#7.進展具合
―――♪
スタジオ内で翔馬と二人でRoseliaの練習風景を見る。自分と翔馬、それぞれ無事に教えてもらえることになったあの日から幾度かの練習を重ね、本日はたまにある普段とは毛色を変えたRoseliaの練習風景を見てそこから技術を盗み取る練習が行われていた。
翔馬のギターのように見て盗める場合はともかく、自分は声という体の内側で生成されるものであるため、視覚的に情報を得ることができないので、基本的にひたすら聞き、曲調に合わせてどう歌い方を変えるかや各楽器との調和をどうとっているかなどを何とか聞き分けていた。
一応、姿勢に関して言えば視覚的に勉強できるのだが、そんな基礎的な部分はとうに習得している。定期的な確認を除けば今更勉強することでもなかった。
「……それじゃあ、一旦休憩にするわよ」
「おっす、お疲れさん」
湊さんの一言によって、休憩態勢に入ったメンバーそれぞれに飲み物を渡していく。今日の見て盗む練習然り、Roseliaメンバーはちょくちょくこちらの練習にも協力してくれている。そこからの繋がりでそれぞれの好み、というものはある程度把握しているため、事前にそれぞれに合わせた飲み物を用意する、ということもできるようになっていた。
「あ、そしたらちょうどいいからアタシの焼いてきたクッキーも食べようよ」
今井さんがその言葉とともにバックから袋に包まれたクッキーを取り出す。焼き上がってから時間が経っているため強烈ではないが、ほのかな甘い匂いが食欲を誘う。ちょくちょく今井さんからは差し入れとしてこうしたお菓子などをもらっており、美味しいことも知っているため期待値は高い。
「……ちょっと。そこまで長い休憩をとる予定はないのだけれど」
「もー、友希那は真面目なんだから。休憩は大事だよー」
「そうだぞー。適度に息抜きしないとパフォーマンスは落ちるぞ」
「……全くもう……」
渋々と、しかし湊さんは今井さんの用意したクッキーに手を伸ばして口に含む。それを見て今井さんの二人親指を立て合う。
「……なんだか、リサが二人に増えたみたいだわ」
なんやかんやで。当初の印象の薄さに反し、自分がRoseliaメンバーで最も気が合ったのは今井リサという少女であった。何かはっきりと通じるものがあったわけではない。趣味も共通のものがあったわけでもない。しかしかつて湊さんが称したように性格においてどこか自分に似ているところがあった。そのためこうして湊さんを二人で言いくるめるのはしばしばある光景だった。
「今日は抹茶風味か。相変わらず美味いな」
「ありがとー。悠一さんはお菓子作りとかやらないんですか?」
「んー……昔、ちょっと興味本位でやったけどハマれなくてなー……。でも自由に食べたい味を用意できる、っていうのはいいかも。もしかしたら今度質問させてもらうかもしれん」
「その時は任せてください」
休憩の時も、主に話す相手は今井さんだった。最初のうちは湊さんとよく話していたのだが、湊さんと話しているとどうにも音楽の話ばかりになり、ついつい熱中して議論や質問を経て最終的に休憩なのに休憩にならないという事態が多発したため、今井さんの方からストップをかけられ今井さんと話すことの方が多くなったのだった。
「……それで、悠一さんは今の練習を見て何を思った?」
今井さんとの会話が一段落したところで湊さんからそう切り出してくる。過去行われた時もだったが、この見て盗むという練習の際は休憩時間の一部をこうして結果の確認に使っていた。自分の隣では、翔馬も同じく氷川さんに思ったことを話している。さてでは自分は、と考え一つ思ったことがあったのを思い出す。
「ちょっと、練習の主旨からは外れるんだけど」
「何かしら」
「俺もバンドメンバー集めるべきだなって思った」
その言葉に湊さんが首を傾げる。まぁ確かに、Roseliaの練習を見ていて、何故そんなことを思ったのかなんて説明しなければわからないよな、と言葉を続ける。
「前に俺が歌った時の動画、見せてもらっただろ?」
「あこが撮ったやつですね!」
「そうそう。あの時のと今の練習風景比べてて思ったんだけど、Roseliaの演奏ってやっぱり湊さんが軸なんだなって」
自分の中でも抽象的だったものを頭の中でまとめていく。思い返すのは始まりとなったあのライブの日に感じたRoseliaに対する印象。
「なんていうか、個人的な感想なんだけどRoseliaの歌って気高く美しく、されど確かに感じる内に秘められた情熱……。そういうのを感じさせるんだよな」
「ほぇー……悠一さん、言い回しがかっこいい……」
「……な、なんだか、照れますね……」
それに対して思いだすのは、宇田川さんが撮ってくれていた自分が歌った時の映像だ。あの時、自分の歌に引っ張られたRoseliaメンバーの演奏を思い出す。
「けど、俺の歌はこう、湊さんが称したように燃え上がるようなイメージだろ?それに引っ張られた皆の演奏は……技術が変わったわけじゃないのに、言い方はちょっと悪いけど、レベルが一段落ちた感じだった」
