貴方のいない楽園を目指して《完結》   作:日々あとむ

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■前回のあらすじ

オリ主「実はサイコパス予備軍でした」
 


Epilogue

 

 

 聖王国の要塞線で、オルランド・カンパーノは目を光らせるようにしてアベリオン丘陵を見つめている。目をぎらつかせるオルランドの横に、同じように男が腰かけた。

 オルランドは太い眉と無精髭の野性味溢れる顔立ちをしている、巨漢の戦士だ。対して、オルランドの横に腰かけた男はその逆で筋肉を絞ったような細い体つきをしている。ただ、目つきの悪さだけはオルランドでさえたじたじになるほどであったが。

「旦那」

 オルランドの隣に腰かけた男は、パベル・バラハという超名手の弓兵であり、兵士長だ。同じ九色を戴く者の一人でもある。パベルはオルランドの横に腰かけ、同じようにアベリオン丘陵を見つめていた。

「気になるか」

 口を開いたパベルの言葉に、オルランドは苦笑した。全く、この男には敵わない。

「そりゃ、まあね。俺は強え奴と戦って、自分が強くなっていくのが好きなんですよ」

 それがオルランドの行動原理だ。他人に命令されるのは大嫌いだし、命令されるのなら自分より強い者でないと認めない。その点で言えばパベルは完全にオルランドより格上だ。調子に乗っていたオルランドを、弓兵のパベルが近接戦で完勝したのは記憶に新しい。

 だが、そんなオルランドに勝利したパベルよりも恐ろしい存在が、このアベリオン丘陵には昔から棲んでいる。

「貪食の魔神――。一体、どんな奴なんです? 旦那は勿論、他の九色でも討伐は難しいって噂ですが」

 アベリオン丘陵には、貪食の魔神が棲み付いている。彼の魔神は、亜人でも人間でも平気で一日に五、六人を食べ尽くしてしまうのだとか。オルランドは実際に見た事が無いし、母が悪い子の躾に聞かせた御伽噺としてしか知らない。良い子にしないと、貪食の魔神に丸呑みにされる――そんな、何処にでもある行儀の悪い子供への躾だ。

 だが、実際に貪食の魔神が実在すると知ったのは、こうして兵士になってからだ。だがパベルは、昔からこの魔神を知っていたのだという噂だ。

「他の九色でも討伐は難しい、か。……私が知る限りでは、難しいどころか不可能だと思うがな」

 パベルはオルランドの言葉に、そう呟いた。その言葉に驚く。自分の腕前に自信を持っているだろうし、他の九色の戦士達だって信頼も信用もしているだろうに。パベルは貪食の魔神の討伐は不可能だと言い切ったのだ。

「そうですかい? あの“白”の聖騎士団長殿なら勝てるんじゃないんですか?」

 誰もがそう信じて疑っていない。だが、パベルは首を横に振った。

「いや、無理だろうな。そもそも、あの魔神は悪の位相では無いから、聖騎士の能力はあまり役に立たない」

「……」

 それも初耳だ。何でも喰らう貪食の魔神。それが悪の位相では無いなど信じられない。だが、顔に出ていたのかパベルがおそらく苦笑したのだろう表情で告げる。

「意外か? そうでもないぞ。亜人達が人間を食べるのは単なる食事の問題だからな。人間を食べるから、悪になるのではない。奴らは我々が動物を食べるように、人間も食糧の一つに入っているだけだ。腹持ちが満たされているのなら、好みじゃないかぎりわざわざ襲って来て食べはしない。実際、あの貪食の魔神も私なんかは好みじゃ無いようだ」

 その言葉に、聞き逃せない単語を見つける。

「好みじゃ無いって……旦那、遭った事あるんですかい?」

「ああ、遭った。数年前の事だが、奴は時折ふらりと遊びに此処へ来る。そこで初めて、実物を見た。奴は私達を気にもせず、平然とした顔で魔法も私達の攻撃も物ともせずに、その時徴兵されていた平民を二、三人引き摺って帰って行ったよ。必死に立ちはだかった私に、その時言った言葉がこうだ――『お前らのような筋肉質の奴らは好みじゃ無い』」

