…………仁がこの場に着いてから、もうすぐ三十分が経とうとしている。
刹那は数分前にこの日本橋へと着ており、どうやら断りきれなかったらしく彼女のクラスメートたちらしき少女達もついて来ていた。ギャラリーと合わせてかなり賑やかで、下手に行動をすれば――――しなくても“ス○リームマスク”は十分に目立っているが――――注目を浴びるのは確実だろう。
月詠はまだなのか……そう思った矢先、橋の向こうからゆっくりと、彼女は現れた。
「あら、なんやぎょうさん連れてきましたな~」
三十分前の時と違い上手く隠しているかのようにも見えたが、刹那や仁のような戦闘経験のあるもの、そして恐怖感を体で覚えてしまったらしい木乃香には、彼女が狂気を放っている事は丸わかりだった。
「せ、せっちゃん……気を付けて、あの人なんか変や」
「大丈夫ですお嬢様――――何があってもお嬢様を守り通しますから」
「せっちゃん……」
木乃香を安心させようと、刹那が柔らかな笑顔で語りかけ―――――その直後に周りから起きた拍手で笑顔が驚愕の顔へと変わる。
「え、え―――へ?」
「桜咲さん! お二人の深い愛……この雪広あやか、感動いたしましたわ!!」
「いいんちょさん!? 何を言って――――」
「貴婦人さん、そちらの加勢はないのかしら? こちらは桜咲さんのクラスメートである私達も御相手致しますわ!」
「ちょ、ちょっと、いいんちょさん!?」
刹那は必死に弁解しようとするものの、残念ながらあやかには届いていない模様である。刹那は数秒ほど考えてやがて無理だろうと諦めて月詠に向き直り、少しかばうように片手を広げて言葉を発した。
「ツクヨミといったな……この人たちは―――」
「勿論♥ 心得とりますえ」
無駄に血を流すのは嫌いなのか、それとも刹那意外と戦うのは面倒くさいだけなのか……それとも刹那しか目に入っていないのか。万が一嘘だとしたら、面倒くさいが出ていく覚悟はしておくか、と仁はダルそうに首を回した。
「では、刹那先輩のお仲間さんには私の可愛い妖怪さんにお相手してもらいます~――――そ~れ、ひゃっきやこぉ~♡」
気合の抜けるような声と共に投げられた符が、次々と式神の形を成していく。とはいっても、出てくる妖怪はどれもこれもデフォルメされたり、本当に妖怪かどうか疑わしいものも入っていたりとコレまた気が抜けるような式神ばかりである。役に立つのだろうか?
「ひゃっ!?」
「な、ちょ、着物を捲くんな!」
「なにこの妖怪!? 可愛いくせにスケベだらけー!?」
「いやぁん!」
……どうやら女性陣には(というか女子中だから女子しかいない)効果覿面のようである。その妖怪達を見た刹那の脳裏に、昨晩の小猿たちが木乃香を攫っていった光景がフラッシュバックし、まずいかもしれないと側にいる木乃香に――――
「ネギ先生、見かけだけ等身大にします! どうか、お嬢様を安全な場所へ! 」
「わ、わかりました」
(なんじゃあら? ちっちぇえ白ネギか?)