そこまで言ってから、自分の言葉に違和感を覚える。今の表現は適切ではない。多分、自分が感じたのは、そう。
「湊さんの歌と一緒になることで一段レベルが上がったように感じるんだ。当然の話なんだけど、皆の演奏はRoseliaの演奏なんだ」
だから自分には合わない。きっと最初から自分に合わせて練習していればまた話が違ったのだろうが、湊さんによって選ばれ、湊さんと共に練習を重ねてきた彼女たちの演奏では、自分と合わせた際と湊さんと合わせた際に差があるのは当然の話であった。
「だから俺の歌に合ったバンドメンバーをそろそろ探すべきなのかなって。例えば多分だけど宇田川さんは俺の歌にも合うし、あとギリギリ今井さんも合わなくない、と思った」
「あこは悠一さんの歌に合わせた時新鮮でけっこー楽しかったです!」
「アタシも、まぁ悪くないって感じたな」
「逆に、一番合わないのが氷川さんだと思う。彼女の演奏の強みは正確さから来る美しさだと思うから、言っちゃえば荒々しい俺の歌には合わない。白金さんは……微妙だけど、ピアノ由来だから綺麗な演奏だし合わないかなぁ……」
「私自身もそう思います。あの時の演奏を振り返ると、修正点がいつもより多かったように思います」
「……確かに……あの時は楽しかったですけど、合うか合わないかで言えば……」
「……と、まぁ俺に合うかの見立てはこんな感じだけど、湊さん的にはどう?」
こちらの問いかけに、湊さんが目を閉じて思案する。それを待ちながらクッキーをつまみつつ、まつ毛なげー、なんて湊さんを見て思う。女性としてケアはしているのだろうが、化粧っ気はほとんどない。一応、今井さんという幼馴染によって分かりづらい程度にはされているのかもしれないが。
そんなどうでもいいことを考えていると、湊さんの方も結論が出たようで、そうね、と一つ頷いて口を開く。
「全員の性格的にも、あなたの見立てで合っていると思うわ」
「……でしたら、乾さんに私がギターを教えるのはよくないのでは?」
氷川さんがふと気づいたように言う。翔馬の方はここで話に自分が関わってくるとは思っていなかったのか、クッキーを頬張ったまま、え、と言わんばかりの顔をしている。
「私のギターが先ほど藍葉さんが評した通りであるならば、その私が乾さんに教えてしまうのはマズいのでは?」
つまり氷川さんが教えることで翔馬のギターが先ほど合わないと称したものになってしまうのではないか、と氷川さんは危惧しているのだ。実際に、聞かせてもらっている翔馬の演奏は氷川さんと同じく正確さが目立つ。しかし、だ。
「それを言ったら翔馬は元々正確に弾くことを大切にするタイプだしなぁ……」
「ていうかだから俺は氷川さんに教えてくれって頼んだんだしな」
今更、な話ではあるのだ。合わなくなった、というよりは元々合わなかったという可能性の方が高い。だから今それは問題ではない。そしてそもそもとして翔馬の場合はこちらの歌と合わない、ということはないだろうと思う。
「翔馬のギターは氷川さんのような正確さはあるけど、本人の性格的なのもあってノってきた時の演奏は荒々しいから……」
「熱く熱く燃え盛るように、けれど頭は冷静に、ってね」
結局、氷川さんと翔馬では性格が違うのだ。だからそれぞれが持つ色は必然的に変わってくるという話だった。
氷川さんの方も確かにそれなら問題がないと判断してくれたらしく、それ以上のツッコミはない。と、なるとこれから聞きたい話は最初は一人だったという湊さんからのメンバーを集めるにあたってのアドバイスになってくる。そのことを湊さんに告げれば湊さんはどこか困ったような顔をした。
「……Roseliaの場合、まとまるまでは色々あったけれど、最初は集めたというよりは集まったという感じだったからあまりアドバイスはできないわ」
「あー……そうか……」
「……けれど、その上で言うならば……そう、ね」
少し考え込むようだった湊さんだったが、次の瞬間には真剣な顔になり、これから告げられることがバンドメンバーを集めるにあたって重要なことだというのが分かる。
「一緒に演奏した時の感覚を大切にしなさい」
「一緒に演奏した時の感覚……?」
「そう。いつもより上手く弾ける、自然と体が動く、何よりもそのメンバーともっと一緒に演奏したいという思いは重要よ」
それはきっと、Roseliaが結成するにあたって大切な要素となったものなのだろう。湊さんがその言葉を発した時、Roseliaメンバーの誰もが真剣な目をしていたのだから。
「あなたの場合なら共に演奏することでより燃え上がるようなメンバーがいいんじゃないかしら」
「俺に合わせて、か?」
「ええ、下手に落ち着いた音のメンバーを入れて調整を図るよりは、あえてその方向性に振り切らせてバンドに強い個性を持たせた方がいいと思うの」
そのまま他のメンバーも交えて今後組む予定の自分たちのバンドについてを話し合っていく。メンバーだけでなくオリジナル曲などの方向性もついでに。しばらくそれを話し合っていれば、クッキーも無くなりRoseliaの休憩時間が終わりになる。