 そうして、彼の魔神は平民達を引き摺ってアベリオン丘陵へとまた消えていったのだとか。

「相手にもならなかったな。私達程度は、彼の魔神にとっては敵にもならんらしい。今ではこの城塞では奴に対する対処はこうだ。――『平民が二、三人犠牲になる程度で帰って行くのだから、奴には逆らうな』」

「そりゃ――なんと言いますか。単なる先延ばしじゃないですかい?」

「だろうな。だが、我々では勝てん実力の持ち主なのだ。放っておけば帰ってくれるのだから、あまり刺激しない方がいい。それがこの城壁に勤める者達の見解だ」

「へえ……じゃあ、いつか。俺がその魔神に勝ってみせますよ」

 オルランドがそう言うと、パベルは笑った。

「期待しないで待っててやろう――」

 

 

「――――」

 そんな、二年かそれくらい前にパベルとした会話を思い出した。オルランドは地面に仰向けに倒れ、夕暮れの空を呆然と眺めている自分に気がついた。どうやら、少し意識が飛んでいたらしい。

 全身が、酷く痛かった。しかし打ちのめされたのは身体ではなく、心だった。何をしても通用せず、最後は軽い足払い。そのまま地面に頭を打ち付けて、少し気絶していたらしい。

 さくり。近寄ってくる。顔を覗き込まれた。だが、逆光で顔は見えない。真っ黒なフードを被っているから、オルランドには相手の顔が見えなかった。だが、それが何者なのかは知っている。アベリオン丘陵最強の怪物。神出鬼没の聖王国の敵。即ち。

「――俺の勝ち」

 貪食の魔神。神業の槍遣い。それが、仰向けのオルランドの顔を覗き込んでいる者の正体だった。

 魔神はオルランドの顔を覗き込みながら、ニヤリと得意気に笑ったようだった。その告げた言葉にも微かな揶揄が見て取れる。

(この野郎……!)

 それに少しばかり腹が立つが、しかし完敗であるが故に何も言う気になれない。勝負にもならなかった自覚はあるのだ。此処で自分が何を言おうと、それは単なる負け犬の遠吠えに過ぎない。敗者にだって、敗者なりの誇りというものはある。

 だから、オルランドも笑って告げた。獰猛な笑みだった。

「ああ、テメーの勝ちだ」

 自分は完全敗北で、相手は完全勝利。かつて豪王バザーと戦った事もあるが、バザーでも赤子のように捻ってしまえる相手だろう、この魔神は。

(ああ……旦那が、誰も勝てないって言うだけはあるさ……)

 そう。パベルの言う通りこの魔神には勝てない。誰も勝てない。戦ってみて、初めて力量差が良く分かる。あまりに力量差が開き過ぎて、自分にはどうしようも無いという事が。良く。

「勝者はアンタで、俺は敗者だ。さあ、トドメを刺すがいいぜ」

 オルランドがそう、勝者の権利を告げると魔神は困惑したようだった。

「トドメって言われてもなー。俺、君みたいな筋肉質な肉は好みじゃないし。何もしなけりゃ何もする気は無いし」

「……そりゃ、随分な言い様じゃねぇかよ。俺程度は、殺す価値も無いってか」

「うん。君は、今すぐ殺さないといけないほどの危険性を見出せない。好きに生きて好きに死ねば?」

 突き放した物言いだった。オルランドの事など、歯牙にもかけてない事が見て取れる、完璧な勝利宣言だった。それが非常に悔しい。怒鳴り散らしてやりたいほどに、腹が立つ。勿論、怒鳴りつけてやりたいのは、この魔神に勝負の土俵にさえ上がって貰えなかった不甲斐ない自分自身だが。

