「…………っ!」
……しかし、その顔には若干焦りが見える。
先に言ったとおり、この『奥ノ手』は実質的に“未完成”な状態で、しかも何かしらの制限付き。
……つまり、能力の限界が近いのだ。
かなりのダメージを与えているとは言え、まだ倒すには至っていない。
このままだと限界までに倒しきれない可能性が高かった。
しかも周りへの被害を考えなければならず、全力を出し切れていない。
(クソッタレ……ぶっ倒れろってぇの……!)
不可思議な煙を上げて徐々に足枷へと戻っていく『空轍』。
それと同時に浮かんでいた岩も、一つ……また一つと落ちていく。
「やべぇ……限界が近いのか!?」
「これほどの大技です、かなりの力を消耗してもおかしくありません」
「砲撃の人っ……!」
こうなったら別の手を考えるしか――――と、顔をしかめていた仁だったが、それを静止する声が眼下から上がった。
「砲撃手、聞こえているか!! もうお前の出番は終わりでいいぞ!! あとは私がきっちりカタをつけてやるからなぁ!!」
「エ、エヴァちゃん!?」
「エヴァンジェリンさん、いつの間に!」
「スゲェのきちまったよ……!」
その声は、呪いのせいで学園から出られないはずの、エヴァンジェリン……闇の福音と呼ばれ、恐れられた、最強最悪の魔法使いの声だった。
(ジジイ……とんでもねぇ援軍よこしやがって……よし、めんどーさくなくなったぜ)
仁にとっては援軍の強さどうこうよりも、自分が楽できるかどうかのほうが大事であるようだ。そんなことなどつゆ知らず、エヴァンジェリンは高笑いをしながら何かを説明している。
「お嬢様は返してもらうぞ!」
「あっ! しもた!?」
そして、エヴァンジェリンが現れるのとほぼ同時、いつの間にやら千草へと接近していた刹那が、木乃香を取り返した。
刹那の背中に翼があるのを見るに、どうやら彼女はただの人間ではなかったようだ。
(へー……ビックリだな、ビックリ)
……言葉とは裏腹に、仁にとっては、そんな事どうでもいいようだが。
ふと、なにかの気配を感じた仁が少し目線を傾けると、そこには自分よりも低空――――それでも他の者よりは上空にいる―――を茶々丸が飛んでいるのが見えた為、仁は保険のためさらに上空へと昇る。
「結界弾セットアップ……発射します」
茶々丸が構えた銃から結界弾を放ち、リョウメンスクナノカミを捕らえると、エヴァンジェリンにすぐさま言い放った。
「マスター、お急ぎを。この質量相手では十秒程しか拘束できません」
「分かっている! ……いいかボーヤ、魔法使いの戦いは大規模なものになるほど火力が求められる。端的に言えば、固定砲台の役割であり、火力が低ければ勝てはしない……火力が全てなんだ!」
それを言うと、高笑いをしながら少々不格好に宙へと舞い上がり、不意にピタッと止まって地上を向く。
「私の力をよく見ておけよ!? いいな!」
「あ……はい!」
どうやら、ネギに負けたのがかなり悔しかったらしい。自分の本当の実力を見せつけることで、何かしらを取り返そうとしているのだろう。
ネギの返事を聞いたエヴァンジェリンはニッと笑うと……一瞬の空白ののち、呪文を唱え始める。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック―――
詠唱が進むのに合わせ、リョウメンスクナノカミが段々と極低温により凍りついていく。
「でっかい岩がぶつかって来たと思ったら次は氷やと……! 次から次へと何なんや!? 何者や!?」
「フフフ……私の名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!! 『闇の福音』!! 最強無敵にして、史上最高の悪の魔法使いさ!!」
久々に全力でやれているからか、どことなくハイテンションで答えるエヴァンジェリン。それを見た仁は、彼女の繰り出す凍結の魔法を見て、あることを思い浮かべていた。
(この力……
謎の単語はあったものの、素直に驚いている様子。そのことを知ってか知らずか、エヴァンジェリンはさらにテンションを上げ、声高らかに呪文を紡いでいく。
「