自分と翔馬に関して言えば今日の練習はここで終わりであり、そのままバンドメンバーについて話すもよし、今日見て学んだことを個人練習で確認するもよし、ということになった。せっかくなのでこのまま自分たちのバンドについて話すことにして、Roseliaメンバーに別れを告げて二人ファミレスへと向かう。
時刻は午後三時過ぎ。先ほどおやつとしてクッキーも食べているため空腹でもなく、ドリンクバーと、一人用のフライドポテトを二人で分けることにして注文を済ませる。ドリンクバーで飲み物を用意し、注文したフライドポテトが届いた段階で改めて話を始めることにした。
「……さて早速だが翔馬にバンドに入ってくれそうな伝手はあるか?」
「まぁなくはない、が……」
ちらり、と翔馬からこちらに視線が向けられる。そこに込められて意図を察し、溜息と共に言葉を吐き出す。
「俺の噂がネックか……」
「理由を話しても理解されないだろうしな」
人の噂も七十五日、とは言うが。一度付いた悪評が消えることはまずありえない。少なくとも、噂自体は消えたとしても悪印象は残るだろう。事実、元からの友人はともかくとして、顔見知り程度の相手からのこちらに対する印象は良いものではないのが大半だった。
「理由があまりにも個人的だからなぁ……。100%悪いのが俺じゃあどうしようもない」
「と、なると高校時代の連中だな」
流石に、同じ大学に行った高校時代の友人などそうそういない。なのでこちらに悪印象を持っていない相手となるとそういった頃の付き合いから探すしかなかった。
「じゃあまぁしばらくは高校時代の友人とかに声かける感じで」
「んで、いれば俺と悠一の演奏に一回混じってもらって調子を確かめる感じだな」
バンドメンバーについての話し合い、ということでここに来たが結局今できることはそう多くなく、方向性を定めるのが精一杯だった。
はぁ、と一つ溜息を吐いたあと、フライドポテトを一本、口へと運ぶ。ここ最近は個人的な練習を含めれば毎日が練習で、自身が成長していることに対する満足感や、日々自分を高められるという充実感に比例して疲れもかなり蓄積してきていた。Roseliaの休憩時間に関して湊さんにああは言ったが、見事にブーメランだったというか、そろそろ自分も息抜きを挟むべきタイミングだった。
「……お疲れだな」
「……まぁなぁー……。今まで努力してこなかった人間が、いきなり頑張り始めればそりゃ疲れますよ」
実際、今まで惰性で続けてたことしかなく、空いてる時間は暇潰しに適当な何かで遊ぶくらいしかしてこなかっただ。時間を何かに割き続けるというのは、思っていた以上に疲れることだった。
「で、その頑張った成果はどうなのよ」
「まー……悪くないんじゃない?録音とかして自分で聞き直せば前と比べて少しずつだけど成長してるのが分かるし……それに最近ごくたまにだけど湊さんに褒められることもある。……うん、充実した毎日だよ」
そうやって最近を振り返りながらいい気分でそう言えば、翔馬はやれやれと大袈裟なジェスチャーで呆れたような顔をする。いい気分を害されたために思わずしかめっ面になりながらなんだよ、と視線だけで問いかければ言わなきゃわからんのかと言わんばかりに大きな溜息を吐いてから、翔馬が口を開く。
「湊さんとの、恋愛、進捗いかが?」
「あっ」
翔馬が言ってることを理解した瞬間、零れた声に翔馬は再び呆れたように大きな溜息を吐く。しかし今度はそれに文句が言えず、顔を逸らすことしかできない。
「お前、今の生活が充実してて、楽しくて正直忘れてただろ」
「……はい」
流石に、自身の恋心を忘れるほど間抜けではないが、恋愛においては現状の湊さんと大量に話せる環境に満足して何も行動していなかった。確かに、いい加減動くべきなのだろう。このままの関係で時間が経過し、歌の師匠と弟子という関係性で固定されてしまうのが一番マズい。
とは言っても初めての恋だ、そうパッと何かアイデアが思いつくわけもなくひたすら悩むしかない。そんなこちらを見かねたのか、翔馬が苦笑しながら口を開く。
「相談してくれりゃ協力はするからな。お前の初恋だ、応援ぐらいしてやるよ」
ありがとう、と翔馬に礼を言おうとして、ふとあることを閃く。……相談……協力……。なるほど、それはありかもしれない、と一人頭の中でそのアイデアについて吟味し、いけると判断を下す。
善は急げ、早速ある相手へと明日都合はつくか確認の連絡を飛ばす。いきなりスマホを弄り始めたこちらに翔馬は戸惑った顔をするが、とりあえず説明は約束を取り付けた後にすることにする。程なくすればタイミングがよかったのか連絡が返ってきて、了承の旨が伝えられる。となれば勝負は明日だ。そこでいい結果を出すためにも、早速お言葉に甘えさせてもらって、翔馬に相談することにし、結局その日は夕暮れほどまで明日以降も含めた今後の作戦会議に費やすことになった。