時刻は夕方、放課後。
仁が小さくなって近右衛門に会い、更に一週間以上経つが、未だに元に戻らず解除方法も見つかっていないらしい。
(そもそも、強力な年齢詐称薬を数粒いっぺんに飲んだという事例自体が無い)
意外にも本人はこの身体を満喫しているようで、様々なものを子供料金で利用しては大人達に、“初等部とは思えない(面倒くさそうな)雰囲気を持っている妙な子供”という人物像を植え付けている。
尤も、本人はただやりたい様にやっているだけなので、地味にタチが悪いエセ金銭泥棒なのだが。
(最初ぁまだ良かったが……やっぱめんどーせぇよ……コレ)
バニラアイスを齧りながら、何時も通り“面倒くさい”と仁は溜息を吐く。
「あ、またあの子だよ」
「え? あの子が最近噂になってる、謎の少年?」
「うん。なんでも、あの少年のことが気になって仕方なかった人が、朝倉和美にあの子の名前だけでもと聞いたらしいんだけど、出てこなかったって」
「じゃぁ生徒じゃないのかな……でも、ここ数日はずっといるんだから、生徒じゃないってのも変だよね」
「初等部は授業が短いってわけでもないし……ほんと何者なんだろ?」
……ちなみに、仁の外見年齢は数え十歳のネギよりも少し年上。
つまり初等部に通っていなくてはおかしい年齢であり、なのに平日の昼間から彷徨いているので、謎が謎を呼ぶ少年だとなにげに目立ってしまっていた。
早くも近右衛門との約束である “極力目立つな” を破った事となる。
《割と覚えない》が常な仁のことだ、そんな約束などとうに頭から抜け出ているのだろうが……。
幾ら有事にはきちんと動くからとは言え、ソレを踏まえた所でやっぱりひど過ぎる。
「ん?」
何かに気が付いたらしい。
ふと、仁が東の空を見上げると、そこには大きな入道雲があった。
風向きからすると、どうやらこちらに来るようだ。入道雲のはかなり大きく、良くても大雨は必死、最悪の場合は雷雨だろう。
「――――傘でも買うか……それとも雨宿りでもするか……」
仁はすぐさまアイスを口に押し込むと、傘をさして歩くかどこか建物に入るかを悩み始めた。
そして仁が出した答えは雨宿りだった。理由としては、傘さして歩いていたら補導されかねないので、どこか目立たない建物に入って方がいいだろうというものである。(実際補導されかけた)
……さらに言うなら、傘を買いに行くのが面倒くさいといった理由もある、というお決まり。
そうと決まれば何処にしようかと辺りを見回し、丁度影になった場所にあった廃墟で雨露をしのぐことにしたようで、仁はいそいそとその中に入っていった。
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仁が廃墟に押し入るとほぼ同時、急にざあっと雨が降り出し、瞬く間に地面を濡らしていく。
傘を売っているコンビニはこの辺りにはなかったので、自分の判断は正しかったと仁は頷いた。
暫くは黙って雨の降るさまを眺めていた仁だったが、雨足は弱くなるどころか段々と強くなっていき、もしかしたら多少は濡れる覚悟で傘を買ったほうがいいんじゃないか……という雰囲気にもなってきた。
「……何でこうなんだぁ……? いや、日頃の行いか……自業自得ってか、面倒ーせぇなぁ」
仁が顔に思いっきりだるそうな表情を浮かべた刹那――――――一瞬にして、鋭い眼へと変わる。
(……? 何か入ってきたな……)
仁にはエヴァンジェリンのような、学園結界を越えたものを察知する力はないが、そうでなくとも敵の気配ぐらいは察知できる。
探知の術式を広げ、応用として結界装置を媒介とすれば、「揺れ」ぐらい破壊せるのだから。
(めんどーせぇ事に……ならなきゃいいがなぁ……)
ゴキゴキと首を鳴らしながら、しょうがねえから濡れる覚悟で走るかと屈伸を始めた直後、彼の携帯電話に着信が入る。相手はどうやら近右衛門のようだ。
「……もしもし」
『仁か? 伝えたいことがある、よく聞くのじゃ―――――京都で事件を起こした者共の内一人が脱走した。もしかしたら麻帆良にも来とるかもしれんから、注意しとくれい』
「それだけか?」
『うむ。……実はこの情報は、先日伝わってきたことなのじゃが……まだ終わっていない業務があっての。大事ではあるが、ワシ自身が動いて殊の外、いかぬ形で広まっても困るのでな』
「……そうか」
『私情が強くて済まぬの……それではな』
「……チッ」
そこで切れた電話を見ながら、仁は舌打ちをする。
近衛門の対応に、ではない。
頭となるモノならば、そうそう動けないのはごく当たり前の事。
となると、入ってきた気配の事と脱走者の件だろう……もしかせずとも、面倒くさいことにつながっている、その可能性が高いからか。
仁の《面倒くささ》は何も性格ばかりが起因するのでなく、常時寝不足に陥っている身体的な理由もある。
それでも、面倒くさい事になる前に飛び回るか、でも自分からは色々辛いか。
バカげた案を交えて考え……仁は己で呆れてかぶりを振りつつ、悩むかのように手で視界を覆い隠す。
「……めんどーせぇ……」
……影響は強く、早々切り替われない。
取り敢えずここにいては住居にも帰れないだろうと、雨の中へと仁は走り出した。
雨足はさらに強まり、また遠間に光る稲光から……雷まで鳴る豪雨をもたらしていた。
―――まるで、この街に来た “何者か” を拒むように。