否、いつの間にか妖精のような姿でここに来ていた“ネギ”に、刹那は木乃香を守ることをたのんだようだ。
刹那は口語で呪文を唱えてネギを妖精のような姿から等身大にし、すかさずネギがこの火を誘導して逃げ始めるのを見た仁は、二人の跡をつけるべく気配を殺して群衆を抜けて走り始める。
どこか手を抜いたような走り方にも関わらず、それ以上力を入れるとそれだけでネギ達を追い抜いてしまうような、そんな曖昧な雰囲気で仁は二人を追うが、彼等が隠れるために入っていった城の中に気配を感じ、自分の立場も合わせてため息を吐いた。
(外に出て見張ってるしか――――んにゃ、そうも言ってられねようだな、こりゃ)
と、するりと木の中に隠れたその矢先にネギと木乃香、そしてそれを追うように敵と思わしき女と少年が式神を連れて屋根に登ってきたのを見て、仁はバレるのを覚悟で迎撃することに決めたようだ。
「聞ーとるか桜咲刹那! 今、鬼の矢は二人をぴったりと狙っとる! これがどういう意味か、みな言わんでも分かるやろ!?」
刹那に聞こえるようにと女は声を張り上げた後、ネギと木乃香に向き直り、微笑を浮かべたまま忠告する。
「ネギ言うたか……一歩でも動いたら、矢ぁ射たせてもらいますえ? 大人しくお嬢様を渡してもらおか」
「こ、木乃香さん――――」
「大丈夫や、ネギ君」
何かしらの謝罪の言葉を口にしようとしたネギを、木乃香が言葉と共に未だ変わらぬ笑みで止める。矢を向けられ、ネギは事情があるらしく手が出せない様子、この状況で何が大丈夫だというのだろうか。
「守ってみせるて、せっちゃんは言うとった。……きっと、せっちゃんが助けに来てくれる」
「……このかさん」
「何をごちゃごちゃと……さっさとお嬢様を―――わぷっ?」
「ひゃっ」
「こ、このかさんっ」
焦れったくなった女がネギ達に再度要求した直後、城のてっぺんという高所だからか、言葉を中断させるほどの強風が吹き、ネギと木乃香は体勢を崩してしまう。
「もぼぅ!!」
「は? ちょ、なんで射つんや!?」
驚く女だが、彼女は式神に“一歩でも動いたら射て”ということを命令してしまっている。すなわち、たとえどのような要因があろうとも――――
「お嬢様に死なれたらアカンやろーっ!?」
「くっ―――この!」
咄嗟に飛び出したネギが矢に向けて手を出すが、彼の体は実体ではなかったらしく、いとも簡単にすり抜けてしまう。
「木乃香さん!!」
その弩砲のような大きさの弓から放たれた矢は、もう止まることなく木乃香の方へと――――
向かう途中で
「へ?」
「あれ?」
「ん?」
「ふぇ?」
その奇っ怪な現象に、その場にいた全員が抜けた声を漏らしてしまう。が、次の瞬間にもっと彼らを驚かす現象が起こった。
ジャラリ、と気のせいかと思うほど小さく、金属音が鳴ったその瞬間。
「……! 矢が……!」
静止した矢がくるりと向きを百八十度変えたかと思うと、射ち出したときの勢いを超えるかのような速度で弓持ちの鬼へと飛んでいき、鬼の体を貫いたのだ。
それだけでは済まず、矢は次々とそばにいた式神達をも貫いていき、破片となってなお式神達を消し続けたのだ。
「な、なにがおこっとるんや!? 何がどうなっとるんや!」
女が取り乱すが、彼女と同様にネギ達も、また疑問を抱いていた。しかし、そこでカモが思い出したように声を上げる。
「魔力もねぇのに浮かす……こりゃ間違いねぇ! 砲撃の奴が手ぇ貸してくれたんだよ、アニキ!」
「そ、そっか! そういえば砲撃の人も京都に来てたっけ!」
「その砲撃の人に感謝ですね」
いつの間にか屋根まで登ってきていた刹那も、木乃香を助けてくれた“砲撃の人”……もとい仁に感謝を述べる。
すると、今まで静観していた少年が、顔を上げて声を発した。
「退いたほうがいいかも知れないよ、千草さん」
「は? 何言うとるん―――」
「来たね」
少年の言葉とをほぼ同時……そばにあった樹木が立て続けに揺れ、砲撃音と共に打ち出された“見えない砲弾”が千草と呼ばれた女と少年へ襲いかかる。
そして、彼らは反撃の間もなく飛来する砲弾によって空中に押し出され、その隙にネギ達は屋根の上から脱出した。
「くぅ……まだ諦めたわけやないからな!」
最後の捨て台詞とともに千草達は去ったようだった。ネギ達は無事に木乃香を守りきることができたのだ。
「や~、また助けられちまったな、砲撃の奴に」
「そこの樹木から放っていたようでしたが――――」
「もう多分いねえだろ、なんか知らねぇけど姿を見せたくねぇえみてぇだし」
「でも、いつかお礼くらいは言いたいな……ありがとうございます、砲撃の人」
「う~ん? ウチ、あんまりわからへんのやけど……」
一人置き去りになっている者もいたが、とにかくこの襲撃は凌ぎ切ったのだった。
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「あ~……今日ほど【飛】の独器持ってて良かーたと……アレだ思うときぁねーな」
仁は群衆から遠ざかりながら、自分の足にある一対の足枷を叩く。
「また頼むわ――――【