貴方のいない楽園を目指して《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

舐めプしたり舐めプされたり。



幕間

 

 

 ローブル聖王国は巨大な湾を持ち、「U」の字を横にしたような形の国土をしている。そして、北部と南部に分かれ、その両方の東側に要塞線とアベリオン丘陵が広がっていた。

 そしてその北部には、信仰の中心である大神殿が存在し、更に政治の中心でもある首都ホバンスという場所がある。そこにある王城の会議室の一つで、城壁の砦から送られたある情報についての会議が紛糾していた。

 もっとも、それについての彼の役目は既に終わっている。情報を届けたヨーンは、既に会議室から退出し再び城壁へ帰ろうとしていたところであった。

「やれやれ。少しばかり長引きそうだな」

 本来ならばヨーンのような立場……兵士長が直接届けるような事は有り得ないのだが、今回は情報の中身が重要だった。ヨーンが話さなければ、とても信じてもらえないような内容であっただろう。ヨーンとて、この情報を届けたのが単なるいつもの伝令であったならば、信じられるか分からない。

 会議がどれだけ長引くかは分からないが、このまま会議の内容が終わるのを待つわけにもいかない。一時的とはいえヨーンが抜けた穴は大きい。早く城壁に帰らないとまずいだろう。

 だというのに。

「やあ、バラハ兵士長。このようなところで会うとは、奇遇だね」

「……イラーネク侯。お久しぶりです」

 会議室を出て廊下を歩いていた時に、反対側から歩いて来たのは供を連れたヤプク・イラーネク侯爵だ。イラーネク侯はヨーンと同い年でまだ四〇にもなっていないが、芸術面を評価されて九色の内の一色を戴いている。

「いつもは最前線だろう? どうしたんだい?」

「緊急の伝令がありましたので、先程皆様にお伝えしたところです。イラーネク侯も普段は御自宅で絵を描いているとお聞きしましたが……?」

 ヨーンが訊ねると、イラーネク侯はにんまりと笑みを作った。

「ああ! 今日はちょっとした気分転換さ! まあ、君に会えたなら偶には外出も悪くない」

「はあ……」

 ヨーンははっきり言って、イラーネク侯が苦手だ。何と言えばいいか悩むところだが、とにかく性癖が特殊なのである。彼女の親戚だという事は知っているが、それでもあまり長々と会話はしたくない。何故なら……

「ところであの子とはどうだい? うまくいってるかな? 可愛いだろー?」

「ええ、はい。彼女は可愛いですよ」

「そうだろ!? あの目つきの悪さが、彼女のチャームポイントだと君も思うだろ? だというのに、君以外は全く彼女の魅力が分からないのだから度し難い。それと言うのも……」

 これだ。この、自分の好きな物を話させると延々と話し続け、止まらないのがヨーンには苦痛だった。

 イラーネク侯が好きな物は絵画ともう一つ、“赤”を戴く戦士の彼女だ。この二つを話させると、イラーネク侯の口は止まらない。延々とそれについて垂れ流し始める。

 以前、同じ話をあまりに何度もする為に「その話はもう聞きましたよ」と告げた事があるのだが、そう言うと「あの子(絵の事でもいいが)の話は何度聞いても飽きないだろ?」と笑顔で告げられて再び延々と話し続けられた事がある。かと言って「聞いてません」と言えば「じゃあもう一度」と言って繰り返すのでもはや諦めるしかない。

 それに、イラーネク侯の話がまったく為にならないかと言えば、そうでもないのでヨーンとしては大人しく聞き続けるしかない。

「なあ、あの子は可愛いだろバラハ兵士長」

「はい。彼女は可愛いですよ、イラーネク侯。私にはもったいない女性です」

 ヨーンがそう言うと、イラーネク侯の顔に満面の笑みが浮かぶ。可愛がっている親戚の子が褒められて、ご満悦の表情だ。イラーネク侯は人懐っこい表情をしているので、こうして笑顔を浮かべると他人の心を朗らかにさせる。笑みを作ると悪鬼羅刹のような表情になる彼女とは、雲泥の差だ。彼女も可愛い人なのだが、目つきの悪さが全てを台無しにしてしまっている。二人を隣同士で並べたとしても、とても二人は親戚だと気づかないだろう。

