青薔薇に憧れて   作:天澄

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#6.悠一の歌

「いやー、まいったなー……」

 

 春にしては気温の高いある日の午後。流れる汗を拭いながら一人呟く。

 待ち合わせている時間まではまだしばらくあり、その相手である翔馬は未だにこの場には現れていない。緊張で居ても立っても居られず家から出てしまったが失敗だったな、とスポーツ飲料を一口飲みながら反省する。

 最初の練習から一週間とちょっと。予定が合わず存外前回より期間が空いたこの日、本来の予定通りであればただの二回目の練習であった。

 

「それが認識の齟齬があるとはなぁ……」

 

 練習を見てもらえるように頼み込んだあの日。自分の言った二回の機会とは二回の練習後、評価する場を設けてもらうという形だったのだが、向こうさんが受け取ったのは一回の練習と二回目を評価の場とする、という形だったようで予定より一回練習の少ない状態で評価されることになっていた。

 かと言って認識の齟齬があったからと、もう一回増やしてくれなどごねるのも格好悪いし相手側に申し訳ない。大人しく、今日を本番とするつもりであった。

 

「わりー、待たせたな」

 

「……いや、時間前ではある。問題ないよ」

 

 翔馬と合流できた段階ですぐに、目的地である前回と同じスタジオへと向かう。高い気温の外から、できるだけ早く屋内へと入りたいところだった。

 

「それで?翔馬の方は手応えどうだったんだ?」

 

 歩きながら視線だけを翔馬に向けて問いかける。翔馬は自分とは違い、既に氷川さんと二人で今後練習を継続するか否かの試験を行っている。結果発表自体は今日であり、まだどうなったかは分からないのだがせめて手ごたえはあったのかどうか聞いて、安心したいところではあった。

 

「んー……。氷川さん厳しいからなぁ……何とも言えない。ただあの時できる最大限のパフォーマンスは発揮できた、と思う」

 

 ならまぁ、大丈夫だろうと判断する。なんやかんやで翔馬は優秀だ。彼が最大限力を発揮できたならそうそう問題はないと信じられる程度には、彼のこと信頼していた。

 

「……うん、多分、それくらいできた、と思う。というか思わないとやってられない」

 

「やめろ、はっきりできたと言ってくれ。じゃないと俺が緊張で潰れちまう……!」

 

 とはいえ結局、翔馬が試験をクリアできたと信じることで自分もできる、と思いたいのが本音であった。一気に曖昧になった翔馬の言葉にどうにも緊張が高まってきて胃がキリキリと痛み始める。胃薬でも用意しとくべきだったか、と思っていればこちらが追い込まれているのを翔馬は察したのか、努めて明るく、話題を少し変えてこちらへ振ってくる。

 

「それで、お前の方は一回目の練習、どうだったんだよ」

 

「ん、んー……まぁボチボチ?」

 

「んな曖昧な……」

 

 そう言われても、と頭の後ろをかく。結局、あの日褒めてもらえたのは歌に関する元々の才覚のみであり、上達具合は褒められたわけではない。それにそもそも一回の練習で伸びる幅などたかが知れている。前回だけで自信を持て、というのは難しい話であった。

 

「なんかこうさ、自分なりに感覚掴んだ、とかないの?」

 

「ないなぁ……。感覚を掴む、というよりかは反復練習で馴染ませる、って感じだし」

 

「そういうもんなのか……」

 

 俺が個人的に思ったのはな、と注釈を加える。それに加えて自分に関しては今までの人生の中でもまともな努力が初めてなのだ。自身が成長する感覚、というのもよくわからなかったし、あとは自分の中での上手さのボーダーラインが湊さんになっているところはある。目標レベルが高すぎるのか、自分はまだまだという感覚が強かった。

 

「ふーん、じゃあさ、恋愛面での進展はどうなのよ?」

 

「む……ん……それは……」

 

 翔馬からの質問に気恥ずかしさからついつい歯切れが悪くなる。そんなリアクションのせいで翔馬がニヤニヤして笑っているのは分かるのだが、だからといって恥ずかしい事実が変わるわけではないのでどうにも返事には詰まってしまう。

 

「なんか進展でもあったのかよー、んー?」

 

「うっぜぇ……」

 

