいよ」

 

「いいわよ」

 

 言葉とともに差し出されるチャットアプリの連絡交換用のQRコードが映し出されたスマートフォン。本気で好きになった人が相手だとたかが連絡先を交換するだけでもこんなに嬉しいものなんだな、なんて思いながらQRコードを読み込み、湊さんのアカウントの登録を済ませる。

 連絡先一覧の中に追加された湊友希那の文字。たかがそれだけであるのに、無性に胸が熱くなる。これはしばらくの間、これを見る度に浮かれてしまいそうだな、と思わず苦笑した。

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