(まあ、俺も趣味が悪いという事で)

 彼女の照れた笑みが好きだが、客観的に見ればあれは間違いなく、血を見るのが大好きな、殺戮者のような笑みだろう。なので、ヨーンが最初の彼氏である。顔つきはともかく、内面は優しい人なのだが。

「…………」

 彼女の事を頭に浮かべた時、思わずあの亜人の事も思い浮かぶ。彼女は九色の内の一色であるのに、自分の技が何一つ通用しなかった事にショックを受けていた。当然だろう。自分だって、立ち直れたかと言われればそうでもない。自分達の自慢の技が、児戯に等しいと言外に告げられればショックも受ける。

 ……飛び道具も、魔法も、彼女の武技も通用しなかったとなると……おそらく、次はこの国最強の“白”の聖騎士が出陣する事になるだろう。それさえ通用しなかったならば、いよいよこの国も終わりというわけだ。

「……どうかしたかね?」

 ヨーンが上の空になっている事に気がついたのだろう。そして、少し暗い表情を浮かべていた事も。イラーネク侯はヨーンの顔を心配そうに見ている。

 ヨーンはイラーネク侯を心配させまいと、再び笑みを作った。彼は戦いには疎いので、あまり心配させたくはない。

「いえ、何でもありませんよ。それより、彼女の話をもっと聞かせて下さい」

 ヨーンの言葉に、イラーネク侯は再び笑みを作って「勿論だとも!」と口を開いた。

 

 

§ § §

 

 

 藍蛆(ゼルン)という種族がいる。上半身は鰻に手が生えたような姿をしており、下半身は藍色の蛆のようにてらてらと光りぬめっている奇妙な種族だ。彼女達はアベリオン丘陵の北部にある、千の陥没穴がある場所で生活している。

 基本的にメスしかおらず、オスは王族のみという奇妙な生態をしており、極稀にオスがいなくなった場合にメスがオスに性別を変化させる事がある。そんな、生物学者が聞けば大変興味深い性転換を行う彼女達は、現在先細りしか感じられない未来に追い詰められていた。

 

「……なんという事でしょうか」

 部族を纏め上げる、参謀役のジーベーベは思わず両手で顔を覆う。これからの自分達の部族の未来を思って。

 オスは一つの部族に一人か二人ほど。そんな生態の藍蛆は、部族のオスが何らかの理由で死亡した場合、僅かな可能性を手繰り寄せられない限り繁殖出来ずにその部族は絶滅する。

 彼女の部族は今、そうしてオスがいなくなってしまい段々と数を減らしてしまっていた。

 藍蛆という種族は、それほど強い種族ではない。種族的に足があまり速くなく、装甲が柔らかいのだ。ただ、代わりに魔法の力はとても強い。精神系魔法というあまり一般的でない、特殊な魔法を使う。……勿論、近接戦闘が出来ないわけではなく、得意な者達だっているが。

 そんな彼女達の王は、数年前にとてつもないマジックアイテムで全身を武装した、恐ろしく強い人間達に殺された。

 人間達は王と護衛数百名ほどを殺した後、別の場所へ足早に去ったようだがそれで藍蛆は詰みに近い。オスがいない以上、数は増やせず朽ちていくしかないからだ。

 そして、他の亜人種達からの侵略を受けた事などもあり――もはや、ジーベーベの部族には何の希望も残されていなかった。

 他の部族の者達に入れてもらうか……いや、おそらく同じ藍蛆だとしても、あの人間達に同じように殺されている可能性が高いだろう。逆に、彼女達は運が良い方なのかも知れなかった。

 総勢二五九名。この僅かな数が、ジーベーベの部族の生き残り。既に他の亜人種達に追われて、一〇〇名が命を落としている。

「なんとか……なんとかしなければ」

 ジーベーベはぶつぶつと呟きながら、身体をずるずると這いずらせ穴の中へと潜っていった。

 

 

 




 
■ヤプク・イラーネク
種族:人間
【詳細】
実はやばい性癖の侯爵。“紫”。どっかで見た話の長い人。ハイノーブル(一般)、セージ、ディレッタント。

■ジーベーベ
種族:藍蛆
【詳細】
種族の未来的に追い詰められている参謀。ヒロイン。Lv.15。指揮官系。セージ、ジェネラル。
 

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