 苦し紛れに言った悪態も翔馬には余裕たっぷりと笑い飛ばされてしまう。少なくとも、しばらくの間はこの話題では翔馬に勝てないなぁと諦め、一つ溜息を吐いたあととりあえずは、と話を切り出す。

 

「まぁ悪くはない、と思う。恋愛対象として見られているかはともかくとして、仲良くはなれている……はず」

 

 これでそう思っているのはこちらだけだとしたらだいぶ恥ずかしいなぁ、と思うも少なくとも前回の帰り道、あの時間は本物であったと信じている。どれだけかかるかは分からないが少しずつでいいので距離を縮めていきたかった。

 

「……ふーん、楽しそうでなにより!」

 

 そう単純なものでもないんだが、と一瞬文句を言いそうになるが、翔馬はこちらが恋愛にすら本気になったことがないと知っているのだ。それを前提として考えると、今の言葉すらも色んな意味がこもっているような気がして文句も言えなくなってくる。かと言って何か礼でも言うのも無粋な気がして苦笑するのみに控えて、適当な会話に戻ることにする。

 

「そういうお前は恋愛、どうなんだよ。前に好きって言ってた女の子とは進展あったのか?」

 

「ギターの練習でそんな暇はなかったのだ……」

 

「あー……」

 

 そんな会話をしながらしばらく歩けば目的地であるスタジオが近づいてくる。時間としてはまだ十分前であったのだが、それでも既にスタジオ前にはRoseliaメンバーが揃っていた。それを視界に収めた瞬間、申し訳ないないことをしたと駆け足でRoseliaメンバーの元へ向かう。

 

「悪い!待たせちまったか」

 

「いえ、時間前ですので問題はありません」

 

「紗夜の言う通りですよー。アタシたちが早く来すぎたってだけなのでお気になさらず!」

 

 そう言ってくれる氷川さんと今井さんにありがとう、と言いつつもRoseliaメンバー全員に翔馬と折半で後で冷たいものでも奢ろうと決める。流石に、暑い中楽器という重いものを持った状態で待たせてしまったのは申し訳ない。

 

「揃ったなら早速中に入るわよ」

 

 そう告げた湊さんに各々返事を告げ、建物内へ入る。今回は前回と違い、予約の名義が自分であるため自分がカウンターで店員と話し、割り振られたスタジオ内へと入る。

 スタジオ内は外の気温に合わせてしっかりと冷房が効いており、適度に涼しくようやく一息吐ける形であった。

 

「私たちは演奏の準備をしておくから、あなたは歌えるようにコンディションを整えておきなさい」

 

「……分かった」

 

 今回の試験はRoseliaメンバーの演奏に合わせて自分が歌う形で行われる。ライブのような演出をする必要はないから今できる精一杯で歌えということだった。楽曲はRoseliaのオリジナル曲の中からこちらが指定していいらしく、既に家から出る前にそれは決めてある。

 試験へと向けて意識を集中していく。目を閉じて、深呼吸。自分の中へ深く、深く潜っていき……自身の中にある熱源へと接続するイメージ。それが、今日に至るまで一人で練習するなか身につけた意図的に集中状態へ入る時のルーチンであった。

 調子は―――いい。周りの音はしっかりと耳に入ってくる。けれど雑音がこちらの意識を阻害することはなく、必要な音はしっかりと取り込めている。緊張も既にない。この段階までくればその程度を踏みつぶせるほどの集中力と覚悟を発揮できる。

 大丈夫だ、行ける。そう判断し準備が終わった様子のRoseliaメンバーの中心、本来であれば湊さんが立つ位置に、マイクを持って立つ。

 

「……『LOUDER』を、頼む」

 

 そう言えば、全員がすぐに演奏態勢へと入る。目の前で立つ湊さんの表情が少し動くのを理解するが、今はそちらに意識を割くべきではないと判断する。数週間前に憧れた人たちの演奏で今から歌うという事実に不思議な感覚を味わいながらドラムの宇田川さんのカウントを聞く。

 そして、奏でられるLOUDERのイントロ。それに対しリズムを取ったり、意識して姿勢を整える―――()()()()()()()()。既に今日までの反復練習でそういったものは体に、頭に染み込ませてある。わざわざ意識するまでのことではない。だから今この場で意識することはただ一つ。

 

歌え。

 

歌え!

 

歌えッ!!

 

自身の内に眠る熱を、想いを。

 

吐き出すように、叩き付けるように。

 

ただひたすらに―――

 

吠 え た て ろ ッ ! !