リョウメンスクナノカミが、ほぼ絶対零度を誇る殲滅呪文を受け、凍りつき終わったと同時に、徐々にひび割れていき――――
「“
成すすべなく、轟音を立てて砕け散った。
「これで、ボーヤに貸一つ……っと」
その圧倒的な力にネギ達、そして仁すらも、黙ってリョウメンスクナノカミが崩壊する様を。見つめるのみであった。
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「あははははっ!! どうだ見たか!! 私の実力を!!」
鬼神が崩れ落ち、飛沫を上げる中で、エヴァンジェリンは高らかに笑う。
「すっごーい! エヴァちゃーん!」
「ご満悦だな、オイ」
「エヴァンジェリンさん……!!」
「ふっ」
彼らの様子を満足げに眺めた後、エヴァンジェリんは上空をちらりと見やる。が、すぐに視線を戻し、ネギ達のもとへ降りていく。
「どうだ? この私の本当の実力、しかと目に焼き付けたか?」
「自慢してただけはあるわね……見直したわ!」
「すごかったです……最高です、エヴァンジェリンさん!」
「そーかそーか!」
(嬉しそうだな、エヴァン○リオン)
ネギ達がこれだけ連呼している名前を、またも間違える仁。が、近右衛門から聞いていた、彼女にかかっている登校地獄の呪いはどうなったのか、ふと気になった。それはネギ達も感じていたことらしく、その問いかけを予期していたとばかりに茶々丸が話し出す。
「学園長は、強力な呪いの精霊を騙し続けるため、複雑高度な儀式魔法を行ったうえで五秒に一度、「
「こんな機会はもうないからな……正当な報酬として京都観光ぐらいは楽しめるよう、書類は多めに用意しといたぞ」
(爺、死ぬーじゃねぇの?)
確かに、老齢の者に五秒に一度ハンコを押し続けさせれば、過労で死ぬかも知れないだろう。が、エヴァンジェリンは厳しい言葉でそれらを切り捨てた。
「今回に事件のそもそもの奔湍は、ジジイの見通しの甘さにもある。この程度の苦悩など当然の域だ」
そのあとで再び満足そうな顔に変わり、誇らしげに語りだす。
「呪いと結界、それらから逃れた私の力は全盛期とほぼ同期、つまり反則気味の力を持っているということだ……久々に全力でやれて気持ちよかったよ」
ニイッと笑うエヴァンジェリンに釣られ、皆も緊張が解けたように笑いだす。その様子を上空から眺めていた仁はその場を去ろうとして……エヴァンジェリンの背後からせり出てくる、何者かを目撃した。
(ちっ、大団円で終わらせろっての!!)
自身の性格のせいで起きた自業自得の鬱憤を晴らすためと言わんばかりに、森を抉った時とほぼ同等の威力の砲撃を、乱入者―――もとい今まで影を潜めていた白髪の少年へ撃ち放つ。
「どわっ!? なんだぁ!?」
「うひゃあっ!!」
「さ、さらに祭壇がボロボロに……!」
いきなりの爆音に驚く一同、しかしその着弾地点と思われる場所に白髪の少年がいるのを見ると、全員がそちらに向かって構えを取る。
件の少年は少しの間沈黙していたものの、やがてお手上げだというように手を挙げる。
「そういえば、砲撃手は空にいるんだったね……
そう言うや否や、少年は水に紛れて去っていってしまった。これにてようやく、京都の戦は集結を見る事となった。
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「さてと……爺の事も気になるし、西の長に聞くこと聞いてさっさと帰るか」
欠伸をしながら、京都の森を歩く仁。と、そんな彼の背後から呼び止める声が上がる。
「おい、お前が“仁”であっているか?」
「んあ?」
首だけをそちらに向けると、そこには茶々丸とエヴァンジェリンがいた。二人共昨日の格好ではなく、麻帆良学園中等部の制服を着用している。
「アンタ達は確か……」
「ふっ、私達を知っているとは、やはりお前は―――」
「エヴァン○リオンと駄々草だよな?」
「違うわ!? 誰が人造人間で巨大ロボットだ!」
「私も、そんな方言的な名前ではありません」
そうかい、とまるで聞いていないような感じで返した仁にピクピクと顳かみが引き攣るエヴァンジェリンだったが、次に彼が発した言葉で少しだけ表情を引き締めた。
「で、何の用があって俺に話しかけたんだ、エヴァンジェリンさんよ。爺から俺の事を聞いたなら、聞くべき事はないはずだぜ……」
