空立つ”飛”の独器と男   作:阿久間嬉嬉

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緊急事態

――――麻帆良学園、学園長室――――

 

 

 時刻は夜。

 

 パチリ、またパチリと碁石を打つ音が、理事長室から断続的に聴こえてくる。片方は相手が打ってから数秒と経たずに、片方はじっくり時間をかけたあとに碁石を打っている。

 

 バチィッ、とひときわ大きな音で碁石が打たれ、その一手には確信が込められていることがわかった。現に相手である近右衛門は、八方手詰まりといった感じで冷や汗をかいている。

 

 

「ま―――」

「待ったは無しだと言ったはずだぞ、ジジイ」

「む、むぐぅ……ケチじゃのう、わしより年上のくせに」

 

 

 近右衛門の向かいに座っているのは、幾千の年を生きる吸血鬼・エヴァンジェリンであった。いくら近右衛門に年の功があるといっても、見た目通りの年齢ではない彼女には負けるのだろう。

 

 ケチじゃケチと少し未練がましくつぶやいていた近右衛門の携帯電話に、着信が入る。

 

 

「もしもし…おお! ネギ君か、どうしたんじゃ? ……ふむ、無事に新書は渡せたのか。ご苦労じゃった、後は―――――何じゃと!? 西の総本山で……何? 長までもが!?」

『は、はい! それでなのですが、現状の人数では対処しきれない可能性があると考えました』

「つまり助っ人が欲しいというわけか……よかろう、助っ人を向かわせる、ネギ君たちは今できることをやってくれい」

『了解しました!』

 

 

 ネギの声と共に通話は切れ、近右衛門はすぐさま現場にいるはずの仁へと電話をかけた。

 

 

「もしもし」

『……爺さんか、なんだ?』

「緊急事態じゃ。隠密護衛から自己判断へ切り替えさせてもらうぞ。西の総本山へ移動して―――」

『すまんな爺さん、今は無理だ』

「無理じゃと!? まさかいつものようにダルイとか言うんじゃあるまいな!?」

『ちげーよ……俺のことを勘付かれたみたいでな、大量の鬼やら式神やらの相手をしなけりゃいけなくなっちまーた ―――――こっちくんなっての!!』

「なんと!? お主まで!」

『オラッ!! ――――何とか突破口開いてこいつら無視してみるわ』

「う、うむ。頼んだぞ!」

 

 

 近右衛門ま電話を切り、まだ打っていなかった碁盤へと顔を向けて……向こうの人物の鋭い視線に気づく。

 

 

「坊やの状況はあえて置いておく……ジジイ、その仁とはいったい誰だ?」

「わしが呼び寄せた助っ人、じゃよ。最初はネギ君の修行相手として呼んだんじゃが、どうもアイツは曲者でのぉ……」

「つまり、そいつは数日前からこの街に来ていたと?」

「いや数ヶ月前から―――はっ!?」

 

 

 うっかり言ってしまったとばかりに口を押さえる近右衛門だったが時すでに遅し、エヴァンジェリンの鋭い視線は数段増してしまった。

 

 

「なる程なる程ぉ……あの物凄い脚力で放つ“蹴圧砲撃”の砲撃手は、その男だったというわけか―――なーるほどぉ…」

「い、言うておくがわしが仁に頼んだのは“ネギ君の護衛と事件への対処”であって、お主を邪魔しようとしとった訳ではないし、それに攻撃をしたのは奴で―――」

「問答無用! 鬱憤ばらしとなれぇ!!!」

「うぎゃーーーー!!?」

 

 

 

 その夜の学園長室からは、碁石を打つ音ではなく悲鳴と爆音が聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めんどーせぇな……」

 

 

 

 嫌という程の物量で立ちふさがる式神達を、仁はうんざりした表情で見やる。―――未だに“ス○リームマスク“は付けたままで。

 

 最初は自分の存在に感づいた敵が、まず自分を沈める為に送り込んできたのだと思っていたのだが、近右衛門からの電話でそれは違うと気づいた。

 

 

(つーか……白ネギんとこ行けない時点で気づくべきだよな)

「うっきゃ~!」

「ばうばう!」

 

 

 仁は頭を掻いたあと、鳴き声を出した式神のほうを向く。

 

 

〈ん? 諦めだか?〉

 

 

 人語を話せるらしい式神が仁へと声をかけるが、仁はこちらを向いたまま微動だにしない。その様子に式神はニヤリと笑い、武器を構え直した。他の式神たちも、それに倣う。

 

 

〈潔いいだぁおばえ……くらえやぁ!〉

「むっきゃぁ!!」

「うきぃ!」

「グルルオオオ!!」

「アアアア!!」

 

 

 ここが好機だと見て、一斉攻撃で攻勢に出る式神達は気が付かなかった。

 

 

「悪ぃが、もうめんどーせと言ってらんねぇんだわ……」

 

 

 仁の表情が引き締まったことに。

 

 

「……ラアッ!!」

 

 

 一喝と共に打ち出された“蹴圧”は、これまでとは比べ物にならない威力と轟音を響かせ、右方の式神達をいっぺんに消し去り、ぶっ飛ばした。

 しかし、“蹴圧”は多数の式神を巻き込んでなお勢いが衰えず、射線上の樹木をなぎ倒し、打ち砕き、吹き飛ばしたうえ地面を大きく抉ったのだ。しかも、後から“蹴圧”によって起きた強風のおまけ付き。

 

 “魔力”も“気”もなく純粋な“力”でこれを起こす仁の脚力は、もはや常識を大きく飛び越えていた。

 

 

〈なんじゃこりゃっ!? グギャアアア!!?〉

 

 

 右側の式神達のみならず、その射線近くにいた式神達も綺麗に消え去り、木々でさえもぶっ飛んで綺麗になったその右方に、さも通ってくださいと言わんばかりに道が出来ていた。別方向の式神達は、そのあまりの威力に動けなくなる。

 

 彼らなど最早目もくれず、これ幸いとばかりに仁は猛烈なスピードで走り出した。

 

 

「頼むからよ……めんどーせ事になってんなよ……!」

 

 

 届くかもわからない、願いを言いながら。

 

 

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