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

―――――

 

 

 

「―――はっ……はっ……はぁ……!」

 

 荒ぶる息を整えようと、必死で呼吸する。一曲でバテてしまってはこの先駄目だな、と今後体力を付けるためのトレーニングを強化することを内心で決めたりして、自分の呼吸音だけが響くスタジオ内の気まずさから目を逸らす。しかしこのままこの空気というわけにもいかないだろう。自分から切り出すしかないかと声を発することを決める。

 

「ふぅ……どう、だった?なんか、問題でもあったのか……?」

 

 余りにも反応がないためについつい言葉尻が弱くなっていってしまう。そんなこちらからの問いかけに皆がハッとした顔になり、それぞれ近くの人と顔を見合わせてどこか困惑したような顔をする。

 

「やっぱなんかマズった……?」

 

「そ、そんなことないです!」

 

 周りの様子についつい弱気になって言葉を漏らしたところ、そんなこちらに慌てたように反応して否定したのは宇田川さんだった。

 

「なんというか悠一さんの歌を聞きながら演奏してるとガーっとなるっていうか、熱くなるっていうか……」

 

「……私も……あこちゃんと同じです……凄く熱くて燃え上がるみたいな……」

 

「アタシもそれは感じたかな。なんていうか引っ張られる感じというか」

 

「……技量は湊さんに遠く及びませんが……私でさえも、あなたの歌声に引きずられて熱が入ってしまい少し演奏が荒くなってしまいました」

 

 最初の歌い終わった直後の空気に反し、返ってくるのは皆褒めるようなニュアンスの言葉で、戸惑うことしかできない。嬉しいという感情がくる前にただただ驚きがくるばかりでどう反応したものか悩む中、未だに肝心な湊さんから感想を貰っていないことに気づく。彼女はどんな風に感じたのだろうと恐る恐る見れば、ひたすらに真剣な顔でこちらを見てくる。

 

「……あなた、前回からどんな練習をしたの?」

 

「へ?え、えーと、別に教えて貰ったものだけを……」

 

「それをどれだけの時間?」

 

 その質問にどんな意図があるのかは汲み取れなかったが、真剣な問いかけであったために、ざっと頭の中で計算していく。とりあえずは一日の平均練習時間でいいかと平日と休日だけは別にして考えていく。

 

「暇な時間は全部練習してたから……合間合間に休憩を挟んだことを加味して……日によるけど平日六時間くらい?休日は十時間くらいかなぁ……」

 

「……そう、そういうこと」

 

 どうやら湊さんは何か得心がいったようだが、自分を含め、他の人も湊さんが何を理解したのかわからず首を傾げるしかない。ただ、何人か、こちらの練習時間を聞いて呆れた視線を向けてくる人がいる。単純に大学生特有の暇な時間を充てただけなのだがはて、何か変だったのか。

 

「何も難しい話ではないわ。あなたの歌は少なくとも、前回の練習の段階ではぎこちなくてここまでの熱量を秘めていなかった」

 

「まぁ、そりゃ細かいことに意識を割いてたし……」

 

「そこよ」

 

 湊さんから真っ直ぐに指を突き付けられる。そこ、というと細かいことを意識せずに済むようになった、ということだろうか。そう思い確認すれば、ええ、と肯定の言葉が返ってくる。

 

「あなたは練習をひたすら繰り返すことで前回教えたことを体に覚えさせ、意識せずともできるようになった。その結果、自然体で歌えるようになるあなた自身の色が出るようになった」

 

「色……?」

 

「個性、とも言えるわね。燃えるような真っ直ぐな歌への情熱。聞く人々すらも巻き込んで燃え上がる紅蓮の炎―――」

 

「――――――」

 

「―――それが、あなたの。藍葉悠一の歌よ」

 

 それは……なんとも意外な評価であった。今まで何にも情熱を向けられず燻っていた男の歌が、燃える炎とはなんと皮肉なことか。……いいやだからこそか。燻っていたからこそ、その反動で一気に燃え上がったのだ。あの日のライブで灯った小さな火が、こうして膨れ上がって人々を巻き込む炎となったのだ。

 

「それこそが……俺の歌……」

 

 ああ、なんとも気分がいい。自分の全力をぶつけたものが他人に認められるとは、こんなにも気持ちがいいものなのか。ああ、これは。もう二度とやめられないな、と噛み締める。