「じゃあ――」

「うん」

 息を吸い込む。そして、自分の心のままに、魔神へと懇願した。

「これから、頑張って強くなるから、俺にこれ以上強くなられたら困ると思った頃に、俺を殺してくれ」

「いいよー」

 気軽な声だった。まるで、明日遊ぶ時間を決める、子供のようにそこに気負いは何も無い。

「俺は、英雄になる。テメーなんかより、きっと強くなってみせる。誰よりも」

 それが無謀な挑戦だという事は、言われるまでもなく分かっていた。それでも、今までの生き方を曲げられない。この、勝敗を競う事さえ出来なかった事実が悔しい。

 だから。

「来年、また此処に来てくれ。毎年、俺と戦う為に、此処に来てくれ」

 それは、たぶん魔神の生涯においては、何の意味も無い暇潰しにしかならないだろう。それでも、オルランドは魔神に頼み込んだ。意味も無く、時間を消費してくれと、オルランドのようなちっぽけな命の為に。

「いつか、テメーに勝つ為に。強くなるから。お前は毎年、俺と戦う為だけに、此処へ来てくれ」

「いいよー」

 もう一度、気軽な返答。答えは是だった。魔神は、意味も無い時間の消費を許可した。それが、とてつもなく悔しかった。そんな風に時間を消費しても構わないと思うほどに、魔神はオルランドに対して何の意味も見出していなかった。それが酷く、胸を打つ。悔しさに涙が出そうだ。

「じゃあ、その勝負の間だけは――人間を食べるのを止めてやるよ。別に、人間の肉が好きなわけじゃないし」

「……そうなのか?」

「うん。単に、そういう気分なだけさ。君らだって、毎日牛の肉ばっか食べてるわけじゃないだろ? 豚とか、鶏とか、魚とか。そうやって食べる肉は変わるじゃないか? 俺だって、そういう気分の日もあるよ」

 パベルの言う通り、彼らは、別に人間を食べたいから食べるわけじゃない。単純に、好みの問題なのだと。

「だから、君と勝負している間だけは、この城壁内にいる人間を食べるのは止めてやるよ。面倒だろ? 色々と」

 もっとも、丘陵地帯に出歩いている人間はその限りではないが。そう告げて。魔神はカラカラと笑った。

「――――」

 驚いた。この魔神が、わざわざ自分達の事情を考慮してくれる事に。確かに、オルランドが勝負をしているのに、その度に人間を喰われては堪ったものではない。その諸々の事情を、面倒だと考慮してくれる知性。これは、間違いなく単なる人喰いなどでは無かった。

「ただし――君が以前より弱くなっていると、そう俺が結論付けた時点でこの勝負は無しだ」

「――――ああ。そりゃ、仕方ねぇ」

 単なる時間稼ぎに、ずっとそう勝負を挑まれては堪らない。魔神の言い分は真っ当だ。これはオルランドと魔神の勝負で、他の者は関係無い。そこに政治的な意味を持たせられるのは、オルランドだって御免だった。

 だから、魔神の言葉にオルランドは頷いた。

「分かった。俺が前より弱くなった時点で、この勝負はおしまいだ」

「うん。それから、俺が怖くなるくらい君が強くなった時も、この勝負は終わりだよ」

 死にたくない。生きたい。だから、オルランドが魔神よりも強くなろうとした時も終わりだと。

 それも、仕方ないとオルランドは思う。当たり前だ。誰だって死にたくない。生きたい。オルランドが誰よりも強くなりたいと思っても、時間は待ってくれないのだ。魔神にはそこまでの酔狂さは無い。魔神は、別に強さに興味があるわけでは無いから。

「それじゃあ、また来年――」

「ああ、また来年――」

 魔神は槍を担いで、アベリオン丘陵へと帰っていく。夕暮れの中。オルランドに背を向けて、魔神は沈む太陽のように去って行った。

 オルランドは身を起こし、その背をいつまでも見続けた。魔神の背が見えなくなっても、ずっと。慌てたパベルや部下達が迎えに来るまで。ずっと――――

 

 

 





一応、完結。
今まで読んで下さりありがとうございました。
 

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