「ふっ、どうかな? お前にはまだまだ色々と聞くべきことがあると、私は思うがな」
「……例えば?」
「お前は自身の性格上本気を出すのに時間がかかるのだろう。だがしかし――――今のまま本気を出しても、
「……」
「過去に何かあったのか? まぁ、何があろうと私には関係のないことだがな」
「ならなーで聞いたんだよ……」
「興味本位というものがあるだろう? お前はそこを啄いても逆ギレしない質だと見たからというのもあるが」
「……話がそれだけなら俺はもう行くぞ」
「いや、まだある」
まだあるのかと、面倒くささを隠さず表に出す仁に、エヴァンジェリンは今まで以上に探りの笑みを強めて問う。
「お前は何故、魔力も無しに空を飛べる? 気もなしに馬鹿力を出せる? 私にはそこが不思議なんだ……まるで―――――まるでお前が“この世界の住人ではない”かの様な、お前のそのあり方が」
その問に、仁は背を向けたまましばらく黙っていたが、やがて溜息とともに口を開いた。いつものだるそうな口調のまま―――しかしどこか力のこもった声で、仁は返す。
「京都から帰ったら爺んとこに来いよ。全部とは言えねぇけど……話す。俺の足枷の事、実力の事をな」
「そうか……なら楽しみにしておこう」
それだけ言い残すと、エヴァンジェリンは影を使って去っていった。
「はぁ~……めんどーせぇ……」
まぁ、いつかは説明しなければいけなかったしもういいか、と仁は自分を半ば無理やり納得させ、総本山へと飛ばずに歩いて足を進めた。
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「おや、君は」
「どうも、一日ぶりですね」
偶然、総本山への道の途中で長を見つけた仁は、礼の後に挨拶をする。
「すみませんでした……俺がもう少し踏ん張れば封印なぞ解かれなくても済んだのですが」
「いやいや、もう終わったことですし、それにスクナの再封印もより強固な状態で完了しました。もう二度と、スクナが蘇ることなど無いでしょう。とはいえ、警戒はしますがね」
「そうですか」
仁はその事に安堵した表情を見せたあと、真剣な表情で長に質問をした。
「詠春さん……一つ聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「あなたは、左目に包帯を巻いて、長い銀髪で黒衣を着た、パームピストルを持つ女を見ませんでしたか?」
「……いえ、聞いたこともないですね」
「そうですか」
仁は望む答えは得られなかったと顔を伏せる・・・その顔に少々安堵が見えたのは気のせいだろうか。詠春は安堵に気付かず、少々申し訳なさそうに仁へと声をかけた。
「すみませんね……お役に立てず」
「いいえ、お気になさらず」
「……その人が、どんな人なのか聞いても?」
「……」
と、詠春がそれを口にした途端、今まで少しダルそうだった仁の目つきが、怒りと悲しみの混ざった鋭いものへと変わる。
「すいません……こればかりは……」
それもすぐに緩和させ、首を横に振ってから仁は頭を下げた。
相手の長も、不味い事を詮索したかとすぐにとり直す。
「野暮なことを聞きましたね、誰にでも言いたくないことがあるのは当たり前でしょうし…」
「……いえ……申し訳ありません」
仁はいつの間にか元の目つきに戻っており、首どころか身体ごと曲げ、礼をしつつ気しないでほしいと伝えた。
「では、これで……詠春さん、お体に気をつけて」
「なぁに、まだまだ老いる年でもありませんよ。また逢いましょう」
仁と詠春は互いに背を向け、別々の方向へ歩いていく。総本山への道と京都発の道とは違うのだから、これが当たり前なのだが。
そうして仁は人がいないことを確認すると、近道するべく高々度へと飛び上がり、“飛”の力によって走り出す。
空は昨日の激戦は夢幻だとでも言うように晴れ渡り、風は高々度でもいつもより穏やかに吹いているその様子に、しかし仁は何時の通りの面倒臭そうな様子のまま、走り続けるのだった。
(爺……俺が帰るまで生きてーかなぁ……)
ある一つの不安事を思いながら。
次回、『独器』の説明が入ります。