 

「ただ、紗夜も言っていた通り技術はまだまだよ」

 

「ぐっ」

 

 浮かれていたところを咎めるように湊さんから注意の言葉が飛んでくる。分かっていたことではあるのだが、改めて言われると刺さるものがある。精進しなければ、と気を引き締めていたところ。

 

「だから、今後も私が教えてあげるわ」

 

「……え」

 

 不意打ち気味に言われたその言葉に思考が止まった。

 

「あなたの宣言通り、あなたの歌に()()()()()()()()。あなたの歌がどこまで行くのか。私たちRoseliaにすら届きうるのか。先を見たくなってしまった。だから今後も練習に付き合わせてもらうわ」

 

「……は、はは」

 

 湊さんから告げられた合格を意味する言葉に、思わず渇いた笑いが漏れる。そしてしばらくかかってその現実に思考が追い付いてきて、感情が伴ってくる。胸の奥から溢れてくる安堵に……それ以上の歓喜。

 

「―――ぃよっしゃーーー!!」

 

 感情の高ぶるままに声と腕を上に向かって突き上げる。そのまま力が体から抜けて勢いよく尻もちをつく。流石に勢いがあって尻が痛かったが、そんなことが気にならないほどに、自分はまだまだ成長できる、その手段があるという事実が嬉しかった。

 

「……あ、っと、そういや翔馬の結果も今日まとめてだったよな?どう、なんだ?」

 

 自分の言葉によってこの場の全員の視線が氷川さんへと向けられる。視線を向けられた氷川さんはそれに怯むことはなく、しかしどこか悩んでいるような姿を見せる。

 

「あー、俺、もしかしてダメだった……?」

 

 不安げな声で呟いた翔馬に対し、氷川さんは結論が出たのかいえ、と否定の一言を発する。

 

「ギター歴を考えれば充分な技術はあると思います」

 

 その言葉に反射的に翔馬と顔を見合わせ笑い合う。折角、自分が湊さんに教われることになったのだ、どうせバンドを組む時は翔馬がメンバーになるのだから一緒にRoseliaに教わりたいところだった。しかしそんなこちらの思惑に反し、氷川さんはしかし、と言葉を続ける。

 

「乾さんは藍葉さんのように劇的なものを持っていない。ただただ正確に演奏ができるだけ―――」

 

 今度は、翔馬の方を見ることができない。まさか自分の歌が影響して翔馬の結果が変わるなど考えてもみなかった。自分のせいで翔馬が教えてもらえないのであるならば、だとしたら自分が何とかしなければ、と言葉を発するその直前。こちらより先に氷川さんの言葉が発せられた。

 

「―――いえ、だからこそ……ね。私だからこそ、教えなければならない。……ええ、乾さん、今後も私が練習を見させていただきます」

 

「あ……うん?よろしく……?」

 

「あー……ん……?」

 

 二転三転する話の流れに、つに頭が追い付かなくなる。否定的な言い草こそあったが、結果として翔馬は氷川さんに教えてもらえるということでいいのだろうか。どうやら翔馬も同じように理解が追い付いていないようで氷川さんに確認をとる。そして返ってくるのは肯定の返事。つまり。

 

「おっしゃァ!」

 

「やったな翔馬!」

 

「おうよ!」

 

 二人して合格したことを祝い、熱く握手を交わす。そんな自分たちに呆れの視線が周りから向けられているのは理解したが、そんなことが気にならない程度には安堵し、そしてなにより喜んでいた。

 

「とはいっても私の練習は厳しいわよ」

 

「私も教える以上は厳しくいかせてもらいますので」

 

「そうじゃなきゃ張り合いがないさ。なぁ翔馬?」

 

「当然!全力でやってやるさ」

 

 そんな自分たちの返事に湊さんは一つ笑みを浮かべて、一つの問いかけを投げてきた。そしてそれに返す自分たちの答えなど決まり切っていた。

 

 

 

「二人とも、音楽にすべてを賭ける覚悟はある?」

 

 

 

「「応ッ!!」」

 

 




というわけで無事練習見てもらえることになって一旦ひと段落。
次回はちょびっと時間飛んでからのお話。
プロット通りに行けばここまでは恋愛面に変化なかった分、それ関係の話になるかなー。
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